第十三話 町長・市長会合
秋も深まった今日この頃、俺はリシェイと一緒にカッテラ都市を訪れていた。
町長会合、市長会合にそれぞれ出席する為である。
摩天楼になったとはいえ、タカクスの発展はかなり急激であったため人口規模が少なく、その割に品種改良の効果で食糧生産力がずば抜けて高い。そのため、町や都市への食糧輸出の目途をつけやすくするよう、かつ町長たちと市長たちとの橋渡しを摩天楼の立場でこなせるよう、俺とリシェイが出席する事になっている。
この会合でまとめた話は、場合によっては近いうちに開かれるだろう摩天楼会合でも共有される。
「あちこちへたらい回しにされてる気分だ」
「便利に使われている気はするわね。ただ、この町長会合と市長会合での意見調整ができないと、調整役としての摩天楼の役割もこなせないわ。気を引き締めていきましょう」
「分かってはいるんだけどね。日程が……」
同時開催すると俺とリシェイが動けないため、二つの会合は日付を一日ずらして行われる。
都合三日ほどカッテラ都市に滞在して、意見を取りまとめたりしないといけないのだ。
とはいえ、事前調整の類はカッテラ都市のクルウェさん夫妻がやってくれていたから、今回は会議中の最終的な意見調整と詳細詰め、会議の結果を纏めるのが俺たちの仕事である。早い話が進行役兼書記だ。
先に行われるのは町長会合である。
カッテラ都市がまだ町だった頃に使われていたという公民館に入り、議場入りする。
「やぁ、タカクスさん。摩天楼化おめでとう」
ケーテオ町の町長がいくつも皺の刻まれた顔で笑いかけてくる。
「ありがとうございます。経営の方、建て直したそうで。御見事でした」
「タカクスさんとの貿易のおかげだよ。ヘッジウェイさんに橋もかけてもらったからね。本当にあちこちへお世話になってしまったが、もう大丈夫だ」
「なによりです」
「人口密度の方も緩やかに緩和されつつあるよ。タカクスさんの方で受け入れてくれているそうだね。ありがとう」
「いえ、こちらも人手が欲しい所ですので」
ケーテオ町長と世間話をしつつ会議の始まりを待っていると、リシェイに肩を叩かれた。
なんだろうと周りを見回してみると、すでに町長たちが集まっている。
「タカクスさん、交流を深めるのもいいが、進行役も頼むぜ?」
机に肘をついて苦笑しているヘッジウェイ町長に指摘されて、俺は慌てて立ち上がり、会議の始まりを宣言した。
会議室が笑いに包まれる。
「緊急の案件もないからな。のんびり話そうな」
ヘッジウェイ町長にフォローされつつ、俺は議題を読み上げる。最初からやっちまった感が……。
ヘッジウェイ町長が言う通り、緊急の議題はない。新興の村問題は収束、経営破綻しそうな町もなく、キリルギリはタカクスで博物館の完成を待っている。
輸出入の話をいくつかしている内に、ヘッジウェイ町長が俺に声をかけてきた。
「そういえば、タカクスさんがまた新しい事を始めたそうじゃねぇか。野鳥の家禽化だったか?」
「えぇ、まだ試験段階で軌道に乗ってませんけど、取り組んでいます」
マルクトがランム鳥やシンクの世話のほとんどを他の飼育員に任せ、雲上ノ層に入り浸るようにして取り組んでいるところだ。
餌の問題か、栄養が足り無いようで痩せ衰えていく問題もトウムの他に数種の野菜を乾燥させた物を餌に混ぜる事で改善傾向にある。
ヨーインズリーから招いた研究者がマルクトと一緒に喜んでいたのが印象的だった。
「家禽化計画がどうかしましたか? まだ試験段階ですから、シンクの様な輸出制限の話は時期尚早ですが」
「いやいや、輸出制限の話じゃねぇよ。もし、羽毛を取れる野鳥の家禽化に成功したら声をかけてもらいたいと思ってな」
あぁ、そういう事か。
ヘッジウェイ町はコヨウの飼育基金の立ち上げ人として、毛糸や布を手広く扱って成功している。羽毛関連の商材が安定供給されるのなら、貿易体制を整えたいと考えたのか。
「いまはまだ何とも言えませんね。数種類の野鳥を飼育しつつ、家禽化できそうなものを選別している段階ですから」
「資金提供の用意もできる。困ったことがあったら声をかけてくれ」
「ありがとうございます」
羽毛布団にクッション材等、利用価値は結構あるだろう。
この世界で羽毛と言えばランム鳥の羽だけど、静電気を溜めやすい上に毛先がチクチクするから安物の椅子程度にしか使われない。
それでも、野鳥の家禽化と聞いて、ランム鳥の羽根のイメージにとらわれずに羽毛の利用を前提とした話ができるという事は、前々から野鳥の羽などの商品価値を認識していた事になる。素材の研究にも熱心に取り組んでいた証拠だろう。
やっぱり、ヘッジウェイ町長はやり手だ。
ヘッジウェイ町長が俺を見てにやりと笑う。俺も野鳥の羽の商品価値を正しく認識していると見抜いたのだろう。
でも、俺はヘッジウェイ町長のようにやり手な訳ではなく、前世の知識からの引用で商品そのものの完成形を知っているからこそ思い至ったわけで、同類を見るような目を向けられるとちょっと困る。
「他に、何か追加で話し合いたいことはありますか?」
会議を終える前に町長たちを見回すと、ケーテオ町長が口を開いた。
「これから冬に入る。キリルギリが卵を産んでいた場合、孵化したモノが襲ってくる可能性もあるから定期的な相互連絡を怠らないようにした方がいいと思うね。タカクスさんが一番戦力も整っているし、討伐実績もあるから連絡中枢として機能してもらいたいところだよ」
「了解です。他の方は異論ないですか? では、僭越ながら、タカクスが定期連絡の中枢として情報を取りまとめ、共有する形にします。これにて、閉会といたします」
さて、町長会合が終わったら議事録を読み返しつつ決定事項の書き出しなどの書類作りだ。
宿に帰ってリシェイと作業しないと。
町長会合の翌々日、今度は市長会合に出席する。
刺繍の入った上着を風に翻しながら、会場である公民館に向かう。いつもと違って上等な服も三日間に二回も着るとありがたみが薄れる。
会場にはすでにカッテラ市長をはじめとした市長たち全員が集まっていた。
「……開始時間はまだだよね?」
傍らのリシェイに訊ねると、頷きが返ってくる。
市長の皆さんも五分前行動って奴かな。時間の奴隷なのだろうか。
「タカクスさん、雪が降る気配があるんだ。交通がマヒして帰れなくなっても不味いから、少し早いけれど始めてもらっていいかね?」
市長の一人に声を掛けられて、俺は席に座る前に会議の始まりを告げる。
口上を述べ終えてリシェイと共に席に座り、手元の資料をめくりながら会議の進行をしていく。
「それでは、除雪の人手不足の問題についてですが、各村の状況と人手を回す町について、資料にまとめたので回し見てください」
リシェイに目配せして、資料を会議机に座る市長たちに回す。
「基本的には村に最も近い町が人を派遣する形にしていますが、場所によっては各都市からも人を出していただくことになります」
この辺りは持ちつ持たれつなので、市長たちも異論を挟まずに協力を約束してくれた。
その後もてきぱきと議題という名の連絡事項を伝えていき、最後の議題に移る。
「では最後に、今後の会合場所をタカクスに変更するべきでは、という意見ですが」
俺はこの議題を提出して来たカッテラ市長に目を向ける。
「会合運営の問題、と言うわけではないですよね。何故タカクスに会合場所を移すのでしょうか?」
会合場所の提供だとか、備品、町長や市長の宿泊先の手配など、色々と手間も経費も掛かるのは分かるけれど、カッテラ市長がその程度を惜しんで地元の産業をアピールする機会をタカクスに回す理由が分からない。
真意を訊ねると、カッテラ市長のみならず、会議机を囲む市長たちが不思議そうな顔で俺を見た。
「タカクスが摩天楼化したのだから、会合場所を移すのは当然ではないかな?」
「……えっと、それだけですか?」
いや、地域で最も発展している自治体がまとめ役になるのは慣例として正しいけれど、摩天楼化したとはいえタカクスの人口規模はカッテラ都市に遠く及ばない。
産業面では世界樹北側でもかなりの比重を占めているとは思う。でも、言っては悪いが成り上がりだ。
にもかかわらず、カッテラ市長は当然とばかりに頷いた。
「他に理由が必要かね?」
「慣例に従えば、会合場所を移すことに他の理由は必要ないと思います」
「では、決まりだと思うがね」
「いえ、移さない理由ならばあるんです」
「ほぉ、それを聞かせてほしい」
面白がるようにカッテラ市長に促されて、俺はリシェイに手を伸ばす。リシェイは差し出した俺の手に一枚の紙を乗せてくれた。
紙を受け取って、内容をざっくりと確認してからカッテラ市長に渡す。
「会合出席都市と町からのタカクスへの道順を示したモノです」
「ふむ。なるほど、理由の一端ではあるだろうね」
ざっと目を通してカッテラ市長は苦笑気味に頷き、紙を隣の市長に回す。
簡易的な世界樹北側の地図ではあるけれど、一目見れば会合出席都市や町のほとんどがタカクスへの直通の道を持っていない事が分かる。
カッテラ都市が世界樹北側の会合開催都市となって六百云十年。積み重ねた歳月の間に利便性向上のため整備された道路は両手の指の数では足りず、交通網の中心といえる状態になっている。
わざわざカッテラ都市を経由してタカクスに集まるよりも、今まで通りにカッテラ都市を開催都市にする方が都合がいいのだ。
「さらに、お恥ずかしい事ですがタカクスの受け入れ態勢が整っておりません。空中市場で冬支度を整えるために訪れるお客さんも多いので秋口は宿も埋まってしまい、会合の会場となる公民館も会議室は備えていません」
タカクスにおける最初の建物であるタカクス公民館だけど、村時代にも会議は食堂スペースで行っていた。人が増えた最近でも会議はタカクス劇場で深夜に行っているくらいで、会議出席者の負担を問題視してタカクス会館ともいえるようなものを建てようかと話し合っているところだ。
とてもではないけど、町長会合や市長会合を開催する余力がない。
「そういう事情がおありなら、仕方がないか」
「そうですな。二百年も経てば状況も変わるでしょうし、その頃にもう一度議題にあげればよいでしょう」
「決まりだね。カッテラ市長として、今後も開催都市を引き受けると約束しよう」
話がまとまり、俺の後ろでリシェイがほっと一息つく。
「他に議題は?」
「ないね」
「同じく」
市長たちが次々と議題無しを表明し、閉会となった。
 




