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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
後日談

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第六話  雲上ノ層の塩作り

 春が終わり、夏を迎えても、摩天楼化の興奮は微熱のように続いていた。

 世界樹北側初の摩天楼であることも理由の一つだろう。

 しかし、摩天楼らしい何らかのイベントがあるわけでもなく、タカクスの住人は話題に飢えていたらしい。

 春に行われた摩天楼化記念祭で来訪したカッテラ都市の次期市長クルウェさんから要請のあった、雲上ノ層の塩の生産と輸出を行う設備の建設に一切の反対がないどころか、みんなしてさっさと作れとせっついてきたのも、摩天楼らしい設備ができるという期待感あっての事だと思う。


「雲上ノ層の側枝は?」

「いくつか切り倒して持ってきた」


 人口が増えたいまになってもタカクス一の力持ちの座が揺らがないビロースが肩を回しながら報告してくれる。

 メルミーと元クーベスタ村住人でテテンの燻製小屋近くに建てた資材小屋の中に保管してあるらしい。


「何年かは同じように側枝を切ってくればいいと思うが、安定供給を考えると早いところ挿し木畑を用意した方がいいぞ」

「もう手配済みだ」


 この世界における塩の精製方法は、世界樹の枝から伸びる側枝の皮を剥いで煮詰めるというもの。

 しかし、側枝だけから塩を生成していると、数年で付近の側枝が枯渇してしまう。

 これを防ぐために、世界樹の枝に挿し木を行い、人為的に側枝を作り出して塩を蓄えさせて適宜伐採、薪や木材として活用しつつ樹皮からは塩を生成するという方法をとる。


「挿し木畑が形になるまで二年くらいかかるけど、その間くらいは側枝で賄っても大丈夫だろ?」

「二年程度なら、何ら問題ないな」


 お墨付きも貰った所で訓練に向かうビロースと別れて、俺はテテンの燻製小屋に向かう。

 雲中ノ層にあるテテンの燻製小屋は、塩の精製を行うために増設したため今までの三倍近い大きさになっていた。

 人見知りのテテンはこの増設した燻製小屋兼製塩施設を一人で管理している。塩は大量生産を想定しておらず、あくまでも需要を見極められる量しか作らないつもりだから、一人でも十分に回せるとは本人の談だ。

 材料となる雲上ノ層の側枝が収められた倉庫とは違い、この施設はカッテラ都市から職人を呼んで建設した。

 火を長時間扱うため安全性を考えて専門の人たちを呼び込んだ形だ。

 耐火性の魔虫甲材を用いた外壁は元々黒っぽいものだったけれど、上から漆喰を塗る事で白くなっている。換気用に窓がいくつかついているが、比較的高い位置にあるため外から内部の様子を窺う事は出来ない。

 テテンが中で薄着になるから、という配慮でもあり、テテン本人が外部の目があると萎縮してしまうからでもある。

 屋根材も魔虫製だが、雲中ノ層の建物らしく瓦屋根となっていた。

 魔虫甲材で作られた瓦屋根は耐火性に優れる上に重厚感があり、タカクス以外では熱源管理官を置く施設を一目で見分けられることから徐々に炭焼き小屋などで採用されるようになっているという。

 煙突との相性が悪いため、建物の後ろに煙突を設け、煙を排出する仕組みとなっている。


「……銭湯だよなぁ」


 この世界では俺にしかわからない感慨を抱きつつ、施設を正面から見る。

 正面玄関は魔虫素材の黒い観音扉。菱型を連ねるように彫刻が施され、さらに魔虫由来の朱色の染料とバードイータースパイダーの液化糸を混ぜた物を菱形の彫り込みに合わせて塗ってあるため、見た目の安っぽさを軽減するどころか風格のある扉となっている。

 そんな一種厳めしい扉の上にはこれまた立派で風格のある向唐破風がせり出している。これだけならまだしも、向唐破風の上、一段奥まったところにある二階部分の屋根には千鳥破風が備わり、極めて立派な佇まい。

 建物の裏手にある煙突から上がる煙といい、もうどう見ても銭湯だ。

 俺が設計したんだけどさ。

 煙突が似合うように設計しようとすると、どうしても正面に視線を固定させたくなるようなインパクトが欲しくなり、結果的に唐破風と千鳥破風の組み合わせとなってしまった。

 とはいえ、銭湯っぽいのは外観だけだ。中には湯船はもちろん、富士山の絵もないのだから。


「テテン、入るぞ」

「……許可、する」


 観音開きの玄関扉だが普段は片側を固定してあるため、俺が開くのは向かって左側の扉だけだ。

 中に入ると、テテンが魔女よろしく釜でグツグツと樹皮を煮込んでいた。

 魔女とは違って薄着で、太ももも半ばまで見えている。


「もう塩造りを始めてたのか」

「……思い出しながら、練習」


 テテンの言葉通り、少し離れたところには記録用の手帳と筆記具に加え、熱源管理官の養成校時代にテテンが使っていたらしい教科書が置かれていた。


「雲中ノ層と雲上ノ層だと塩の精製の仕方も変わるのか?」

「……純度と糖度が、違う。温度管理と石灰の量、いろいろ違う」

「となると、補佐役に添える人員も熱源管理官でないと難しいか」


 テテンの教科書をぱらぱらとめくってみると。石灰を加える量が僅かに違うだけでエグ味が残ったり、温度を変えると甘さの傾向がしつこくなったり逆にあっさりしたりするらしい。

 樹液が絡んでくるため、欲しい塩の味に合わせて様々な要素を管理していかないといけないようだ。

 需要が把握できたら、早いうちにテテンの代わりの熱源管理官を雇って、別の施設を建て、塩作りを代わってもらう方が無難だろう。いまのままではテテンの仕事が多すぎる。

 俺は屋内を見回す。

 玄関を背にして左手奥にあるのが燻製用の設備だ。ランム鳥の肉を十キロ近く一度に燻すことができる大型の物で、熱燻、温燻、冷燻に対応できる。

 右手奥には今テテンが使用している塩を精製するための釜がある。テテンに合わせたこともあり、それほど大きな釜ではない。

 燻製器と釜の間には開放的なキッチンスペースが設けてあり、燻製にする食材を切ったりソミュール液などを準備するのに使う。

 左手の壁には防火用の水槽が準備されており、今も水を湛えている。食材の一時保管庫もそこに置いてあった。反対側、つまり右手の壁際には小さな休憩スペースがあり、小さな椅子と四角い机が置かれている。

 俺は椅子に腰を下ろす。座面が低い。メルミーがテテン用に作った物だから仕方がないか。


「増築で広くなったし、テテン一人だと掃除も満足にできないだろ。手伝うから、ちゃんと呼べよ?」


 煙や火を扱う施設だけあって、煤や脂などのしつこい汚れが付きやすい。しかも食品の加工場所でもあるため、衛生管理には気を付けなくてはならない。

 清掃業はこの世界でもあるけど、テテン自家製マトラ燻製の製法が流出しかねないから雇う事は出来ない。

 それ以前に、テテンが仕事場に男を入れたがらない。

 テテンは釜の中を見つめながら、こくりと頷いた。


「……こき使う」

「使われてたまるかよ」


 言葉を交わしつつ、テテンの仕事ぶりを眺める。

 結構急な増築だったが、使いにくくならないように頭を捻った甲斐もあり、テテンの作業はよどみがない。

 なんだかんだで、テテンは熱源管理官の養成校を優秀な成績で卒業しているし、要領がいいのだろう。

 建物の中に段差はないし、床も滑りにくく加工してある。


「……できた」


 しばらくして、テテンが釜から塩水を取り出し、濾過しはじめる。

 目の粗い、ほとんど網のようなもので樹皮の繊維を除き、段々と目の細かい網に変えて不純物を除いたうえで最後の濾紙に残った白い結晶が塩だ。

 樹液が絡むためやや粘り気のある塩だけど、水分を飛ばせばさらりとしたものになる。


「最後に残った液体部分はどうするんだ?」


 ふと気になって、俺は塩を濾し取った後の水の利用法を訊ねる。

 テテンは首を傾げて濾液を見た。


「……当然、捨てる」

「捨てるのか」


 勿体ないな。

 豆腐とか作れないかな。

 豆ならこの世界にもあるし、凝固するかどうか試してみるだけでも――と考えて、気付く。

 そもそも、これににがりの成分って含まれてないだろう、と。

 確か、にがりは塩化マグネシウムだったはず。マグネシウム自体は植物の葉緑体に含まれているし、樹皮にも内側の層に葉緑体が含まれているのだけど、含有量が分からない。

 俺は不純物として網に引っ掛かっている樹皮の繊維に視線を移す。

 多少脱色しているけれど、緑色の樹皮が見えた。葉緑体の抽出からして失敗している。

 そもそも、塩を作るのに葉緑体が流出したら味も変わるだろうから、テテンは極力塩以外の物が溶け出さないように処理しているはずだ。

 結論、にがりは作れない。だから豆腐も作れない。


「……飲む?」

「いや、いらない」


 あまりに未練がましく濾液を眺めているように見えたのか、テテンが差し出してきた濾液を断って、俺は塩の味見をするべく立ち上がった。


「お、あまじょっぱい」


 一つまみだけ舐めてみたテテンお手製の塩は、世界樹の樹液らしいコクのあるさらりとした樹液の甘さにより塩辛さから角が取れていた。口の中に違和感なく広がって消えていく上品な後味だ。

 雲上ノ層の塩が高級品とされる一端を垣間見た気持ちだ。


「これでも調味料としては十分に商品価値があるけど、塩としてみるともう少し塩気を強調した方がいいかな。後味をこのままに塩の純度を上げられないか?」

「……後味を残すなら、樹皮を、発酵させる」

「一度発酵させて糖度を高めておくのか。この後味が樹液のおかげなら当然の処置なのかな」

「……樹液の、分解物が、後味を決める」

「結構難しいんだな。とりあえず、この塩をビロースのところの若女将とか、旧キダト村のパン屋夫婦とかに配って意見を聞いてみようか」

「……まかせた」

「任された」


 改良版の塩の生成に移るテテンを残し、俺は外に出た。

 この塩が完成したら、まずは空中市場の土産物屋に置いて反応を見てから、カッテラ都市に輸出する形になるかな。



 テテンの手による雲上ノ層の塩の売れ行きはなかなかの物だった。

 空中市場のタカクス土産物屋の店頭に並んだ雲上ノ層の塩は三十日での売り抜けを想定していたにもかかわらず、五日で完売。

 世界樹の東や西側からの輸入品と違って輸送費用が上乗せされていない分安いため、タカクスの住人のみならず周辺の町や都市の料理屋と燻製家が買って行ったようだ。

 小売りを想定していたため、業務レベルで大量購入されてしまうと五日しかもたなかったのである。

 とりあえず、冬支度が始まるまでに大量生産の体制を作っておこう。

 なお、世界樹北側における唯一の雲上ノ層の塩生産地であるため、タカクスの塩は特産品として推していくことが決まった。



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