第二十一話 飛んできた宝物
「おいテテン、邪魔だ。起きろ」
肩を揺すると、テテンは薄目を開けた。
「……何用、だし」
「部屋の扉にもたれかかって居眠り決め込んでるやつの言う台詞か、それ」
昨夜はテテンのGL小説を読み聞かせられて、いつの間にか眠ってしまった。
テテンも同様だったようだけど、こいつはソファでまどろんでいたはずだ。何故扉にもたれかかっているのかは分からないけど。
「……隠し場所、ない、から。扉、塞いだ」
GL小説を掲げながらの事情説明。どうやら、テテンはGL小説を隠しておく寄木細工の箱を自分の部屋に忘れていた事に気付いたものの、部屋に戻るほどの体力が残ってなかったため、仕方なく俺の部屋に誰も入れない様に扉を塞いだというのが真相らしい。
俺を起こしにリシェイやメルミーが来ないとも限らないからこその苦肉の策だったのだろう。
「……よって、アマネの部屋に、箱を、進呈」
「いらねぇよ。そんな箱を置いておいたらテテンが部屋で寝落ちする頻度が上がるだろうが」
自室に戻らなくてもGL小説の隠し場所があるならと、寝落ちギリギリまで読み聞かせようとしてくるに決まっている。
「とりあえず、さっさと退いてくれ。顔も洗った方がいいぞ」
「ん……」
短い返事をして、テテンがのろのろと立ち上がる。
「……水、ある?」
「昨日水屋が来たから、たっぷりあるはずだ。心配なら一階の壺を覗け」
「……水屋?」
「最近始めたらしい。ビロースの高級宿屋もできて、雲上ノ層での水需要が増えたからついでに寄ってくれたんだ」
「……便利になった、ものじゃ」
「そうじゃなぁ」
テテンの口調につられて言葉を返しながら、部屋を出る。
寝起きで足元がおぼつかないテテンがふらふらしているので、後ろ襟を摘まんで猫の子よろしくテテンの部屋に誘導する。
テテンを部屋に解放し、俺はルーフバルコニーのハーブへ水遣りをしに行く。
そろそろ夏も近付いてきたけれど、雲上ノ層の朝は湿気も少なくやや肌寒い。これから直射日光で急上昇していく気温も今ばかりは眠ったようにおとなしい。
慣れも手伝って手早く水やりをしながら、今日の予定を頭の中で反芻する。
今日中に水流エレベーターの建設に入るとして、完成するのは秋ぐらいになるかな。現場に出かけるとき、ついでに魔虫狩人ギルドに寄っておかないといけない。
「アマネーおはよー」
「メルミー、おはよう。珍しく早いな」
ルーフバルコニーに顔を出したメルミーが眠そうに目を擦りながら歩いてくる。パジャマ姿である。
「サルリコの実が生ってたらドライフルーツにしたいってリシェイちゃんが言ってたよ」
リシェイに起こされて実を摘んでくるよう頼まれたから寝起きパジャマなのか。
「サルリコなら、ドアの横にある。実も成ってる」
やや渋い味のサルリコの実は干しておくことで甘味が増す。見た目はブルーベリー色のラズベリーという混乱する代物だ。菓子類やお茶のアクセント、リキュールなどに使われる。
リシェイが欲しいというのなら、お茶に使うのだろう。
メルミーは持ってきた小さな籠にサルリコの実を次々に入れつつ、口を開いて一つつまみ食いした。
「しぶっあま!」
「目が覚めるだろ?」
「あぁ、口の中変なことになった! アマネ、口直ししたいからキスしてー」
「まだ歯磨きしてないからパスで」
「メルミーさんより乙女なセリフ禁止!」
つつがなく朝のやり取りを交わして水やりを済ませ、俺はからのジョウロを、メルミーは木の籠を持って屋内に戻る。
「ねぇねぇ、水流エレベーターが完成したら博物館を作るんでしょ?」
「その予定だよ。だから今日、展示物の収集状況を知るために魔虫狩人ギルドに顔を出そうと思ってる」
基本的には魔虫や野鳥、植物などの生物標本を展示する事になっている。種類ごと、系統ごとに分類する博物学の考え方などもパネル展示でわかりやすく説明していくことになっている。
博物館そのものの設計はすでに済んでいるけれど、展示物が大きすぎて今の設計では全部が収まらないなんてこともあるかもしれない。ブランチミミックなんかは個体差が大きいし。
そんなわけで、今のうちに確認に行くのだ。
キッチンに行くとお湯を沸かしたリシェイと顔を洗い終えてさっぱりした様子のテテンが待っていた。
「……マトラスープ、つくる」
「いいんじゃないか。コヨウ肉の塩漬け燻製があったはずだし、使うと良い」
「うむ」
テテンが床下収納からコヨウ肉の燻製を取り出し、調理を開始した。
俺はリシェイが淹れてくれたお茶を飲みつつまったりするお時間だ。仕事の前の家族団らんが心地よい。居候が一名いるけど。
などと浸っていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「こんな朝早く誰だろう」
「何かあったのかな? メルミーさんが見てこよう――あ、パジャマだった」
「二度寝を決め込む気満々ね。私が見てくるわ」
「俺も行くよ」
呼び鈴を鳴らしたのは魔虫狩人のギルド長を務める元キダト村の老魔虫狩人だった。
ギルド長直々に来るからには、何か厄介な魔虫でも出たのだろうか、と一瞬身構えてしまう。ギルド長が真剣な顔をしていたのもあって、空気が一気に張り詰めた。
「何かありましたか?」
「あ、誤解させちまった。違う、違う。魔虫じゃない」
空気の流れがおかしな方に転がっている事に気付いたギルド長が苦笑しながら俺の予想を否定する。
なんだ、魔虫じゃないのか。
「では、どうしたんです?」
こんな朝早くに訊ねてくるくらいだから、何か問題が起こったのは確かだ。
ギルド長は俺の横に立っているリシェイを見た。
「リシェイさんの方がこの手の事には詳しいと聞くが、とりあえずこれを見てくれ」
ギルド長がポケットの中から何かを取り出し、手のひらに載せて俺たちに見せてくる。
その手に乗っているモノを見て、リシェイが珍しく驚いた顔をした。
かくいう俺も、この世界では初めて見るそれに生唾を飲み込む。
それは、指輪だった。
ただの指輪でない事は一目でわかる。全体に細かな彫金が施された金の指輪で、台座には透き通った赤い宝石が乗っている。どれも世界樹の上ではまず手に入らない代物だ。
「……これは、どこで?」
「野鳥を狩りに行った魔虫狩人が巣の中にあるのを見つけたそうでな。見たこともないような工芸品で、この姿だからひょっとすると古代の遺物か何かかと思ったんだ」
それでわざわざ持ってきてくれたのか。
魔虫とは違うけど、確かに大発見だ。考古学的に価値のありそうな品だし。
「見せて頂いても?」
「あぁ、どうぞ。そのために持ってきたんだ。儂じゃあ判断がつかんから」
リシェイの申し出を快く受け入れて、ギルド長が指輪を差し出してくる。
矯めつ眇めつ、リシェイは指輪を様々な角度から見て納得したように頷いた。
「古代文字が彫ってあるわ。重さといい、有史以前の素材で作られた事は確かよ」
「分かるのか?」
「文字の解読は出来ないけれどね。光物が好きな鳥の巣から稀にこういった工芸品が見つかるわ」
寿命千年の世界の人間が言う〝稀に〟か。凄い希少な品だ。
この世界的にはオーパーツそのものだけど、神話をひも解いても地上で暮らしていた一組の夫婦が植えた木がこの世界樹になったというし、案外根元には遺跡が残されているのかもしれない。
「アマネ、これは博物館の目玉展示品になるわ。買い取るべきよ」
リシェイの言う通り、希少らしいから目玉展示品になるのは間違いない。
「値段を付けられるモノでもなさそうだけど」
「……そうね。発見者との交渉次第になるかしら。ギルド長さん、発見者は?」
「ギルド会館に待たせてある」
「分かった。今から行ったほうがいいか」
あまり待たせるのも悪いし。
メルミー達に伝えようと屋内を振り返った時、リシェイに袖を引かれた。
「発見者は魔虫狩人でしょう? 考古学的な価値も含めて門外漢よ。間に考古学者や経済的な視点で価値を判断できる商人がいないと発見者に不公平よ」
「それもそうか。博物館建設に向けて学芸員も招致しているし、居てもらった方がいいな」
ぼったくるつもりはないけど、なるべくタカクス側の俺たちと発見者の双方に公平な状態で交渉した方が後腐れがない。
「そんなわけだから、発見者に伝えておいてください。朝食を食べ終えたら俺もギルド会館に顔を出しますけど、交渉は早くて四日後になります。四日間狩りに出られないのでその分の損失額はその指輪の買い取り金額に上乗せすると伝えてください」
「了解。指輪はそちらで保管してほしい。管理方法が分からないと発見者も言ってる」
「分かりました。お預かりします」
ギルド会館に戻るギルド長を見送って、俺はリシェイと一緒に家の中に戻る。
「ちょうどいい時に掘り出し物が出てきたな」
「そうね。ただ、どこに展示するかはちょっと考えないといけないけど」
野鳥や魔虫、植物などの生物を纏めた博物館だから、確かにちょっと場違いな感じがある。
特別展示的な形でお祭りに合わせた期間限定公開にすれば場違い感も薄れるだろうか。
後日、指輪は無事に買い取る事が出来た。
発見者の欲しがる謝礼は金銭ではなく、雲上ノ層に自宅が欲しいとのこと。
雲上ノ層の住人が増えて一石二鳥の発見だった。




