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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第十七話 増加する入学希望者

 摩天楼会合からタカクスに戻ってくると、すぐに夏がやってきた。

 気温の上昇に伴い、雲上ノ層と雲中ノ層とを結ぶ天橋立には熱中症対策の屋台が開店した。屋台に水や紅茶の入った水筒を並べただけの販売所だから、長距離走なんかである給水ポイントみたいなものだけど。

 まだまだ雲上ノ層には人が少ないから仕方がない。

 最近はビロースの高級宿屋に宿泊客も訪れるため、コヨウ車の運行を雲上ノ層にまで伸ばした影響もあり、ぽつぽつと移住希望者が出ているのが救いだ。これらの住民を見越して、喫茶店を始めようと考えている人たちも何人か出て来たとの事で、今はリシェイが隣の事務室で申請書類と格闘している。


「巻き起これ、風よ!」

「おぉ、涼しい」


 中二的な台詞をノリノリで叫びながら団扇をせわしなく動かしているのはメルミーである。

 お昼を食べに雲下ノ層の事務所に全員集合しており、キッチンに立っている俺を煽いでくれている。調理のために火を使うとどうしても暑くなるから、風を送ってくれるのは結構助かる。


「ねぇねぇ」

「なんだ、メルミー」


 ミンチにした肉と野菜を捏ねながら聞き返すと、メルミーが送ってくる風が少し強くなった。


「事務所の雨樋がこの間の風で壊れちゃったみたいでさ、昨日変なところに水たまりができているのをメルミーさんは発見してしまったんだよ。これはお家の一大事だと思って、ここにご報告申し上げまするん」

「よくぞ気付いた、メルミー殿。して、敵方はどちらに?」

「玄関口にござるん」

「え、玄関? マジで?」

「マジだよー」


 参ったな。この事務所には来客が訪れるから、玄関の雨樋が破損したままだと来客が水を被ったりしかねない。


「そういえば、この事務所の雨樋って単純なデザインだったな。摩天楼化もした事だし、この際ちょっとばかり飾り気のあるものに変えた方がいいか」


 丸めたお肉に凹みを作り、フライパンの上に並べる。

 メルミーが団扇を左右の手に構えた。俺が肉を焼く予兆を捉え、二倍の風を送るつもりらしい。


「飾り気のある物って、鎖樋のことかな? メルミーさんも作ってみたい!」

「いわゆる細工物でもあるし、メルミーに任せるのは構わないよ。ただ、魔虫甲材の加工だから力が必要だけど」

「魔虫の種類は?」

「ビーアントかな。反響板に使うような高品質の物じゃないからすぐ手に入ると思うし、色合いも丁度いい」


 フライパンを火で炙り、肉の中まできっちり火を通す。ちなみに、肉はコヨウ肉だ。肉の臭みを取るために混ぜ込んだハーブがフライパンの熱で香りを開き、湯気と共に立ち上って食欲をそそる。


「もう少ししたらお昼ができるから、リシェイとテテンを呼んできてくれるか?」

「はいさー。すぐ隣だけど」


 メルミーが椅子から降りて、隣の事務室を覗き込む。


「リシェイちゃん、テテンちゃん、お昼ができるよ。きりの良い所でこっちきて」


 メルミーが声を掛けるとすぐに、リシェイとテテンがキッチンへ入ってきた。


「アマネ、調理しながらで良いから、聞いてもらえるかしら」

「何か問題……ってわけでもなさそうだね」


 リシェイの顔を見て緊急事態ではないと判断して、俺はフライパンの上で油を弾けさせるハンバーグに視線を戻す。

 背後から椅子を引く音が聞こえた。テテンとリシェイが席に着いたのだろう。


「移住希望者の数が去年と比べて二割ほど落ちてるの。カッテラ都市やヘッジウェイ町も人口流出が落ち着いていると手紙をもらったわ」

「ようやく、人の移動が落ち着いた感じかな」


 タカクスが急速に発展したこともあり、職を求めて人の移動が起き、新興の村問題による食糧生産地の減少や消費地の移動など、世界樹北側では人がひっきりなしに移動していた。

 規模に対して圧倒的に人口が少ないタカクスへの移住希望者が減ったという事は、各自治体では人余りが起きていないと考えていい。


「ちょっとした安定期だな。これから先、タカクスは人口増加が緩やかになるって事か」

「それが、そうでもないのよ」


 リシェイが否定してくる。安定期に入った事は資料から読み取れるため、人口増加が緩やかになるかどうかを否定しているのだろう。


「タカクスがランム鳥を育て始めてかれこれ二十年。世界樹北側で肉類が出回るようになったことで栄養状態が改善されて、子供がたくさん生まれたでしょう?」

「そんな話もあったね」


 タンパク質の供給量増加でベビーブームが到来し、乳幼児死亡率も低下した。

 この世界での成人は十五歳って事を考えると、第一世代がそろそろ職を探し始める頃合いか。


「けどさ、職を探すにしたって最初の内は地元で修業したりするもんだろ。向こう五十年はタカクスに来ることもないと思うんだけど」


 大体、二百年くらい修業したりもするのだ。職業によっては十年程度で即戦力になったりもするけれど、職人仕事などの腕とセンスが必要な場合は相応の年月を修業に費やす。


「その修業の場として、タカクス学校への入学を考える子や親がいるのよ。もちろん、専門学校の方ね」

「そうか。人が増えれば食べ物が必要で、食べ物を作るのなら農業の知識が必要だもんな。タカクス専門学校ならついでに品種改良の知識も学べるし、入学希望者が増えるのも道理か」


 農業はくいっぱぐれの無い仕事だし、早い段階でタカクス専門学校に通って知識を得ておけば、他と差がつけられる。


「まだ来年度の入学希望者はそこまで多くないんだろ?」

「いまのところはね。これから秋にかけて増えると思うけど」




 秋に近付き、夏の暑さが和らぐにつれて、事務所にはあちこちから願書が届くようになっていた。


「ワラキス都市からも来てるのか」

「北側だけじゃなく、南の方からはるばる入学願書が届くとまでは思ってなかったわ」


 リシェイの予想を超える勢いでタカクス学校への入学希望が届けられ、学校長を務める元キダト村長も忙しそうにしていたのを思い出す。


「アクアスも食糧輸出に熱心な摩天楼だから、そこが関係しているのかもしれないわ。寮の部屋は大丈夫かしら?」

「この勢いだと、試験でふるい落とすしかないと思う。寮の部屋もそうだけど、タカクス学校の受け入れ人数にだって限界があるから」


 去年入学した一期生にも試験は受けてもらったけど、せいぜい基礎的な学力を見るための物だった。計算とか文字の読み書き程度の、親から教わっているような事ばかりだ。

 けれど、今回の入学希望者はちょっと多すぎる。ふるい落とすための少し難しい問題を出す必要があるだろう。

 しかし、入学試験の難易度を通知もなく引き上げるわけにはいかない。単純に難易度をあげると言っても、授業内容と全く関係のない問題を出しては意味がない。平等を期すなら参考書のような物を販売しておくべきだろうか。


「参考書の販売をするとして、購入の機会を作らないといけないんだよな――っと、どうした、テテン?」


 ちょいちょいと服を引っ張られたので振り返れば、手紙を片手にしたテテンが立っていた。


「……カッテラ都市も、新入生、増える」

「熱源管理官養成校か?」

「……参考書もだす、らしい。タカクスで、張り紙出してって」


 どこも考えることは一緒か。

 テテンが手紙に同封されていたという参考書の広告張り紙を広げる。ずいぶんと手が込んだ代物だ。ビューテラームかどこかの画家に頼んだのか、かなり目を引く。


「タカクス学校も広告張り紙を頼む?」


 リシェイに方針を訊ねられて、俺は腕を組む。

 広告張り紙は必須だと思う。周知しなければ始まらないのだから。

 けれど、去年開校したばかりのタカクス養成校は実態があまり知られていないから、新入生の取り合いとなると分が悪い。授業内容がどことも被ってない点では有利だけど、その授業内容も専門的だからある程度の知識がないと理解しにくい代物だ。

 タカクスが一気に摩天楼へ駆け昇った事で注目度は高いけど、俺が親なら堅実にエリートコースに乗れるカッテラ都市の熱源管理官養成校に入学させる。


「いまのところ、入学希望者の家業は農業だけ?」

「細工職人や画家もいるわね。音楽を学びたくて願書を出してきた子もいる。研究者志望もそうね」


 ローザス一座の授業目当ての子はビューテラームと、研究者志望はヨーインズリーと、それぞれ取り合いになるか。


「広告を出そう。ただ、人材確保のいい機会だから有効活用したい。ちょっとタカクス学校に出かけてくるから、ローザス一座の美術担当と広告についての話をつけておいて」

「分かったわ」


 時間が惜しいため、俺はさっそく事務所を出て矢羽橋を渡り、雲下ノ層第二の枝へ向かう。

 郊外の畑にほど近い所にあるタカクス学校に到着してすぐ、俺は校長室に向かった。


「校長、ちょっといいかな?」

「アマネさんか。どうぞ、入ってください」


 校長が勧めてくれた椅子に座って、俺は机を見る。校長の前に置かれているのはタカクス学校で使われている教科書とまっさらな紙だ。


「基礎学校の生徒向けの試験問題を作成していましてね。専門学校の方で入学希望者も増えていますから、手の空いている内に済ませられる仕事を済ませているんですよ」

「そうだったんですか。原稿が完成したら雲中ノ層にある版画屋に持ち込んでおいてください。今なら無料でやってもらえるので」


 新興の村の一つだったクーベスタ村の元住人達が修業させてもらっている工房の一つで、版画の彫り師や刷り師としての修業をするために三人ほど出入りしている。そろそろ仕事を任せたいけれど、まだ腕が未熟だから大きなものは任せられないと工房長が困っていたから、基礎学校の試験問題を刷ってもらえばいい。


「無料ですか。それはありがたいですね。ヨーインズリーに依頼するとどうしても費用がかさんでいけない。それで、浮かせた費用で何をなさるおつもりかな?」


 にこにこと笑いながら、校長は元キダト村長の顔をのぞかせる。やはり、経営者としての顔を持っているから、こういう時は話が早い。


「タカクス専門学校を宣伝して、授業内容などを周知するのと、入学希望者向けの参考書販売の機会を作る事を目的にかねてよりの企画を実行に移そうかと思いまして」

「かねてよりの企画と言うと、例の?」

「はい――学園祭です」



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