第二十六話 学び方あれこれ
支え枝が成長する夏まで待って、タカクス全域の水道整備事業が本格的に開始されることになった。
まず最初に取り掛かったのは雲中ノ層にある二本の枝を行き来できる水路橋だ。
冬の間、子供たちの雪の町が興亡したその第二の枝はすでに雪も溶け切って更地となっている。
雲下ノ層第三の枝、第四の枝からそれぞれ伸ばした支え枝は高さも強度も十分で、水路橋を十分に支えられることだろう。
ってなわけで、工事開始である。
「珍しい物を使うんですね」
職人の一人が建材として準備された複合素材を調べながら、声をかけてくる。
おなじみのバードイータスパイダーの液化糸に加え、雪虫の毛なども含まれた高級な建材だ。非常に粘り強い性質を持ち、振動にも強い。雪虫の毛が建材に粘りを与えるらしく、非常に高い復元性を併せ持つ。
めちゃくちゃお高い品である。都市インフラの要でもある水道をタカクス中に張り巡らせるのが今回の事業目的なので、できるだけ長持ちする物を選んだ結果だ。
それはそれとして、この子たちはどうしたものかな。
俺は興味津々で職人たちの作業風景を見学している子供たちを振り返る。
雪の町を作っていた子供たちの中でも、才能が突出していた子たちだ。
孤児院の庭を舞台とした第一期雪の町の際に木切れと雪を用いた複合素材を開発し高層建築に着手した女の子。雲中ノ層第二の枝を舞台とする第二期雪の町で雪と氷ばかりの家並みの中で木切れを用いた複合素材を女の子から購入、独特な外観の雪の家を多数手掛けて販売し、お菓子長者になった男の子。巧みな氷窓作成技術によりこの冬の雪の町を席巻した男の子。冬の終わりに近付くにつれ雪合戦で荒廃した雪の町でより頑丈なバリケードを求められて網ガラスのように細長い木の板を格子状に配して凍らせた氷を開発、防衛戦構築に多大な貢献をした女の子。
あまりにも面白そうな子たちだったので、見学しにおいでとつい声を掛けたのだが、まさか本当に来てくれるとは思わなかった。
工事現場をあまりうろちょろさせるわけにもいかないし、子供たちだって質問とかしたいだろう。
「こっちおいで。メルミーさんが教えたげる」
メルミーが子供たちを呼び寄せ、建材の説明を始めた。
メルミーが気を引いてくれている間に、俺は職人達に作業手順の確認等を行う。
「それじゃあ、始めるとしよう。子供たちはこっちにおいで。作業はさせられないけど、注意点とかは教えてあげられるから」
「お願いします!」
子供たちが声を合わせて挨拶し、俺や職人達へ頭を下げる。冬の間雪の町作りで職人たちも子供たちと一緒に雪の家を作っていたから、それなりに打ち解けているようだ。
初々しくていいね。
メルミーが耳打ちしてくる。
「……弟子ができるかもだよ」
「張り切り過ぎて失敗しないように気を付けるよ」
弟子候補に頼りないとか思われたらいやだし。フレングスさんもサイリーさんにからかわれている時はこんな気持ちだったのだろうか。
「さて子供たちよ。まずはこれから作る橋の説明だ」
子供たちに向き直って、俺は設計図や外観図を見せる。
デザインはイギリスにあるエンジンアーム水路橋に近い。エンジンアーム水路橋はアーチを組み合わせた外観が整然とした美しさを有する橋で、下段に橋全体を乗せる大きくゆるやかなアーチ、中段にはアーケード状に連続した二十二のアーチで構成されている。鋳鉄製の橋らしい重々しい色合いも、規則的に差し込まれた白色塗料のおかげで緩和され、シックな色合いになっている。道路の巨人と呼ばれた人が設計しただけあって実に美しい橋だ。
今回、雲中ノ層に架ける橋は支え枝が二本あり、アーチ三つで第一の枝と支え枝、支え枝と支え枝の間、第二の枝と支え枝とを繋ぎ、その上を六十以上の尖頭アーチが連なる中段で連結する。尖頭アーチを形成する柱にはシンプルな彫刻を施して単調さを軽減する。
さらに、青色の光沢が特徴的なブルービートルの甲殻を用いて、空の色との調和を図る。
全長は五キロほど。中段のアーケード内に上水道があり、その上に橋桁を渡して人やコヨウ車の通行が可能なようになっている。
「はい、質問は?」
「人工物らしさが過ぎる気がします」
凄いダメだしされた……。
「言いたいことは分かるけど、これは人工物らしさと空という自然物の対比をより自然な形で魅せるコンセプトなんだ。橋と空の中継ぎとして、ブルービートルの甲殻の青を入れてるんだよ」
「なるほど」
納得した様子で男の子は高級建材を振り返る。液化糸と雪虫の毛を使っているだけあって、乳白色で光沢もない建材と空に浮かぶ雲を見てもう一度なるほどと呟いた。
「白一色じゃだめなのは雲の中に沈んじゃうからですか?」
「いい考察だ。その通り。雲の白に紛れてしまうから視認性が悪くなるんだ。橋の場所が分からないと大変だし、雲下ノ層から見上げた時にどこまでがタカクスなのか分かりにくくなってしまうからね」
「雪の町で木切れを多く取り入れすぎた家の人気がなかったのって、周りから浮きすぎたからでしょうか?」
「かもしれないね」
よく考えて物事の理解を深めようとする子だな。俺の弟子なんかにするのは勿体ない気がしてきた。
ビューテラームの建築学校に留学させた方がいいかもしれない。タカクス専門学校だと建築系は学べないから、俺の弟子になるくらいしか進路がない。ビューテラームなら色々な人がいるから設計の幅も広がるだろうし。
などと考えて、以前、ビーアントの巣を見つけて騒動になったヨーインズリーのデザイン大会で審査員に言われた事を思いだした。あの人も俺に一度ビューテラームに行けと言っていた。こういう事だったのか。
なんかいろいろ思い出してしまう。
一日の作業が終わり、俺はメルミーと一緒に子供たちを送ってから、雲上ノ層の自宅への帰路につく。
「――ってなわけで、修業時代を思い出したよ」
「子を見て思う親の気持ちって奴だねぇ。弟子だけど」
俺と同じで住み込み修業みたいなことをしていたメルミーにも共感できるところがあるらしい。
「メルミーさんは貰われっ子だけど、とにかく覚えることが多かったから大変だったよ。養父さんや養母さんに頑張り過ぎだって遠回しに言われてたけど、あの頃は気付けなかったね」
技術を学んで早く役に立てるようにならないといけないと張り切り過ぎていたらしい。結果論で言えば、その頃の頑張りがあったから早くに才能が開花したのだと思うけど、木籠の工務店の面々は店長夫妻はもちろん、店中の人が気が気ではなかっただろうな。
頑張っているのが分かるから頑張るなとも言えず、ペースを落とせと言っても伝わらず……弟子を持つのも大変そうだ。
「その点、アマネは優秀だったんでしょ?」
「そうでもないよ。やっぱり、覚えることはたくさんあったしさ。フレングスさんは何回か弟子を取ったけどみんな逃げ出しちゃったらしいから、なおさら気を使ってたんだと思う。なんだかんだで理解させるのは上手いんだけど、教え下手だからさ」
「それって、両立するの?」
「フレングスさんは滅多に褒めないんだよ。けど、理解させるのは上手いから弟子はどんどん身に付けていく。でも弟子の立場からしてみればこんなに成長を実感できるのに何で褒めてくれないんだろうって自信を喪失していく」
俺の場合は住込みだったからサイリーさんが上手くフォローしてくれた。でも、兄弟子たちは通いだったらしいから、フォローも受けられなかったんだろう。
「口下手だけど、良い師匠なんだよ」
「アマネはそういうところが生意気だって言われるんだと思うよ?」
そうかな?
「……メルミーお姉さま、と約一名」
天橋立の半ばのところに新しくできた喫茶店の軒先でミノッツジュースを飲んでいたテテンに声を掛けられる。
「あれ、テテンちゃん? どうしたのこんなところで」
「……涼んで、いた」
天橋立を渡る途中で体力が切れたのか。
メルミーがテテンの座っているベンチに並んで腰掛ける。
「いいね。ミノッツジュース」
「……飲む?」
「新しいの頼むから大丈夫だよ」
メルミーが店主さんに新しいミノッツジュースを頼む。間接キスをもくろんでいたテテンが肩を落とした。
「俺は冷製スープを何か頼もうかな」
熱中症予防で利用する客を相手にしているからか、この喫茶店の飲料は種類が豊富だ。準備するのも手間がかかるそうで、この喫茶店は店主さんの自宅が併設されている。
雲上ノ層の住人ともいえるし、雲中の層ノ住人ともいえる微妙な位置取りの人である。
「――それでね、修業時代の話をしていたわけなのだよ。メルミーさんの初々しい頃の話。テテンちゃんの初々しい頃の話も聞きたい」
メルミーがミノッツジュースを片手にテテンに訊ねる。
テテンは顔をあげて何かを思い出すような顔をすると、気持ち悪いモノでも脳裏に浮かんだらしく顔を顰めた。
「どうしたの、無表情で固まって」
メルミーには無表情に見えるのか。あれは熱源管理官養成校に通う熱血と筋肉を思い出しておののいている顔だと思うけど。
「……教師の顔は、おぼえて、ない。……教科書は、裏表紙まで、覚えてる」
「集団教育だとそうなんだ。何か課題が上手くできなくて、むきーとか、うがー、みたいのってなかったの?」
擬音語だか擬態語だかわからない単語を混ぜながら、メルミーが訊ねる。まぁ、大筋は分かる。
テテンは首を傾げた。むきーもうがーも言わないし、言ってるところを見てみたい気もする。
テテンの場合、就業期間という名の在学中よりも卒業してからが心配されていた。主に就職問題と本人の適性が原因で。
校長曰く、成績は優秀だって触れ込みだったし、実際に一緒に仕事してみてテテンが優秀で仕事熱心なのも確かだ。
そんなわけで、テテンの返事は決まっていた。
「教科書を見れば、分かる」
「友達と課題をやったりは?」
「……一人でも、大丈夫」
テテン……。
思わず同情したら睨まれたので、頭をポンポンと撫でてやる。
「……うがー」
テテンが俺の手を払いのけた。
喫茶店を出て、自宅に向かう。この流れでリシェイに訊かないわけにはいかないだろう。
「――修業も何も、私は独学よ?」
リシェイが首をかしげる。恩師がいないから師匠の気持ちも弟子の気持ちも分からないらしい。
「そうだったね」
ヨーインズリーの図書館で独学で勉強していたんだった。
「私の師匠は私よ」
ちょっと自慢そうに、リシェイが笑う。建築家資格を得てからというもの、リシェイにはずっと事務仕事をやってもらっているから、その実績もあって説得力のある言葉だった。
教える側と教わる側の関係も千差万別なのだ、と結論付ける事にしようか。
なお、子供たちは二週間ほどで飽きてどこかへ遊びに行ってしまった。
俺はまだ弟子をとるには早いと子供達にまで思われたのだろうか。




