第二十七話 お祭りとお見舞い
「いってらっしゃい。お見舞い、忘れないでね」
「分かってるよ。それにしても、本当に俺だけ祭りを見て回っていいの?」
「アマネはキリルギリの討伐参加者なんだから、いわば主役の一人。顔を見せて回った方がいいくらいよ」
そんなモノかな。
リシェイに言われるがまま、俺は事務所を出る。
今日はキリルギリ討伐記念のお祭り開催日だ。
キリルギリが新興の村を次々に襲ってからかれこれ三年が経ち、いい加減に鬱憤が溜まってきていたところでこの朗報がもたらされた。その反動がこの祭りの賑わいにも表れている。
わいわいがやがやと人のざわめきが聞こえてくる。
俺は事務所がある第一の枝から二重奏橋を渡って第三の枝に向かった。
二重奏橋の上からも、祭りの人出が見て取れる。
タカクス学校の生徒らしき子供が親に連れられて歩いているのが見えた。
これまで溜めた鬱憤ごとパーッとお金を使って飲み食いしようという客も多いらしく、橋を渡る人々の手には焼き鳥やから揚げ串、焼き菓子の入った袋などがある。
橋を渡り切った丁度その時、第三の枝の入り口広場の方から見知った二人組が歩いてくるのが見えた。
足を止め、軽く手を挙げて挨拶してみると、向こうも俺に気付いたらしく歩く速度を少し速めた。
「――アマネさん、こちらにいらっしゃったんですね」
俺に近付いて来たカッテラ都市の次期市長、クルウェさんが声をかけてくる。隣を歩いていた旦那さんが軽く頭を下げてきた。
俺も頭を下げ返して、クルウェさんに答える。
「主役の一人なんだから祭りに顔を出して来い、と妻に言われまして」
「アマネ市長もキリルギリの討伐に直接貢献なさったと聞いています。間違いなく主役なのですから、事務所に籠っていてはだめですよ」
クルウェさんにまで言われるとは思わなかった。
まぁ、祭りの運営に関しては元キダト村長を始め何人かが手伝ってくれているから、俺一人いなくてもどうってことはないんだけど。
それはそれとして、
「カッテラ都市には開催資金の援助などで助けて頂きまして、ありがとうございます」
「いえいえ、カッテラ都市にとってもキリルギリは頭の痛い問題でした。討伐に直接貢献できなかった以上、この程度は当然のことです」
クルウェさんと一緒になって頭を下げ合うと、旦那さんが苦笑した。
「クルウェ、アマネ市長も今日は休日として楽しんでもらった方がいい。後の話は、リシェイさんとしよう」
「そうね」
クルウェさんは旦那さんの提案に素直に頷いて、俺に向き直る。
「それでは、私たちはこれで。キリルギリを倒した英雄さんへささやかなお土産も用意していますので、後でご夫婦そろってお召し上がりください」
「ありがとうございます」
それでは、ともう一度頭を下げ合ってクルウェさん夫婦と別れる。
なんだか、こうポンポン頭を下げ合うのって日本人的感覚が呼び起されるような気がして悪くない。無意味に“ちょっとすみませんチョップ”とかしたくなる。
クルウェさんたちと別れて、俺は第三の枝を見渡す。
そこかしこに出店が出ている。もはや定番となった焼き鳥屋の他にも、ケーテオ町からの出店組も多数見受けられる。コヨウの飼育基金を立ち上げた中心的存在でもあるヘッジウェイ町からも、コヨウ肉を使った屋台料理を出す店がいくつか派遣されてきていた。
客の気を引く売り子の声が実に賑やかだ。
入り口広場を覗いてみると、大道芸人が何組か芸を披露していた。
芸を眺めながら歩いていると、キリルギリ討伐でも見かけた魔虫狩人の一人が芸を披露しているのを見つける。
俺もよく練習でやっている、鈴を射て音楽を奏でる芸だ。
芸としての完成度はあまり高くない。でも、余興の類だしあまり広く知られた芸でもないから、場は結構にぎわっているようだ。
遠巻きに眺めていると魔虫狩人が俺に気付いて萎縮してしまいそうなので、俺は入り口前広場に背を向けた。
まっすぐに第三の枝を北上していくと、キリルギリに荒らされたタコウカ畑が見えてくる。
第三の枝のタコウカ畑は今のところ休耕地状態だ。けれど、イチコウカを輸出しているくらいだから、いつでも植え直すことはできる。
植え直さずに荒らされたまま放置している理由は、子供達の遊びにあった。
「おぉ、上がってるな」
空に色とりどりの凧が揚がっていた。
タカクス学校の校長を務めている元キダト村長を通じて、子供たちがキリルギリ討伐で使用された凧を自分たちも揚げてみたいと言い出したと聞き、タコウカ畑を開放しているのだ。
強風の吹く日は禁止しているけれど、今日のような穏やかな風の日を条件に凧揚げを許可した。
キリルギリの討伐ではうまく機能したけれど、風に依存している点や一つ二つではなく大量にあげないといけない点などで討伐方法としてはまだ難が残っている。
しかし、子供たちの遊び道具としてであればそれなりに需要があるし、タカクス都市発祥の遊びとして広まればいい。
――と一昨日までは考えていたのだけれど、どうにも昨日から、この祭りを恒例行事にして毎回凧を揚げたいという話が出ているらしい。
どうにも、キリルギリの動きを封じた凧がちょっとした伝説の武具っぽく子供たちの間で広まっているようだ。
単純な仕掛けで大活躍だったから、気持ちは分からないでもない。
凧揚げをしている子供たちと保護者を横目に、俺は第三の枝を上って料亭のある通りに入る。
祭りの最中とはいえ、この辺りは屋台も一つしかないため静かだ。普段より人通りはあるけれど、祭りついでに足を運んできた観光客だろう。
第三の枝にある料亭が共同で出している少し大きめの屋台に歩み寄る。
ちょうど、俺の前に五百歳くらいの夫婦が屋台を覗き、長々と吟味して一つの商品を購入していった。
「あら、市長、いらっしゃいませ」
屋台の店番をしていたビロースの奥さん、通称若女将が俺に気付いて声をかけてくる。
「儲かってる?」
「それなりに売れていますよ」
そう言って、若女将が屋台の品を手で示す。
この屋台はアクアスとの特産品貿易の成果のひとつだ。
売り物にはアユカの切り身を炙った料理やタカクスで採れた野菜類を用いたサラダの入ったお弁当のような物、クースアの果汁を使った焼き菓子など、値段は高いが記念に食べていったり、贈答用に買っていく品物が置いてある。
元々が観光地なタカクスだけあって、こういった土産物の売れ行きはなかなかだ。遊びに来た以上、財布の紐も緩む。
それに、アユカやクースアは薄利で売っている。あくまでも客引きの要素として扱っているためだ。シンクよりも値段は高いけれど、世界樹の南側まで旅する事と比べるとちょうど良い値段だろう。
俺は焼き菓子を四人分購入する。
「ビロースはどうしてる?」
「魔虫狩人ギルドでキリルギリの剥製の警備をしてますよ」
「じゃあ、今日は宿も休み?」
「仲居達に任せています。この屋台の売り子は料亭での持ち回りですから、そろそろ交代して宿の采配に回るところですよ」
もう仲居達に任せても大丈夫なまでになったのか。
ビロースの宿屋はタカクスがまだ村だった頃に建てたから、人材も育ったのだろう。ちょっと感慨深い。
購入した焼き菓子四袋を持って、俺は屋台を離れる。
もう一度ざっと祭りの様子を見て回り、第一の枝に戻った。
しかし、今日は事務所へ帰る前に寄るところがある。
のんびり歩いて目的地を目指していると、進行方向にカルクさんの診療所が見えた。
表玄関から診療所へ入る。待合室に患者はいないようだ。
「あれ? アマ兄、もしかしてお見舞い?」
横合いから声を掛けられて顔を向ければ、この診療所で看護師役をしているケキィがいた。
俺の手元の焼き菓子を見て一瞬硬直した後、上目づかいでこちらを見てくる。
「美味しそうだなぁ……」
「自分で買え。見習い看護師とはいえ、給料は貰ってるんだろ?」
実質的に、この診療所で一番役に立っている看護師で薬剤師なのがケキィだ。
かなり熱心にカルクさんの下で勉強しているため、あと百年もすれば独り立ちしてよいとも言われているらしい。
相応の給料は貰っているはずだ。
案の定、ケキィは図星を突かれて困ったように視線を泳がせた。
「貯金すれば買えない事もないんだけど、勉強用に資料を取り寄せたりしてるとぜいたく品は買えなくて……」
予想とは違って真面目っ子な答えが返ってきた。逆にこっちが困惑してしまう。
「……そういう事なら、仕方がないな。今度買ってきてあげるよ。真面目に勉強を頑張ってるご褒美だからな」
「さっすが、アマ兄!」
手放しで喜ぶケキィに苦笑しつつ、俺はお見舞いをするため病室へ足を向ける。
隣に並んで歩き始めたケキィが口を開く。
「経過は順調だから、一カ月もすれば退院できるよ」
「それは何よりだ」
キリルギリ討伐戦に参加し、触角の一撃で骨折した魔虫狩人たちは診療所端の病室に寝かされていた。
暇を持て余している様子の彼らが俺に気付く。
「市長! せっかくのお祭りなのに俺たちだけ除け者ってひどくないですか?」
開口一番に文句を言ってくる魔虫狩人を黙らせるため、お見舞いの焼き菓子を投げ渡す。
流石に魔虫狩人として鍛えているだけあって、空中で難なく焼き菓子をキャッチする魔虫狩人たち。
怪訝そうに掴みとったお見舞い品を見た魔虫狩人たちが驚いて俺と焼き菓子を交互に見る。
「こ、これ第三の枝の高いお菓子じゃないですか!」
「そうだ。お見舞いだから、遠慮なく受け取れ」
「それはもう、謹んで受け取りますよ」
キリルギリとの戦いで負った怪我が原因でお祭りに参加できずにいる魔虫狩人たちへの埋め合わせはこれでできたようだ。
「というか、そのお菓子って有名なのか?」
「値段以上に美味いって評判ですよ。酸味と甘みのバランスが心地いいって聞きます」
「……食べないのか?」
なかなか袋を開けようとしない魔虫狩人を不思議に思って問いかける。
すると、魔虫狩人たちは一斉に俺の隣に立つケキィを見た。
「いま食べるとケキィちゃんにねだられるので」
ばれてるぞ、ケキィ。




