第三話 摩天楼化記念祭
賑やかな祭囃子が外から聞こえてくる。
「タカクスさんは祭り好きですよね」
雲下ノ層第一の枝にある事務所で出迎えた、カッテラ都市の次期市長クルウェさんは開口一番そう言った。
この間キリルギリ討伐記念祭をやったばかりだから、こう言われてしまうのも当然だ。
「お二人のデートの口実にお使いいただければ幸いです」
リシェイが微笑みを浮かべて、クルウェさんと旦那さんに返す。
クルウェさんは頬をうっすらと赤く染めると、横目で旦那さんを気にしながら小さく頭を下げてきた。
「リシェイさんにはお見通しでしたか」
「身に覚えがありますから」
リシェイさんとクルウェさんが何やら通じ合っているので、俺は旦那さんの方に大きく頷いておく。
上手くやれよ、と。
旦那さんがリシェイやクルウェさんの死角でぐっと親指を立てた。
もちろんだ、と。
こんな機会でもないと交流する事はない人だけど、案外仲良くなれそうだ。
「あまりここで時間を浪費してデートの時間が短くなってもいけませんし、中へどうぞ」
「はい、失礼します」
クルウェさんたちを応接室へ通す。テテンがお茶を運んできて、テーブルに並べた。
旦那さんがテテンの方を気まずそうに見ると、テテンが「しゃー」と口に出しながらカマキリのポーズで威嚇する。
「失礼だからやめなさい」
「はい、お姉さま……」
一瞬で旦那さんへの注意をゼロにして、全力でリシェイに意識を集中するテテンを見て、旦那さんが同情するように俺を見てきた。
同情される謂れなんてないんだけど、外からは分からないのだろう。
「手早く始めてしまいましょう。アマネさんたちはこれから摩天楼の創始者一族ともお話合いがあるのでしょう?」
「えぇ、ヨーインズリー創始者一族のパルトックさん、ビューテラームからは同じく創始者一族のダズターカさんがいらっしゃるそうです」
クルウェさんの質問にリシェイが答える。
パルトックさんもダズターカさんも、それぞれの摩天楼の現当主だ。
予想以上の大物に、クルウェさんが旦那さんと顔を見合わせる。
「ますます、話を早く切り上げた方がよさそうですね」
クルウェさんはそう言って、手元の鞄から資料出した。
「摩天楼化を達成し、雲上ノ層に枝を有する事になったタカクスさんに塩を輸出してもらいたいのです」
「雲上ノ層の塩ですか?」
「えぇ、雲上ノ層の塩です」
強調するようにそう言って、クルウェさんは資料を見るよう促してくる。
「ご存知の通り、カッテラ都市の主要輸出品は燻製品です。自然とその消費量も多く、雲中ノ層の塩は自作しています。ですが、雲上ノ層の塩は輸入に頼っているのが現状です。世界樹北側はどこもそうですけど」
雲上ノ層に枝を持っている世界樹北側の自治体はタカクスだけだから、塩を作ろうと思っても作れないだろう。
住んでみればよくわかるけれど、雲上ノ層は直射日光がきついため作物が育たず、水の確保も難しい。
雲中ノ層は湿度が高いため過ごしにくいし、霧が良く出るため魔虫の襲撃に備えにくい。雲中の層に村を作って雲上ノ層に手を伸ばすのは相応の人数がいないと難しい。
したがって、世界樹における村はほぼ例外なく雲下ノ層にあるのだ。
今まで摩天楼がなかった世界樹北側では、雲上ノ層の塩は世界樹の東や西からの輸入品で非常に高価である。
雲上ノ層の塩をタカクスが自作すれば、カッテラ都市のみならず世界樹北側のほとんどの自治体へ売り込めるだろう。
「タカクスさんにとっても悪い話ではないと思います。どうでしょうか?」
クルウェさんに問いかけられ、俺はテテンを振り返る。
「塩を作るとなると、テテン一人では手が回らないんじゃないか?」
「……作れない事は、無い。マトラ燻製に、使いたい、し」
「まぁ、しばらくはランム鳥の燻製も生産量を減らすことになるから、その間の副業的な扱いで塩を作るのはありか」
その塩で需要を把握した後、カッテラ都市から塩作りができる熱源管理官を招致して専用施設を用意すればいい。
リシェイと相談して話をまとめ終え、俺はクルウェさんに向き直る。
「今すぐに輸出体制を整えるのは無理ですけど、数年後をめどにカッテラ都市へ優先的に輸出する形ではどうでしょうか?」
「助かります。本当にタカクスさんは動きが早いですね」
塩を樹皮から煮出す設備とか必要だし、初期投資費用も踏まえると玉貨二、三枚はかかる。需要が見込めるとはいえすぐに取り掛かれるフットワークの軽さは若手ばかりが住んでいるタカクスの長所だと、俺も思う。
定期的に進捗状況について話し合いの場を持つと定めて、クルウェさんたちとの話し合いを終える。
「それでは、私たちは祭りを見てまいります」
玄関につくとクルウェさんはそう言って、旦那さんの手を握って第三の枝へ歩いて行った。
仲睦まじいようで、何よりだ。
時間はまだ昼前、摩天楼からの客人が来るまでもう少しかかるだろう。
「メルミーは大丈夫かしら?」
「祭りの仕切りは初めてじゃないし、キダト村長たちも補佐してくれてるから何とかなるだろ。問題が起きたらラッツェを通して連絡するように言ってあるし」
「ラッツェ君、いろいろと便利に使われてるわよね」
「何でもそつなくこなす器用さがあるから、補佐役として重宝するんだよ」
頭がいいし、要領もいい、分からない事についてもどこが分からないかを明確に言葉にできるから教える側も楽。
ただ、面倒見が良すぎるせいで部下の能力も一定以上になるまで教え込もうとするところがあるから、部下の人数が増えすぎるとラッツェの許容量を超過してしまう。
「……中間、管理職」
「テテンが言う通り、中間管理職に置くのが一番能力を発揮できる人柄なんだよな」
「結果的に、補佐役に終始する今があるわけね。イチコウカの研究ではかなり成果を上げているけれど、部下が頭のいい研究者で固められていたからかしら?」
「頭の良さもそうだけど、全体の興味の方向性が一致していて横道にそれなかったのも理由かな」
多分、あの研究者の中にマルクトを放り込んでいたら今でもイチコウカは誕生してなかったと思う。
まぁ、マルクトを御しきれる奴っていないと思うけど。
お昼の準備でもしようかと事務所のキッチンへ向かおうとした時、玄関の呼び鈴が鳴らされた。
「アマネー、やっかみに来たぞー」
呼び鈴の音と共に、ケインズの楽しそうな憎まれ口が聞こえてくる。
直後にペチンと音が聞こえてきたのは、ケインズがカラリアさんに頭を叩かれたからだろう。
相変わらずのようだ。
キッチンへ向けていた足を戻し、玄関に引き返す。
「よく来たな、ケインズ。思う存分やっかむがいい」
玄関扉を開きざま憎まれ口を返してやると、リシェイに背中を軽く叩かれた。
俺とリシェイのやり取りを見て、頭をさすっていたケインズが噴き出す。
「相変わらずだな」
お互い様だろ。
「意外と早かったな。お昼は?」
「まだ食ってないよ。僕としては、摩天楼化の先達に話を聞きながら食べたいね」
「いくらでも聞かせてやるよ。狭いけど中に入れ」
「おじゃましまーすっと」
「失礼します」
ケインズに続いて、カラリアさんが頭を下げて入ってくる。
ちょっと前まで自宅として使っていた事務所のダイニングへ二人を案内すると、テテンがお茶を淹れていた手を止めてカラリアさんに見惚れた。
「……お姉さま」
何人姉妹になる気だよ。
ダイニングのソファに座ったケインズに警戒の視線を向けたテテンがキッチンへと避難する。俺が大丈夫なくらいだからケインズも大丈夫かと思ったけど、テテンはそう単純ではないらしい。
カラリアさんがダイニングを見回してから、リシェイを見る。
「失礼ですが、メルミーさんは?」
「記念祭の仕切りをしていて、今は外しています。お昼も別々にとることになってます」
木籠の工務店の店長さんたちもこのお祭りに来る予定だから、メルミーは昼に店長さんたちと合流して休憩に入るよう言ってある。
ケインズがソファの柔らかさを確かめつつ、口を開く。
「しかしさぁ、アマネに先を越されるとは思わなかったよ。というか、雲上ノ層に架かってるあの橋、なに? どうなってんだよ、あれ」
「世界樹の枝同士を癒合させて橋にしてるんだ。あとで理論とか解説してやろうか?」
「偉そうだな。是非頼むよ」
笑いながら身を乗り出して、ケインズはふと真面目な顔を作る。
「ビューテラームやヨーインズリーの現当主がやって来るって話だけど、何の話だと思う?」
「事前調整に動いている様子もなかったし、情報は全く入ってきてないんだ。俺たちの間で共有してから、都市や町に協力を取り付ける形になる何らかの計画の相談、ってところかな。もしくは単純に摩天楼の心構えとかを説いてくれるのかもしれないけど」
手紙などにも来訪の理由についてはかかれていなかった。ただ、ケインズも同席してほしいとの事だったし、俺たち相手に話がある事だけは確かだ。
「今考えても仕方がないな。どうせ、昼過ぎには話があるんだしさ。それより、アクアスはどうなってるんだよ。橋架けは順調か?」
「順調だぜ。でも、どうなってるかについては話してやらない。アクアス摩天楼化記念祭に乞うご期待って感じだよ。絶対来いよな!」
「呼ばれなくても押しかけるっての。歓迎の準備しておけよ!」
互いに指を突き付けていると、横でリシェイとカラリアさんがため息を吐く。
「――二人が揃うとまるっきり子供ね」
世間話をしている内にテテンが昼食の用意を終えて、キッチンから皿を持ってくる。
なんだかんだで引きこもりの頃は一人暮らしをしていたテテンが作る料理はそれなりに美味かったりする。
今日の料理は、ランム鳥のひき肉や刻んだマトラの葉などを薄く伸ばした手のひら大のトウムの生地二枚で挟んでソースをかけた、ラビオリに似た料理だ。
生地二枚をひだ状に織り込んだ部分は四隅を赤く着色してある。キイチゴに似た甘酸っぱいミノッツを生地に部分的に練り込んだのだろう。妙なところに手間をかけているけれど、見た目を少しでも可愛らしくすることでリシェイやカラリアさんからの好意を集めようという小賢しさが見え隠れするあたりが実にテテンらしい。
「美味しそうですね」
テテンの目論見通り、カラリアさんが高評価を下す。
リシェイも物珍しそうにラビオリもどきを見つめていた。
「おぉ、美味い」
誰よりも早く料理を口に運んだケインズが感想を零す。
俺も食べてみるが、それなりに美味しい。ミノッツとマトラの葉の味の相性が残念なことを除けば、上出来だ。
「マトラの葉の苦みとミノッツの甘酸っぱさ、味の方向性が逆を向いていて少し違和感がありますね。見た目はとてもいいのですが、改良の余地がありそうです。ミノッツはそのままの状態で少量の油に漬けておくと色素を抽出できるので、今度は利用してみてはどうでしょうか?」
カラリアさんが辛口評価を下す。改善方法付きなところはさすが才女と名高いカラリアさんだけある。
料理のできないリシェイは必死にすまし顔を取り繕っている。なんだかかわいい。
テテンがパタパタとキッチンへ引っ込み、余った生地を使ったのかすぐに改善した料理を少量運んでくる。
尻尾があったら回転してそうな顔で、カラリアさんの方法を試したらしき料理をテーブルの中央に置いた。
期待の篭った視線をカラリアさんに向けるテテンの視線を盗むようにして、俺は改善されたラビオリもどきを口に運ぶ。
「こっちのほうがおいしいな」
「……アマネじゃ、ない」
「あぁ、知ってる。もちろんわざとだ」
言い返してやると、テテンが俺の頬を抓ってくる。いつもの仕返しだろう。
そんなこんなで和やかにお昼を食べ終えると、見計らったように玄関の呼び鈴が来訪者の存在を告げた。




