第十八話 タカクス学園祭
秋の終わりに入学試験を行う関係上、今年の内に問題の難易度をあげるのは公平じゃないとの意見が、遺伝子学の授業を取り仕切るマルクトの奥さんから出された事もあり、試験難易度の引き上げは来年度に持ち越しとなった。
一年分の猶予ができたとはいえ、周知しておかないといけない事に変わりはないため、タカクス学校の教師陣や図書館司書のミカムちゃんも学園祭の開催を支持してくれている。
「――と言うわけだから、きっちり屋台作りの指導をしてくれ」
俺はタカクス学校の裏庭に集めた元クーベスタ村の職人達に号令を下す。
安全面の問題で子供達だけが屋台を作るのは少し怖いため、現場指導員という形でクーベスタ村の職人を呼んだのだ。
「あくまでも、屋台を作るのは学校の生徒達だ。不恰好でも安全性に問題がなければ口出し無用だから、忘れないようにな」
「あの、一ついいですか?」
職人の一人が困惑顔で片手をあげて質問してくる。
「指導役がメルミーさんたちじゃなくてオレたちなのはどういった意図です?」
「素人の動きと被っているところがあれば自分の動きを見直せってこと。自分を客観視するのにいい機会だから呼んだんだ」
特に、集団作業時の動き方とかを見直すよう誘導してほしいと彼らの師匠方から注文を受けている。元クーベスタの職人たちが子供たちの監督、指導役ならば、俺は職人たちの指導役だ。
それに、メルミーを連れてくると子供たちと遊び始めちゃうから……。
「学園祭の出店についてはすでに種類も決まっている。看板を含め、まだ何も作っていない状態だから子供たちも何から手を付けていいか分からないはずだ。適宜助言を頼む。それでは、取り掛かってくれ」
「了解」
ぞろぞろと元クーベスタ村の職人たちが裏庭に散っていく。
俺は傍らに立っているミカムちゃんを横目に見た。
「それで、ミカムちゃんは何でここに?」
「屋台の材料や絵の具、紙や魔虫素材などの資材管理を任されているので、今日はここで仕事する事になったんです」
仕事するって言いながらちゃっかり本を小脇に抱えているのは実にミカムちゃんらしい。
「そうか。ミカムちゃんは良いとして、なんでケキィがここに?」
「学園祭前に出張診療所のスペースを一等地に確保しておくようにって先生に言われたんだよ」
あぁ、カルク先生のお使いだったのか。
「もう確保してあるよ。ほら、校舎のアーチの下のところ」
「やっぱりあれでいいんだ。二階にある保健室は?」
「使って構わないよ」
ベッドは保健室にしかないし、多少の怪我であれば基礎学校と専門学校の校舎の間にあるアーチの正面玄関通路で事足りるはずだ。
「良かった。あの二階の保健室って使い勝手が悪いんだよ」
「あぁ、やっぱり?」
「アマ兄も自覚あったんだね。一階に移せない?」
「移すなら別に建物を建てることになるかな。図書館の近くなら静かだし、どうだ?」
「いいね。いつ作るの?」
「早めに作った方がいいだろうな。タカクス学校も予想以上のペースで生徒数が増えてるし、基礎学校の生徒は怪我も多い。いまの保健室じゃ手狭なんだろ?」
「先生が文句言ってたからね」
カルク先生が言うなら、本格的に手狭なんだろう。校舎から渡り廊下を伸ばして庵のような小さな保健室を作るべきか。今までの保健室は今回の学園祭で購入した備品なんかを保管するのに使えばいいし。
できれば、今回の学園祭で黒字を叩きだして新しい保健室の予算に充てたい。
元クーベスタ村の職人たちが資材の確認を終えた丁度その時、タカクス学校の生徒たちがぞろぞろと裏庭にやってきた。
引率していたマルクトの奥さんが子供たちを出し物ごとに分けて、ミカムちゃんが資材を受け渡しつつ手元の一覧にチェックを入れていく。この二人はタカクス全体の祭りでもたびたび運営委員を手伝っていたから手馴れていた。
子供たちはきゃーきゃーとはしゃぎながら木の板を持ったり、魔虫甲材で作られた釘などを持っていく。
元クーベスタ村の職人たちは子供たちの喧騒に負けておろおろするばかりだったが、ケキィがさっさと子供たちの中に入っていって作業スペースを指示していった。
裏庭に設置してある適当なベンチに腰を下ろして眺めていると、校長である元キダト村長が子供たちの騒ぎっぷりをニコニコと眺めながら歩いてきた。校長に気が付いた子供たちが手を振ると、上機嫌に振り返している。
俺のそばまで来た校長は同じベンチに腰を下ろした。
「賑やかですね」
「楽しんでくれるのは良いんですが、作業はあまり進んでませんよ。こうなる事を見越して、早めに準備をお願いしているわけですけど」
準備が一番楽しいかもしれないのが学園祭だから、仕方ないと言えば仕方ない。準備を言い訳に学校でお泊りとか定番だよ。
「アマネさんが紹介してくれた版画屋ですが、助かりましたよ。多少の誤植はありましたが許容範囲です。公文書や契約書ではそうもいかないでしょうが」
「刷りの方は大丈夫でしたか?」
「読めないほどの擦れや滲みはありませんでしたよ。紙の方も特殊な物ではありませんでしたから、失敗はしにくいでしょう。顔料を弾くような紙を使うとまた違うでしょうね」
「やっぱりまだ修業が必要ですか」
耐水性、耐油性のある紙を使う場合や、色の濃淡を出すような広告などはまだ任せられないと版画屋の親方も言っていた。
順調に腕を磨いているから、何かお金が絡む仕事をさせてやりたいとの事だったけど、校長の反応を見る限り成功ではあるのだろう。
今度は古参住人を集めた会議の資料印刷でもお願いしようかな。
わいわいと賑いながら進められていく学園祭の準備は大方の予想通りに遅れながら、それでもギリギリで開催当日に間に合った。
手作り感満載の屋台や塗りどころか下絵からして下手ながらも味わいのある看板、お客さんと世間話をしながら出し物の説明をしている男の子やら、友達と学園祭を見て回っている休憩中らしい女の子たちなど、前世の学園祭とあまり変わらない盛況ぶりだ。
この世界では学園祭に類する催し物がないからか、お客さんたちも面白がっているのが見て取れる。
俺は校舎中央のアーチ廊下を抜けて屋台を冷やかしながら裏庭を突っ切り、学校図書館に向かう。
図書館の庭を背中にしている幅広の屋台が見えてきた。お客さんが二人ほど、一冊の本を買っている。
この屋台だけは、学生ではなく教員が持ち回りで運営している。
「あ、アマネさん」
「こんにちは、ミカムちゃん。売れ行きはどう?」
俺は屋台で売り子をしていたミカムちゃんに挨拶しつつ、売り物を見回す。
この屋台で売っているのはタカクス専門学校の参考書だ。おまけに学校案内のパンフレットなども置いている。
「売れてますよ。採算度外視の価格設定を不思議がる方が多いですね」
「お祭り価格って事にしておいて」
「えぇ、リー姉からもそう言われています」
今回の祭りはタカクス学校の実態を広めると同時に来年度の入学試験の難易度調整のために参考書を販売するのが目的だ。
参考書が高すぎて誰も買っていきませんでした、では片手落ちもいい所だから、価格設定は原価とほぼ変わらない。
屋台の看板には、来年度の入学試験問題が難しくなる旨の告知も書いている。カッテラ都市などの主要自治体に掲示してもらっているこの学園祭の開催告知の広告にも同様の事が書いてある。
「そういえば、先ほどヨーインズリーの虚の図書館長がいらっしゃって、面白い試みだからヨーインズリーの学校でもやってみたい、とおっしゃってましたよ」
「あの人も来てたのか。俺は何も聞いてないけど」
フットワークが軽いのは知っているけれど、事前に来訪の連絡をしてこなかったという事は個人的な旅行だろうか。
いや、まてよ。
「参考書を買って行った?」
「えぇ、買って行きました。……蔵書の充実が目的で足を運んできたんですね、きっと」
「それもあると思うけど……まぁ、本人の名誉もあるから言わないでおくよ」
多分、ヨーインズリーの研究者にせっつかれたんだろう。品種改良の資料を巡っても似たようなことがあったから、研究者に対して先手を打ったのかもしれない。
行動の裏に中間管理職の悲哀漂う人だなぁ。
「虚の図書館には元から寄贈する予定でしたよね。どうするんですか?」
「知らん振り決め込んで寄贈すればいいよ。本当に個人的な買い物だったのかもしれないからね」
話をしている内にお客さんが来たため、俺は参考書の販売所を後にした。順調に売れているのは間違いないようだ。
俺は食べ物屋台でジュースとテロトンという料理を買って校舎二階の校長室に足を向ける。
校舎内でも一階部分の教室では展示などを行っており、客も入っている。
タカクス専門学校はまだ卒業生がいないから、どんな授業をして実際に生徒がどの程度学んでいるのかが知られていない。今回の展示で生徒の習熟度などを示すことができれば、入学希望者にとってもいい参考になるだろう。
前世だと、この手の展示は学園祭に積極的ではないクラスが適当にやるものだった。
しかし、今回の学園祭では校長の指導もあって楽な展示に逃げる生徒はいなかったらしい。むしろ、展示の意味を知って学校の名を背負う覚悟を持たされ、熱が入った展示が多い。
俺は教室の入り口から展示物をざっと見る。後で時間を取ってゆっくり見て回った方が面白そうだと判断して、改めて校長室に向かった。
校長室に扉をノックして、入室する。校長は窓から裏庭の様子を眺めて楽しんでいた。
「校長、差し入れです」
「あぁ、ありがとう」
俺は校長に声を掛けつつ、机にジュースとテロトンを置く。
「問題報告は上がってきてますか?」
「いまのところは何も来ていませんよ」
「それはよかった」
校長の言葉にほっと息を吐きつつ、俺も窓の外の裏庭の風景を眺める。
これだけ盛況なのは嬉しい事だけど、補助役の大人がついているとはいえノウハウもない生徒達ばかりでうまく回せるだろうかと少し不安だったのだ。
「報告と言えば、生徒たちの屋台は赤字になっているところが多いようですね」
「そうなんですか?」
あれだけお客がいて、何故に赤字になるんだろう。
「価格設定を間違っていたりするようです。食べ物屋は廃棄率が予想以上に大きくなっていたりもしますね」
「そういう事ですか」
思わず苦笑してしまう。ノウハウがないからこそ起こってしまうような凡ミスだ。指導役の大人たちには危険がない限りは口を挟まないように言ってあるから、価格設定が間違っていても指摘しなかったのだろう。
これは相当な赤字になりそうだ。必要経費と割り切る事にしよう。
「子供たちは今からでも黒字化できないか、打開策を練っているようです。多分、間に合わないでしょうけれども、良い傾向でしょう」
「そうですね。これで経営者視点を持つ子が出てくればありがたいです」
「そこでアマネさんに相談がありましてね。小規模ながら、帳簿のつけ方だとかの経営関係の授業を取り入れたいと考えているのですが、どうでしょうか?」
校長に視線を向けられて、俺は頷いた。
「構いませんよ。教師は誰が?」
「これから探すところですが、見つかるまでは私が教鞭を執りましょう」
「校長業務に支障が出ないようにしないといけませんし、早めに教師を見繕った方がいいですね」
教科書を作ったりもしないといけないから、授業を取り入れるとしても早くて来年になる。
校長は再び裏庭の学園祭の様子へ視線を移す。
「この光景を見ていると、タカクスと合併してよかったと心から思いますよ。まさか、こんな面白い光景が見れるとは思わなかった」
楽しそうに、嬉しそうに、校長は窓の外の光景に目を細めた。
 




