第三十一話 停留所設計
自宅の作業部屋で停留所のデザイン案を起こしていく。
製図台に向かってペンを走らせていると、音もなく扉が開かれた。
「……邪魔、する」
「するなよ」
即座に答えるも、テテンは聞こえないふりをして作業部屋に入ってくる。
作業部屋の隅でごろりと横になったテテンは床に白紙の紙を広げるとペンを取り出した。
GL小説をここで書くつもりらしい。
「自室でやれよ」
「……空気の入れ替え中」
「窓が開いているから秘密の小説を書けないと?」
「そう……」
短く答えて白紙にペンを走らせるテテン。
まぁ、静かに小説を書いているだけならそんなに邪魔でもないか。
寝転がったまま左右の足を上げ下げしているテテンを放置して、俺は改めて作業台に向かう。
締め切りは来年の春まで。今は秋も終わり近く、ほとんど冬と言ってもいい時期だからあまり時間はない。選考期間を挟んで結果発表が来年の夏ごろだ。
計算結果を書いた紙を膝の上に乗せて時々確認しつつ、柱の長さに注意しながら設計図を描いていく。
作業を進めていると、テテンの寝息が聞こえてきた。横を見れば、紙に突っ伏して寝息を立てている。
「窒息しそうだな」
仕方がないのでテテンを転がしてあお向けにした後、作業部屋にいつもおいているひざ掛けを毛布代わりに掛けてやる。
ちょうどハーブティーもなくなっていたため、俺は毛布を取りに行くついでにリビングを覗いた。
ソファに座って刺繍をしていたリシェイが俺に気付いて顔を上げる。
「もうお茶がなくなったの?」
不思議そうな顔をするリシェイに俺は作業部屋を振り返る。
「テテンが転がり込んできて、一緒に飲んでたから無くなるのが早かったんだ。いまあいつは寝てるから、量はさっきと同じで大丈夫。俺は毛布を取って来るよ」
「そう。姿が見えないと思ったらそんなところにいたのね。邪魔にはなってないのよね?」
「大人しくしてたからな」
寝息を立て始めるまで存在を忘れていたくらいだ。
そう言えば、と俺はリビングを見回す。
「メルミーは?」
「出来上がった品物を全部ケナゲンに乗せて届けに行ったわ」
「あぁ、俺が旅に出る前に注文を受けてた家具か。言ってくれれば手伝ったのに」
いくら木製とはいえ家具となると重い。小物入れならともかく、箪笥の類だとメルミーでは運べないだろう。
「メルミーが帰ってきたら教えて。俺も運ぶのを手伝うから」
「小物入れを届けた帰りに職人仲間を連れて戻るそうだから、心配には及ばないわ。メルミーも、アマネの作業の邪魔をしたくなかったんだと思う」
「あぁ、そう言う事か。じゃあ、張り切って続きに取り掛かるよ」
追加のハーブティーを淹れにキッチンへ入っていくリシェイを見送って、俺は階段へ足を向ける。
メルミーと俺の作業部屋の前を素通りして階段の下に到着し、階段の窓を換気のために開けておいて二階に上がった。
テテン用の毛布とはいえ、さすがにアイツの部屋に無断で入って取ってくるわけにはいかないだろう。何が出てくるか分からない怖さもある。
廊下の奥にある自分の部屋に入り、予備の毛布を抱えて一階へ戻る。
作業部屋の隅で未だに寝息を立てているテテンに毛布を掛け、書きかけらしい小説を折り畳んでしまっておく。いくら暗号で書かれていると言っても、これからリシェイがお茶を持ってくる以上は隠しておいた方が無難だろう。
毛布代わりに掛けていた膝かけは畳んでテテンの頭と床の間に挟んでおく。枕代わりだ。
それにしても気持ちよさそうに寝やがって。鼻をつまんでやろうか。
起こしてもうるさいだけだと思い直し、作業台に歩み寄る。もう使わない資料の類を棚に収めていると、リシェイが扉を軽くノックして、中に入ってきた。
お茶と一緒にクッキーが少し入った木皿がお盆に乗っている。
「甘い物も欲しいかと思って、持ってきたわ」
「ありがとう。小腹が空いてたんだ」
俺はお盆を受け取って作業台の横にある机に置く。
クッキーを一枚齧れば、甘さと一緒に仄かな香ばしさを感じた。薄くスライスして炒ったマメを加えてあるようだ。どこで買ったんだろうか。
リシェイはちらりとテテンを見て苦笑すると、製図台の方へ目を移す。
「予定通り、ツリーハウスね。かなり大規模だけど」
「これでも不要な部分を可能な限り削ったんだけどな。防衛にあたる魔虫狩人も無限に居るわけではないし、少人数で魔虫を迎撃できるように工夫を凝らしたんだけど、これが限界だと思う」
背後の町に防衛の一部を任せ、正面及び側面から来る魔虫に対しては弓を、背後から来る場合にはバードイータスパイダーの糸製ネットを被せて墜落させる防衛戦略となっている。
「背後に対して不用意に弓を打つと町に矢が降り注ぐから、襲ってきた魔虫を世界樹の根元へ墜落死させるネットの作戦を取ったんだ」
「上を取られると機能しないわよね?」
ネットを上からかぶせて墜落死させる仕様だから、魔虫がネットの届かない高所から襲ってきた場合には使えないのは確かだ。
「ネットが届かない高度にいる魔虫に対しての攻撃手段はないけど、それは魔虫側も同じだ。停留所へ攻撃するにはネットを被せられる距離まで近づかないといけない」
しかも、ネットを器用に避けて停留所に肉薄しても、内部の人間を即座に攻撃する事は出来ない。魔虫の重量が上からのしかかっても倒壊しないように設計してあるし、壁をぶち抜いた瞬間、内部に控えている魔虫狩人が総攻撃を仕掛けるのだ。壁を破壊するほどの至近距離であれば矢を外すことなどないのだから、背後の町を気にする必要もない。
防衛戦略上の問題はクリアしていると思う。
「魔虫狩人だけあって、この辺りも上手ね」
リシェイが感心したように俺の説明に頷く。
停留所の建設予定地から連れてくることになってしまった建築家たちにも魔虫狩人としての知識を色々と聞かれたし、魔虫について詳しい設計者はあまりいないだろう。一応、アドバンテージにはなるのだろうか。
間取り図を見ながら避難経路を指先でなぞっていたリシェイは少しして首を傾げた。
「ツリーハウスの下に逃げるんじゃないのね?」
「小型の魔虫、ビーアントなんかだとツリーハウスの下に入ってくる可能性があるから、ツリーハウス一階の避難区画へ集めてから、災害に応じて避難先を伸ばす形になってるんだ。火事だと建物の中にいるのは危険だから、避難区画から避難通路を通って外に出る形になってる」
ツリーハウスとなっている停留所の下はコヨウの厩舎になっており、コヨウがストレスを感じないよう天井を高くしている。この天井はそのまま停留所の基礎となっており、直接降りるルートは二つしか存在しない。たとえ災害時であろうと、客が入るスペースとしては設計していないのだ。
魔虫の襲撃時は最も安全な停留所の中で客を保護し、災害時は避難経路を利用して外へ出る形となる。
なお、避難経路と魔虫狩人による迎撃の動線は一切交わらないように配慮している。これが一番の曲者だった。
「器用な配置ね。つくづく、アマネはこういった実用面での設計が得意だと思うわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
後は外観だけど、多分問題はないと思う。
ヨーインズリー出身のリシェイに判断してもらおうと、俺は机の上から立面図を取った。立面図は停留所の外観を東西南北から見た時にどうなるかを描いたスケッチのようなものだ。
「で、こんな感じなんだけどヨーインズリー出身者としてはどう思う?」
「そうね」
リシェイは四枚のスケッチを机の上に並べて見つめ始める。
「近くにある町の俯瞰図はあるかしら?」
「はい、これ」
現場で知り合った絵心のある建橋家にもらった俯瞰図である。俺と一緒にタカクスに来た際、版画屋に依頼して摺った物をくれたのだ。
町の俯瞰図と俺がデザインした停留所のスケッチを見比べて、リシェイは「うーん」と小さく唸った。
「アマネらしいのは確かだし、町を背景した時にも違和感はないと思うわ。ただ、これを建設する時に現場指揮を執るのは新人の建築家さんでしょう?」
「そうなるね。ヨーインズリーが斡旋する仕事になるらしい。多分、先輩にあたる建築家なり、建橋家なりが補佐と監査のために同行すると思うけど」
「この工法、新人の建築家さんでも任せて大丈夫なの?」
リシェイはそう言って、外観図にあるツリーハウスの下、コヨウ車の停留所であるアーケード部分を指差す。
アーケード部分、アーチを構成するのは左右にあるホストツリーの枝であり、枝同士を癒合させる事で強度と一体感を両立させる計画だ。
この枝同士の癒合の大規模な物がタカクスの天橋立であることを考えれば、その強靭さは折り紙つきである。
「まぁ、特殊なのは確かだけど、技術的には確立しているから多分問題はない。なんならタカクスから資料を提供してもいいくらいだ」
それに、ヨーインズリーにはメルミーの実家である木籠の工務店もあるから心配はいらないだろう。
「技術的に不可能とされて選考で弾かれる心配がないのなら、これが良いと思うわ。連理の枝は天楼回廊の計画目標にも通じるところがあるもの」
リシェイの言う通り、天楼回廊は世界樹の東西南北を結ぶ一大計画だから、結ぶことを想起させる何かを取り入れようと思ってこうなった。
「メルミーにも後で感想を聞いてみるとして、俺は続きに取り掛かるよ」
「頑張ってね。それと、アクアスのケインズさんから手紙が届いていたわよ」
「分かった。後で見るよ」
多分、挑発だろうし。




