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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第十九話 慈善事業

予約投稿し忘れましたorz

 学園祭の結果は大幅な赤字だったものの、参考書の販売は上手くいったため目標は達成したとみていいだろう。

 来年度の学園祭での黒字を目指している子も多く、アルバイトを始める専門学校の生徒も増えたらしい。

 アルバイトをさせるには不安な年齢の基礎学校生たちは反省会を開いたとか。

 俺は学園祭とその後の経過報告に目を通してから、ファイルに綴じて書棚に収めた。


「リシェイ、入学希望者は増えた?」

「そうすぐには影響が出ないわよ」


 俺の質問に苦笑したリシェイが続ける。


「学園祭は好評だったから、希望者が増える可能性はあるわね。優秀な人が入学して、学校生活を通じてタカクスを気に入ってくれればいいけど」

「それで移住してくれるのが理想だな」


 話をしていると、事務所への来訪者を告げる呼び鈴が鳴った。

 対応しに玄関へ出ると、珍しい客がそこにいた。


「ルシオさん? どうかしましたか?」


 コマツ商会のタカクス空中回廊支店で従業員をしている元行商人、ルシオだ。

 ルシオは一礼すると、応接室の方をちらりと見た。


「いま、お時間大丈夫ですか?」

「構いませんよ。リシェイ、お茶の用意をお願い」

「少し待ってて」


 事務室から顔を出して様子を窺っていたリシェイが返事して、キッチンの方へ向かっていく。

 俺はルシオを応接室へと案内して、椅子をすすめた。


「コマツ商会支店の方、順調みたいですね」

「えぇ、タカクスへの観光客が増えるほど当店への買い物客も増えてます。タカクス学校への文房具出張販売も定期的に行っていますので、今回の学園祭で生徒が増えれば私共の売り上げも増えます」


 純粋な笑みを浮かべてそう語った後、ルシオはふっと商売用の笑みに切り替えて言葉を繋いだ。


「ですから、そろそろ慈善事業を行ってタカクス住民の方々の覚えをめでたくしたい、と言うのが商会長の意向です」

「慈善事業ですか?」


 ティッシュ配りとか?

 つい前世の記憶を引っ張ってきてしまったが、孤児院への寄付の方がこの世界で一般的だろう。

 しかし、孤児院へ寄付するつもりならば俺のところには来ない。


「具体的なお話を伺いましょう」

「もちろんです」


 ルシオが手元の鞄から企画書を出してくる。

 ご覧ください、と渡されたその企画書に目を通していると、リシェイがお茶を運んできた。


「ちょうど良かった。リシェイも話に加わってくれ」

「えぇ、それは構わないけれど、何の話なの?」

「高層建築物の依頼だ」


 俺は企画書をリシェイに回して、内容をざっと説明する。


「雲下ノ層第四の枝から直上にある雲中ノ層の枝に接続する空中回廊とそれを支える支柱ともなる高層建築をコマツ商会が慈善事業として行いたいそうだ」

「……大規模な工事ね」


 この工事を成功させた場合、タカクスは雲中ノ層に第二の枝を持つ事になる。

 以前、ケーテオ町の薬問屋から持ち込まれて雪揺れ被害によりご破算となった高層建築の依頼があったけれど、それよりも俺の裁量が大きくなっている。

 この計画が慈善事業としての意味を帯びるのは高層建築物の用途にある。


「水力エレベーターとはね」


 エレベーターと銘打ってはいるが、さほど速度が出る物ではないし、水力を利用しているため冬季には凍結して稼働しない。

 しかし、雲下ノ層第四の枝に住むのは元キダト村の住人が多く、タカクス内でも平均年齢が非常に高い地域だ。

 水力エレベーターで楽に雲中ノ層への行き来ができるのなら、利用客はかなり増える。

 それに、現状はデートスポットである第三の枝を上った先にある大文字橋を渡る以外に雲中ノ層に行けないため、カップルに気を使って雲中ノ層に行けないという声も聞こえていた。これが解消できるメリットは非常に大きい。

 第四の枝の直上にある雲中ノ層の枝を第二の枝とする場合、魔虫狩人ギルドなどがある第一の枝との間に新たな橋を架ける必要があるけど、それは俺たちタカクス運営側が解決すべき問題だろう。

 さしあたって考えるべきはこの慈善事業企画の実現可能性だけど――


「俺は水力エレベーターを設計できませんけど、技師の方は都合できますか?」

「無論です。コマツ商会はヨーインズリーに本店を構えている関係上、この手の技師や建築家さんとの繋がりがありますので」


 ルシオの返事に納得しつつ、俺はリシェイが読んでいる企画書を横目に見る。

 費用はコマツ商会持ち。タカクスでは文房具を中心に扱っているコマツ商会だけど、俺が建築家として働いていた頃から建材を扱っているコマツ商会なら今回の高層建築物も慈善事業の範囲内なのだろう。水力エレベーターに必要な資材と人員を確保していると、新しい摩天楼として注目を集めるタカクスで宣伝できるのもメリットとしてあげられる。

 そう考えれば、粗悪な建材や複合素材を持ってくるとは考えにくい。

 タカクスにもメリットがあるし、この話を断る理由がない。


「日当たりの問題はどうするの?」

「場所が空中市場のさらに北だから、住宅地や農地への影響はあまりないと思う」


 リシェイの懸念に対して、俺は企画書に記載されている候補地の一つを指差し、影ができる範囲を指でなぞって示す。一部畑に影が落ちるため、所有者と相談の上で陰性植物、特に薬草類への切り替えをお願いしたいところだ。


「……ケーテオ町からの高層建築依頼の後でアマネが構想していた計画と一部被ってるわね」


 リシェイに耳打ちされて、頷きを返す。それとリシェイさん、こそばゆいです。

 というか、この計画の組み立て方に見覚えがある。特に、立体構造を周辺に影響が出ないように精密かつ実用的に組み上げるやり方に。


「もしかして、この計画はヨーインズリー主催の第一回デザイン大会優勝者に書いてもらってませんか?」


 ワックスアントの巣が見つかって大騒ぎになった、俺が二位入賞で終わったあの大会である。

 優勝者はヨーインズリーの後押しを受けて地下図書館の村を作り上げた。俺も一度、結婚直前にアクアスへの旅すがら立ち寄った事がある。

 俺の質問に目を丸くしたルシオは大きく頷いた。


「その通りです。良く分かりましたね?」

「俺は二位でしたから、優勝者から学ぼうと思って過去のデザインなどを調べたことがあるので、何となく癖みたいなものが分かります」

「普通は分からないと思いますけどね」


 分かってしまうような個性が計画段階で表れているのが凄いのであって、個性を読み取るだけなら俺でなくてもできる。だからこその一位入賞なのだ。

 とはいえ、企画書に書いてある計画はあくまでも仮のもので、俺が自由に手直しをしていいらしい。タカクス内の主要建築物は俺のデザインで占められているから、こうも個性の強い高層建築を立てると悪目立ちする。

 ただ、水力エレベーターの配置などは参考にさせてもらおう。


「これから冬が来る。資材発注は春になるかな」


 世界樹北側は冬季に雪が降るため交通網がマヒする。タカクスとカッテラ都市の間であれば街道整備もしたから雪の影響をさほど受けないけれど、ヨーインズリーからとなると積雪や凍結がある。

 しかし、ルシオは首を横に振って俺の言葉を否定した。


「ヨーインズリーとタカクスの間は雲上ノ層を通して運び込む事が出来ますので、春までに資材を運び込めます」


 雲上ノ層ならば雪の影響は受けない。それは道理だけど、雲上ノ層の街道整備なんてしていないから凍結などがなくても崖などで道を阻まれるだろう。

 天楼回廊の工事もまだ始めていない。現在は雲上ノ層の測量をしながら新しく道路の予定地を決めているところだ。

 俺の懸念を他所に、ルシオは自信を持っているらしく、鞄から地図を取り出して机の上に広げた。


「かなり遠回りにはなってしまいますが、すでに資材運搬の道順は決まっています。多少の崖はありますが、冬季ならばギリギリ乗り越えられる範囲です」

「冬季なら、とは?」

「雪を雲上ノ層に持ってきて、簡易の坂を作って崖を登るんです。具体的な方法としては、雪を積んで斜めにした後、滑り止めを刻んだ板を乗せます。雪を雲上ノ層の日差しの中で溶かして夜間に再凍結させれば、滑り止めを刻んだ板が凍りついた雪で固定されますので、その上をコヨウ車でも乗り越えることができるという手順です。ヨーインズリーやビューテラーム周辺でたまに見られる行商人の悪あがきみたいなものだと考えてください」


 自身も行商をしていた過去があるルシオはバツが悪そうに首の後ろを掻く。悪あがきと言うくらいだから、足の早い商品を運んでいる時に雪に降られて立ち往生した時のテクニックか何かだろう。


「こうも遠回りをするのなら、輸送費が高くつきそうね」


 リシェイが地図を見て眉を顰める。


「その点もご心配には及びません」


 できる男の笑みを浮かべて、ルシオが問題なしをアピールするように両手の平を広げる。


「雲上ノ層の枝を通る今回の輸送路ですが、幾つかの村の上を通り過ぎます。その際、直下の村へいくつかの商品を受け渡す契約を結んでいます」

「どっち道、利益は出すという事ですか」


 抜け目ないな。


「それと、もう一つ理由があるにはあるのですが……」


 途端に歯切れ悪く言葉を濁したルシオは、ちらりとリシェイを気にするように見た後、俺に向き直った。


「気になるのでしたら、アマネさんにだけ耳打ちさせていただきますが」

「そう言われると余計に気になりますね」


 どんなヤバい物を運ぶつもりだよ、と。


「では、失礼して」


 ルシオが立ち上がり、俺に耳打ちしてくる。


「……今年、とある村で蠱惑的な形状の野菜選手権が行われまして、当商会は優勝候補に名を連ねているのです。その品を運ぶ予定でして」

「お、おう……」


 セクシー野菜的な奴ね。優勝候補ってなんだよ。何してんの。


「今年の出品作品であるマトラは凄いですよ。腰つきが」

「いや、割とどうでもいい」



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