第十二話 初期費用稼ぎ終了
「またアユカのこと考えてるの?」
呆れたような声でリシェイに見抜かれ、ドキリとする。
「仕事してくれるなら文句はないけどね」
「ごめん」
謝って、俺は製図台に向かう。
ケインズからの依頼を終えた俺たちはビューテラームからヨーインズリーの事務所に帰って仕事を進めていた。
買い出しから帰ってきたメルミーが食材を仕舞いながら会話に入ってくる。
「美味しかったよね、アユカ。一日置いたトウムのピリッとした辛さと合わさったあの香りとかもうね」
「あぁ、美味かった」
ケインズの隠し玉の淡水魚はケインズ本人にアユカと名付けられ、養殖法までも確立してあるという。
ケインズが建築家としてあちこちに派遣されていた頃に偶然、枝の上の池に泳いでいるのを見つけたとの事だ。
おそらく、鳥か何かが運んだものが繁殖したのだろう。モズのように早贄を行う習性がある鳥とか。
この世界ではケインズが見つけたアユカの他に魚は存在しない。前世の記憶がある俺だからこそ無抵抗に食べることができたが、リシェイやメルミーは俺が食べるまで手出ししなかった。
しかし、一度食べれば肉とは全く違う食感、味、香りなどの真新しさもあって美味しいと絶賛していた。
アユカは間違いなく売れる。それは、ケインズが作ろうとしている村における固有の特産品として長く利益を生み出すだろう。
ケインズが摩天楼を築けるかどうかは分からないが、アユカがある分、俺よりも可能性が高いぐらいだ。
「はい、お茶。新茶よ」
リシェイがお茶を俺のテーブルに置いてくれる。
「いまさら聞くのもおかしいかもしれないけど、ケインズさんの勧誘を断ってよかったの?」
依頼を終えて帰ろうとする俺達に、ケインズはこれから作る村にきてくれないかと勧誘をしてきた。
俺の現実的な視野が欲しいという話だった。
「良いんだよ。俺は好敵手でいたいから」
それに、自分で摩天楼を築きたい。
前世でやり残した、発展していく町を見るという夢を叶えるだけならば、ケインズの村でもできるだろう。
それでも、俺は自分の力でそれをやり遂げたい。
子供っぽい考え方だと自覚はしているけど、重要なのは自分で築いた摩天楼だ。
「メルミーさん的にはアマネのそういうところ好きだけどね。アマネが主導する村作り、摩天楼作りに興味があるんだし。……アユカは惜しいけど」
「最後の台詞は余計よ、メルミー」
リシェイが苦笑する。
俺もアユカは惜しいと思っている。ケインズの村に住めば食べ放題とまで言わなくとも、自分で村を作るよりも食べる機会は多いだろう。
そして、この求心力こそケインズの村を摩天楼に押し上げる原動力となり得る。
「なににつけても、特産品のある村っていうのは強みだよな。俺も何か欲しいけど」
「ケインズさんは運がよかったのよ。見つけようと思っても見つけ出せるようなものではないでしょう?」
「そうなんだよなぁ。作った方が早いくらいかもしれない」
既存の物を品種改良してブランド化するとか。
あれこれ考えながらも、俺は依頼を片付けるべく設計図を描く。
今回頼まれたのはイベント会場だった。小さなものではあるが、吟遊詩人や旅の一座に貸し出すための娯楽施設という位置づけで頼まれている。俺にしては珍しく、デザイン重視の依頼だった。
わざわざ建橋家の俺に依頼してきたのは、このイベント会場が枝と枝とに架けられる橋の上につくられるからだ。このイベント施設に併設して作られる橋の設計まで俺に頼まれた仕事である。
これが終われば、村作りの初期資金としては十分な額が貯まる。
橋の上に建設する関係上、イベント会場は空中に存在することになる。しかも、町中に作られる空中回廊などとは違い、周囲には視界をさえぎる物がない。これは生かすべき特徴だろう。
俺が設計したイベント会場は広く取った舞台が浮島のように見えるよう考えたものだ。観客席から舞台後方をみると、空を広く見渡せるようになっており、イベント会場が空中にあることを意識させる作りとした。
ひな壇状の観客席の最後方まで音がきちんと響くように計算するのは難しかったが、ヨーインズリーの虚の書館で資料を漁ってどうにかクリアしてある。
舞台後方の空が見えるように開いた空間から音が漏れてしまうためかなり気を使った形だ。
「そういえば、ビーアントの甲材の加工ができる工務店の一覧はどうなってる?」
この手のイベント会場には必須の反響板であるビーアントの甲材は非常に硬く、加工が難しい。今回は曲げも含めて複雑な加工技術も必要になるため、工務店選びも慎重に進めていた。
リシェイが一枚の紙を俺に差し出してくる。
「ここにあるわ。現場の町にある工務店で対応できるみたい。メルミーにも確認してもらってあるから大丈夫なはずよ」
同じ職人であるメルミーが大丈夫だというのなら、この一覧にある工務店のどこでも対応できるのだろう。
後で連絡を取るとしよう。
俺は改めて設計図を見る。
イベント会場の外観は扇型。ホールケーキを三分の一にカットしたような形状になっている。上に乗っているイチゴを表したわけではないけど、飾りと通気を兼ねたでっぱりがある。人が集まる施設だけあって、体温や呼気で室温や湿度が上昇しやすく、通気孔がないと不便なのだ。
「ケーキに羽を刺したみたいになったな」
調和は取れていると思うんだが、どうにも野暮ったい。もっと鋭角的なデザインの方があの辺りの人には受けるんだよな。
舞台部分の屋根から扇形の弧の部分までの屋根を傾斜させる。こちらの方がいいだろう。
「後はこれで了解を貰えば仕事は終わりだな」
そしていよいよ村作りだ。
俺は椅子から腰を上げ、外観のデッサンを含む計画書をまとめる。
「現地に向かおう。リシェイ達も来てくれ」
「準備は出来てるよ」
数年間同じ仕事をしているだけあって、リシェイは着替えなどが入っているらしい鞄を持ち上げる。
メルミーも買い出しした食材などを荷物に詰め終えて、現地までの旅の準備を終えていた。
「それじゃあ、行こうか」
リシェイが用意してくれていた自分の荷物を持ち、事務所を出る。
依頼を貰った場所は世界樹の北東、ヨーインズリーにほど近い町だ。
コヨウ車に揺られること二日、現地に到着した俺は創始者一族に計画書を見せ、了解を得てすぐに工事を開始した。
雲下ノ層に三本の枝を持つこの町で活動している工務店と協力して、橋を架ける。
工務店の店長は七百歳近い男性だった。白い物が交ざり始めた髪を角刈りにしていて、鉢巻が似合いそうだ。
俺をぎろりと睨んだ店長は設計図を見て三白眼を細める。
「ウチの連中は気が荒い。何かあれば儂がどやしつけるから、いつでも言いに来い」
「ありがとうございます。では、さっそく工事の日程について決めておきたいんですが、橋の建設自体は五カ月かからないくらいで見積もってます。可能ですか?」
「資材が滞りなく届くなら五カ月で十分だ。だが、お前さんがウチの作業速度に追いつけるのか? その年だとあまり現場での仕事も慣れてないだろう?」
「作業速度が速すぎる場合は止めてでも作業状況や仕上がりを確認していきます」
「分かった。気が乗っている時に止められるのを嫌がる連中も多いから、ウチの連中が素直に作業を止めない時は言え」
作業がはかどっている時に仕事を止められるのが嫌なのはよく分かる。俺もできる限り職人さんたちの邪魔をしないようにしよう。
今回の橋架けは橋の上にイベント会場を作る関係上、重量があるため橋脚がいくつか必要になる。
橋脚は下にある世界樹の枝の上から作っていく。T型の橋脚は世界樹の木材とバードイータースパイダーの液化糸の複合材に魔虫の甲殻を砕いた物を混ぜ込んで作られた材料から作る事で決まっていた。
木材が芯となって橋の重量を支えつつ、液化糸と魔虫の粉砕甲殻が木材の芯を補強する。製作は商会に依頼してあったため、現場では建てるだけだ。
橋脚を世界樹の枝に作った基礎の上に建て、固定する。上に橋桁が乗っていない橋脚だけだと黒っぽい巨大な板に見える。
橋脚の設置にはさほど時間をかけず、橋脚の上に橋を渡していく作業に移る。
商会側で作った物をただ所定の位置に設置するだけだった橋脚とは違い、橋は職人たちが細かく作っていく事になる。
腕を発揮できるとなれば、職人たちの顔つきも自然と引き締まっていった。
「では、橋桁を作っていきます。今回は上にイベント会場を建設するスペースを確保するため、あちこちで間崩れが起きてます。定尺に合わない個所は都度確認していきますが、職人の皆さんも気を付けてください」
定尺とは材料などの基本的な寸法の事で、商会に発注した建材は定尺に合った物が運ばれてくる。
現場で寸法を調整して建造物に合わせていくのだが、寸法調整をした物は現場の指揮を取っている俺が確認して合否を下さなくてはならない。
「それでは、始めましょうか」
職人たちを見回して、作業の開始を告げる。
この現場では俺が最年少だけど、舐めてかかってくるような半端者はいないようだ。
けれど、半端者がいないという事は作業速度も推して知るべしである。
この世界の平均と比べてもかなり作業が早かった。店長は作業に加わらずに職人たちの仕事に目を光らせていて、仕上がりが半端な場合にだけ手を貸しに行く形を取っている。
俺はあちこちにいる職人たちの作業速度を比べつつ、確認の順序を組み立てて動く。
どうにもここの職人たちは気分が仕事の効率に直結するらしく、下手なところで作業を止められるとしばらく動きが鈍ってしまう。気分がいい時は俺の言葉も聞こえていない様子で一心不乱に作業を続けるため注意が必要だった。
そんなわけで、あまり不用意に手を止めさせるわけにはいかず、俺はあっちにこっちに小走りで動き回らざるを得なかった。
「良く動く建橋家さんだな」
気分が乗らないのか、組み立て式の椅子に座ってぼんやりと俺の動きを目で追っていた職人の一人が声をかけてくる。
あんたみたいな人を出さないように動き回っているんだと言い返してやりたいけど、店長に駄目だしされて気落ちしているらしいその職人に言えるはずもない。
「皮肉を口にする暇があったら仕事をせんか」
店長が職人の頭を軽く叩いて作業に戻らせる。
「皮肉ったわけじゃないと思いますよ。馬鹿にするような眼ではありませんでしたから」
俺が何で動き回っているのかを理解した上での発言だと思う。
店長は意外そうに俺を見て、頭を掻いた。
「理解があって助かる。とはいえ、儂たちは気を遣われて建橋家のあんたに体力まで使ってもらってる立場だ。馬鹿にするのは論外だが、感謝しないのもいけない。あいつはあんたに感謝まではしてなかった。だから、叱ったんだ」
「そうでしたか。俺の考えが浅かったようです。教えてくれてありがとうございます」
店長に頭を下げてから、俺は手摺りの作成をしている職人の下へ足を向けた。
このペースなら三か月後には橋が出来上がるだろうか。
おおむね順調と言っていい。
そう思っていたのだけど、どういうわけか作業速度が日ごとに増していった。
「アマネさん、こっちの確認をしてくれ」
「いま行きます」
何故だろう。初日と違って俺が確認に行こうとする前に声をかけてくれるようになった。
店長が何か言ったのかな。
不思議に思いつつ一日の作業を終えた俺は提供されている宿へ帰る。
会計処理や発注を済ませてあるためやや手持無沙汰の感があるリシェイが机の上に地図を広げていた。
俺の帰宅に気付いて、リシェイが顔を上げる。
「おかえりなさい」
「ただいま。地図なんて広げてどうかした?」
資材の運搬をしている行商人がどこかで事故ったとか、魔虫に襲われたとか。
俺の心配を察してか、リシェイは首を横に振る。
「心配するようなことではないわ。ただ単に、村を作るならどこがいいかと思って」
「その事か」
リシェイが広げているのは世界樹の北側が描写されている地図だった。
服を着替えて、地図を覗き込む。
起伏の激しい場所はダメだ。地面が世界樹の枝である以上、整地作業には非常に手間と資金がかかる。珍しい地形の上にある村や町はそれだけで観光名所になる場合もあるけど、資金不足が予想される俺達の手には負えない。
ケインズのアユカのような特産品もないから、大きな町や都市に近すぎるのも良くない。
そうやって考えていくと幾つかの枝に絞り込めた。
「この辺りが妥当だと思う」
「カッテラ都市の近く?」
俺が指差した場所を見て、リシェイが少し考えた後で同意するように頷いた。
「そうね。この距離ならカッテラ都市に吸収されるようなこともないでしょうし、平たんな場所だから農地の確保もできる」
面白みには欠けるけど、俺と同じで現実主義者のリシェイは賛成らしい。
俺はベッドの上で寝転がっているメルミーに視線を移す。珍しい事に今日一日騒ぎもせず大人しくしていたメルミーはいまもベッドの上でうつ伏せになっていた。
「家が恋しくなったか?」
「アマネの腕の中が恋しい」
「入った事もないのに恋しくなるとは想像力たくましいな」
ところでリシェイさんの視線を腕に感じるんですが、どうしてかな。もうちょっと鍛えた方がいいですかね。具体的には二人抱けるくらい。
リシェイの視線が俺からメルミーに移る。
「それで、本当のところはどうしたの?」
「あの速さで細工物するのは無理だなぁって落ち込み中……」
「あの人たちも普段からあの作業速度ではないでしょう。若手のアマネが作業を滞らせないように気を遣っているのが分かったから、互いに声を掛け合う事を前提に仕事を始めただけよ。優しくされて嫌な気分になる人はいないもの」
あぁ、それで最近になって確認前に声を掛けられるようになったのか。
岡目八目とでも言おうか、リシェイには色々と見えていたらしい。
メルミーがベッドの上にうつぶせになったまま足をばたつかせる。
「わたしは作業中にそこまで気が回らないから、なおさら自己嫌悪中……」
ここの職人のレベルと自分を比べてその差に悩んでいるわけか。
一人称がいつものお茶らけた〝メルミーさん〟ではなく〝わたし〟になっているし、本気で悩んでいるのだろう。
リシェイも困ったように頬に手を当てる。
「メルミーとあの人たちじゃ年季が違うでしょう。比べられる物でもないと思うのだけど」
「若さを言い訳に使いたくない」
「変なところで強情よね」
お手上げとばかりに、リシェイが俺にアイコンタクトを取ってくる。後は任せた、と目が語っている。
俺も特にメルミーの悩みを解消する手立てを持っているわけではないんだけど……。
「周囲を見回して作業すること自体はメルミーもできてるだろう。今後はもう一歩、作業の進捗状況だけではなく顔色とかを見て状況を判断するよう心掛けるしかないんじゃないか?」
「今できてないって事は否定しないんだね」
「ここの職人と差がある事はメルミー自身が認めてるんだろ? そこを否定しても現実から目を背けてるだけだ。差を埋める方法を考える方が有益だと思う」
「厳しいなぁ」
メルミーはそう呟いて枕に顔を埋めた。
「アマネー、腕の中で慰めてよー」
「却下よ」
「何でリシェイちゃんが却下するのさ」
「アマネに甘えるのは成長してからのご褒美に取っておきなさい」
「リシェイちゃんも厳しいニャー」
ばたつかせていた脚から力を抜くメルミーを見て、リシェイが小さくため息を吐く。
「なら、私が抱きしめてあげましょうか?」
「おっぱい揉んでいい?」
「やっぱり三歩以内に近付かないで」
「ひどい」
メルミーの返しの方が酷かったと思うけど。
「――若い建橋家だと思ってたが、実力もあるんだな」
橋を架け終わってその上のイベント会場の工事に取り掛かる段になって、店長がそんな事を言いだした。
橋の工事期間中の俺の現場指揮で実力を測っていたらしい。及第点、と言った所だろうか。
「まだまだ学ぶことばかりですよ。ここの創始者一族の家を建てたのも店長さんだと聞いてますけど、本当ですか?」
「古参だからな。町長がよちよち歩きしてた頃からこの町で働いとる」
「あの創始者さんの家、差し掛け屋根ですよね。通気の問題ですか?」
「いや、道路の向かいにある公園へ影が落ちないように計算したんだ。切り妻にすると屋根がつぶれたように見えて不恰好だと設計を担当した建築家が言って、あの形になった」
世間話を交えつつ、工事の打ち合わせをしてイベント会場の建設に取り掛かる。
この手の特殊施設の工事は店長さん以外に経験がないらしく、メルミーも参入しての工事となった。
半年で完成した橋とイベント会場を町に引渡し、依頼が完了となる。
「――というわけで、今回の工事費用ですが玉貨が二百十八枚、鉄貨八百五十枚となりました」
報告すると、二代目町長は頷いて明細を確認した。
「もっと掛かるかと思っていたんですが、意外ですね」
「職人さんたちの滞在費用が必要なかったのは大きいですね。これで職人が出向という形になると、工事期間次第でもっと必要になっていました」
天候にも恵まれ、資材の運搬費用も余分にかからなかった。
「費用内で収まったのはありがたい。アマネさんには色を付けておきましょう」
「いえ、費用内で収めるのは前提ですから、それで報酬を上乗せしてもらうわけにはいきません。運が良かっただけだと思ってください」
元々決められていた報酬だけ貰って、俺はリシェイと一緒に町長宅を後にする。
工務店長のお孫さんと箪笥作りをしていたメルミーを拾って、町を出る。メルミーは目を離すと何かしら作り始めるな。
「現在の資金は?」
「玉貨五十枚とちょっと」
リシェイの答えを聞いてざっと勘定する。家を二十件ほど建てて村人二十人を十年養う事ができるくらい。ヨーインズリーだとそうもいかないだろうけど、村生活なら可能だと思う。
世界樹の上に住んでいるこの世界では、成長の早い世界樹を建材として利用するため家を安く建てられる。五年もあれば、植えておいた世界樹の苗木が成長して建材として利用可能になるほどだ。
ビバ、ファンタジーってところ。
「村を作る初期費用としては、まぁ妥当なところかな」
「贅沢は一切なしだけど、一から村を作るなら当然かもね」
俺はふと足を止める。
「どうせ北側にきてるんだ。村を作る予定地を選定していこう」
世界樹北側の地図を見て、すでに目星も付けているから三日前後で終わるはずだ。
「今後の予定はどうするの?」
目星をつけておいた枝へと向かう途中、リシェイが訊ねてくる。
村を作ると言っても、何もない状態で人を集めるのは難しい。資金だけあっても住む場所がないのでは村とさえ呼べないだろう。
「生活するための最低限の要素を整えてから人を呼ぶ込む形になるかな」
雨風を凌げる場所と、生活用水を汲むための取水場の整備、食品と寝具などの生活雑貨。
あげていくと、メルミーが口を挟んでくる。
「家に関してだけど、住む人の意見を聞いた方がいいと思うよ。だから、先に作るのは公民館じゃないかな。そこで寝泊まりしつつ、住民それぞれの好みの家を作る、みたいな」
「後は足元を見られない取引相手も必要ね」
リシェイが追加してくるが、取引相手にはハラトラ町での受注計画で一緒になったコマツ商会に頼むつもりでいる。建橋家としての仕事をしている間も良くお世話になっていたし、気心は知れているからだ。
他にもいくつかの商会と取引があるが、そちらはあくまでもコマツ商会との取引が上手くいかない場合の保険としておこう。
カッテラ都市を経由して二日目、目星をつけていた枝に到着する。
だだっ広く、何もない場所だ。わずかな傾斜が所々に見られるが、虚や池の類もない。
リシェイが見回して眉を寄せた。
「特徴らしい特徴がないけれど、本当にここに村を作るの?」
「地下にワックスアントの巣があるってわけでもないんだよね?」
メルミーが足元の樹肌を撫で、コツコツ叩いて反響音を確かめる。
俺は予想通りに何もないだだっ広い候補地を見回した。
「ここがいいんだよ。摩天楼を築き上げる土台になる場所なんだ。限界荷重量が大きくて、利用できる場所も広い方が都合がいい。最寄りの村はケーテオっていうんだけど、別の枝にあるから片道一日かかる。作る農作物を被らないようすれば、貿易が可能な距離だ」
俺にはケインズのような隠し玉がない。ならば、理詰めで考え抜き、正攻法で利益を上げながら村の運営が可能な場所を選定する必要があった。
「ここに村を作る。最初に二十人集めて、そこからスタートだ」
「二十人……」
「二十人かぁ……」
リシェイとメルミーが少し考え、俺を見た。
「それくらいなら、孤児院出身で仕事にあぶれている子とかを呼べばすぐ集められるわ」
「最低でも家を建てたり畑を維持したりできる人でないとだね」
「村を二十人で回すわけだから、ある程度の知識とか技術がある人間がほしい。木籠の工務店経由で職人を何人か募って、畑仕事に関しても孤児院の畑仕事で知識を身に付けている子が欲しいな」
人を育てるのも後々必要になって来るだろうけど、たった二十人の村で戦力外の子供まで養えるとは思えない。まだまっさらな状態だから、なおさらだ。
「ヨーインズリーに帰って、人探しだな」
候補地に背を向けて、俺たちはヨーインズリーに向かう。
リシェイとメルミーはだだっ広い枝の上を振り返りつつ、俺に質問してきた。
「村の名前はどうするの?」
「タカクスだ」
「変な名前だねぇ」
俺の前世の名字なんだけどな。
第一章は終了。
明日より第二章を始めます。
なお、今日から一日一話更新です。