第一話 公民館建設
タカクス村予定地にて、俺は木籠の工務店から来た職人たちと一緒にテント暮らしをしていた。
「タカクス村か。タカクスってなんだ?」
木籠の工務店の店長さんが不思議そうに訊いてくる。
「俺の前世の名前です」
「ふーん」
あ、信じてないな。無理もないけど
俺の名字を取った村の名前に職人たちも店長さんも訝しげな顔をしていたが、別段変な意味のある単語でもないため深く聞かないでくれた。
さて、予定地でわざわざテント暮らししているのにはもちろん理由がある。
当面の村人の仮住居となる公民館の建設だ。
すでにリシェイとメルミーが声を掛けたことで二十人の移住希望者が集まっているが、公民館の完成まで移住は待ってもらっている。
心待ちにしてくれている彼ら彼女らのためにも、公民館の完成を急ぎたいところだ。
「それで、設計は例によってアマネがやったのか」
「えぇ、記念すべき村最初の建物ですからね。気合入れましたよ」
予算面で。
何しろ玉貨で二十枚。下手な民家が二十軒建つほどの金額を投じて建設するのだ。
木材だけであれば、世界樹製の建材がかなり安価に手に入るためここまで予算がかかる事もなかったのだが、今回建てるのは公民館であり、当面の村のランドマークだ。数十年は保ってもらわないと困る。
人が多数出入りすることになる施設だけあって、素材も耐久性が求められるため、床には魔虫であるバードイータースパイダーの液化糸を利用した複合材を使用する必要があり、費用がかさんだのである。
これでも、コマツ商会が今後の取引を見越して安く卸してくれたから助かった。
「さっそく始めましょうか」
「そうだな。もたもたしてると延々とテント暮らしだ」
職人十人足す店長足すメルミーの十二人で作業が始まる。
この道数十年など可愛らしい、二百云十年は職人をやってる人たちが大半という木籠の工務店の建造スピードは何度見ても目を見張るものがある。
世界樹の木材が瞬く間に加工され立てられたかと思うと、次の瞬間には別の木材が用意されている。
「――アマネさん、お荷物のお届けに上がりました」
横から声を掛けられて視線を向けると、コマツ商会からの建材が到着していた。発注しておいたバードイータースパイダーの液化糸を利用した複合材である。
俺は店長さんに現場を任せて、品物の検分に入る。
一緒に来たリシェイが明細を確認している間に、複合材を手に取った。
バードイータースパイダーは糸で巣をつくり、その名の通りに鳥を捕食する魔虫だ。体の中には外に出す前の糸を蓄える臓器があり、その中に糸の成分が液化した物が入っている。
空気に触れると固化する性質のあるこの液化糸は高い撥水性と耐久性、耐摩耗性を備え、弾力がある。
そのままではゴム毬のようで建材には適さないが、床に塗布したり、おが屑などを入れた複合材として幅広く利用されている。
ヨーインズリーにあるリシェイの出身孤児院の再建を頼まれた際にも、この液化糸を床に塗布してクッションコーティングを施した。
代金を支払って、リシェイが呟く。
「いつも思うけど、高いわよね」
「魔虫素材だから仕方がないさ」
非常に有用な性質を持つけど、魔虫由来の素材であるため値が張るのが玉にきずだ。
コマツ商会に発注したのは粉砕した鳥などの骨と炭を混ぜた複合素材だ。床材としては適度な硬さかつ防滑防音性に優れて軽量なのが特徴で、ヨーインズリーの図書館などの公共施設ではよく使われる床材でもある。
外見的には液化糸と骨の光沢のない滑らかな白の中に炭の黒がまばらに入っている。花崗岩を彷彿とさせる色合いだが、光沢がなく、液化糸の特性によるものか柔らかな印象を受ける。
手で触って硬さを調べ、成分含有率のおおよその割合を測る。感触からして、成分含有率にそれほどの差はないようだ。程よい硬さ。
余談だけど、俺に魔虫狩人としての知識と技術を教えてくれたじっちゃんことジェインズ老曰く、液化糸は水分を一割ほど追加してから固化させるとおっぱいの柔らかさになるらしい。一時期、至高のおっぱいの柔らかさを求めてバードイータースパイダーを狩りまくっていた時期があり、じっちゃんが発見したのが一割三分の水分含有率だそうだ。アマネの好みは儂とは違うだろうから参考程度に留めよとの仰せだった。
そんなくだらない動機で狩られる程度には、バードイータースパイダーという魔虫があちこちに生息しているという話である。他意はない。
建材を受け取って、濡れたりしないよう仮設テントの中に運び込む。
「工事の進捗状況はどうですか?」
現場監督を代わってもらっていた木籠の工務店の店長に尋ねる。
建材の引き取りの間も横目でちょくちょく確認はしていたけど、念のために尋ねておいた方がいいだろう。
「一階部分の半分ほどが終わった。これから残りに移る」
公民館はL字型の建物となる予定で、終了したのは倉庫とトイレのある棟だ。
倉庫は村の共用倉庫となる予定で、農具などが置かれる。他には、これから作る公民館の別の棟にある宴会場の椅子や衝立なんかも放り込む事になるだろう。
店長さんと現場監督を交代する。店長さんは店長さんで作業があるのだ。
「アマネっちー、立面図みーせーて!」
飛び込んできたメルミーに立面図を見せる。
単純に言えばL字型の公民館だが、建物の凹凸を出すために一階のトイレやエントランス部分が張り出していたり、差し掛け屋根になっていたり、出窓があったりする。建物の外観を四方から見る立面図を都度確認しないと怖いのだろう。
「ほほう。なるほーどー」
「納得したか?」
「了解したよー。階段の踊り場に窓はやっぱりいるんだね」
「採光の関係でな。調理場の臭いが入り込まない様に、はめ込み式になる」
「よし、分かった。戻ってお仕事してきまっす」
タタタっと走り去るメルミーが棟の裏へ消えていくのを見届けて、俺は立面図を戻す。
「アマネさん、倉庫の床の甲材って届いてますか?」
「まだです。宴会場の方の応援に行ってください」
「了解です」
木籠の工務店の職人さんに指示を出し、隣に立っているリシェイを見る。
「甲材について、コマツ商会から何か聞いてる?」
「ビーアントの甲材なら在庫が十分にあるけど、ワックスアントの甲材は調達に時間がかかるかもしれないって。伝手はあるから、価格には響かないとも言ってたわ」
「倉庫の床はしばらく手が付けられないか」
甲材とは、ワックスアントやビーアントといった魔虫の甲殻を建材として処理した物で、硬く強靭で軽量という特徴を持つ。床石の代わりに用いられたりもする。
共用倉庫には重量のある荷物を置く可能性もあるため木材ではなく甲材を使う事にしたのが裏目に出たようだ。
すぐに使う設備でもないから、今は特に問題ないけど。
「今日の夜はテント生活から脱出して、建造中の公民館の廊下で寝られそうだな」
「それ、喜んでいいのか判断が付かないわね」
テント生活よりは床も壁も天井もしっかりしている気がするから、マシって事でいいんじゃないかな。
「アマネ!」
手を振りながら駆けてくるメルミーが俺を呼んでいる。
俺とリシェイの前で足を止めたメルミーは、建設中の公民館の裏手を指差した。
「店長が呼んでるから、行ってきて」
仕事中のため、メルミーが養父を店長と呼ぶのには驚かないけれど、行ってきて、という言葉が気にかかる。
「メルミーは来ないのか?」
「アマネにだけ用があるんだってさ。むしろ、わたしは来るなって。なんか、まじめな話っぽい」
メルミーの一人称が〝わたし〟になっているからには、ちょっと覚悟を決めて行ってみた方がよさそうだ。
「リシェイ、皆にはお昼休憩にするよう言っておいて。俺は店長のとこに行ってくる」
「なにかあったら悲鳴を上げなさいね」
義理とはいえ娘のメルミーが俺の作る村に住むからには店長の家を出るわけで「やっぱりうちの娘はやらん!」みたいな話もあるんだろうか。
メルミーを村に連れて行くように言ったのは店長さんだから無いとは思うけど。
「お養父さんのげんこつは必ず右ストレートだから、注意してね」
「メルミーが言うと説得力が違うな……」
「げんこつを食らってるのはわたしじゃないからね?」
そういえば、工務店の職人さんに軽く拳骨を落としているのは何度か見たことがあるけど、メルミーが怒られているところは見た事ない。
なんだかんだで、メルミーは要領が良いから怒られることはしない。
俺はリシェイとメルミーに後を任せて、店長が待っているという公民館の裏手に足を運ぶ。
「おう、来たか」
店長さんは大きな一枚板の前にどっかりと腰を下ろしていた。縦三十センチ、横百五十センチ、厚さは十センチほどの一枚板は世界樹製の木の板だ。
「これから村を作るお前の景気づけに良いもん見せてやる」
そう言って、店長さんは木の板にノミを打ち込み始めた。
下書きすらなかった大きな木の板が端の方から瞬く間に彫り抜かれ、透かし彫りが形付く。
一組の男女がまいた種が芽吹き、木となり、連理の枝を作るまでの過程が描かれたその透かし彫りは、この世界の神話の導入部分から半ばまでを表したモノだ。
「この公民館の宴会場は出入り口が二つあるだろう。どちらかにこれを飾ってくれ」
店長は出来上がったばかりの透かし彫りを俺に突き出してくる。
こんな見事な透かし彫り、購入したら玉貨が飛ぶだろう。
「よ、予算が……」
「野暮なこと言ってんじゃねぇ。景気づけだって言っただろう。くれてやる」
え、いいの? マジでいいの?
出入口二つあるけど、どっちに飾ろう。やっぱり公民館そのものの入り口側かな。
透かし彫りを受け取った俺を見て、店長がにやりと笑う。
「よし、受け取ったな?」
「……え?」
「頼みがある」
えらい物貰っちまった。
とはいえ、店長さんの事だから無茶な頼みはしないだろう。
「なんでしょう?」
「腹をくくるのが早いな。そういうところは評価してるが、可愛げのない奴だ」
どうしろというんだ。
店長さんは俺が受け取った透かし彫りを指差した。
「さっきも言った通り、出入り口は二つある。だが、透かし彫りは一枚きりだ。もう一枚は、メルミーにやらせてほしい」
「メルミーに?」
メルミーの技術は高い水準だとは思う。ただ、メルミーはこういった技術以外のセンスが問われる仕事に弱いきらいがある。
店長は鋭い眼光で俺を射抜いた。
「俺の作ったその透かし彫りに見劣りしないだけの腕をメルミーが身に付けたとアマネが判断した時、改めて透かし彫りをメルミーに依頼してほしいんだ」
「それで神話の途中までしか描かなかったんですね」
続きはメルミーの手で、という事なのだろう。親子二代の作である。
店長は腕を組んで頷いた。
「そういう事だ。百年かかるか二百年かかるか分からんが、待ってやってほしい」
「分かりました」
「……本当に、腹をくくるのが早いな。実質的に、公民館を未完成のままで維持してメルミーの成長を待ってくれって言ってんだぞ?」
「でも、店長が職人としてそこまで譲るほど、メルミーに期待してるって事でしょう? 俺だってメルミーが陰でひたすら努力してることは知ってます」
「知った風な口をききやがる」
ため息を吐いた店長さんは立ち上がり、公民館の表側へ歩き出しながらぼそりと呟いた。
「感謝する……」
甲材の他にも雨天延期などの多少の遅延はありながらも、工事は三十日で終了した。
完成したばかりの公民館に入る。
ドーリア式の柱に支えられた玄関ポーチから中に入ると、エントランスホールに出る。二階への吹き抜けとなっているエントランスホールは、上を見上げると二階の廊下が見えていた。
エントランスホールに入って正面の廊下を進めば共用倉庫とトイレ、右側の廊下を進めば宴会場、調理場と食品庫、二階への階段、警備室がある。
共用倉庫に入ってみる。ワックスアントの甲殻から作られた白い甲材の床は窓から差し込む光を鈍く反射していた。倉庫らしい陰鬱さはない。ただ、落ち着きも足りない気がした。今後に生かすべき反省点だろう。
共用倉庫を出て警備室へ。一段高くなった木材の床へは靴を脱いで上がる。八畳ほどの広さの警備員室は宿直が二人から三人入ることを想定している。左が共用倉庫とを仕切る壁、右が二階への階段とを仕切る壁となっている。廊下に向けて窓が付いており、廊下を歩く人を確認できるようにしてあった。
宴会場は二十人から三十人が入れるほどの大規模な物だ。靴を脱いで上がる場所であり、間仕切りを使って仕分けることもできる。
内壁は寄木細工のようなモザイク模様の下段と上段の白い壁紙に分けてある。宴会場とはいえ、モザイク模様だけでは見た目が煩すぎたのだ。
当面は公民館に寝泊まりする村人の喫食スペースとなる予定だが、村に建物が充実するようになれば宿ができるまでの間、商人などの宿泊客が使用する喫食スペースとなり、魔虫狩人や職人などの大規模宿泊客向けの雑魚寝部屋にもなる。
二階の階段を上がると真上に屋根裏が見えた。頂点部分に接続した壁に設けられた窓から太陽光が降り注ぐ。
この光景にしたいがために差し掛け屋根の形を取ったのだ。廊下の端、屋根のすぐ下の部分には大きな出窓があり、採光と通気を担っている。
二階はほとんどが客室となっている。全部で十八の部屋が存在し、一階部分の宴会場や共用倉庫の真上に作られていた。
最後に吹き抜けから一階のエントランスホールと玄関を見下ろして、出来栄えを確認する。
「やっぱり、木籠の工務店さんはいい仕事しますよね」
「アマネもお世辞を言うようになったか」
店長さんが憎まれ口を叩いて俺の頭を撫でまわしてくる。本心だったんだけどな。
「これでアマネの村も本格始動ってわけだ。くれぐれも、メルミーを頼むぞ」
「もうしばらくは、移住希望者用の住居の建造とかで木籠の工務店さんのお世話になると思いますよ」
「おう、とことん付き合ってやるよ」
店長と話をしていると、リシェイがやってきた。
「アマネ、手紙が来てるわ」
「手紙?」
リシェイから手紙を受け取る。差出人はヨーインズリーの孤児院。リシェイの出身院だ。
今までにも度々手紙が来ていたけど、宛名はアマネ事務所で統一されていた。しかし、今回は何故か俺個人宛てになっている。
「私信って事か?」
「私に見られたくないのかもしれないわね」
とりあえず中身を見ないと始まらないので、俺はその場で封を切った。気を利かせたリシェイと店長が半歩離れる。
手紙には、村を作る事への期待と励ましの他に、リシェイに関する事が書かれていた。
自己評価が低い所があり大きな仕事をしたがらなかったリシェイが俺と仕事を始めてから変わり始め、ついに村を作るまでに至った事への喜びと、俺への感謝が最後に添えられていた。
店長さんといい、孤児院長の司教さんといい、血の繋がりがなくてもみなさんしっかりお父さんしているようだ。
「なにか良い事でも書かれていたの?」
手紙を見て笑っている俺を不思議そうに見ながら、リシェイが首をかしげる。
「良い事だと思うよ」
俺は言葉を返して、手紙を折りたたんだ。
何しろ、文末にはこうあったのだ。
――恥ずかしいから、リシェイには見せないでください。
お養父さんがたは陰でこそこそするのがお好きなようで。




