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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第二十八話 摩天楼タカクス

 気まぐれな北風が頬を撫でて吹き抜ける。

 開けたばかりの部屋の窓から外を眺めて、俺は背筋を伸ばす。

 この後のイベントを思うと、身も心もしゃきっとするね。

 無意味にポーズとかとりたくなる。ガッツな奴。

 ちょっといい服を身に纏い、俺は部屋を出た。

 ちょうど、自室から顔を出したテテンが俺を見て人差し指の先を向けてくる。


「……ニヤついてる。子供、か」

「やかましいわ。子供の頃からの夢なんだよ。今日だけは童心に返るっての」

「おーよちよち……」


 幼児語であやしてくるテテンにむかついて柔らかほっぺを左右に伸ばす八つ当たりをする毎度のやり取りをした後、そろって一階へ降りる。

 玄関の前には用意を終えたリシェイとメルミーが待っていた。余所行きの服でおめかししている。


「アマネ、顔がにやけてるわよ」

「最早ふやけてる勢いで緩んでるよね」


 嫁二人にまで指摘されて、俺はだらしない顔に左右からの張り手一発で気合を入れる。


「よし、それじゃあ一足早い竣工式と行こうか」


 三人と連れ立って、俺は雲上ノ層に繋がる橋を視察するべく事務所を出た。




 タカクスが雲中ノ層に一本だけ有する枝から伸びる橋は遠目からもそれと分かるほど変わった外観をしている。

 橋脚となる七本の支え枝が雲上ノ層まで段階的に高くなっていく。雲上ノ層に向かって伸ばした側枝同士が癒合し、橋を形作るとともに上の荷重を支えている。

 橋そのものも雲上ノ層までの上り坂を形成しており、緩く長い坂になっていた。

 雲上ノ層の枝までは直線距離で三キロだが、まっすぐに橋を架けてしまうと勾配が急になりすぎる。そのため、世界樹の幹側へやや湾曲する形で距離を稼ぎ、傾斜を緩くしてあった。

 また、直射日光を避けるために支え枝の幹が橋の上に突き出して葉を生い茂らせ、木陰を作っている。橋の両脇にはキスタを始めとした木が植樹され、橋全体が生きていることを如実に物語っている。

 うん、外観はほぼ京都の天橋立だ。狙って作ったけど、うまくいってよかった。

 天橋立そのものは砂州であり、砂や土が流されてきて堆積した地形でしかないのだけど、なかなかの再現率だと自負している。

 日本の事を知ってるのは俺しかいないから、自慢する相手もいないのがさみしいところ。


「遠目から見ても自然と人の手が組み合わさって出来た橋だと分かるわね」


 そのものずばり天橋立と名付けた雲上ノ層への橋へ向かって歩きながら、リシェイが感心したように言う。


「支え枝同士を癒合させて橋を形作るのって、初めての試みでしょう?」

「そうだよ。初の試みだ。事前に色々と方法を調べたり資料にまとめたり、大変だった」


 神話でも連理の枝を渡すシーンがあるくらいで、人工的に枝同士を癒合させる方法論自体はあったけれど、人が乗れるくらいの太さの枝同士を癒合させる試みはなかった。

 今回架けた橋の全長は五キロメートル、幅は二十メートルほどで、枝同士が癒合している場所はコブ状になるため幅が三十メートル弱になっている。

 これだけ巨大な枝を癒合させるのだ。教会司教のアレウトさんと一緒にあーでもないこーでもないと知恵を絞りまくったりした。

 橋に到着すると、メルミーが駆けていって欄干の端にある親柱の前で止まる。


「見て見て、メルミーさんの自信作だよ!」


 メルミーが腰に手を当てて胸を張る。

 灯篭のような形状の親柱は高さ二メートルほど。

 シンプルながらも随所を曲線で構成しており、全体的に優美なシルエットをしている。一メートル五十センチほどの高さにある火袋を囲む八枚の欄間は上から下へ行くほど細かくなる菱型の穴が無数に開いており、左右に松葉模様が散らされている。

 火袋に差し込んだ陽光が落とす影は菱型を橋の路面に散らしていた。夜にはこの中のウイングライトの翅が光を放ち、周囲に菱形の影を散開させる。

 菱形の影が落ちる橋の路面は影の形がはっきりと分かるように灰色の塗料が塗ってある。白では光を反射しすぎて眩しすぎるため、この色を選択した。

 そんな趣向を凝らした親柱から伸びていく欄干にも装飾が施されている。


「……花綱」


 テテンが欄干の下部を飾る精緻な花綱の彫刻を見て、首をかしげる。


「……見た事ない、花」

「アマネが描いた図案を見ながら、メルミーさんが考案してみました」


 メルミーが言う通り、花綱の彫刻はこの世界にはない花を模していた。

 形状はダリアに似ているけれど、葉っぱはアジサイに似てかなり大きい。花綱という字面からは想像しにくいほど、葉っぱが主張している。

 しかし、この橋が支え枝からなる生きた橋であり、キスタを始めとした植木の並木道が中央に走っている事もあり、枯れ落ちてしまう花をメインに据えるよりも生命の息吹を感じさせる葉を主張した方が橋のコンセプトにも合っていた。

 俺が提案した花綱の彫刻図案をメルミーが実際に彫りだした際、どうしても気に入らないと言って、葉をふんだんに使用した図案を持ってきてくれた。見た瞬間にゴーサインを出したくらい、橋とうまくかみ合う図案だったのだ。

 テテンとリシェイの反応を見ても、正解だったと分かる。

 花綱の彫刻が施された欄干は全長五キロメートル超あるため、彫ったのはメルミーを含むタカクスの職人達だ。ある意味、タカクスの集大成である。


「木陰が気持ちいいわね」


 リシェイが眼を細めて橋を歩き出す。

 幅二十メートルほどあるこの橋だが、道は中央の約五メートル程度の幅しかない。コヨウ車も楽々通る事が出来る幅だけれど、残りの十五メートルは欄干と並木で埋め尽くされている。

 森と言うほどの密度はないけれど、雲上ノ層の直射日光を遮るのには十分すぎるだけの木陰ができていた。

 葉が北風に揺れ、木漏れ日が形を変える。葉の擦れ合う涼やかな音が雲上ノ層の日の強さを忘れさせてくれる。


「気持ちのいい遊歩道ね」

「連理の枝で構成された橋だから、神話と組み合わせて縁結びのご利益がある的な触れ込みを考えてるんだけど、どう?」

「賛成したいけれど、この穏やかな気分の時に持ち出してほしい話題とは言えないわ」


 ごめんなさい。

 リシェイに横眼で睨まれて視線を泳がせた先で、テテンが口を手で隠して俺をあざ笑っていた。


「空気、読めし……」

「元引きこもりに言われると腹の立つ台詞だな」


 話をしながら歩いて行くと、ちょっとした広場に出る。

 枝同士が癒合した連理の部分だ。


「ここは公園にするの?」


 リシェイがだだっ広い広場を見回して首を傾げる。

 半径十五メートル程度の円形に近いこの空間は、似たような場所が橋の上に六ヶ所存在している。


「公園と喫茶店みたいなものを設置する予定だ。雲上ノ層への橋は渡っている時に熱中症をおこしやすいから、休憩できる場所をいくつか用意した方がいい」


 並木道だからほとんどが木陰になっているとはいえ、五キロメートルもある坂道を上るのは体力を使う。橋の各所に休憩所を設けておかないと利用者が大変だ。

 メルミーが頭の後ろで手を組んで橋の前後を見る。


「橋全体が一つの公園みたいなものだけどねー」

「そうともいう」


 だからこそ、デートスポットとしても機能するんだけど。

 並木道のため夜は少々暗い。しかし、随所にタコウカが植えられているから逆にいい感じの明るさで雰囲気も出ると思う。

 少し離してベンチを置いておけば、愛とか語らうのに程よい空間の出来上がりだ。


「でも、夜間もコヨウ車が通るんでしょう?」

「メルミーさんが思うに、あの辺にベンチを置いておけばいいと思うよ」


 リシェイの心配に、メルミーが答える。

 メルミーが指差したのは並木の中、雲中ノ層の枝が見える位置だ。

 確かに、ベンチを置けば夜景も楽しめる立地ではあるけど、雲中ノ層の枝は雲下ノ層第三の枝と違ってタコウカ畑がないから、眺めていてもさほど面白くない。

 むしろ、昼間の方がこの世界では一風変わった日本建築を眺めることができる分、楽しめるだろう。

 などと俺は思うのだが、メルミーの見解は違うようだ。


「晴れていれば雲中ノ層が見渡せて、曇り空なら雲海が見渡せるし、夜に来るような人たちは景色よりお互いを見て楽しんでるでしょ?」

「なぁ、偏見じゃないか、それ?」

「メルミーさんはアマネを見ていた方がいいけどなー。見つめ合ってみる?」


 ほほぉ。

 おもしろそうなので、俺はメルミーの両肩に手を置いて、真正面から見つめてみる。

 言い出しっぺの矜持か、メルミーはしばらく耐えていたものの、徐々に顔が赤くなり俺の手を払いのけて地団太を踏み始めた。


「日中にやるには難易度が高すぎるんだよ!」

「そうかしら?」


 リシェイが俺の方を見て、にっこり笑いかけてくる。

 こちらからも笑い返してしばらくすると――何度となく背中に拳が撃ち込まれた。


「おいこら、テテン、空気読めよ」

「……読んだ。だが、やる」

「そうか、なら読み解けよ。空気を読解しろよ」

「分からない。むしろ、理解できない……」

「理解したくないだけだろ」


 テテンがいる状況でやるのは難易度が高すぎるようだ。

 バカなやり取りをしながらも橋を渡り切ると、未開の枝、雲上ノ層が広がっていた。


「これで、タカクスもついに摩天楼か」


 長かったようで、めちゃくちゃ早く辿り着いていた気がする。

 新興の村の騒動に備えて、カッテラ都市やヨーインズリーから色々と便宜を図ってもらっていた事もあって、こんなに早く夢に辿り着いてしまった。


「なにか建てないと殺風景過ぎて感慨もわかないな。何にしようか」


 タカクス都市の財政もキリルギリ騒動のせいで苦しいし、しばらくは開発できないかも知れない。

 いや、一つだけ、今すぐにでも建てられる物がある。


「家を建てようか。俺たちの、事務所じゃない正真正銘の家」


 自治体の創始者は最も高い枝に住居を構えるのが慣例だ。

 俺たちの個人用の家を建てるのに、タカクス都市の財政は関係がない。俺のポケットマネーから出せる。

 ランム鳥の飼育小屋が一つキリルギリに倒壊させられたけど、四人で住む家くらいなら十分に建てられるだろう。

 意見を聞くために三人に向き直る。


「一番乗りね」

「その通り、雲上ノ層に一番乗りだ。リシェイは賛成、と」

「子供部屋も作っとこうよ。メルミーさんも頑張るから!」

「家造りを頑張るんだよな? メルミーも賛成、と」

「……二世帯、住宅」

「意味合い違くね? テテンも賛成だな」


 三人の賛同も得られたことだし、


「さぁ、摩天楼に我が家を建てよう」



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