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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第二十七話 刎橋

「……メルミーお姉さま、何を、してる?」


 早朝、昇り始めた太陽に向かって体操をしているメルミーに、テテンが窓から声を掛ける。

 夏らしい熱気も早朝のこの時間はまだ柔らかい。寝起きのテテンが浴びても平気なようだ。

 メルミーは健康的な張りのある足の柔軟体操をしつつ、テテンに応える。


「日光浴しながら体操だよ。太陽は友達だからね。太陽光って目に見えない温かな応援が添えられるのさ。テテンちゃんもやる?」

「……太陽は、敵ゆえ、熱い日差しは、凶器」


 テテンが太陽を睨むが、予想以上に眩しかったのか目を両手で覆う。


「……おのれ、太陽、め」

「太陽さん好き嫌い激しいみたいだね」


 二人の話を聞いていたリシェイがトウムパンを切っている俺に声を掛けて来る。


「水路橋は完成したのよね?」

「昨日のうちに完成したよ。けど、完成式典は上水道整備と纏めてやる予定だし、一段落ついたってだけだな」


 一番の大物が水路橋だったけど、これから雲下ノ層第二の枝に水路を通さないといけない。

 今日から工事に取り掛かる予定だけど、第二の枝は高層化が始まっている事もあって水路も高くしないとならない。当然、道路を跨ぐ位置に造る水路は小さな水路橋の様相を呈する。

 前世で言うところの歩道橋みたいなやつだ。


「第二の枝にはタカクス学校があるわよね。子供たちも見学に来るかしら?」

「来てほしいんだけどね。やっぱり見てるだけだとつまらないらしくて、すぐに飽きるんだとさ」


 こればかりは仕方がない。大きくなって弟子入りしに来てくれれば、色々と教えたり現場に連れていったりできるんだけど。


「実地で学べるって意味では雪の街は良い題材だったのかもしれないわね」

「職人連中が指導もしていたから、多少は技術的なことを学べたみたいだしね。今年も雪の街が興るなら、俺も子供たちと遊ぶ時間を作ってみようかな」

「アマネが加わると遊びで済まないほど技術が進みそうだからやめて」


 リシェイに真剣な顔で止められた。俺には孤児院を舞台にした雪の街で経済の下地を作ってしまった前科があるから、警戒しているらしい。

 俺はベーコンエッグの焼き具合を確認して皿に盛りつけ、テテンとメルミーに声を掛ける。


「朝食ができたから、手を洗ってこい」

「あいあいさー」

「……さー」



 朝食を食べ終えて雲下ノ層へ到着である。

 第一の枝にある貯水槽の様子を見てから、矢羽橋を渡って第二の枝へ。


「賑わってるねー」

「タカクスの中でも人口が集中してる枝だからな」


 道路を挟んで左右に木造や魔虫甲材で作られた家が立ち並ぶ。

 家と家の間にはたまに階段があり、空中回廊へ上がることができた。基本的に歩行者が利用するためのそれは、アパートなどの総合住宅の場合、二階や三階へ上がるための階段も兼ねていたりする。

 俺はメルミーと一緒に坂道を上る。俺たちの隣をコヨウ車がゆっくり上っていった。水を入れた木壺を積んでいるのが見える。

 坂道の頂上に辿り着いて、左に曲がる。ここから空中回廊の一段目になっており、道の端にある柵から下を覗くと、眼下に大通りが見える。いわゆる立体交差だ。

 立体交差は自治体の規模が大きくならないと必要がない代物だけあって、タカクスの創始者としてはちょっとテンションが上がる。


「そこの君たち、今から学校?」


 メルミーが下の通りを歩いていた女の子達に声を掛ける。

 女の子たちは照れたように笑いながら頷いた。

 メルミーも笑顔で手を振る。


「行ってらっしゃい」

「いってきまーす」


 子供たちが学校へ駆けていくのを見届けて、メルミーが空を見る。


「メルミーさんにも、あんな若い頃があったのさ」

「メルミーもまだ年齢二桁だろうが」


 精神年齢はあまり変わらないかもしれないくらいだ。

 その後も通学途中の子供や学生とすれ違いながら、俺達は工事現場に到着した。


「では、工事を開始する」


 昨日の内に事前の打ち合わせも終えていたので、速やかに工事に移った。

 職人たちが動き出す。

 メルミーは他の女性職人達と一緒に小さな屋根を作るため、現場の端の方へ行った。

 俺は現場を改めて眺める。

 眼下七メートルほどのところに大通りが見える。ここはいわゆる空中回廊で、交通量の多い大通りの上に位置しているのだけど、この位置に水路橋を作らないと高低差の問題で第二の枝全体に水を行き渡らせる事が難しくなってしまう。

 大通りの幅は七メートルほど。この大通りを跨ぐように水路橋を架けるのが今日のお仕事である。

 職人が分厚い魔虫甲材の板を肩に担ぎながら歩いてくる。


「それにしても、奇抜な橋ですね」

「下が大通りだから、橋脚を作れなくてさ。それでも常時水が流れていても重量に耐えられる頑丈な形状となるとこうなった」


 そう、今回の橋で注意しなければならないのは枝と枝を跨るような橋とは違って橋脚が作れない点だ。

 下の大通りの通行を妨げてしまう柱の設置なんてもっての外で、水路橋の両端が乗る空中回廊へ掛かる重量も可能な限り少なくしたい。

 そんなわけで採用したのが刎橋だ。

 前世では江戸時代までに使われていた橋で、現在でもブータン等で利用されている。

 日本は国土を山ばかりが占めており、崖や激流がどこにでも存在する。崖下から橋脚を建てるなんて建材の無駄だし、運ぶのも一苦労だ。激流ならば橋脚ごと下流へ流されかねない。そうでなくとも台風がやってくる。

 ならば、橋脚なんか必要のない掛け方をしちゃえばいいじゃない、と考えられたのが刎橋である。

 日本三奇橋に数えられる山梨県の猿橋は刎橋として有名で、四層の桔木はねぎの上に橋桁を渡す構造となっている。雨で腐食しないよう、桔木には小さな屋根がそれぞれ取り付けられていて、見た目にも特徴的だ。

 俺はメルミー達女性職人組を見る。今回の橋も猿橋同様に屋根を取り付ける予定で、メルミー達にはその屋根を用意してもらっていた。順調に作業は進んでいるようだ。

 俺は声をかけてきた職人に向き直る。


「慣れない掛け方だとは思うけど、構造的には雲中ノ層の和風建築でやった桔木と同じだから、気負わずに作業してくれ」

「了解です。構造そのものは単純なんですよね」


 そう言いながら、職人は魔虫甲材の板を持って空中回廊の端に向かう。

 別の職人が魔虫甲材の板を受け取って、空中回廊の下にある穴に差し込んだ。

 刎橋の掛け方は短い板である桔木を斜め上に突き出したその上に少し長い桔木を置き、さらにその上にもう少し長い桔木を置くといった方法で両岸からせり出していき、数枚の板で構成されたアーチを形作るものだ。

 子供の頃に定規とボンドで作って親に叱られた前世の思い出は心の奥底に封じ込めておこう。

 構造としては単純ながら、耐久性は折り紙つきの形状でもある。

 日本の建築物は屋根を重視する傾向があり、大きな屋根ほど豪奢に見える。ヨーロッパの教会建築が高さを求めた様に、日本の寺社仏閣は豪華で立派な屋根を求めて工夫した。

 ある意味流行の最先端だった寺社仏閣が屋根を強調していけば、他の人々だって真似ていく。

 けれど、居住性を考えると大きな屋根も良し悪しで規則正しい配置の頑丈な柱を必要とするせいで間取りも限定されてしまう。

 そんな中で用いられたのが、刎橋にも用いる桔木だ。柱に屋根の全荷重を預けるのではなく桔木で分散させる事で柱の配置に自由度を持たせる事に成功した。

 そんなわけで、上からの重量を支えるのに桔木は適している。

 職人たちがてきぱきと桔木を固定する。今回は木材ではなく耐水性を有する魔虫甲材で、少々硬いため固定に時間がかかっているようだ。

 職人が魔虫甲材を運びながら、俺に声を掛けて来る。


「これってどれくらいで建て替えるんですか?」

「状態を見ながらになるけど、大体三十年くらいで見積もってる」

「材料の価格を考えると長持ちですね」

「ここ以外にもあちこちに架けないといけないから、そう頻繁に建て替えるわけにもいかなくてさ」


 第二の枝の上水道計画では通りを跨る水路橋が数か所存在する。これらすべてを刎橋で作る予定になっているため、費用対効果を重視して材料を選定してあった。

 職人は納得したように抱えている魔虫甲材を見る。


「経営者は大変ですねぇ」

「一番大変なのは輸入経路の策定とかもやってるリシェイだけどな。帰りに商店街で甘い物でも買って帰るよ」

「そうした方がいいですよ。ウチの親方、そういうとこでカミさんに甘えすぎてごたつきましたから――」


 余計な事を言った職人の頭にげんこつが落ちた。凄いな。ウチの親方って言葉だけですっ飛んできてカミさんのところでげんこつを構えてた。もう何を言いだすか予想がついていた動きだ。

 俺も気を付けておこう。


「アマネさんに余計なこと言うんじゃねぇよ。作業に戻れ。明日には完成させないといけねぇんだからな」


 涙目になっている職人の襟をつかんで現場に連れていく親方に苦笑しつつ、俺も工事に戻った。



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