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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第十二話 凧揚げ祭り

「アマ兄ちゃんすげぇ!」


 子供達から称賛を浴びつつ、秋空に凧を高く揚げる。

 空中にありながら姿勢はまっすぐでぶれもしない凧は空色の地に鮮烈な赤でもみじの葉を散らした絵が描かれている。前世日本への郷愁を込めた俺のお手製だ。

 それにしても、もうすぐ五十歳の俺がお兄ちゃん呼ばわりなんだよな。久しぶりにカルチャーギャップを感じる。


「アマネ、いつまで遊んでいるの?」

「あ、リシェイ姉ちゃんだ」

「リー姉だ」


 俺より早くリシェイに気付いた子供たちが、先ほどまでもてはやしていた俺を捨ててリシェイに駆け寄る。

 俺の周りに数人の男の子だけが残っていた。

 俺は糸を手繰り寄せて失速させないように凧を手元に戻す。高度を下げる俺の凧の代わりに色とりどりの凧が開いた空間を埋めていった。

 今日はキリルギリ討伐記念祭に端を発して恒例化したお祭り、通称凧揚げ祭りである。

 住宅街などの禁止区域も設定されているけれど、タカクスの空のあちこちから色とりどりの凧が揚がっている。

 雪の白一色に染まる間際のタカクスを鮮やかに彩る凧の群れは見ていてとても気持ちがいい。観光客の中には一緒に凧を飛ばしたり、天橋立に設置してあるベンチから下の凧を眺めて楽しむ客も多いらしい。

 おかげで、天橋立に簡易の屋台が出ており、いつもと違って雲上ノ層まで賑やかな雰囲気だ。

 雲上ノ層なら凧揚げ禁止区域もないけど、太陽が眩しすぎてあまり好まれない事だけが残念である。

 凧を回収した俺は子供たちの相手をしていたリシェイに歩み寄る。


「それじゃあ、デートに行こうか」

「さっきまで子供たちと混ざって凧揚げしていた人にそんなキリッとした顔をされても」


 リシェイに苦笑され、子供たちに囃し立てられながら、凧揚げ区域を出る。

 午前中は俺とリシェイがお祭り運営の統括、午後からはメルミーとテテンに交代する形になっているため、俺たちは今からデートのお時間である。

 新興の村の各村長やリシェイの後輩で図書館司書のミカムちゃんなど、お祭りの運営委員も多くなり、安定感が出てきたからこそ確保できたデート時間だ。


「どこに行こうか。入り口前広場で大道芸大会をやってるらしいけど」

「持ち時間を決めて、おひねりの数で勝敗を決めるのよね?」

「そうそう。ローザス一座のレイワン座長が持ってきた企画の奴」


 上位五名は別途審査の上でローザス一座への入団が認められるとかなんとか。

 今まで前座を務めていた人が結婚して裏方に回ると表明したことがきっかけで、前座の数名が後進育成やら何やらへ回ってしまったのが原因らしい。


「面白そうだとは思っていたけど、少し喉が渇いたから途中で何か買っていきましょう」

「じゃあ、そういう事で」


 雲下ノ層第四の枝にある空中市場の下を通り、お店でお茶を購入した後で入り口前広場に向かう。

 タカクスの玄関口だけあってずいぶんと賑やかで、そこかしこから笑い声が聞こえてくる。


「ここを凧揚げ禁止区域にしておいて正解だったな。この人混みで凧をあげられる奴がいるとは思えないけど」

「大道芸の一つとして凧を揚げたいって希望はあったけど、人混みに落ちたりすると問題だから却下したのよ」

「流石はリシェイ。英断だね」


 祭りの混雑を避けて商人などは開催期間中に近付かないにもかかわらず、かなりの人出だ。ここだけ東京の繁華街状態である。

 目的の大道芸大会はと覗いてみると、あまりに多い観客に委縮しているらしい芸人が何人か見受けられる。

 頑張れと励ましたいところだけど、立場上そう迂闊な事は出来ない。摩天楼の当主である俺が声をかけてしまうと否応なく注目を集めてしまって逆効果だろう。

 多分、パルトックさんやダズターカさんなど、歴代の摩天楼の当主たちも似たようなことの積み重ねで交友関係が狭まったんだろうな。

 と、分析したらやる事は一つである。


「飛び入りいいですか?」

「あ、欠席者が出てるんで、場を繋ぐ程度であれば――って、アマネさん!?」

「それじゃあ、遠慮なく。そこの貸し出し品を使わせてもらおうかな」


 参加者の小道具が壊れたりした場合に使ってもらえるように用意してある貸し出し品から弓矢とシンバルをいくつか括り付けているロープを借り、準備する。

 なんかめっちゃ注目されているけれど、それが目的だから気にしない。

 密かにリシェイと視線で会話した後、俺は弓を引き絞る。

 いつも使っている鈴と違って的になっているシンバルは大きい。観客からの視認性向上と音の大きさを考えてのモノなのだろう。


「では、ご清聴ください」


 決まり文句を口にして、俺は矢を放つ。魔虫甲材で作られたシンバルが次々に音を鳴らし、誰もが知っている童謡を奏でていく。

 大会参加者で楽器を使用していた者達が何人か、俺に合わせて楽器を鳴らし始めた。参加して来るだけあってみんな上手いし、自信もあるようだ。

 それだけに、俺の付け焼刃が徐々に浮かび上がるわけですがそこは置いといて、


「走ってるわよ」

「アレンジだって」


 リシェイのダメ出しに言い返す。

 世界樹に広く知られている童謡だけあって観客たちも原曲を知っており、俺の演奏に違和感があったのだろう。合点が入ったように頷き、俺とリシェイのやり取りを聞いて和やかに笑っている。

 所々で走ったりしつつも演奏を終えると、ぱらぱらと和やかな拍手を観客からもらった。

 一礼して道具を返し、俺はリシェイと一緒にその場を離れる。


「これで多少の失敗は笑って流してもらえる空気になったろ」

「そうね。ちょうどいい格好悪さだったわよ」


 悪戯っぽく笑われて、俺は頬を掻く。

 狙ってやった事とはいえ、汚名返上のチャンスが欲しい所だ。

 何かないだろうかと祭りを見て回りながら、タコウカ畑へ向かう。

 まだ昼間だからタコウカは光っていないけれど、きちんと手入れされて大きく咲いた花々が視界一面に広がる様は圧巻の一言だ。

 花が咲くたびに各色ごとに植え替えを行って畑一面につき一色で揃えてある。


「イチコウカの種も増えてきたし、この畑に植えてもいいかもな」

「植え替えをする手間が省けるから、管理人として雇っている人達と相談して、造園業に転向しないか訊いてみましょうか」

「もしくは園芸家として活動してもらうとか」


 相談しながら、足を止めてタコウカ畑を眺めているカップルを追い抜いてタカクス劇場に向かう。

 この祭りの期間だけタカクス劇場の賃貸料を半額にしているため、ローザス一座を始めとしたいくつかの一座がひっきりなしに芸や劇、演奏を披露している。

 ちょうど一座が入れ替わる時間帯なのか、観客たちが庭園でくつろいでいた。子供連れやカップルはあまり多くない。どちらかと言うと年輩の方が多く見受けられる。

 食が細くなってくると屋台料理を楽しむのも限界があるし、子供たちに混ざって凧揚げをするのも小恥ずかしい。だから、タカクス劇場に足を運んだのだろう。

 入り口前広場は若い人も多くてちょっとうるさいし、芸もまだまだ発展途上という感じだったから、目の肥えている年配の方では楽しめないだろうし。

 タカクス劇場庭園にはお客の他に売り子がいた。

 どこぞの球場にでもいそうな格好をして、飲み物やサンドイッチを売っている。サンドイッチにはランム鳥の胸肉から作った鳥ハムなどを使用しているようだ。


「売り子がずいぶん幼いわね」

「タカクス学校の専門学科の生徒だよ。祭りの期間中だけ働いてるんだ」


 いわゆるアルバイトである。

 今年開校した専門学科は農学、遺伝子学、芸事などを学べる。専門的な知識しか教えないため基礎学力があるかを確認するための入学試験などもあり、生徒の平均年齢は十代半ばだ。売り子をしている生徒は十五歳くらいだろうか。

 今後、タカクス学校の知名度が上がったり卒業生が活躍するようになれば、転職を考える二百歳くらいの人が入学したりして平均年齢が上がるだろう。


「カッテラ都市のクルウェさんにも聞いたけど、専門学校の設立当初は平均年齢が低いらしい。熱源管理官養成校も最初の百二十年くらいは平均年齢が十代後半だったってさ」

「カッテラ都市は市内に湯屋も多いから、子供を通わせてたんでしょう。平均年齢が下がるのは当然だと思うわ」


 リシェイの予想も一理ある。跡継ぎを養成校に通わせるのは今でもよくある事らしいし、テテンみたいにとりあえず資格を持たせておけば変な趣味の子でも仕事にあぶれることはないだろうという親心もある。

 テテンは見事にあぶれて引き籠っていたけど。人間、資格だけではなかなか職にありつけないのはこの世界でも同じらしい。


「タカクスには子供があまりいないけど、ケーテオ町の方から学びに来ている子が多いみたいだ。他はカッテラ都市に食料を輸出しているような世界樹北側の村」


 つまり、跡継ぎ育成の役割として機能していることになる。

 まだまだ研究者を増やす段階には至ってないのが現状だ。

 当面はこの状態が続くとみていい。

 タカクス劇場の売り子に声をかけて、サンドイッチを二つ買った後、俺とリシェイは大文字橋を渡った。

 大文字橋の展望台にもカップルの姿が幾組か見受けられる。雲下ノ層第四の枝から上がる凧を眺めて楽しそうに話していた。

 子供が生まれたらまた来たいね、なんて言ってるのを聞くと凧を進呈したくなる。いまなら鐘馗様の絵も描いちゃうよ。

 広めようかな。鯉のぼり。アクアスに文化輸出したら案外受けそうな気がするんだよね。登竜門とかないから適当な説明を付ける必要がありそうだけど。

 あれこれと考えながら雲中ノ層の枝を散策する。ここでも凧揚げをしている子供や大きいお友達の姿があった。

 宿の仕事を一段落付けて遊びに来たらしいビロースが持ち前の怪力を披露して子供たちの英雄になっているのを横目に、天橋立に向かう。


「メルミーもテテンもお腹を空かせて帰って来るだろうし、夕飯は少し豪華にしようか?」

「せっかくのお祭りを半分しか楽しめてないものね。私はアマネと一緒に見て回れて得してしまったし、メルミー達にも埋め合わせしてあげないと」


 私も一品作ってみようかしら、と口にするリシェイをやんわりと止めつつ、天橋立を渡る。

 ふと、雲下ノ層第二の枝の空中学校の方を見ると、生徒たちが飛ばしているらしき凧が見えた。

 まだアルバイトもできないような年齢の生徒たちが揚げているのだろう。

 何とはなしに眺めていると、群れを成す色とりどりの凧の中から一枚、風に流されてはぐれた。

 糸でも切れてしまったのだろうか。

 自由を満喫するように、凧は風に乗って何処かへと消えていった。



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