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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第十六話 天楼回廊計画

 通された部屋にはすでにヨーインズリーの現当主パルトックさんとビューテラームの現当主ダズターカさんの二人が待っていた。


「タカクスさんも来たか」


 パルトックさんが片手をあげて軽い挨拶をしてくるのに合わせて、俺も片手をあげて応じる。


「ケインズはどこに?」

「ちょっと遅れるそうですよ。祭りの挨拶があるとの話です」


 俺の質問に答えたダズターカさんをパルトックさんが不満そうに見た。


「ダズ、人の台詞を取るんじゃねぇよ」

「話したがりのかまってちゃんじゃあるまいし、そんな事で一々機嫌を悪くしないでほしいですね。子供の頃から変わらない」

「うるせえや。人の台詞を取る方がかまってちゃんだろうがよ」


 仲良いな。

 用意されていた席に座ると、カラリアさんが紅茶を持って入ってきた。

 今日はケインズの秘書としてではなく、給仕として参加するつもりのようだ。

 リシェイが頭を下げると、カラリアさんも上品な仕草で静かに応じた。

 ケインズが到着するまでのつなぎも兼ねているとの事で、カラリアさんも空いた席に座る。


「ケインズは祭りの挨拶があるため少々遅れます。ご理解ください」


 先ほどダズターカさんから聞いた理由が繰り返される。

 この会合の開会時間にもまだ余裕がある。俺たちが早く着きすぎただけだ。


「雲下ノ層も雲中ノ層もかなり賑ってたけど、どれくらいの人入りなんだ?」


 ぶらりと見て回った感想を思い出しつつに訊ねると、カラリアさんは少し考えた後で応えてくれた。


「おそらく、今日だけで観光客は七万人は下らないかと思います。この祭りは三日ほどを予定していますが、明日、明後日はヘキサの大会も開く予定なのでさらに増える見込みです」


 畑の事もあったりするから来れない人も多いと考えると、初日だけで七万人は相当な数字だ。

 タカクスの摩天楼化記念祭は初日六万、二日目が八万で、三日目が九万弱だったはず。延べ人数での試算だから実数はもっと少ないだろうけど。

 多分、南側は元々人口が多いからだろう。


「ヨーインズリーの時は初日六万くらいだったって話だな」


 当時の資料を読んだことがあるのだろう。パルトックさんが話に混ざってくる。


「ヨーインズリーっていつ頃摩天楼化したんですか?」

「千三百年ちょっと前だ。爺さんの代だな。ビューテラームの摩天楼化もほぼ同時だった。そうだよな?」


 パルトックさんが話を振ると、紅茶の香りを楽しんでいたダズターカさんが頷きを返す。


「ビューテラームは曽祖父の代で摩天楼化を達成し、記念祭では七万三千人が訪れたと資料にありましたよ。当時から農業都市でしたから、周辺の町や都市の人口がヨーインズリーに比べていくらか多かったのが理由でしょう」


 千三百年前でも人入りはそんなに変わらないのか。ちょっと意外だ。もっと少ないのかと思っていた。

 世間話を続けていると、ケインズがひょっこりと顔を出した。他の参加者が全員そろっているのを見て、授業に遅刻した学生のようなバツの悪そうな顔をする。


「遅刻はしてないから大丈夫だよ。それより、祭りの挨拶で噛んだりしてないだろうな?」


 声を掛けつつ軽口をたたいてやると、ケインズは調子を取り戻したらしく背筋を伸ばして自らの席に歩いて行く。


「噛んだりしないさ。何度も練習してるんだから」

「なんだよ、つまらないな。それじゃあケインズ、全員そろってるから会合開催の挨拶を頼む。期待してるよ?」

「噛めってか?」


 軽口を叩きあってから、ケインズは席に座り、参加者を見回す。


「それでは、食事もまだ来てませんが第一回、摩天楼会合を始めようと思います」

「そこは噛んだ方が面白かったですね」


 意外にもダズターカさんが茶化しつつ、話の主導権を取っていく。


「では、第一回という事でまずはこの議題を片付けないといけない。摩天楼の社会的位置づけと責任についての明文化です。今後の会合の基本方針にも影響を与える物ですが、ビューテラームやヨーインズリーの蓄積した役割などである程度は固まっています」


 ダズターカさんはそう前置きすると、資料を出してくる。同時に、パルトックさんもヨーインズリーで纏めた物を出してきた。

 こちらからはリシェイが世界樹北側におけるタカクスの立ち位置を示す基礎資料を提出する。

 給仕に戻ったカラリアさんの代わりにケインズがアクアスに関する基礎資料をテーブルに乗せると、資料はそろった。

 それぞれで回し読みして資料内容を頭に入れた後、立ち位置や役割の点で重複している所については早々に可決して文章に織り込む。


「――地方の意見調整や物資需要の把握、摩天楼が相互に連携を取る事で不足物資の円滑な輸出入を実現させる。通貨発行権は従来通りにヨーインズリーとビューテラームが受け持つ。最後に、世界樹全体の利益を本会合の第一義とする。これでよろしいですね?」


 書記を務めてくれていたリシェイが読み上げると、俺を含めた当主は全員が頷いた。ここまでの文章は重複分を纏めただけだ。

 ここから先は摺合せが必要になる。


「労働力、特に魔虫狩人や雪かき要員の安定した派遣を行う体制の構築と維持っていうのは、摩天楼がやらないとダメなもんか?」


 俺とケインズが提出した摩天楼の役割の一つを挙げて、パルトックさんが首をかしげる。


「魔虫狩人なんて勝手に同業者が少ない狩場に移動するもんだろう?」

「それは道路整備が行き届いている東や西の話なんです。北や南はまだ道路網の構築が十分ではないので、どうしても魔虫狩人の過疎地域が出てきます。特に、北側の場合は積雪で交通網がマヒする村や町も多く、キリルギリや雪揺れに代表される災害緊急時の連絡、物資輸送手段の構築が課題になってます」


 背景の説明をすると、パルトックさんはなるほど、と顎を撫でた。


「そうなると、北側だけの事情ってもんでもないな。魔虫狩人の移動が無制限なままだと、必要な時に魔虫狩人が足りないって事態もありうるわけか」

「はい。そこで、摩天楼同士で連携して魔虫狩人の移動をある程度管理したいと思ってるんです」


 北側に自宅を構えている魔虫狩人もいるけれど、今後の事を考えると通しておきたい条件だ。

 いいでしょう、とダズターカさんが賛同してくれる。


「バリル崖の悪魔のような一個体で災害と呼べる被害を出す魔虫もいる以上、戦力の把握と円滑な派遣体制の構築は世界樹全体の利益になります。ただ、これだけではやや不足ですね。矢と弓の備蓄量に下限を設けて各摩天楼が準備しておきましょう」

「助かります」

「これとは別に各地域での話になるんだけどさ。緊急時の派遣経路も決めておいた方がいいと思うんだ。バリル崖の悪魔の討伐隊だって三十人規模だったはずだ。食料の備蓄がある町を経由して行く必要がある」


 ケインズの提案にそれぞれが頷いて、派遣経路の策定が終わった後で情報共有する事を取り決める。

 その後も一つずつ丁寧に話し合っている内に食事が運ばれてきた。

 仕事中という事もあって酒こそ出ないものの、アユカやミッパを始めとしたアクアスの特産品をふんだんに使った料理の数々だ。この世界で魚の塩窯焼きを食べられるとは思っていなかった。


「摩天楼の役割に関してはおおよそ出尽くしましたね」


 ダズターカさんが確認がてら出席者である俺たちを見回して、続ける。


「次に、具体的にどう行動していくかの話をしましょう」

「アユカってのは骨が面倒だが身が柔らかくて美味いな」

「摩天楼とは、新興の村問題のような世界樹全域で対処すべき事案について東西南北の各地域をまとめ上げる牽引役であると先ほど確認しました。今後は連携を強化するための文化交流事業などを率先して後押しする事で事前に各地域の連携を強化促進していきましょう」


 パルトックさんがぶった切った流れを力技で修正するダズターカさん。凄く慣れている様子だ。普段の関係性が窺える。

 俺はダズターカさんの話に乗る事にした。パルトックさんが詰まらなそうな顔をしているけれど、仕事はさっさと済ませてしまいたいのだ。


「一口に連携強化といっても、現状では距離の問題がありますよね。東西南北の各地域ごとであればともかく、北と南、東と西のような長距離ともなれば連携を取る以前に連絡にさえ時間がかかる始末。この点の解消が当面の課題になるかと思います」


 まだ腹案があるわけでもないけれど、解決すべき問題点だけは指摘して議論の末に解決案を出しておく必要がある。

 そう思っての発言だったのだけど、パルトックさんとダズターカさんがにやりと笑った。


「その解決策に関しては、親父お袋の時代に提案だけはなされてたんだ。当時は摩天楼がヨーインズリーとビューテラームしかなかったもんだから、来たるべき時代に備えて計画ごとお蔵入りしていたがな」

「一から説明しましょう。幸いにして、東西南北ともに摩天楼を中心とした交通網整備が進んでいくでしょうから、各地域の摩天楼間を直接行き来できるようにすれば、摩天楼を経由して各地域の自治体へ移動が容易になります。そして、摩天楼は必ず雲上ノ層の枝を持つ。天候に左右される事のない道路を作る事の出来る、雲上ノ層の枝です」


 なるほど。降雨も降雪も関係のない雲上ノ層の枝を繋いだ摩天楼間を行き来する専用道路を東西南北に伸ばし、環状線にしてしまおうという計画か。各摩天楼から伸びる放射状の道路網を利用する事で地域レベルでの行き来は問題がない。

 確かに、東西南北に摩天楼が出そろわないと進められない計画だ。都市では雲上ノ層に枝を持っていない事も理由の一つだけど、別地域の観光客や商人がこの環状線を利用してやってくる以上、中継地にもなる摩天楼には多数の人が出入りするようになり、利益を上げる。


「その計画名は?」


 ケインズが興味津々で身を乗り出して訊ねると、パルトックさんが子供っぽい笑みを浮かべて答えた。


「天楼回廊計画だ」


 具体的には百年以内に雲上ノ層の環状道路、通称天楼回廊を整備する方針で、最低限行き来できるように崖や枝から枝への野猿設置などを二年以内に完了させ、連絡網を充実させる事になる。


「ヨーインズリーとビューテラームで策定した道路の予定地だ。とはいえ、資料としてはやや古いもんだから、来年までに新しく予定地を考えた方がいいだろう。それぞれ、各地域の自治体の事も踏まえて道路の位置を考えてくれ」


 パルトックさんから資料を受け取り、ざっと目を通す。

 タカクスの勃興や新興の村騒動による人の移動と各自治体の工業化などの現状を踏まえると、確かに資料が古い。

 ここ最近の北側は新しい道路や橋も多数作られているから、この資料には描かれていない物も多い。


「リシェイ、これは参考資料として持っておいて」

「分かったわ」


 リシェイに資料を渡すと、ダズターカさんが声をかけてきた。


「これで本会合における議題は全て解決という事になりますが、一つタカクスさんに提案したい」

「提案、ですか?」

「そう、提案ですよ。各地域同士の文化交流事業の後押しを行うという、摩天楼の役割に即した提案です」

「北側と西側の交流事業ですか。具体的には?」

「タカクスさんの摩天楼化記念祭で観覧させていただきましたが、タカクス劇場、あれは実にいい劇場だ。そこで、音楽祭を共催したいと考えています」

「音楽祭ですか。面白そうですね」


 ビューテラームの芸術家は一流どころばかりだ。期間中は観光の目玉にもなるし、断る理由がない。

 普段とは違う北側の住人に演奏する事で、ビューテラームの楽団も新たなファンを獲得できる。これは、天楼回廊の完成後に活きてくるだろう。


「詳細を詰めましょう」


 ダズターカさんと音楽祭について話しをして、五年後に開催する事で合意した。



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