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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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エピローグ  

 ちょっとお邪魔しますよーと。

 俺は本が入った木箱を抱えて、タカクス学校図書館の扉を開ける。

 図書カウンターで本を読んでいた司書のミカムちゃんが顔をあげて、俺を見るなり首を傾げた。


「アマネさん? どうかされたんですか?」

「本を寄贈しようと思ってさ」


 俺は木箱の中身がミカムちゃんに見えるよう少し傾けて見せる。


「ほら、雲上ノ層に引っ越しするから、少し整理しようと思って。俺の本以外にも、リシェイやメルミーの本もある」


 かなり雑多なジャンルだから、仕分けも大変だろうけど。

 しかし、ミカムちゃんは木箱の中の本をざっと見まわして、うっとりとした顔をした。


「読んだことのない本ばかりです。ありがとうございます」

「図書館への寄贈だからね?」

「はい、心得ています。きちんと分類整理した後に楽しませていただきます」


 楽しむのは既定路線なのか。

 司書はミカムちゃんだし、役得として見逃しておこう。


「それじゃあ、悪いけど任せてもいいかな?」

「大丈夫ですよ。お引越しでお忙しいでしょうし、こちらで処理しておきます」

「頼んだよ」


 ミカムちゃんならテテンの書いた本でも大丈夫だろうか、と希望的観測が一瞬脳裏をよぎったけれど、考えてみればテテンの小説は全て暗号文で書かれている。寄贈しても迷惑にしかならない。

 面と向かって渡す勇気があの元引きこもりにあるとも思えないし、ガールミーツGLブックな物語はとん挫した。

 俺はタカクス図書館を後にして、休み時間で賑やかなタカクス学校の校舎を通り、第一の枝へ向かう。

 矢羽橋を渡る時、第一の枝からローザス一座の座長レイワンさんを先頭に、団員が走ってきた。

 体力作りのための走り込みだろう。


「お疲れさまです」

「これはこれは、アマネさん、お出かけですか?」


 レイワンさんが足を止めると、団員たちが後ろで足踏みを始める。完全に足を止めてはいけないようだ。

 ちょっと意地悪して長話でも決め込もうかと思ったけど、早く事務所に戻って引っ越し作業を再開しないといけない。


「タカクス学校図書館に本を寄贈しにちょっと足を運んだんですよ。そちらは走り込みですか?」

「えぇ、旅を止めたものですから体力の低下が著しくて、ちょっとしごく事にしました。後三周してきます」


 ローザス一座の走り込みって、第二の枝から第四の枝までじゃなかったっけ。往復十キロメートルくらいないか?

 意地悪するまでもないな、と俺はローザス一座と別れて矢羽橋を渡った。

 事務所に到着すると、玄関前で紙束をめくってぶつぶつと呟いているマルクトがいた。


「……ランム鳥の卵の味を改良するための計画書はこれで問題ないはず。第一の枝の飼育小屋が破壊されたこの機会に新たなブランドランム鳥を立ち上げ、再建する飼育小屋を利用する形ならばアマネさんも文句は言わないはず……」


 ――裏口に回ろうかなぁ。

 逡巡していると、ビロースがやってきた。マルクトを発見するなり駆け寄っていく。


「ちょうどいい所にいやがったな。この際マルクトでも構わねぇや。ちょっと手伝え」

「え? いえ、これからアマネさんに新しいランム鳥品種の企画を」

「後にしろって。マルクトなら鍛えてるから荷物運びにちょうどいい。それに、アマネの奴は引っ越し作業でどうせ話なんか聞いている暇ねぇよ」


 無理やりマルクトを引っ張っていくビロースに物陰から感謝しつつ、俺は事務所に入った。

 まっすぐ二階の自室へ向かい、すでにまとめ終えている荷物の入った箱を二つ重ねて持ち上げる。

 流石に自力で雲上ノ層に構えた新しい、というか初の我が家へ荷物を持って行く事は出来ないため、コヨウ車を手配してあるけれど、一階の玄関そばまではもって行くべきだろう。

 そんなこんなで、荷物を纏めて階段を下りる。


「ただいまー。メルミーさんったら一番乗りだよ! すっごい疲れたけど」

「おかえり、リシェイとテテンは?」

「テテンちゃんは疲れたから新居で脱力してて、リシェイちゃんはお昼に食べられる物を買って来るってさ」

「メルミーよ。一番乗りって誰と競争してたんだ?」

「えーと、自分と?」

「つまり、一番であって二番でもある、と」

「哲学だねぇ」


 したり顔でメルミーがうんうんと頷いていると、事務所前にコヨウ車が止まった。


「お待たせしました」

「よう、テグゥールース。無理言ってごめんな」

「いえいえ。きちんとお金は頂きますから」


 第四の枝の空中市場で雑貨屋を構える元行商人、テグゥールースはにこやかに言って、コヨウ車を指差す。


「それに、これもたまには使ってやらないと寂しがります」

「テグゥールースの腕も鈍るしな」


 言葉を交わしながら、俺はメルミーと一緒になってコヨウ車に荷物を載せる。テグゥールースは荷車を引くコヨウに水を飲ませていた。

 荷物を載せ終え、事務所に鍵を掛けたら出発である。

 二頭引きのコヨウ車に揺られての摩天楼観光だ。


「どこかに寄り道したりは?」

「いや、まっすぐ雲上ノ層を目指してくれ」

「了解です。それにしても、もう少し交通の便が良くなりませんかね?」

「せめて雲上ノ層の枝との行き来は楽にしたいところだよな」


 キリルギリの襲撃による被害もあるため、橋なんてかけてはいられないし、しばらくはこの状態だ。

 二重奏橋をコヨウ車で渡っていると、後ろからイチコウカの管理をしているはずのラッツェが追い抜いて行った。


「ラッツェ、どこか行くのか?」


 後ろから声をかけてやると、コヨウ車に乗っているのが俺だとは思わなかったのか、ラッツェは振り返って驚いた顔をした。


「アマネさんこそ――あぁ、お引越しですか」


 荷台を見て気がついたのか、ラッツェは納得したように頷いてコヨウ車の速度に合わせて歩き始める。


「いま、サラーティン都市孤児院出身者でルイオート温室の再建費用を稼いで回っているんです。その流れで、第三の枝の料亭で給仕の仕事の助太刀を頼まれまして」


 ラッツェが手元の袋を開いて中をみせてくる。給仕スタッフの衣装が入っていた。

 そういえば、カッテラ都市次期市長のクルウェさんの結婚式でも、ラッツェは給仕スタッフとして働いていた。なかなか様になっていたのを覚えている。


「ルイオートの温室か。守ってやれなくてごめん」

「仕方ないですよ。それに、アマネさんもランム鳥の飼育小屋をやられて大変でしょう?」

「主にマルクトの相手でな」

「……はは」


 乾いた笑いで返された。


「いい人なのは確かなんですけどねぇ……」

「仕事ができるのも事実なんだけどなぁ」


 ランム鳥教徒すぎて相手をすると結構疲れる。テンションが異常なだけで、持ってくる企画とかは理に適っている分、理解するために余計に頭を使わされる感じだ。


「それじゃあ、ここで」

「あぁ、頑張れ」


 二重奏橋を渡って第三の枝でラッツェと別れ、雲中ノ層の枝に繋がる大文字橋に入る。

 屋根の下に春風が吹き抜けて気持ちがいい。


「アマネさんたちの新居はどんなものなんですか?」


 荷車を引くコヨウを上手く扱いながら、テグゥールースが訊ねてくる。

 雲上ノ層は天候に左右されずに工事が行えるため、冬の間も雪に悩まされることなく工事を行う事が出来た。

 そんなわけで、冬の間中雲上ノ層で工事をしていたメルミーがテグゥールースの質問を受けて真っ先に答える。


「四角いやつ」

「モダンといえ」

「ロダンな四角い奴」


 モダン、な。ロダンだと考え込んじゃうだろうが。

 雲上ノ層は天候に左右されない。すなわち、世界樹北側にもかかわらず雪の荷重を気にすることなく屋根を選択できるわけで、今回は世界樹に生まれてから初めての陸屋根で建ててみた。

 テグゥールースが苦笑気味に俺を見る。


「建築用語は詳しくないのですが、モダンとは?」

「大丈夫だよ。メルミーさんもトタンなんて言葉知らないから。いつものアマネ語だよ」

「トタンでもねぇよ。モダンだ」


 まぁ、この世界ではモダニズムとかないわけで、通じるはずのない用語ではある。

 モダニズムとは、世界中のどこに行っても通じるような機能美を追求した建築のことだ。文化宗教による価値基準に左右されない様に装飾も徹底的に廃する考え方である。

 とはいえ、文化や宗教というのはその土地で合理的に発展してきているわけで、完全に排除する事などできはしない。そういった批判を発端にしてモダニズムに対するポストモダンなんてものも出てくるわけだ。

 個人的に、機能美を追及するモダニズム建築が好きな俺は新居にこの考え方を適用する事にした。

 無論、お豆腐とか冷奴とか言われないように設計するのは当然で、陸屋根を選択したものの建物は四角いわけではない。

 外観は高さ違いの陸屋根を持つL字型で、入隅に円筒を抱えている。円筒部分は魔虫素材と液化糸を使った黒色の複合素材を使い、日光をむやみやたらに反射する愚を避けつつ内部の温度が上がらない様に工夫した。

 円筒以外の部分は白漆喰で塗られている。しかし、玄関前は幅二十センチほどの木板を並べたルーバーを設置し、日光を調整しつつ玄関を直接覗けないようにし、なおかつ白漆喰で単調になりがちな建物の色合いに変化を加えてある。


「これから荷物を運び込みに行くんだし、どうせなら中を見ていけばいい」


 テグゥールースの肩を掴んで、みていくだろう、と問いかければ、不穏な空気を感じてか胡散臭そうに見返された。


「中をみせるって言いながら、荷物の運び込みを手伝わせるつもりなんじゃ……」

「バレたか」


 一人増えるといろいろと助かると思ったんだけど。

 テグゥールースはため息を吐いて荷台を見た後、


「まぁ、いいですよ。車に乗り合わせれば助け合いって諺もありますし、手伝いましょう。お茶くらい出してくださいよ?」

「おう。特別美味いのを振る舞うよ」


 なんて話をしている内に雲中ノ層に到着する。

 和風な街並みに囲まれてのんびりと通り過ぎた先に、天橋立と名付けた雲上ノ層への橋に差し掛かった。

 天橋立の木立を眺めながら、坂道を上がっていく。

 俺はふと気になって、荷車を引くコヨウの様子を観察する。


「休憩を挟まずに登り切れるのか?」


 素人の俺ではコヨウの様子から残りの体力を計る事などできず、テグゥールースに訊ねる。


「まだ試したことがないので何とも。橋の傾斜や長さは聞いてますけど、大丈夫だと思いますよ」

「そうか。ダメそうなら、途中に休憩場所があるから利用してくれ」


 天橋立は支え枝を癒合させて作っているため、途中に小さな広場がある。そこをコヨウ車の休憩場としても活用できるように設計している。

 俺の心配をよそにコヨウは体力が有り余っていたらしく、楽々と天橋立を渡り切って雲上ノ層に辿り着いた。

 雲上ノ層はまだ全くといっていいほど開発が進んでいない。一軒だけぽつんと建っているのが俺たちの新居である。

 テグゥールースが片手で目の上にひさしを作って俺の新居を眺める。


「陸屋根ですか。なかなか思い切った簡素な佇まいですね」

「アマネらしいといえばらしいんだけどね」


 メルミーもテグゥールースの言葉に同意する。

 簡素ではなく機能美と言って欲しい所だ。


「さぁ、荷物を運び込みつつ中を紹介しようか」

「目的と建前が逆になってますよ」


 テグゥールースに抗議されつつ、荷物を持って中へ入る。

 木製のルーバーの裏にある玄関扉を開け放つ。

 この建物は北と東を指し示すL字型になっており、北側先端部に玄関がある。

 中に入ると右手側に階段があり、二階に上がることができる。

 この新居は北側が二階建て、東側が一階建てで事務所と同じようにルーフバルコニーがある。日差しに強いハーブ類だけ持ってきて育てるつもりだけど、上手く育つかどうかはちょっと疑問だ。


「荷物は二階に運べばいいんですか?」


 テグゥールースが階段を指差して訊ねてくる。


「二階は俺たちの自室だ。テグゥールースが持ってる荷物は一階のキッチン用品。案内するからついてきて」


 二階へ自分の荷物を運びに行くついでにテテンを呼ぶというメルミーと一度別れ、俺はテグゥールースを連れて奥へ進む。

 北側一階は書斎と俺、メルミーそれぞれの作業スペースになっている。


「外から見えていた塔みたいなのの入り口ってこれですか?」


 L字型の建物の曲がり角に差し掛かって、テグゥールースが玄関からは死角になっている塔への入り口を指差す。


「何の部屋なんですか?」

「それは秘密だ」

「でも、中を見せてくれるって――」

「そこだけは秘密だ」

「……隠し金庫の類ですね。分かります。これでも行商人の端くれでしたから」

「何物にも代えがたい財産だとは思う」


 謎の塔は謎のままに残して、俺はテグゥールースを連れて東側に入る。

 東側にあるのはキッチンスペースとダイニングである。

 この建物は正真正銘の我が家だから、応接室だとか事務室は存在しない。少し物足りない気がしてしまうのが習慣という物の恐ろしさを実感させてくれる。


「広いですね。ソファもかなり上等ですし」

「メルミーが本気の本気で作ったそうだからな。座ってみればわかるけど、人をダメにするぞ」

「何ですかその怖い売り文句」


 話しながら広いダイニングを通り抜け、キッチンへ移動する。箱を置いて、テグゥールースと一緒に玄関まで戻ると、テテンが小箱をけだるそうに持ち上げていた。

 俺と目が合ったテテンはあくびをしながら小箱を持って近づいてくる。


「……ん」

「押し付けるなよ。というか、これテテンの私物だろ」

「……下着類」

「なおさら持たせるな」


 テテンの頭にチョップを入れてやる。


「……融通、利かねぇ」

「テテンに融通を利かせる義理もないだろ」

「――何をしてるんです? よろしければ、私が持ちましょうか」


 階段などを見ていたテグゥールースが小箱を押し付け合う俺たちを見て申し出てくる。

 立ち位置を考えると中身が何かは聞こえてなかったのだろう。


「……さわんなし」

「えぇ……」


 テテンが小箱をテグゥールースの手の届かない位置に遠ざけて拒否すると、事情を知らないテグゥールースが困惑する。


「……役に立たない、家主め」

「言うに事欠いてそれか。もうめんどくさいからそれも持って行ってやるよ。代わりに、テグゥールースにお茶を淹れてやれ。さっきの断り方はさすがにあんまりだ」

「……分かった。帰りたく、なくなるような、絶品のお茶、淹れる」

「そして、俺の新居初日の夫婦生活に水を差す気か」

「お茶だけに」

「まったく上手くねぇよ」

「美味く淹れる」

「はい、いってらー」

「……うむ」


 キッチンへふらふらと歩いて行くテテンを見送って、俺は荷物を持ち上げる。

 同じように荷物を持ち上げたテグゥールースと共に、二階へと上がった。

 階段を上り切った先に飾られてる花瓶を見て、テグゥールースが口笛を吹いた。


「これもいい品ですね。自己主張が弱い割に、飾られた赤い花が実によく馴染む」

「リシェイが選んだんだ。空中市場の露店で見つけたらしい。最初はテグゥールースの雑貨屋で選ぼうと思っていたらしいけどな」

「それを聞くと少し憎たらしく思えますが、それでもやはりいい品です」

「その花瓶で思い出したんだけど、テグゥールースの雑貨屋って石鹸とか売ってる?」

「売ってますよ。ハーブを混合配合した物を五種類ほど、店頭に並べてあります。取り寄せで時間がかかりますが、別の種類でも十種類ほど扱ってます」

「そっか。近いうちに寄らせてもらうよ」

「え? えぇ、別に構いませんけど、取り寄せ品でなければ湯屋でも同じものを販売してますよ?」

「こだわりがあるのさ」


 などと話をしながら、二階の各部屋に荷物を運びこんでいく。

 ソファーを始めとした大きめの家具類はすでに運び込んであるから、布団や雑貨の類ばかりであり、荷運びはすぐに終わった。

 ようやく落ち着いた、と俺はテグゥールースと一緒にダイニングへ向かう。

 テテンとメルミーがお茶を飲んでいた。


「メルミー、姿が見えなかったけど、どこにいたんだ?」

「テテンちゃんを呼んだ後、ルーフバルコニーに出てハーブの様子を見てたんだよ。やっぱり元気ないから、日陰にできる物を取りつけた方がいいかもね」

「あぁ、そっか。水やりはしてくれた?」

「したよー」

「ありがとう」


 メルミーに礼を言って、俺はテテンが淹れてくれたお茶を飲む。本当に美味く淹れていた。

 テグゥールースが隣で驚きに目を見張っている。


「リシェイさんほどではありませんが、上手ですね」

「……当然」


 テグゥールースは納得の表情だけど、テテンは多分、リシェイお姉さまの方が上手にお茶を淹れるのは当然、と言いたいのだろうと思う。

 噂をすれば影が差す、玄関からただいまと声が聞こえてきて、足音の後、リシェイが顔を出した。


「あら、雑貨屋の。もしかして、荷運びの手伝いをしてくれたの?」

「俺が無理を言って頼んだ」

「いえいえ、中を見て見たかったのも本音でして」


 俺とテグゥールースの言葉に、リシェイは微笑みを浮かべて、袋をダイニングテーブルの上に置いた。


「五人で食べるにはちょっと少ないかしら?」

「俺が何か追加で作ってこようか」


 今日から住む事になるから、食材はすでに準備している。キッチンがまだほとんど片付いていないけど、簡単な物なら作れるだろう。

 しかし、テグゥールースは申し出を辞退して立ち上がった。


「この辺りでお暇させていただきますよ。初日に長居するのも無粋ですからね」

「そうか? お土産にシンクの干し肉でも持ってけよ」

「結構ですよ。それより、今度若い男衆だけで飲み会でも企画してくれませんか。ギリカ村やクーベスタ村の人たちも集めて公民館で、どうです?」

「それいいな。新居暮らしに馴染んだら企画するよ」

「楽しみにしています」


 テグゥールースを玄関まで見送って、俺はダイニングの方へ足を向ける。

 とりあえずお昼を食べよう。

 ダイニングでは三人娘が会話に花を咲かせていた。


「掃除の割り振りどうしよっか?」

「自室と自分が管理する作業部屋を掃除すればいいと思うわ。私は作業部屋がないからダイニングね」

「キッチンが余るね」

「……家主が、やればいい」

「勝手に押し付けんな」


 キッチンは全員が使うから、持ち回りでいいだろうに。リシェイはお茶淹れ専門だけど。


「さぁ、お昼を食べようね。それから念願の家風呂だよ。家風呂!」

「薪はあるのか?」

「……ばっちぐー」


 この機会をテテンが逃すはずもなし、か。


「いまだけは窓全開で入っても大丈夫だな」


 そして雲上ノ層の居心地を存分に堪能するのだ。


「アマネだけよね」

「いいなー。男の裸は価値が低くて」

「……価値は、ない」

「私はアマネの身体、好きよ?」

「リシェイちゃんがエロい!」


 メルミーがすかさずツッコミを入れる。


「アマネばっかり家風呂を満喫するの悔しいから女の子だけで入って洗いっこしよう」


 テテン、こっち見んな。そのうざい顔もやめろ。

 俺はテグゥールースに唯一内部を明かさなかった塔を見る。

 中は風呂である。熱源管理官のテテンが家にいるからこそ可能な贅沢だ。

 これで、雲上ノ層から雲下ノ層の湯屋まで延々と歩かなくて済む。


「まだ荷解き終わってないけど、ようやく自宅が建てられたな」

「ようやくと言うか、いまさらよね」

「摩天楼になって初めて自宅を作った創始者って、多分アマネが初だと思うなー」

「……甲斐性無しめ」


 テテンの台詞だけは納得いかないな。

 なんて雑談を交わしている内にお昼は食べ終わり、いよいよお風呂タイムである。

 繰り返す。お風呂タイムである。

 正真正銘の一番風呂。雲上ノ層から摩天楼感を満喫しながらの入浴タイム。

 素晴らしい。夢、ここに叶えたりと言う気分だ。いまだに橋架け作業を進めているケインズの悔しがる顔を想像しながら満喫してやろう。

 流石のテテンも俺のテンションの上がり具合にうっすらと苦笑を浮かべている。


「……今日だけは、認めて、やる」

「ゆっくり入ってらっしゃい」

「メルミーさんが背中流そうか?」

「いや、一人で入るよ。多分、長風呂に――」


 答えながらお風呂タイムにウキウキしつつ立ち上がった時、玄関扉が叩かれた。

 ふと思う。

 ここに俺とリシェイ、メルミー、テテンが揃っているという事は、事務所への来客はどこに来るのか、と。

 そして、今はお昼時。つまりは日中だ。来客が来ることは当然予想してしかるべきだった。

 何とも言えない沈黙がダイニングを支配する中、玄関を叩いた訪問者が呼び鈴を見つけたらしく、カランカランと音が響いた。


「……さぁ、もうひと頑張り働くとしようかな!」

「なにも泣かなくたって」

「夜景を見ながらのお風呂もいいもんだよ、きっと」

「……締まらない、奴め」


 リシェイに同情され、メルミーに慰められ、笑うテテンの頬を引っ張ってやりながら、俺は四人そろって玄関に向かう。

 呼び鈴はなおもカランカランと鳴らされている。


「はい、何か御用ですか?」


 玄関扉を開けながら、俺は訪問者に声を掛ける。


「あ、事務所が閉まっていたのでこっちに来てしまったんですが、あの、移住希望でして……」


 訪問者はいきなり四人で出てきた俺たちを見て慌てた様子で来訪理由を告げる。

 俺は後ろの三人娘と目と目で呼吸を合わせ、訪問者に向き直るなり声を揃えて告げた。


「――ようこそ、摩天楼タカクスへ」

「……ようこそ、摩天楼、タカクス、へ」


 テテン、ズレてんぞ。


これにて完結です。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


と言いつつ、燃え尽き症候群が完治したら摩天楼編の後日談を週一投稿すると思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結まで読み終えました!結構速いペースで発展していくのでサクサク読めて楽しかったです。 [気になる点] 主人公は前世をそれほど隠してなかったけど歴史含めてこんな世界があるんだよとガッツリ本…
[一言] 完結お疲れ様でした。 続きをこれから楽しみますね。
[良い点] どんどん発展していくので、先が気になって止まりませんでした。 とても面白かったです。後日譚も楽しませてもらいます。
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