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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第二十九話 上水道完成

 上水道整備が終わったのは秋も近付いて涼しくなり始めた頃だった。

 雲下ノ層第二の枝で最終確認がてら地域を纏めている家を回って、問題はないかを聞いて行く。


「特に問題はなしっと」


 俺は最後の一軒を回った感想を手元の紙に書き込んで、一仕事終えた解放感を味わうべく大きく深呼吸する。

 隣でテテンが同じように深呼吸していた。


「……ようやく、燻製小屋に、引き籠れる」

「いやいや、引き籠るなよ。というか、防火対策としては問題なかったか?」

「……おっけ」


 テテンが親指を立ててくる。周りの目を気にしているのか、腕を伸ばさないで胸の前に持ってくるものだから、自信が有るのか無いのか分からない。

 熱源管理官の資格持ちであるテテンは俺と一緒に第二の枝を回りながら、新しく設置した上水道と貯水槽を用いた防火対策案がきちんと機能するかの検討をしてもらっていた。

 リシェイとメルミーは雲中ノ層第二の枝で上水道整備完了と橋架け祭りの準備に追われているはずだ。今回の祭り会場は雲中ノ層第二の枝に限定してあるので、屋台などもそちらに集まっている。


「祭りに向かうぞ。テテンも来い」

「……めんどい」

「めんどくても来い。壇上で話をしろとまでは言わないけど、熱源管理官の資格持ちが水道整備に参加していたって事を示しておかないと防災街区整備の話が円滑に進まないんだ」


 テテンの手を取って引っ張りながら第一の枝へ歩き始めると、テテンは脱力しながらトボトボついてきた。

 空中回廊を歩いて水路橋を兼ねた刎橋を横目に進む。

 子供たちが駆け足でお祭り会場へ向かっていくのが見えた。その後ろを数組の夫婦が話しながらついて行く。どうやら、数家族そろって祭りへお出かけらしい。

 テテンの視線は駆けていく女の子たちに注がれていた。


「……大きくなって、目覚めよ、子らよ」

「なにに目覚めさせるつもりだよ」

「大通りで、言うのは、憚られる……」


 所構わないくせに分別はあるんだな。


「……新作、書き始めた」

「学校物?」

「そう……」


 テテンがコクコクと頷く。

 もうすぐ秋も深まって冬支度に合わせた燻製作りも始まるから忙しくなるだろうに、大丈夫だろうか。

 まぁ、本人にしてみれば息抜きなんだろうけど。


「……臨時講師と、女教師が、学校で」

「やっぱり所構わないのな」


 大通りで言うのは憚られるんじゃないのかと。

 テテンの口を塞いで第二の枝の端まで来て、矢羽橋を渡る。


「……白衣、いいと、おもいます」

「あぁ、カルクさんの治療院な」


 遠目に見えるカルクさんの治療院を見たテテンが小さくガッツポーズをする。

 治療院の前で花壇に水をやっている助手のケキィは白衣を着ていた。最近になって着る事を許されたらしく、わざわざ雲上ノ層の俺の家まで自慢に来たくらいだ。

 ケキィが俺たちに気付いて手を振ってくる。


「ハロロース、二人とも!」

「おう、ハロロース」

「は、ハロロース……」


 ナチュラルに挨拶としてハロロースが出てくるあたり、ケキィは重症だな。


「お祭り行くの?」


 ジョウロを置いたケキィが訊ねてくる。


「主催者だから、行かないといけないんだよ。開催の挨拶だけして楽しむ予定だけどな」

「大変だね、創始者さん」


 うんうん、とケキィがしたり顔で頷く。白衣を着るようになってから、大人の仲間入りしたつもりらしくちょっと偉そうである。


「ケキィはいかないのか?」

「後でカルク先生と一緒に行くよ。今カルク先生の知り合いで流れの外科の先生が来てて、情報交換が済んだら出かけるんだって」

「流れの先生か。移住してくれないかな」


 カルクさんもタカクスに来る前はヨーインズリー周辺で流れの医者をしていたから、その時の知り合いだろう。

 医者は現状足りているものの、腕のいい医者は多い方がいい。

 しかし、ケキィは残念そうに首を横に振った。


「まだ一所に落ち着くつもりはないんだってさ。あ、でも、色々教えてもらったよ」


 外科の技術についての話、特に麻酔関連についての詳しい話を聞けたらしい。まだ扱うのはダメだとカルクさんに釘を刺されたそうだが、知識としては持っていて困るものでもないという判断で教えてもらったそうだ。

 着実に医者として成長しているようで、嬉しい限りである。


「ところで、テテンさんは何で隠れてるの?」

「さぁ?」


 しらばっくれつつ、俺は背中に隠れているテテンを肩越しに振り返る。

 俺の背中に構想途中の小説を書くのはやめろ。白衣がどうとか気になるわ。明らかにケキィを見て閃いただろ。学校物はどうした。学校医が出てくるのか? 三角関係か?

 ケキィは俺の背中に隠れるテテンを覗き込む。


「変な人だよね」

「議論の余地もないな」

「アマ兄さんも結構な変人だと思うよ?」

「え?」


 マジで?


「変人なおかげで助かってるけどね。この間持ってきてくれた差し入れのしゅーまい? 美味しかったよ。カルク先生も喜んでた」

「それはよかった。つい作り過ぎちゃってね」


 皮で包む系の料理はどうにも具と皮の量のバランスが分からず作り過ぎてしまうのだ。

 というか、前世の料理を再現したりしてるから変人扱いなんだな。無理もないか。

 テテンと一緒の枠に入れられていたらどうしようかと思ったよ。


「おっと、まだ仕事が残ってるんだった。またお祭りでね!」


 ケキィは仕事を思い出して治療院に駆け足で戻っていく。

 テテンが名残惜しそうに俺の横から顔を出した。


「……白衣、すばらしい」

「服装が持つ可能性に気付いたか、テテンよ」

「うむ」


 再び歩き出しながら、俺はテテンに新たな価値観を植え付けるべく思考を巡らせる。


「テテン、想像してみてくれ」

「……なにを?」

「メイド服だ」


 テテンが盛大に首を傾げた。何言いだしてんだ、こいつ、みたいな眼をテテンに向けられるのは少々癪だが、ここは耐える時だ。

 この世界にもメイド服は確かに存在している。しかし、そもそもメイドを雇う必要のある人が少ないため出回ってはいない。


「いいか、テテン。まず最初に、メイドを想像する。優しく丁寧に仕えてくれる存在だ。テテンの顔色が悪かったりした時には気遣ってくれるし、いつでもそばにいて注意と敬意を払ってくれる存在だ」

「……おぉ」


 テテンの瞳が輝きだした。

 脈ありと見た。

 俺はテテンにメイドの良さを教え込みつつ、二重奏橋を渡って第三の枝へ行き、大文字橋を渡って雲中ノ層第一の枝に到着する。


「――そして、そんなメイドをメイド足らしめる職業服こそがメイド服なわけだ。医者が白衣に身を包むように、メイドはメイド服に身を包み職業意識を高める。職業意識とはつまり、奉仕の精神だ」

「うむうむ」


 テテンが何度も確信を持って頷く。


「奉仕、してもらいたくないか?」

「もらいたい……」


 洗脳完了である。


「だが、まだだ。いいか、テテン、悟られてはいけない。来たるべき時まで、その情熱を絶やすな。薪をくべ続けるんだ」

「……いえす、さー」


 メイドスキーの同志も増やしたところで、雲中ノ層第一の枝と第二の枝を結ぶ水路橋に差しかかかる。

 光沢のない白い橋だ。連続するアーチが美しく、ブルービートルの光沢ある青色のおかげで背景の青空とうまく調和している。

 二段構造となっているこの水路橋は、下段を水が、上段を人が渡れるように設計されている。下段を流れる水は第二の枝から流れてきて第一の枝の全域に渡るもので、かなりの水量を誇る。

 メンテナンスや建て替えも考えなくてはいけないため、この橋だけで第一の枝の水需要を完全に満たせはしないが、水道としては重要な立ち位置を占める水路橋だ。

 渡りはじめると、水の音が足元から微かに聞こえてくる。すでに水路橋としての機能を果たしており、下段を水が流れているのだ。


「昨日のうちに雨でも降ってくれれば水量調整の放水をして祭りを盛り上げる事も出来たんだけどな」

「……リシェイお姉さまが、水運搬、指示してた」

「え、いつの間に」

「……リシェイお姉さま、できる女。アマネには、もったいない」

「そう言えば昨日、祭りの準備で余裕があればサプライズを企画したいって言ってたな。放水をさせるってのも本末転倒な気はするけど、お祭りのアピールとしては有効か。流石はリシェイ」


 お祭りの準備をリシェイに任せて、俺はずっと上水道の工事をしてた。

 今日のお祭りに水の準備が間に合うかどうかリシェイも確信が持てなかったから、俺に報告するのを後回しにしたんだろう。祭りのプログラム上で調整が必要な物でもないし。


「……リシェイお姉さま、足す、メイド服」

「早くも真理に至ったか、テテンよ。俺もリシェイと出会ってからずっと機会を探り続けているんだけど、自然な流れでメイド服を渡すのが難しくてな」


 下手するとセクハラだし。いや、下手しなくてもダメか。


「天橋立の喫茶店の制服をメイド服にするようねじ込もうかとも思ったんだけど、断念したんだ」

「純真無垢な、職権濫用、なぜやめたし」


 不甲斐ない俺を糾弾するような目を向けてくるテテンに、理由を語る。


「どう考えても赤字になるから」


 世界樹の上のこの世界では突風対策でスカートはあまり好まれず、創始者一族などが着る服として認知されているせいで高価だ。喫茶店の制服にするには単価が高すぎて難しい。


「……夢は、金に勝てぬ」


 テテンが両手で顔を覆う。足元がおろそかになって躓いたテテンを支えてちゃんと前を見るよう促してから、橋を渡り切った。


「だが、俺は今ここに同志を得た。同志テテンよ、共に夢を実現するために邁進しようではないか。手始めに、メイド物の小説を書くのだ」

「まかせろ……」


 よし、目論見通り。

 テテンの思考誘導が完了したので、俺は夜を楽しみにしながら祭りの会場へ向かった。



 なお、テテンが書いた新作百合小説はメイド養成校を舞台にした女教師と臨時講師と校医の三角関係物となった。

 ……求めていたのと微妙に違う。



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