第二十五話 雪の町
投稿場所を間違えてお騒がせしましたorz
「からーだーがー」
「なまーるー」
何となく体を動かしたくなった冬の某日、俺はメルミーと一緒に自宅前で体操していた。
綿入りの半纏を着てモコモコしているテテンがリビングの中から俺たちを見ている。窓越しにも奇怪な体操をしている俺たちを白い目で見ているのが分かった。
「……メルミー姉さま、健康的。お美しい。アマネ、絵を汚す、な」
正確には白い目で見られているのは俺だけだな。引っ張り出してやろうか。
雲上ノ層はその名の通り雲の上にあるため雪が降らない。今日も今日とて冬の日差しが降り注ぎ、うららかな太陽の下、寒風がビュービュー吹き抜ける。
雪かきから解放されたはいいものの、どうにも体が鈍ってしょうがない。魔虫狩人としての朝の訓練も怠ってないけれど、それでも運動量が足りない。
「アマネやアマネやアマネさん、メルミーさんのお腹は?」
「すーべすべ」
「アマネやアマネやアマネさん、メルミーさんのお腹を?」
「さわりたい」
「はいどうぞ」
あ、ちょっとプニプニしてる。
「ね、運動が必要と思うのだよ、メルミーさんの素敵なお腹を維持するためにも」
「そうだな。天橋立の雪かきでもするか?」
「もしくはデート!」
「……アマネ、ぜつゆる」
そんなモコモコの状態で凄まれても、脅威を感じない。むしろ、もこもこテテンからゆるキャラの気配を感じるんだけど。
紅茶を飲みながら窓辺に来たリシェイが着ぶくれしたテテンを片手でつつく。
「天橋立の雪かきはした方がいいと思うわ。雲中ノ層側は雪が積もり始めているから、中央の道だけでもお願いできない?」
「オッケー。ビロースも誘って雪かきしとくよ」
「メルミーさんもやる。むしろ今から始めようぜい」
雪かきシャベルを取ってくる、と納屋に走っていくメルミーを見送って、俺は窓辺に立つリシェイとテテンを見る。
「事務所と燻製小屋付近は?」
「事務所はラッツェが始めた雪かきサービスのおかげで綺麗になってるわ」
「あいつ、そんなこと始めたの?」
品種改良では第一人者マルクトに迫る科学者なのにバイト三昧していると思ったら、今度はサービス業を立ち上げるとは。
お給料足りないのかな。結構出してるはずなんだけど。
「給料体系の見直しを考えた方がいいかな?」
「ラッツェはサラーティン都市孤児院出身者で始めた温室栽培作物の寒冷地順応化に資金援助するために雪かきサービスを始めたそうだから、お給料の問題ではないと思うわ」
「キリルギリに温室を壊されたから、対策として品種改良に取り組んでるってわけか」
温室は再建したけど、設備費を考えれば品種改良に取り組んで耐寒性を得た作物を生み出せればそれに越したことがない。
「でも、企画書を見た覚えがないんだけど」
「タカクス専門学校の授業内容に組み込んでみたいと校長先生からお話があって、今調整しているそうよ」
実践的な研究テーマになるから丁度いいというのは分かるけど、現在の生徒が卒業するまでに結果が出るようなものではないから、モチベーション維持の方法が気になるな。
とりあえず、企画書が持ち込まれるまで様子見か。
「それで、燻製小屋は?」
「……雪、たっぷり」
「なにもしてないと」
「うむ」
そんな事だろうと思った。テテンは結構忙しいし。
「雪かきシャベル四姉妹を連れて来たよ!」
納屋から走り込んできたメルミーが四本の雪かきシャベルを持ち上げる。四本もあるとそれなりに重量があるしかさ張る所を、メルミーは荷車ケナゲンを使って持ってきたらしい。
「ケナゲンは雪を乗せて捨てる係な」
「大役だね。ケナゲン、君にしかできないよ」
「誰かが押してあげないといけないのだけど」
リシェイが現実的な意見を口にする。もちろん、日々改良されているケナゲンでも自走機能はついていない。
「テテン、ケナゲンを押す係とシャベルで雪を持ち上げる係、どっちがいい?」
「ケナゲン……」
「きまりな」
あっさりとケナゲンの相方が決まり、俺たちは天橋立に向かう。
途中、天橋立の側にあるビロースの宿に立ち寄った。
高級宿に分類されるビロースの宿は、天候から解放された雲上ノ層にあるため、冬の最中である今も客が数人泊まっている。
客が昼食を食べ終えた時間帯でもあり、ビロースの手は空いていた。
「雪かきか。お客からも言われたところだったんだ。ちょうどいい」
「じゃあ決まりな。これがお前の相方。助勢フィーヌだ」
雪かきシャベル四姉妹の一本を進呈。命名は俺である。
ビロースは渡された助勢フィーヌを怪訝な顔で見て、困惑気味に首の後ろを掻いた。
「マルクトがランム鳥に付けてる名前みたいだな」
「参考にしたからな」
女将さんは宿に残るとの事で、ビロースを加えた五人で天橋立に向かう。
雪は五センチほど積もっていた。雲中の層へ向かうにつれて徐々に雪が増えていくのが少し面白い。
「今年の内にあと何回雪かきできるかな」
「例年通りなら、七回くらいで済むわ。雲中ノ層以下だともっと大変だと思うけど」
ざくざくと雪を道の脇に寄せながら、メルミーが言うと、リシェイがデータに基づいて答える。
天橋立は雲上ノ層とをつなぐだけあって高所に位置しており、雲が直撃するのも一部だけだ。今年はやや暖かい事もあり、雪かきの頻度も少ない。
雪かきを続けていると、テテンが雪を捨てた後のケナゲンを押して戻ってきた。
「……疲れた」
「早いな、おい」
「……寒い」
「文句は受け付けない。しばらく休んどけ」
コクコクと頷いたテテンはモコモコスタイルのまま、天橋立に設置されたベンチに腰を降ろした。
リシェイが用意していた水筒から温かい紅茶を出して、コップを両手に持ってちびちび飲み始める。
「リシェイもそろそろ休憩したら?」
「そうさせてもらうわ」
「メルミーさんはまだまだいけるよ!」
そりゃあ、雪玉作って天橋立から投擲して遊んでるくらいだから、元気が有り余っているだろうよ。
粛々と雪かきを続けていると、ビロースが一抱えもある雪玉を作っているのが眼に入る。
「ビロースまで遊ぶなよ」
「息抜きも必要だろうが。ほらよっと」
ビロースが作ったばかりの雪玉を持ち上げる。かなりの重量のはずだが、ビロースはゴムボールでも投げるように天橋立から地上へスローイン。
世界樹の根元へ真っ逆さまに落ちていく雪玉の行方は雲に隠れて分からなかった。
まぁ、この下には枝もないし、問題は起きないけど。
「――あぁ、雪かきしちゃってる!」
雲中ノ層側から声が聞こえて来て、目を向ける。
タカクス学校の生徒たちだろうか、十歳前後の男の子、女の子が俺たちを指差していた。
「なんだ、雪遊びに来たのか?」
「そうだよ。あぁ、なんで雪かきしちゃうかな」
「気が利かないねー」
「ねー」
あれ、俺が悪い流れ?
子供たちにとっては人の多い雲下ノ層や雲中ノ層よりも、天橋立の橋にあるまじき広さと頑丈さ、人通りの少なさが魅力的らしい。
「雲下ノ層の公園はチビ達の遊びだしな」
「年長者として譲ってやるもんだよな」
男の二人がなかなか見どころのある事を言っている。
とはいえ、天橋立で雪合戦なんてされると通行の迷惑だ。少ないながらもビロースの宿のお客さんがコヨウ車に乗って通ったりもするし、占拠されてはたまらない。
「よし、坊主ども、雲中ノ層の第二の枝に行くがよい」
「第二の枝?」
首をかしげるおこちゃまーズ。
雲中ノ層第二の枝は未だに開発していないだけあって人もあまり来ない。広さも天橋立を楽に超える。
秋の間にある程度の整備もして、余計な側枝を払ったりもしたから、広々とした空き地になっている。冬の間は天候の問題があって工事の予定もないし、遊ぶにはいい場所だろう。
「水力エレベーターもまだ凍結してないし、行き来も楽だ。雲下ノ層第四の枝から行けるから、あっちで遊んで来い」
「わかったー」
子供たちが駆け出していくのを見送って、俺は天橋立の雪かきを再開した。
俺はまだ、この世界の人類の凝り性っぷりを舐めていた。
「なんだよ、これ」
天橋立の雪かきから十日後、水力エレベーターの定期点検のため雲中ノ層第二の枝を訪れてみれば、そこにはどういうわけだか家が立ち並んでいた。
以前、リシェイから聞いた話を思い出す。
孤児院の庭を舞台とした雪の町の勃興と滅亡の顛末である。
雲中ノ層第二の枝には多種多様なかまくらが並んでいた。どれも崩れる可能性に配慮して高さ制限が設けられたのか、平屋建てだ。流石に子供が一人か二人で入るのがせいぜいで、どこもワンルーム、たまにキッチンっぽいスペース付きといった具合。
「凄いな。雪の壁に彫刻まで施してある」
木切れを入れ込んで雪が多少溶けても形を保つように配慮までしてあった。
この壁の氷部分はまさか窓か?
「これ、君たちだけで造ったの?」
俺はこの雪の町を隠れ家にしている子供達を振り返り、訊ねる。
寒風にもめげずに雪を弄っていたせいで霜焼けになっている赤い手で、なおも慎重に氷の板を運んでいた子が首を横に振った。
「大人も様子を見に来るよ」
小さな雪の町の観光がてら聞き込みをしてみると、元クーベスタ村の職人たちを始めとして職人が技術指導をしに来ているらしい。冬の家具作りの合間を縫ってわざわざ足を運んでくるようだ。
話に聞いた様子だと、職人の卵たちが可愛くてしょうがないって感じだな。
曲がりなりにもプロの職人が指導しているだけあって、街並みはなかなか綺麗な物だ。崩れても大丈夫なように天井を薄くしてあるし、安全にも配慮しているのだろう。
でも、所詮は雪だ。このまま放っておくと事故が怖いし、何らかの対策を打った方がいいかもしれない。
子供達の自主性を尊重しつつ、上手く制御する方法があればいいんだけど。
そんなことをリシェイに相談していたところ、雲中ノ層第二の枝、雪の町を舞台にした雪合戦市街地戦が子供たちの間で勃発。
子供たちの自主性の下、雪の町は三日間の戦争により荒廃し、ついには滅亡した。
――なんてこった。




