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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第十四話 留守中の采配

「アマネ、手紙が届いてるわよ」


 雪の気配も近くなってきた冬のお昼時、昼食の弁当を片手にメルミーと事務所を訪れるとリシェイに声を掛けられた。

 事務所の手伝いに来ていたらしいテテンに弁当を任せると、事務所のキッチンへメルミーと一緒に向かっていく。

 俺はリシェイから渡された手紙の差出人を確かめる。


「ケインズか」


 と言う事はつまり……。

 手紙の封を開けると案の定、アクアスの摩天楼化の進捗状況について書かれていた。

 俺は手紙を事務机の上に置く。


「冬の間に工事終了の目途が立ったみたいだ。春には摩天楼化記念祭を開くから、招待したいってさ」

「いよいよ、東西南北に摩天楼が揃うのね」


 リシェイが事務机の上の手紙を一瞥して、感慨深そうに息を吐く。

 かくいう俺も、一翼を担うタカクスの創始者としては感慨深いものがある。けれど、ヨーインズリーやビューテラームは俺たちの比じゃないんだろうな。


「カラリアさんから手紙は来てないのか?」

「ちょっと前に、近況報告の手紙が届いてからは何も」

「そうか。順調そのものなんだろうな」


 ケインズが見栄を張っていたらそれとなくこちらに知らせてくれるのがカラリアさんだ。

 お互い忙しいから、誤情報で記念祭の開催を見越して旅の準備をするなどで無駄な時間を使わないようにしないとならない。

 俺はリシェイと一緒にキッチンに顔を出す。


「メルミー、テテン、そろそろアクアスが摩天楼化するそうだから、春には予定が空けられるようにしてくれ。特にテテン、大丈夫そうか?」

「……燻製作りで、忙しい」

「メルミーさんはアマネが新しい建物でも建てようとしない限りは手が空いてるよ。でも、皆でタカクスを留守にするの?」

「いや、メルミーとテテンには運営の方を任せたい。俺とリシェイで摩天楼化記念祭に顔を出してくるよ」

「……カラリアお姉さまに、会いたかった」


 テテンの独り言を聞き流しつつ、椅子に座って弁当箱を広げる。四人で食べることを考えて重箱風である。

 さっそくメルミーがフォークを重箱へ伸ばしつつ、口を開く。


「でも、メルミーさんだけで運営なんてできないよ?」

「……手伝いなら、できる」

「テテンちゃんには期待してるけど、やっぱり不安かなぁ。塩の出荷量調整とか、テテンちゃんに出来る? ちなみにメルミーさんは無理だよ」


 タカクスに塩の生産施設ができたことで、雲上ノ層の塩が世界樹北側でも安く手に入るようになった。

 けれど、塩価格が低下しすぎないように需要と供給のバランスを見る必要がある。


「塩なんかの商品はテグゥルースに任せておけば大丈夫だ。ランム鳥とシンクだけはマルクトの管轄だけど、放っておいて報告をまとめるだけでいい」

「空中市場の雑貨屋さんだね」


 メルミーが一瞬考えた後、テグゥルースが誰かを思い出したようにぽんと手を合わせた。

 リシェイがこくりと小さく頷く。


「そういえば、そんな名前だったわね」

「……憐れ、な」


 本当にな。

 しかも、憐れといいながらテテンも同情しているわけではなく、優越感があるようだし。

 テグゥルースがいまだに独身な理由って名前が覚えにくいからだろうか。いや、まさかね。

 気を取り直して、留守中の采配についての話に戻す。


「春先は魔虫の活動も活発になるけど、基本的に魔虫狩人ギルドに任せておけば間引きもしてくれる。有事の際はビロースに実働隊の指揮を任せて、ギルド長は全体指揮になる。だから、俺とリシェイが留守の間はビロースをギルドに常駐させた方がいいかな。リシェイ、宿の運営の補佐ができそう人に心当たりは?」


 雲下ノ層にある宿に関してはすでにビロースと若女将が居なくても回るようになっているけど、雲上ノ層の高級宿はそうもいかない。

 相応に訓練された従業員でないと、宿の格と釣り合わないのだ。

 リシェイが少し考えて、考えを口にする。


「ラッツェに頼みたいところだけど、手が空いてるかしら?」

「多分空いてる。でも、ラッツェだけだと力仕事に不安があるから、他に一人欲しいかな」

「魔虫狩人を一人、引っ張って来れない?」

「後でビロースと相談してみる。何人か心当たりはあるけど、春先は魔虫の間引きがあるから引っ張って来れるかは怪しいな。ローザス一座のレイワンさんに聞いて、手の空いている団員を派遣してもらう事も考えようか」


 楽器や舞台道具を運び慣れているローザス一座の団員なら力仕事をこなすことはできるし、お客さん相手の礼儀も弁えている。

 これで高級宿の手配も終わりだろう。方向性が決まっただけで実際に声をかけていないから後で変更があるかもしれないけど。

 他にはあっただろうか。

 考えていると、トウムパンを小さくちぎって食べていたテテンが首を傾げる。


「……結婚事業」

「アレウトさんが采配してるし、俺たちが手を回さなくても大丈夫だろ」


 タカクス教会で司教を務めるアレウトさんはヨーインズリーにいた頃から結婚式に引っ張り回されていただけあって、結婚事業を滞りなく進めている。

 タカクス教会で式を挙げたいというカップルは未だに多いけれど、冬は雪が激しいため敬遠される傾向があり、春先から徐々に数が増えてくるのが通例だ。

 俺とリシェイが留守にするのは春の半ばくらいだから、そこまで忙しくもならないと思う。

 そう考えて、アレウトさんに任せておけば問題がないと思っていたのだけど、リシェイの意見は違うらしく首を横に振っていた。


「この間、アレウトさんから相談があったの。魔虫狩人が冬の間に近隣の村に派遣されているでしょう? 派遣先の村で彼女を作ったらしくて結婚式を挙げたいという申し込みが来てるらしいわ」


 キリルギリが出現した翌年以降、魔虫狩人の多いタカクスから近隣の村の戦力を増強する為に魔虫狩人を派遣していた。

 冬季は雪のせいで交通網がマヒしがちな世界樹北側では、冬の間だけ村の住人となり戦力となる彼らは歓迎されている。

 実際に冬の間に魔虫に襲われることはあまりないのだけど、稀に雪虫を狩って村に貢献する者もいるらしい。

 ただ、そんな彼らが現地の女の子と恋仲になるというのは何と言うか――吊り橋効果って奴なのかな?

 まぁ、戦力となる魔虫狩人が足りない村に派遣される以上、現地の女の子にとっては村にいないタイプの男性と言う事で目を引くだろうし、吊り橋効果だけでもないんだろうけど。

 サラダを食べていたメルミーが訳知り顔でふむふむと聞いていたかと思うと、にやにや笑う。


「毎年冬に訪れる恋人かぁ。演劇みたいだね」

「俺なんて年中いるけど?」

「いつもそばにいてくれる。それも演劇みたいだよね」


 どっちがいいんだよ。


「……邪魔」


 テテンの意見は聞いてない。

 メルミーがリシェイを見る。


「それじゃあ、春先から結婚事業は大忙しなのかな?」

「そう。しかも、タカクス学校が開校されて以来、孤児院の子供達も授業があるから、人手が欲しいそうよ」

「飾りつけとか、子供たちにお手伝いしてもらってたもんね」

「私たちの時も孤児院の子たちが手伝ってくれたわね」

「……アマネ、はぜーろ」


 テテンが小声で呟いた呪文を聞き流し、俺はリシェイに質問する。


「何人くらい人手が欲しいって言ってた?」

「大人で七人もいれば十分らしいわ」

「七人か」


 式中の案内役とかはアレウトさんやサラーティン都市孤児院出身の手が空いている人に手伝ってもらえばいいとして、雑用係を募集しているんだろう。

 客あしらいなどの教育らしい教育をする必要がないから、募集を掛ければすぐに集まると思う。


「ラッツェに協力してもらえば、手の空いている研究者を引っ張って来れると思う」


 品種改良の研究者たちはラッツェの影響もあってかいろんなところでバイトしていたりする。主に研究費を稼ぐためらしい。

 あとは、第三の枝のタコウカ畑の手入れをする人たちも手が空いているはずだ。残り雪の除去作業はあるけど、植え替えなどはしないし。


「他に問題があるとすれば、公民館だな。結婚事業でも宴会場に選ばれるし、きっちり管理しておかないと」


 特に、村から結婚式を挙げに来たお客さんの場合、費用の面や人数といった理由から公民館の宴会場がお手頃で、よく使用される傾向にある。魔虫狩人が村の女の子と結婚するとなれば、十中八九使用される。


「掃除とか、お布団干しとかだよね? メルミーさんだけだと難しいかなぁ」

「そうね。それに、宴会場になった場合は調理もしないといけないから、早いうちに調理師に声をかけておく必要もあるわ。予定表の作成と、食材発注と搬入と、それから――」

「むりだよ。メルミーさんは伝票なんか作った事ないもん」


 メルミーが両腕を交差させ、バツ印を作る。

 リシェイは苦笑して、テテンに目を向ける。


「伝票作成はテテンもできるわ。ミカムやケキィちゃんにも声をかけて、暇な時に手伝ってもらえるように頼んでおくからあまり心配しなくてもいいわよ」


 タカクス学校図書館司書のミカムちゃんは、図書館が建設されるまで事務所の仕事を手伝ってくれたこともあるから、勝手が分かっているはずだ。即戦力といっていい。

 ケキィはカルクさんの診療所で看護師代わりに働いているけど、受付で薬の代金を受け取ったりして事務関係の仕事も一通りこなせる。計算ができるだけでもありがたい。

 二人のうちどちらかだけでも協力してくれれば、公民館の運営も進められるだろう。

 俺はもう一つ、安心できる要素をメルミーに伝える。


「食材の発注は古参住人の畑持ちに声を掛ければ当日でも対応してくれる。いざという時には頼ると良い」

「キノコ類は空中市場にあるコマツ商会の支店に発注する事になるけれど、支店長のルシオさんはおかしな発注量だったりするときちんと確認しに来てくれるから、あまり気負わずにね。もちろん、手を抜いていいわけではないけれど」


 俺が建築家としてヨーインズリーに事務所を構えていた頃から付き合いのあるコマツ商会はテグゥルースと協力してのキノコ類の販売や布、魔虫甲材の販売などを行っている。どちらかといえば工房などを相手にする卸売の形態だ。

 それだけに、タカクスの運営を取り仕切るこの事務所からの注文には気を使っている。この事務所相手に問題を起こすとタカクス内の取引先がすべてダメになる可能性があるからだ。

 それだけに、こちらとしても気を使うところはあるけれど、持ちつ持たれつと言うところだろう。


「留守中の運営はこれで心配いらないかな?」

「後で紙に書きだしておくから、テテンと一緒に確認してね」

「分かったよ。ついにメルミーさんが頼れる女だって事を証明する日が来たんだから、気を抜かずに頑張ってあげようじゃないか!」

「いや、メルミーには普段から頼りにさせてもらってるけどな」


 職人としても、職長としても、タカクス内の職人は総じてメルミーに頭が上がらなくなってる。特に細工や彫刻だと頭一つ抜けているだろう。

 タカクス内の職人が若手ばかりという事もあるけど、メルミーの柔らかい彫刻はそうはない持ち味なのだ。

 俺の本音を聞いたメルミーは真っ赤な顔でうつむいた。


「平然と言うんだもんなぁ……」


 まぁ、事実ですし。



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