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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第二十三話 博物館

「アマネ、そろそろ起きた方がいいわよ」

「ん、あぁ、おはよう」


 カーテン越しに差し込む太陽の柔らかい光とリシェイの声で朝の訪れを感じつつ、体を起こす。


「この時間だと太陽の光も柔らかいわね」

「太陽も寝起きなんだろ」

「子供用の昔話に似たようなお話があったような気がするわ。はい、櫛」


 リシェイに渡された櫛で髪を梳く。ざっと髪を整え終わったら、部屋を出て顔を洗いに行った。

 顔を洗ったついでにジョウロに水を汲んでルーフバルコニーの上のハーブに水をやる。

 欠伸を噛み殺しつつ部屋に戻れば、リシェイが俺の服を用意してくれていた。


「博物館、完成したのよね?」

「あぁ、昨日完成した。今日のところは最終点検。明日以降は展示物の運び込みをして、完成式典は八日後ぐらいかな」

「なら、礼服は出しておかなくてもいいわね。はい、これ」


 普段用の外出着を渡され、俺はリシェイに礼を言う。

 渡された服を着つつ、リシェイに声を掛けた。


「事務所の方の仕事は手が足りてるのか? メルミーを応援に向かわせる事もできるけど」

「博物館の広告作成とかで忙しいけれど、午前中はミカムが手伝ってくれることになってるから心配いらないわ。むしろ、カルクさんのところが人手不足みたい」

「カルクさんの治療院? あぁ、北側医師会の会合関連か」


 流行病などについての情報共有や各自治体の薬備蓄に関して話し合い、緊急時の医師派遣や医薬品援助の円滑化を図るという、カルクさんが企画した会合だ。

 医者をしているカルクさんだけど、会合の準備などはまだまだ素人でノウハウが足りない。人手もケキィだけだからどうしても仕事が追いつかない。


「分かった。後でメルミーに話して、手伝いに行ってもらおう」

「そうしてくれると助かるわ。はい、靴下」

「ありがとう」


 礼を言ってリシェイが選んでくれた靴下を受け取る。

 靴下を履き終わるのを待っていたリシェイが両手の平を出してきた。右手に赤い髪留め、左手に黒いシックな髪留めがそれぞれ乗っている。


「どちらが似合うと思う?」

「そうだな……」


 首を傾げて訊ねてくるリシェイの服装を眺める。

 細い腰を強調するようなデザインの服だ。大人っぽさと落ち着きが同居する薄青に染められた毛糸ベストはリシェイに良く似合っている。


「黒い方かな。つけてあげるよ」

「ありがとう、お願いするわ」


 黒い髪留めを受け取り、リシェイの輝くような金の髪に付ける。


「リシェイなら自分で選べるはずだけど、なんでいつも俺に選ばせるんだ?」

「アマネに選んでもらった方が気分よく一日を過ごせるからよ」


 そんなもんかね。

 俺も、この服はリシェイが選んでくれたんだぜ、似合うだろ、とか自慢したくなる時がある。たぶん、似たような感じだろう。

 髪留めを付け終わり、リシェイが立ち上がる。


「広告に見取り図と外観図を乗せようと思っているから、今日の博物館最終点検に私も行きたいのだけど」

「大歓迎だよ。中身空っぽだからこそ俺の設計の妙って奴が際立つと思うから、ばっちり観覧してほしい」


 二つ返事で了承して、リシェイと一緒に一階へ降りた。



 出来たてほやほやの博物館は雲中ノ層第一の枝にある。

 雲中ノ層にある事からも分かる通り、和風建築で外観を整えてあった。


「どうなっているの、あの屋根」


 遠くに見えてきた博物館を見て、リシェイが目を凝らす。

 見慣れなければ混乱するのも無理はない。

 特殊な形状をしているわけではないけれど、見た目は複雑な屋根だから。


「八棟造りっていうんだ」


 この場合の八とは、棟が八つの意味ではなく、八百万とかと同じたくさんの、と言う意味を含んでの八だ。

 愛媛県に国の重要文化財が残る伝統的な建築様式で、いくつもある棟に屋根を掛けてそれらを一体化させ、四方八方に破風を構えた豪快な出で立ちにする。

 今回建てたのは博物館であり、展示物の種類ごとに別の棟を用意しており、魔虫などは剥製が数メートルの大きさになるため棟が一つや二つでは足りない。それらを総合して一つの建物として見せる方法を考えてこの八棟造りに行きついたのだ。

 入母屋屋根があちこちに破風を向けている様はなかなかユーモラスで、なおかつ立派に見える。


「棟の形を屋根から読み取ろうとすると混乱しそうね」


 基本的に、屋根の下に棟があるのは確かなのだけど、入母屋屋根の破風が様々なところに向いている事もあって全体の形状が把握しにくのだ。

 博物館へ歩きながら、俺は参考資料として見取り図をリシェイに渡す。


「鳥類、植物、魔虫、それから特別展示……例の指輪は特別展示室かしら?」

「その予定だよ。順路も大まかに決まっているけど、最終決定は展示物を並べ終えてからになるかな」

「そのあたりはこちらで調整するわ。見取り図から読み取れるだけでも動線もはっきりしているからそう手間もかからないでしょう。指輪のある特別展示室はお客さんが一番最後に訪れるようにすればいいはず」


 リシェイが見取り図をなぞりながら考えているうちに、博物館の側に到着する。

 周囲を白漆喰の塀で囲んであるため、敷地内には正門を潜って入る。正門には警備員詰所と併設したチケット販売所がある。


「庭も見事ね。見たことのない木もあるけれど、あれが発注書にあったホライなの?」

「そう。もう少し大きくなるらしい」


 ホライはランム鳥好きの食道楽のお客さんの本業である観葉植物販売の伝手で見つけ出してきた針葉樹だ。

 樹皮が松のようで、色味もアカマツに近い。高さは三メートルから七メートルほどのようだけど、背が高くなるよりも枝を周囲に広げる勢いが強いため剪定が必要だという。

 幹が上手いこと湾曲しているものを探してほしいと頼んだら、すぐに見つけてきてくれた。観葉植物を扱うだけあって、容易にこちらの意図を理解してくれる。

 今後も取引していきたいと思う仕事の早さだった。

 さて、わざわざ松っぽい樹木まで取り寄せて本格的な和風の庭園を造ったのには訳がある。


「はい、屋根にご注目」

「……飾り?」


 俺の誘導に従って屋根を仰いだリシェイが眼を細める。

 入母屋屋根の破風、三角形をなす上の角から垂れ下がるように板状の飾りが取り付けてある。


懸魚(げぎょ)っていうんだ。立派に見えるだろ?」


 懸魚とは棟木の先などを隠す飾り板の総称であり、魔除けの意味合いがある。

 破風ができる屋根は切妻屋根や入母屋屋根だけど、これらを作ると棟木と呼ばれる部材の先っぽが見えてしまう。

 棟木の張り出したデザインの家もあるにはあるけれど、今回は寺社仏閣でも使われる八棟造りであるため、取り入れたのである。

 生きていた頃のキリルギリの暴れっぷりを思い出すと、死して博物館に展示されてなお祟りそうだから、という理由もちょっとある。祟り神的な畏れである。


「メルミーが作ったのが一目でわかるわね」

「お目が高い」


 メルミーに役割の説明だけして自由に作っていいよ、と丸投げしたところ、しばらく悩んだメルミーが持ってきたのが、この博物館の懸魚である。

 矢羽に花をあしらったレリーフのようなそれをランム鳥が啄んで翼を広げている構図だ。翼の部分が本来の懸魚で言うところの鰭になっている。

 かなり人目を引く、と言うより目立ちすぎる懸魚になってしまったため、庭園も本格的に作り込んでお客さんの視線が分散するように配慮した。


「中に入ろうか。まだ何もないけど、展示物の配置はこの紙を見て」


 リシェイに展示物のレイアウトを大まかに示した紙を渡しつつ、中に入る。

 入り口からすぐに広い展示スペースとなっている。展示物がない今、だだっ広いだけのスペースだけど、それでも確認すべきところはあるものだ。


「流石に、畳ではないのね」

「土足厳禁にしたとしてもすぐに傷むからな。今回は魔虫甲材を使ったよ」


 床は灰色の魔虫甲材とバードイータースパイダーの液化糸を用いた複合素材のタイルである。ある程度の消音効果に加え、滑りにくくなっており、液化糸の効果でわずかながら湿度調整が期待できる。

 足元の感触を確かめていたリシェイが壁を見る。


「窓は上の方にある小さいのだけ?」

「明り取りと換気用の小窓だけだ。直射日光が当たると展示品が傷むからさ。除湿剤で湿度対策をすることになると思う」

「そのあたりは図書館と同じね」


 タカクス学校の図書館は日の光を大分入れているけれど、本棚に当たらないよう配置を考えてある。しかし、この博物館は展示物が大きすぎて配置を弄った程度じゃ日光の直撃を防げないし、展示品の入れ替えも行われるため素直に窓を小さくしたのだ。

 魔虫の展示スペースを流し見ながら、リシェイがレイアウトをなぞっていく。


「魔虫の剥製は大きいから、周辺にロープを張る形での展示になるかしら?」

「そうだな。ワックスアントくらいなら透明な箱に入れることもできるけど、キリルギリくらいの大きさになるとロープで近寄れないようにするしかない」


 魔虫の透明な翅を用いたショーケースも用意はできるけれど、数メートルクラスの剥製が入る大きさとなると現実的ではない。

 ぐるりと館内を見て回り、確認を済ませてから外に出る。

 リシェイが和風庭園を眺めて質問してくる。


「その魔虫の剥製の事なのだけど、どうやって運び込むつもりなの?」

「各部に分解して中に運び込んだ後で組み立てるつもりだよ。まずはブランチミミックからになるかな」


 大型展示物用の搬入口も一応裏手にあるけど、開館前なので搬入すべき品が多すぎてパンクする。適宜使い分ける形になるだろう。


「まだちょっと忙しいのね」

「運び込みに関しては学芸員の指示でやってもらう予定だから、俺は最終確認だけが仕事だよ」

「なら、ちょっといいかしら? 早めにとりかかってもらいたい仕事があるの」

「仕事?」


 もう秋だから、大きな仕事は出来そうもないけど、と俺は空を見て思う。

 雪の気配こそまだないけれど、秋らしい雲が浮いている。気温も下がり始めて過ごしやすい季節だ。


「どんな仕事?」

「水不足解消のための、上水道整備事業よ」


 ずいぶん都市開発的な仕事がやってきた。




書籍化が決定しました。

詳細は後日、活動報告にて。

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