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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第二十話 高層建築建設開始

 冬の間に運ばれてきた資材を順次第四の枝に設けた資材倉庫に運び込む。

 本来は空中市場の各商店で売る品物が収められている倉庫だけど、冬のこの時期は周辺の村や町からの客足も途絶え気味だから、倉庫の容量に余裕がある。ちょうどいいので利用させてもらった。


「でっかいぞー」


 空中市場に買い物に来たらしいタカクス基礎学校の生徒に声を掛けられたメルミーが、これから建設する高層建築の特徴を端的に表現する。

 大きいと言えば大きいけど、あくまでも全体を見ればの話だ。各建物は大体が六階建てか七階建てで、前世の日本にあるような高層ビルではない。

 構造では、最下部に七階建ての建物を六件、それらを空中回廊で繋ぐことで土台とし、その上に四件の六階建ての建物を建て、それらを空中回廊で繋いだものをまた土台とし、雲中ノ層へ届く水力エレベーターを内包した展望台を建設する。

 三段ピラミッドを高さ方向に思い切り引き伸ばしたような歪な外観になるため、一段目の土台となる空中回廊はビルとは別に脚を足して見た目のバランスを整え、二段目の土台は建物に控え壁を付けて装飾性を加えつつ荷重に耐える構造にする。

 全体を複合素材で作るため、設計以上にデザイン面で苦労した。必ず成功させたい。


「よし、大分揃ってきたな」


 建材の確認を終えて、俺は作成していた一覧表を閉じる。

 俺の作業が一段落ついたとみて、メルミーが近寄ってきた。


「大掛かりな工事になるけど、何人でやるの?」

「手の空いているタカクスの職人には軒並み声をかけてある。ヘッジウェイ町からも建橋家を応援に呼んでいるから、百人規模になるかな」

「はい! はい! メルミーさんはアマネの下で働きたい」


 手を挙げてぴょんぴょん跳ねながら主張するメルミーに、俺は頷きを返しておく。


「当然、メルミーは離さないよ」

「……そういう台詞はベッドでお願いします」


 なんでいきなり丁寧語だし。


「と言うか、そっちの意味じゃねぇ!」


 基礎学校の生徒さんがいるところで何言ってんだよ。まったく。

 メルミーの顔の赤さが戻るのを待ってから、倉庫を出る。

 空を見上げればあいにくの曇天模様で、午後からは雪が降るだろう。


「資材の報告をしておかないとな。事務所に顔を出してから、魔虫狩人ギルドのところに行こう」


 春になったら、工事予定地である雲中ノ層の枝を中心に魔虫の殲滅戦をしてもらわないといけない。今回、俺は雪解け後すぐに工事の指揮を執るから殲滅戦には参加できないし、早めに伝えてリーダーを決めておくよう言っておかないと。

 事務所に向けて歩き出すと、メルミーが雲中ノ層の枝を見上げた。


「水力エレベーターってどんなの?」

「雲中ノ層から雲下ノ層への落差を利用して水を流して昇降機を持ち上げるんだ」


 垂直ではなく、斜めに登っていくので設置にはスペースが必要になる。

 この世界ではあまり一般的ではないけれど、簡単に言えば人を乗せた楕円形の水車だ。水量さえ確保できれば自動で動くのだけど、大量の水を必要とする関係で雲上ノ層へ直に上るエレベーターは作れない。

 速度もさほど早い物ではないため、あくまでも足腰の弱ったお年寄り向けの装置と目されている。

 ただ、のんびりまったりと上に昇るだけでは芸がない。そこで、今回の水力エレベーターは観覧車のように第四の枝から第一の枝まで眺められるように設計してある。


「ヨーインズリーで開発されたんだよね。作れるの?」

「勉強はしたけど、流石に技師がいないと危険だからコマツ商会経由でヨーインズリーから派遣してもらう。ヘッジウェイ町から呼ぶ建橋家さんが何回か水力エレベーターの設置実績があるらしいし、意見を聞くことになってるんだ」

「あの食いしん坊さん、結構有名な建橋家さんなんでしょ? 名前は聞いた事ないけど」

「俺の師匠のフレングスさんと同程度に有名な建橋家だよ。道路や空中回廊、橋ばかり設計するから、一般的な知名度はないけどね」


 劇場や教会などを設計していれば馴染み深さから一般の知名度も上がるけれど、本人があまり興味を持っていないらしい。

 ただ、道路整備などを頼む関係で自治体の長には名が広く知られている。ある意味で建橋家らしいエリート感を持つネームバリューだ。同時にその食い意地についても広く知られていたりするけど。


「そういえば、野鳥が食べたいって手紙を貰ってたな。マルクトに話を通しておかないと」

「まだ工事も始まっていないのに大忙しだね」

「準備が一番大事なんだよ。何事も基礎がしっかりしてないといけない。例えるなら――」

「家みたいにね」


 台詞とられた。




 そんなこんなで、準備は滞りなく進み、いよいよ工事開始の春を迎えた。


「雲中ノ層に貯水槽は設置してあるんだろうな?」


 ヘッジウェイ町から応援を頼んだ建橋家さんがハーブをまぶした野鳥ハムを味わいつつ訊ねてくる。視線は上方、雲中ノ層の枝を観察していた。


「冬の間に貯水槽だけは設置してあります。日陰になる畑については所有者と話し合いの末、日向へ移動させる事になってますけど、移動そのものは明後日からですね」


 木枠に土を詰めるこの世界の畑ならではの解決法、お引越しである。

 空いた日陰スペースに関しては、薬効成分を持つ陰性植物の栽培所としてタカクスが管理する手はずだ。

 あの辺か、と建橋家さんは移動予定の畑を見て呟く。


「良く実ってるな。良い腕しとる。やっぱりタカクスは美味いもんが多くていいな。儂もここに住もうかな」

「ヘッジウェイのお偉方に恨まれるので勘弁してください」

「野鳥の輸出はいつ頃始まる?」

「気が早すぎです。まだ飼育方法も確立できてないので、当分先ですよ」

「そうなのかぁ」


 残り少なくなった野鳥ハムを名残惜しそうに見た建橋家さんは、最後の五切れを大胆にも一口で頬張ると左手に右こぶしを打ち付けて気合を入れた。


「そんじゃあ、始めるとすっか」

「そうしましょう。空中市場からの回廊延長工事をお願いします。俺は建物の方を指揮するので」

「心得た」


 建橋家さんは気安く請け負うと、職人を連れて空中市場の方へ歩き去る。

 俺は建橋家さんを見送ってから改めて職人たちを見回した。


「こちらも始めよう。知らない複合素材があったら俺に申し出てくれ。バードイータースパイダーの液化糸を接着剤にしている素材に関しては熱による体積変化が少ないとはいえ、今回の建物は大きいから寸法を誤らないようにな。班分けは昨日の打ち合わせ通りに。では、基礎工事から始め!」


 号令をかけると、職人たちは流れるような動きで班ごとにまとまり、互いに一定の距離を開けながら基礎工事を開始する。

 今回は元クーベスタ村職人のような半人前が一人もいないため、最年少はメルミーだ。しかし、メルミーは同時に職長を兼ねており、誰もそれに異論を挟む事はない。それだけ実力を認められているからだ。

 特に、今回の建築では前世で言うところのアールヌーヴォー様式のように、新素材をふんだんに取り入れつつ優美で繊細な曲線を多用している。彫刻に代表されるメルミーの仕事の繊細さと通じるところがあり、他に職長を任せられる者がいない。


「ちぢめーちぢめー」


 メルミーは鼻歌交じりに魔虫甲材の突起部分に酢酸を少量掛けて軟化させた後、別の建材に開けた穴へねじ込む。ハンマーでこんこんと大して力も込めずに叩けば、あっさりと魔虫甲材の突起部分が穴の中に納まった。

 継手がきちんと嵌まっているかを確認したメルミーは木の灰を溶いた水を魔虫甲材の突起部分に少量振り掛けて酢酸を中和した。

 不思議そうな顔で様子を窺っていた女職人がメルミーに声を掛ける。


「なにしてるんですか?」

「ん? あぁ、これね。いくつかの魔虫甲材は酸を掛けると柔らかくなって、塩基を掛けると元に戻るんだよ。最近開発されたブルービートルの加工方法でもお酢の蒸気で蒸して柔らかくするでしょ?」

「組み易くする目的だったんですね」


 感心する女職人に、メルミーは「やってみる?」と酢酸の入った小瓶を差し出す。


「はい。やってみたいです。えっと、どれくらいかけるんですか?」

「ちょっとでいいよ。五滴くらい」

「たったそれだけで……」

「表面だけ柔らかくなればいいからね」


 メルミーの指導の下、女職人が酢酸で軟化させた魔虫甲材を組み合わせる。

 灰を溶かした水を振り掛けて、継手の状態を確かめた女職人はちょっとした感動を覚えたらしく、小さく拍手した。


「凄いですね、これ」

「でしょ。五百年前に魔虫狩人の人が本にしたんだよ。アマネの部屋にあった」


 そんな本もあったなぁ、と俺は自室の書棚を思い出す。

 銃なんて存在しないこの世界では、硬い甲殻に覆われた魔虫は非常に厄介な相手だ。ブルービートルなんかは矢を軽々と弾き返す強靭な甲殻を持っている。

 だが、硬いなら柔らかくしてしまえばいいじゃないか、と研究を始めた魔虫狩人がいたのだ。研究の結果、何種類かの魔虫について情報をまとめ、酸で軟化する事が判明したと本で述べている。甲殻の商品価値を落とさない様、硬度を戻す方法まで研究した魔虫狩人の意欲は素晴らしい。

 けれど、魔虫狩人は一つ見落としていたのだ。酸を持ち歩いて魔虫と戦闘し、隙を見て酸を浴びせて矢で仕留める。そんな暇がないことを。

 当然だ。魔虫は自由に空を飛んだり、素早く動き回ったりする。そんな相手に矢が威力を発揮するよう、甲殻が内部まで軟化するほどの量の酸を浴びせるのは至難の業である。弓矢で飛ばせる量なんてたかが知れているから、危険な魔虫に瓶を当てられる距離まで近づかないといけない。

 安全性を考慮して弓矢による戦法が確立されているのに、本末転倒である。

 結果的に、魔虫狩人の研究は同僚である魔虫狩人たちからそっぽを向かれつつ、建築家や建橋家、何より現場に立つ職人たちに絶賛されたのである。

 ちょっと不憫。研究内容は寿命が長いこの世界の人間らしくデータも詳細に取ってあって、経年変化についても記してあるから非常に役に立つのに。

 女職人はこの方法を使っていい素材と使ってはいけない素材をメルミーに教わっている。勝手な判断で材料をダメにすることはなさそうだと、俺は視線を外した。

 村として始まってからずっとどこかしらで工事していたからか、どの班もものすごい勢いで作業をしている。


「秋の初めには終わりそうな勢いだな、これ」




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