第十五話 アクアス摩天楼化記念祭
リシェイと二人旅をして世界樹を反対側の南までぐるりと回り込み、アクアスに到着する。
前回来たときは俺一人だったけど、あの頃と比べてもずいぶん様変わりしたものだと思う。
「手の込んだ建物が多いわね。それぞれが強く主張してるけど、個性としてはまとまっている家並みというか」
「ケインズが設計してるからだろうね」
設計者であるケインズの癖もあるけど、もう一つの原因は湿気だろうか。
雲下ノ層の枝と雲中ノ層の枝に一か所ずつの広い池を持つため、春先で気温がさほど高くない今も湿気を感じる。
住んでいる人たちならばなおさらで、湿気対策の開放的な家が良く見られた。
色彩的にも白や橙などの壁が目立ち、明るい雰囲気だ。
通りは湿気が溜まらない様に直線的で広く、道路を挟んだ建物同士も隙間が空いているため風が吹き抜ける。
面白い家並みだけあって観光がてら歩いていると少し疲れた頃に小さな広場がお出迎えしてくれた。
「ちょうどいい所に、と思わず言いたくなる広場の配置ね」
「これは多分、狙ってるな」
都市設計の段階で休憩場所としての広場を随所に配置するよう考えていたのだろう。
水が豊富でミッパを始めとする農産物の輸出もかねてから積極的だったと聞くし、輸送を担うコヨウが適宜休憩できるようにとも考えていそうだ。
「お、アユカの塩焼きを売ってる」
「この後、ケインズさんたちと食事をしながら会合があるのだから、我慢しなさい」
リシェイに窘められ、俺は肩をすくめる。
今日アクアスに来たのは摩天楼化記念祭への出席はもちろん、ヨーインズリー、ビューテラームを交えた摩天楼会合への出席が目的だ。
摩天楼会合はアクアスの雲上ノ層にある高級料理屋にて行われるという。
「目的を見失っているわけじゃないよ。屋台料理として出してるのに驚いただけ」
「そういえばそうね。燻製には見えないし、水気や油が出そうなものなのに」
どういう形態でアユカの塩焼きを売るのか気になって、俺はリシェイと一緒にベンチに腰掛けながらアユカの塩焼きが売れるのを待つ。
炭火で見事な焼き色を付けている屋台の主は、俺たちに見られている事に気付いたのか、ニカリと白い歯を見せ右二の腕に力こぶを作ってみせた。この暑苦しさは間違いなく熱源管理官だ。
アユカの塩焼きを買って行ったのは摩天楼化記念祭を見に来たと思しき親子連れだった。
塩焼きにされたアユカはそこに紙を敷いた長方形の深皿に入れられていた。
「紙で油を吸い込むのか。深皿は落とさないようにする工夫かな」
「食べた後の骨を入れて捨てる器を兼ねてるんだと思うわ。蓋がついているもの」
「ただの屋台料理なら蓋なんていらないよな。冷める間もなくその場で食べるんだし」
屋台の主が親子連れに広場の端を指差す。ゴミ箱を教えているようだ。
湿度が高く、世界樹南側にあるため気温も高めのアクアスだけあって衛生管理をしっかりしているのだろう。目立たないところで清掃員らしい人が箒とごみ袋をもって歩いているのも見かけた。
「ごみの収集とかどうするんだろう。ゴミ箱ごと回収する形なのかな?」
「きっと夜に回収するのよ。コヨウ車で回ればさほど時間もかからないでしょうし、通りを移動する間に臭いを気にする事もないでしょう」
リシェイの推測に納得しつつ、ベンチから立ち上がる。
雲下ノ層から雲中ノ層に足を運ぶ。間を繋ぐのはアーチ橋だ。
ともすれば雲に消えてしまいそうな、儚さを感じる細くて白い橋だ。
「優美という言葉がここまで似合う橋も珍しいわね」
「たもとに立ってみると案外広いんだな」
儚く見えてもそこは橋、渡る人間に不安を抱かせるような構造ではない。芯の強さが窺える。
橋を渡りながら、雲中ノ層を目指す。
欄干も白塗りだけど、純白ではなく灰色に近い。バードイータースパイダーの液化糸とワックスアントの甲材による複合素材だろうか。
「なんか、孤児院の子供達がこの冬に作ってた雪像を思い出すな」
ここまで構造的に理に適ってこそいなかったけど、孤児院の子供達が作っていた雪の町のジオラマはなかなか見事だった。
「あの子たちに、一晩寝かせて凍らせた雪を建材として使うように教えたのってアマネでしょう?」
「細い建材がなくて困ってたみたいだから、つい」
雪を固めて作るのも限界がある。形も歪になりがちだし。
「孤児院の庭に技術革命が起きたってちょっとした騒ぎになったのよ」
「何それ怖い」
「アマネの仕業だけどね」
「俺が教えた方法なんて木の枠で形を整えたところに雪を詰め込んで放置するだけだ。技術革命ってほど大それた物でも」
「木枠による素材の均一化、建材の規格化、雪が降る限られた冬の間で一晩放置しないといけないという生産性とそこから発生した物々交換。これがこの冬の前提ね」
リシェイさんが教師口調で人差し指を振り振り。ちょっと得意げな顔なのが可愛い。
「孤児院の庭の一角を占める雪で作った小さな家が交換対象になって、段々と雪の家を建てる場所がなくなった事から子供たちの間で雪の町の場所代が上昇したの。場所が欲しければおやつと交換という条件が追加されて、約束が反故にされない様に約束手形が作られて、この手形を使った雪の家の売買が成立するようになると、このおやつ約束手形をタカクス学校で木切れと交換し、木切れと雪を使った複合材を開発した子が高層建築に着手」
「えぇ……」
「けれど、この高層建築の完成間際に雪が降らなくなって春が到来、雪建材の不足と気温の上昇で雪の町は二晩で溶けたそうよ」
「何それ怖い」
雪の町の勃興と温暖化による滅亡って、この冬の間に孤児院の庭はそんな諸行無常が繰り広げられたのかよ。
などと世の儚さに思いを馳せていると、雲中ノ層に到着した。
タカクスとは違って、各層ごとに建物の雰囲気や様式を変えないらしく、雲下ノ層と似た建物である。
けれど、所々に新技法や新技術を取り入れているのが分かった。
「この辺りは新興の村からの大量移民が住んでいる区画らしいわ」
「資金繰りとか建材の確保に四苦八苦しているらしいのは手紙にも書いてあったけど、ここまで手の込んだ建物ばかり作っていたら大変に決まってるだろうに」
「アマネは実用的かどうかが考えの先に来るけれど、ケインズさんは美観を優先するからでしょうね。どちらがいいとも悪いともいえないけれど」
タカクスの場合はヘッジウェイ町からの技術供与で建てたプレハブ工法の家で大量移民の受け皿を作った後、少しずつ家を建てていった。実用性を考えたのは確かだけれど、世界樹北側がキリルギリのせいで時間的余裕がなかったのも大きい。
アクアスは世界樹南側でキリルギリ対策に余裕を持って取り組めたことに加え、雪による交通網麻痺が無い事から新興の村が孤立する事もなく、戦力的、時間的な余裕があった。
もっとも、大量移民を受け入れるために先ほど俺たちが渡った白塗りの橋を架けたくらいだから、住宅用地の確保に付随する問題は起きていたようだけど。
「ケインズ達が頑張っただけあって、綺麗な建物が並ぶな」
「あの家、レンガ風ね」
「あ、本当だ」
漆喰を使って壁表面に凹凸を作り、レンガを積んだように見せている。タカクスで俺がやり始めてからビューテラームを経由して伝わったのだろう。直接手紙のやり取りもしていたから、ビューテラームで開発された石積み風ではなく、レンガ風で外観を整えたらしい。
雲中ノ層の枝を進むと、中央付近にアーケードがあった。服飾品や家具などを扱っているようだ。
天井は筒型ヴォールトで、透明な魔虫の翅と耐久力のある魔虫甲材を用いている。日の光が入って来るけれど、天井で細かく分散しているようで眩しくない。
「あの天井、魔虫の翅をモザイク状に配置して光を散らしてるな」
「そうなの? 確かに眩しくないけれど」
「アーケードの壁を見てみると分かるよ」
俺がうながすと、リシェイが素直にアーケードの壁を見る。
赤い顔料を加えた漆喰で装飾された壁面に天井からの光が差し込み、複数の四角や三角の陽だまりを作り出していた。
「本当にモザイク状なのね。やっぱり、眩しくならないように?」
「だと思う。それに、赤い壁にいろんな形の光がいくつも投影されて装飾にもなってる。アーケードが利用されるのは日中だから、こういう形にしたんだろう」
改めて天井を見上げると、俺たちが足をつけている底面から天井に向かって、左右の壁が徐々に離れていっているのが分かる。壁を斜めにすることで天井から入った光が壁の最下部まで届くように設計したのだろう。
採光と装飾を同時にこなすとは、流石はケインズと言うべきか。
アーケードを抜けると雲上ノ層への橋が見えてくる。
「おぉ、これはまた」
「目の覚めるような深紅の橋ね」
形式は吊り橋だ。
三本の主塔によって吊られた橋は全体的に深紅の色合いを基調としており、背景となる雲上ノ層の真っ青な空との対比で存在を強く主張している。
新潟の千眼堂吊り橋に似ているけれど、欄干は半透明の魔虫の翅で隙間を埋めた組み木細工になっている。橋の幅も千眼堂吊り橋よりずっと広い。コヨウ車がすれ違う事も容易にできるだろう。
欄干の強度も見た目の繊細さに似合わず頑丈そのものだ。この魔虫の翅に何かの加工をして強度を増しているんだと思うけど、聞いた事のない技術である。
この手の技術開発をするのは多分、ヨーインズリーあたりだと思うんだけど。
吊り橋だけあって逆アーチ状に張られたメインケーブルとそこから垂直に垂れ下がって橋桁に接続するハンガーロープとの接続部分も魔虫甲材を用いた深紅の留め具が使われている。
「こんなに目立つ橋ならいいランドマークになりそうだな」
摩天楼化するための橋だから、タカクスの天橋立と同じようにランドマーク化を狙ったのだろう。相当な意気込みを感じる。
橋のデザイン大会にも出してくるに違いない。
橋を渡り切ると、そこは雲上ノ層だ。
タカクスと同じく、まだ雲上ノ層には建物がほとんどない。
貰った手紙によれば、ケインズとカラリアさんが同居している家が一軒とケインズの腹心の料理人であるエトルさんの家が一軒建っているらしい。
「あの大きい方の建物が会合場所か」
「そうみたいね。赤い屋根が目印と手紙にも書いてあるわ」
リシェイと相談して、赤い屋根の建物へ向かう。
エトルさんの自宅と隣接しているアクアスの高級料亭が今回の摩天楼会合の会場だ。
「さて、どんな話があるのかな」
「緊張するけれど、楽しみでもあるわね」
リシェイと笑い合って、俺は高級料亭の扉を開いた。
 




