第二十六話 後片付け
「タマ前十郎! ダイ正宗! チョコ源蔵おおぉぉおお!」
失くした者を悼む嘆きの声が木霊する。
「ハンナ光子……ピコ愛姫……ニャルラトホテプ華……マーレ千代……」
――ランム鳥だけど。
っていうか、明らかにおかしい名前が入ってなかったか。
「おいマルクト、片付けするから手伝え」
「市長……ですが、最愛のランム鳥が、ランム鳥が……」
「せめて端っこに寄ってろ。ぶっちゃけ邪魔だ」
マルクトを飼育小屋跡地から引き摺り出し、片付けを開始する。
市内の力自慢を集めての片付け作業だ。
「それにしても派手に壊されたなぁ」
キリルギリにより破壊された建物は第一の枝に偏っていた。
特に被害額が大きいのはこの飼育小屋で、潰されてしまったランム鳥も含めてかなり痛い損失だ。
次がルイオートの温室で、これは収穫間近だったルイオートごと破壊されたため酷い有様だった。
ランム鳥の死骸を纏め、廃材を運び出す。
ランム鳥の飼育小屋と温室の建て直し、ランム鳥に関してはその後の繁殖もあり、元の状態にまで戻すのに二年は必要になるだろうか。むろんその間はランム鳥事業がトータルで赤字になる。
片付けを終えて、俺はマルクトを奴の自宅まで引っ張って奥さんに身柄を引き渡してから事務所に戻った。
事務室でリシェイが頭を抱えている。
足音で俺の帰宅に気付いたらしく、顔をあげたリシェイはため息を吐いて報告書を持ち上げた。
「今回のキリルギリ被害総額は玉貨四十枚相当よ……。頭が痛いわ」
玉貨四十枚か。
ランム鳥と飼育小屋、ルイオートの温室、第三の枝のタコウカ畑、破壊された仮設住宅、他にも雑多な畑がいくつか。
だけど、ちょっと少なすぎるな。
「なぁリシェイ、もしかして、使用した矢の費用は計上してないのか?」
「……忘れていたわ」
頭が痛い、とリシェイが泣きそうな顔をする。
リシェイの事務仕事を手伝っていたテテンが非難するような目を向けてくるけれど、後でやり直すよりはいいと思うんだ。
それにしても、タカクス都市だからこの被害でも数年で取り戻せるけど、襲われたのが別の町や都市だったらと思うとぞっとする。
「……怪我人、どう?」
テテンの短い質問に、俺はついカルクさんの診療所の方角に視線を向ける。
「凧を手放し損ねて肩が外れた魔虫狩人が三人、他にも戦闘中に触角の一撃を食らったのが四人。迅速な対応だったから死者は出てない」
触角の一撃と聞いて、テテンとリシェイが玄関の方を見る。
俺の盾となって砕け散った玄関扉は、キリルギリ討伐後すぐにメルミーが直している。
「触角の一撃を受けた四人は腕や足、肋骨を骨折してしばらく入院だ。入院費用もタカクス都市持ちだから、後でカルクさんが請求書を回してくれる」
「タカクス都市をキリルギリから守ってくれた以上、入院費用を出すのは当然よね。後遺症が残ったりは?」
「おそらくは大丈夫だけど、念のために経過を見た方がいいってさ」
カルクさんの見立てでは、リハビリはしないといけないだろうけど、魔虫狩人は続けられるだろうとの事だった。
俺たちの話し声を聞きつけて、昼食の用意をしていたらしいメルミーがダイニングキッチンから出てきた。
「アマネ、お帰りー」
「ただいま。橋架け工事は明日から再開するって、店長さんと話してきた」
雲上ノ層への橋架けは、キリルギリの被害を把握するため俺が現場に出られず、工事がストップしていた。
おかえりを言うためだけに出てきたのか、メルミーはすぐにダイニングキッチンへ引っ込む。
俺は自分の机の上に置かれていた手紙の束を取って、リシェイを振り返った。
「この手紙は?」
「カッテラ都市とケーテオ町、それから付近の村からのお見舞いよ」
「あぁ、もう届いたんだ」
キリルギリを討伐したのが二日前。討伐したその日に各所へ連絡したから、おそらくは返信もその日のうちに書いたのだろう。
とはいえ、距離の問題で届いていない村もあるから、明日以降もお見舞いの手紙が届きそうではある。
次の町長会合でも話し合いをしないといけないだろう。
キリルギリは死んでも仕事を増やしてくれる。
お見舞いの手紙を読んでいると、テテンが俺の側にやってきていた。
「……討伐記念の、お祭り、やる?」
「予算がちょっとなぁ」
最低でも玉貨四十枚の損失が出てるって言われると二の足踏んでしまう。
「でも、やらないわけにもいかないでしょう?」
会話に加わってきたリシェイが憂鬱そうに言う。
キリルギリの出現により、人と物の流れが大分滞った。
安全が確認されるまで長期間の外出は避けたいと思うのは人情だし、景気が後退するのは仕方のない事だとも思う。
タカクス都市はカッテラ都市やケーテオ町に近く、交通網の整備が進んだうえにアクアスとの特産品貿易などの手を打ったため黒字を出し続けていたけれど、他の自治体は別だ。
「キリルギリの討伐を喧伝する事で、もう安全だって意識を広めないと世界樹北側は景気の後退から立ち直れないわ」
リシェイの言う通りだ。
こればかりは、半ば義務みたいなものだろう。
お祭り予算をどうしたものかと思いながらお見舞いの手紙を読んでいると、嬉しい記述を見つけた。
俺はお見舞いの手紙の束をリシェイに見えるよう掲げる。
「ケーテオ町は屋台を出してくれるってさ。カッテラ都市は資金援助をしてくれるらしい」
「本当?」
討伐祝いの祭りの費用に頭を悩ませていたリシェイにとってはよほどの朗報だったのか、バッと顔をあげた。
「外から融資してもらえるなら開催しましょう。少しでも損失分を取り戻せればいいのだけど」
過去に開催した祭りの出店売り上げなどの資料を引っ張り出して睨めっこを始めたリシェイをテテンが楽しそうに眺めている。
「……リシェイお姉さま、生き生きしてる」
「本人はかなり必死みたいだけどな」
なんだかんだで俺も今回の被害を埋め合わせするためにいろいろ考えているんだけどさ。
テテンが俺を見て、首をかしげる。
「……橋の、費用」
「あぁ、雲上ノ層への橋の建造費用は先払いにしてあるんだ。工事は継続だな」
そういえば伝え忘れていた、と俺はリシェイに声を掛ける。
「木籠の工務店から伝言。今回の騒ぎで工事期間が延長されるけど、十日分までなら延長分の代金を請求しないでくれるってさ」
キリルギリの被害は店長たちも目の当たりにして、この状況で取り立てるわけにはいかないと言ってくれたのである。
「ただ、食費や宿泊費に関してはそうもいかないから、タカクス都市が持つ事になる」
「分かったわ。工事期間は延長しそうなの?」
「少しな。まぁ、五日くらいの延長でどうにかなると思う」
元々、橋を構成する支え枝の成長期間を考えたスケジュールになっている。支え枝が植物である以上は成長速度が変化するから、長めに工事期間を取ってあるのだ。
そんなわけで、この騒動で工事期間が延びるといっても調整が利く。
「お祭り期間は工事を中止した方がいいと思うんだけど、リシェイの意見は?」
「お祭りの会場は第三の枝が中心になるのだから、雲中ノ層の工事現場は関係がないと思うわ」
「雲中ノ層にキリルギリの死骸を運び上げたから、祭りに来た人が見に来るんじゃないか?」
俺が上を指差して指摘すると、リシェイは納得したように頷いた。
「そういう事なら、仕方がないわね」
リシェイの了解も得られたことだし、これでお祭りの準備に力を入れることができる。
俺は読み終えた手紙をまとめてファイルに入れる。
まだ俺の側に立ったままだったテテンが俺の服を引っ張ってきた。
「……防腐剤」
「もうできたのか?」
俺の問いにこくりと頷くテテン。
防腐剤とはもちろん、BでLな物を愛好する方々への処方箋、ではない。
「キリルギリの死骸に使うのよね?」
リシェイの問いかけに頷きを返し、俺は机に肘を置いて楽な姿勢を取りつつ口を開く。
「もう死骸の中の肉とか内臓に関しては除去してある。そのままでも、祭りまでは保存できる」
けれど、祭り以降もキリルギリの死骸は残しておきたいのだ。
何しろ非常に珍しい魔虫だし、討伐事例も今回で二例目。前回の討伐では死骸はビーアントに持って行かれてしまったというから、完全な形で残っている死骸は俺たちが仕留めた個体だけだ。
つまり、観光資源になる。
「雲中ノ層に博物館を作って、目玉展示品にしたいと思う」
「予算を組めるのは早くても二年か、三年後になるわ。それまで管理できる?」
「魔虫狩人ギルドの裏に作った倉庫で保管する手はずも整えた。問題はない」
タカクス都市の魔虫狩人全体で挙げた大手柄だ。皆どこかに飾っておきたくてうずうずしていたから、俺が声を掛ける前に倉庫の奥に展示スペースが出来上がっていたくらいである。
それに、学術的にも価値のある品だ。今後もキリルギリが襲って来ないとも限らないから、実物を見学できる形で保存しておいたほうがいい。
この世界でも博物館はいくつかあるけれど、魔虫は一体一体が巨大なため専用の博物館が存在しない。
魔虫としては小型であるワックスアントが全長五十センチで、他の魔虫は大体全長一メートルから三メートルである。
大型の魔虫として知られるブランチミミックは十五メートルクラスの個体が確認された例もあり、どうしても幅を取ってしまう。
加えて、展示品の維持管理を考えると、よほど人の出入りが多い自治体でなければ赤字になりかねない。
わざわざ巨大な博物館を作って赤字なんて目も当てられないけれど、キリルギリのような目玉展示物があれば話は別だ。タカクスは元々観光地だから、見に来る人も必然的に多くなる。
「魔虫の他にも植物とか動物とか、タカクスで品種改良した作物の種子なんかも展示したいと思ってる。資料を纏めないといけないから、どちらにせよ二、三年は必要だな」
「新品種の宝庫になっているタカクスならではの展示物よね」
蒐集する手間が省けるのはちょっとした強みではある。ただ、わざわざ博物館に行かなくても畑に行けば観察できてしまうのだけど。
まぁ、今後品種改良が進むにつれて廃れていく品種もあるだろうから、無駄にはならないだろう。
「みんな、メルミーさんの愛の篭った昼食ができたよ。食べようよー」
ダイニングキッチンから昼食の完成を知らせるメルミーの声。
「……愛、だと」
ガタッと幻聴が聞こえてきそうな勢いでテテンが反応する。
お前への愛は家族愛とか、姉妹愛とかそんなのだけどな。
 




