第二十八話 デザイン大会への誘い
上水道工事を順調に進めていた夏も終わりのある日のこと。ヨーインズリーから封筒が届いた。
「コヨウ車停留所のデザイン大会、参加者募集?」
ずいぶん唐突にどうしたんだろう。
封筒の中身は、雲上ノ層に敷設する天楼回廊を行きかう予定のコヨウ車用の停留所をデザインする大会を催す広告と、俺宛ての手紙だった。
ヨーインズリー創始者一族の現当主パルトックさんからの手紙にはデザイン大会を開催するに至った経緯が書かれている。
世界樹東側の意見調整に手間取り、必然的に人が集まる事になる停留所の設置場所を巡って熱い議論が行われたらしい。この議論が長引いた事でデザインに取り掛かるのが遅れてしまい、広く公募する事で間に合わせるつもりのようだ。コヨウの停留所のデザイン大会を通じて天楼回廊についての周知を行う目的があると書いてある。
広告には停留所を置く雲上ノ層の枝についても触れられているが、周辺の状況などは別途資料を配るという。
リシェイが俺の肩越しに手紙を覗き込んできた。
「広告は公民館と宿、入り口前広場の掲示板に貼り出しておくわね。資料受付は事務所でやればいいかしら?」
「そうだな。どれくらいの応募があるのか分からないけど資料も結構分厚い物だろうし、置く場所あるかな?」
「その点は大丈夫よ。昨日、古い資料を公民館の資料室に移したばかりだから」
それで、とリシェイが俺を見る。
「アマネも参加するのかしら?」
「当然、参加で」
手紙にも俺が参加してくれると話題性が増して嬉しいと書かれていた。ケインズにも同じ手紙を送ったと書いてある辺り、俺とケインズを競わせる気満々である。
またとない機会だ。乗ってやろうじゃないか。
広告に書いてある詳細を読み返す。デザインそのものを募集しているだけで、建設などはヨーインズリーの建築家や職人が行うらしい。
ヨーインズリーが新人建築家へ斡旋する仕事の中にこの天楼回廊のコヨウ車停留所の建設が含まれるようだ。
そう言えば、俺も建築家資格試験に合格してすぐの頃はヨーインズリーから斡旋された仕事をこなしていた。ちょっとした恩返し気分である。
「作業室にいるから、お茶をお願い」
「分かったわ。すっきりするハーブティーでいいかしら?」
「それで頼むよ」
俺はリビングを出て作業室に向かう。
自宅一階にある俺の作業室に入り、製図台に掛けていた布覆いを取り外しつつ資料棚を眺める。
今回はコヨウ車の停留所の設計と題されているけど、広告を読んだ限りでは高速道路などにあるサービスエリアに近い施設だ。
世界樹の東西南北を結ぶ主要道路となる天楼回廊に設置するだけあって、コヨウ車も常時相当な量が行き来する事になる。交通機関としての辻コヨウ車が利用する停留所の機能はもちろん、行商人などが利用する宿泊休憩施設や、飲食店、トイレ施設、加えて魔虫に対する防衛設備も必要になる。
村というには小規模ながら、相応の設備が必要になるのだ。
資料棚から必要になりそうなデッサン集などを取り出していると、リシェイが部屋をノックした。
「アマネ、お茶を持ってきたわ」
「いま開ける」
作業部屋の扉を開いた先には右手にハーブティーが入ったカップを乗せたトレイ、左手にヨーインズリーから届いたらしい資料を持ったリシェイが立っていた。
「ついさっき届いた資料よ」
「ありがとう」
俺はトレイと資料を受け取りつつ、玄関の方を見る。ヨーインズリーから届けられたらしい資料の入った木箱が一つ置かれていた。
「重そうだから、雲下ノ層まで持って行くのを手伝おうか?」
「お願い。箱はまだ外に二つもあるのよ」
タカクスは人が集まる分、ヨーインズリーは資料も多めに配送したのか。
リシェイの細腕で運ぶのは到底無理だろう。
俺はカップのハーブティーを飲み干してトレイと資料を作業机の上に置き、玄関へ戻って木箱を持ち上げる。
「せっかくお茶を淹れてもらったのに、味わえなかった」
「また入れてあげるから、事務所まで付き合って」
「デートだと思えば役得かな」
「調子いいわね」
くすりと笑うリシェイと一緒に玄関を出て残りの木箱をまとめて持ち上げるが、流石に三つもあると視界を遮られてしまう。
どうしたものかと考えていると、リシェイが物置からケナゲンを引っ張ってきた。よく働いてくれる荷車である。
ケナゲンに木箱を乗せて、俺はリシェイと一緒に天橋立へ歩き出す。
天橋立の遊歩道に植えられたキスタの葉が紅く染まっていた。秋風の寒さを和らげるような柔らかい紅色の葉を眺めつつ、歩く。
「デザインの草案は出来てるの?」
「いま頭の中で構築中。アウトプットまで今しばらくお待ちください」
「アウプ?」
「こっちの話。ひとまず、ヨーインズリー周辺の雲上ノ層に建てる以上は建物の形式がツリーハウスになる。コヨウ車を停める駐車場や辻コヨウ車の停留所はツリーハウスの下、直射日光を避ける木陰に作る予定」
「周辺の景観も加味するとホストツリーの自然な造形をどう見せるかが腕の見せ所かしら?」
「基本的には、ね。他の参加者も同じことを考えているだろうから、上手く差別化していかないと」
差別化するといっても、タカクスのように和風を取り入れたり色漆喰のレンガもどきを取り入れるのは逆効果だ。現場が世界樹の東側にある以上、タカクスの様式を持ち込むと周辺との齟齬が大きく選考で弾かれる可能性が非常に高い。
差別化だけを狙うならシャコちゃんでもおけばいい。あいつなら強烈なインパクトを与えるのは間違いない。ビームで子供と魔虫を怖がらせる効果も――そういえば、電力がなかった。
あれこれ考えながら雲中ノ層に到着し、木箱を届けてくれたコヨウ車が魔虫狩人ギルドに矢を納品しているのを横目に大文字橋を渡る。
第三の枝を下って二重奏橋まで来たところで、リシェイが入り口前広場を指差した。
「私は掲示板に広告を貼って来るわね」
「分かった。この資料は事務所に入れておくよ」
「お願い」
リシェイと別れて二重奏橋を渡り、事務所に到着する。
事務所の扉の鍵を開いて中に入り、木箱を乗せたケナゲンを連れて中へ。
それにしても、ケナゲンからは全く音がしない。荷車だけあって車輪もついているのに回る音がほとんど聞こえてこないのだ。寡黙なケナゲンの有能っぷりが際立つ。
木箱三つのうち、開いている一つを事務室に置いて残りの二つを資料室に入れる。
それにしても、と資料を一つ取り出して目を通してみる。
この資料には意図したものなのか、情報抜けが存在している。
停留所を設ける雲上ノ層の枝の側には町が存在しているのだ。同じ枝ではなく、近くにある雲中ノ層の枝とその下の雲下ノ層の枝である。
現地視察を怠る者を選考過程で弾く算段かもしれない。
なにより、この情報が抜けている事で大きいのが防衛戦略の構築方法である。
雲上ノ層の枝に作る停留所という事で周辺からの援軍を期待できず、非戦闘員を多数抱えた状態で少人数の魔虫狩人による拠点防衛、といえばその難易度も良く分かる。
しかし、すぐ近くに層が異なるとはいえ町があるのならば防衛戦略も大きく変わるのだ。
極論、町のある雲中ノ層の枝との間に橋を掛けてしまえばそれだけで援軍を期待できる状態になるのだから。
今回の大会要項を見る限りではあくまでも停留所のデザインを募集しているのであって、橋までも含めたデザインを送れば弾かれる可能性が高まるが、背後に町という人口密集地を構えた防衛拠点であれば、停留所は枝の端、眼下に町を見下ろす位置に作って背後の防衛を一部町に委託しつつ、停留所の人員は前方に対して火力を集中させる戦略が取れる。町に対しての見返りは停留所につくる魔虫監視塔からの連絡で遠方からの魔虫襲撃をすぐに察知できる点だ。
町が存在するだけでこれだけの戦略幅がある以上、資料の情報抜けは重大だが……。
「あのパルトックさんがこんな初歩的ミスをするとも思えないんだよなぁ」
なにしろ、ヨーインズリー現当主でありながら建橋家資格を持つ人だ。周辺都市の相談役でもあり、世界樹東側の自治体の位置を全て知っている人物である。
そうでなくとも、ヨーインズリーは資格試験が行われる関係で建築家や建橋家が多い。
「まぁ、情報抜けは意図的なものだろうな」
どちらにせよ一度現場に行ってみようとは思うけど、時間は取れるだろうか。
ポケットに入れてある予定表とにらめっこして、時間が取れそうなところを探す。
上水道の敷設が終わってから、冬の雪が降るまでの間だな。
多分、ケインズもやってくると思うし、久々の競争だ。きっちり喧嘩を売っておこう。
念のため手紙を送って煽っておこうかな。
資料をめくってデザインする停留所に求められる機能や制限についても確認を済ませ、頭の中で草案を組み上げていく。
ツリーハウスの下、木陰となる部分にはコヨウ車に関連する設備を配置するのが確定している。坂道などを設置して車を引くコヨウに余計な負担を掛けても意味がない。
となると、休憩所や宿泊施設の位置が問題となる。
コヨウは臭い生き物だ。車を引かせるコヨウは定期的に毛を切るなどでにおいを抑えているが、それでも集まれば確実に臭くなる。
風通しを良くして臭気を散らす工夫をしておかないといけないけど、風通しの良さは窓の大きさなどにも影響してくる。
魔虫の襲撃に備える必要があるから、建物の強度や弓矢の射線確保も考えて、臭気を散らす工夫をして、利用客の動線と魔虫狩人の動線、緊急時の避難経路も考えないと。
「これ、時間足りるかな」
デザインだけで俺が建設時に指揮を執るわけではないからこそ、意図を単純明快に説明できないといけない。
いつも現場で指揮を執っていたから職人たちの質問にもその場で対応できてたけど、こんな風に委託みたいな形を取るのは初めてで考えることが多い。
少し新鮮な気分に浸りつつ、俺はデザインの草案を考えていった。




