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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第二十四話 襲来

 天然橋という物がある。

 河川の浸食などによって岩が削られていき、アーチ型に残った物を指す言葉だ。

 鬼同士が力比べをして作ったと伝承の残る広島の雄橋が有名で、実際に橋として利用された事もある。

 また、インドではゴムの木の枝を伸ばし、生きた橋を架ける方法がある。ゴムの木は根が丈夫で、水に流されにくいため利用されているのだ。

 本来なら何十年と掛かる生きた木の橋も、この世界樹の世界でなら数年と掛からずに再現が可能だ。

 世界樹そのものである以上、直射日光に対しても強靭で、しかもすぐれた自己修復機能を持つ橋となる。

 管理方法はタカクス教会の司教として小樹の管理を行うアレウトさんから聞いた話と、俺の建橋家としての知識、支え枝についての知識などから詳細に方法論を記述した。

 この方法論に関しては師匠であるフレングスさんやヘッジウェイ町の建橋家さんにも読んでもらい、お墨付きをもらっている。


「てなわけで、工事を進めようと思うわけだけど」


 雲中ノ層の建設現場に集まってくれた職人たちを見回して、俺は傍らのリシェイに頷く。

 リシェイが紙の束を持って立ち上がり、職人たちに配った。


「特殊な橋だから工事手順を記しておいた」


 木籠の工務店の職人なら経験則でどうやって工事を進めればいいかは分かると思うけど、手順の統一と問題点の洗い出しを行うためにこうして紙にまとめておいたのだ。

 要となるのは支え枝である。

 本来は空に向かって垂直に育つように管理し余計な枝を払っておく支え枝を、今回は橋となるように湾曲させて育てることになっている。

 手順書を読んでいた職人たちの一人が片手を挙げる。


「この手順書を見る限り、自分たちの仕事は橋の補強と装飾を兼ねた構造材の設置と埋め込み、支え枝同士を癒合させる連理の作業って事であってますかね?」

「その通りだ」


 支え枝だけで橋を作ってしまうと樹皮そのままの見た目になってしまうため、見た目がつまらなくなってしまう。

 そのため、メルミーに作ってもらった親柱とそこから続く欄干の他、路面部分などの構造材を用いた工事で装飾部分を補強する。

 強度の面では支え枝だけでも十分だけど、より強くするために補剛を行う。

 また、支え枝同士が独立しない様に癒合させる必要があり、この作業も並行して行い、経過を見ていく必要がある。


「やる事は盛りだくさんに思えるだろうけど、簡単な作業も多い。冬の間もよほど雪が酷くならない限りは作業を続行する形になる」


 説明を終えて昼までの休憩とし、俺は支え枝の様子と目指すべき雲上ノ層の枝を見る。

 七本の支え枝と、直線距離で三キロほど先にある雲上ノ層の枝。

 本日は快晴で、目指す枝まではっきりと見通す事が出来た。

 もっと遠いと思っていたその枝へ、これから橋を架けるのだ。


「やっぱり、テンションあがるな」

「言っておくけど、摩天楼に昇格したらそれで終わりというわけではないのよ?」


 隣に立っていたリシェイが俺の様子を見て燃え尽き症候群を早くも懸念する。


「大丈夫だって。摩天楼になったら今度は雲中の層の枝をもう一本増やして、それから――」

「先に予算作りよ。それから、上水道の整備もしないといけないわ」

「それもあったな」


 人口が増えたのもあるけれど、何より農地が増えたため水の供給が課題として挙がっている。

 今のところは渇水騒ぎも起きていないし、貯水槽などもあるから問題は起きていない。

 けれど、これから住宅区の高層化が進むにつれて空中回廊やその上に住む人々への水の供給問題が起きると予想されていた。


「雲中ノ層に大きな貯水槽を作って、第二の枝を始めとした地域へ水道橋を渡して行こうかな」

「そのためにも資金を作らないといけないけれどね」


 おっしゃる通りです。

 今回の雲上ノ層への橋は支え枝を利用して形の大部分を作るため、費用が安く済んでいる。代わりに維持管理に人を雇う必要があるため、継続的な支出となる。

 タコウカ畑の管理費用もあるし、タカクス学校の運営費用もある。割と支出が多いけれど、規模を拡大したランム鳥事業やイチコウカの販売、その他品種改良作物の輸出などで大幅な黒字を出している。

 災害に備えて資金をある程度蓄えておくのは悪い話でもないけど。


「アクアスから手紙は来てないかな?」

「気になるのは分かるけれど、まだ橋を架け始めてないと思うわよ。難民に仮設住宅を割り振らなかったものだから、財政的にそこまで余裕がないもの」


 定期的に開いているらしいボードゲーム、ヘキサの大会などで人を集めているらしいアクアスでも、数百軒の民家を建てるのは財政的に苦しかったのだろう。当然ではある。

 いくら、主要な建築資材である木材がほぼ輸送費用だけで取引されるこの世界でも、積み重ねればバカにはならない。難民への貸付扱いだからいつかは返ってくるとしても、負担額は凄まじい。

 リシェイがほっと息を吐く。


「アマネが仮設住宅の利用を渋らなくて助かったわ」

「難民の家も一軒一軒、設計したいとは思ったよ。でも、もっと優先すべきものがあると思ってさ」


 この辺りはケインズとの違いだろう。

 ケインズはどうしても景観を整えたかったようだし。


「二人していちゃいちゃしちゃって。メルミーさんも混ぜておくれよー」

「ほら、飛び込んでおいで」

「やっほー」


 ノリノリで腕を広げて迎え入れると、メルミーも調子よく飛び込んでくる。

 俺の胸にぐりぐりと頭を押し付けながら、メルミーが報告する。


「親柱と欄干の彫刻、合格貰ったよー。メルミーさんはご褒美を所望する!」

「どんな?」

「今夜、発表するよ」


 あ、はい、分かりました。

 楽しみにしてるとか言っちゃっていいんですかね?

 ちらりと隣のリシェイさんのご機嫌を窺うと、きょとんとした顔で首を傾げられた。


「喜ばないのかしら?」


 それって純粋な疑問? それとも誘導尋問?

 もちろん、面と向かって聞くような愚は犯さない。


「メルミーに喜んでもらえるよう、頑張るよ」


 言葉を返すと、メルミーが俺から離れてお腹を押さえた。


「そろそろお昼の時間だね」

「正確な腹時計だな」


 タカクス学校でもそろそろ食堂が開かれる頃だろう。

 リシェイが雲下ノ層の第三の枝に続く大文字橋へ歩き出した。


「第三の枝の料理屋で食べましょう。テテンも誘った方がいいかしら?」

「そうだな。ついでに燻製所に寄っていこうか」


 俺もリシェイの後から歩き出し、少し方向を転換してテテンの燻製所に向かう。

 煙の上がる燻製所を遠くに目視しつつ進んでいくと、まるで俺たちの気配に気づいたように燻製所の扉が開いた。


「……三人、おそろい?」


 燻製にしたマトラやシンクが詰められているらしい木箱を抱えたテテンが俺たちを見て首を傾げた。

 俺は駆け寄ってテテンから木箱を受け取る。


「四人でお昼でも食べに行こうって話しててな。行くだろ?」

「当然……アマネは、いらない」

「俺が払うんだけど」

「……財布、ざまぁ。ごちになる」

「もう一周回って清々しいな」


 俺の存在にメリットを見出すと同時に手のひらを返したテテンに苦笑しつつ、俺は木箱を隣の倉庫に運び込もうと持ち直す。


「……なにか、きこえた」


 テテンが不意につぶやき、首をかしげる。


「テテンちゃんって耳いいよね。メルミーさんには何も聞こえなかったけど」

「――アマネ、どうしたの?」


 メルミーの言葉に食い気味にリシェイが俺に不審そうな目を向ける。

 だが、それどころじゃなかった。


「静かにしろ」


 あまり使わない命令口調で指示を出すと、三人娘が一斉に口を閉ざした。

 俺は瞼を下ろし、聴覚に全神経を注ぎ込み――その音を拾った。


「きやがった!」


 俺は木箱を足元に置いてリシェイ達を見る。


「キリルギリの鳴き声だ。厳戒態勢に移行する。テテンは燻製所の火を落とせ。メルミーは木籠の工務店に連絡して避難誘導。リシェイは俺と一緒に来てくれ」


 俺の指示を聞いた三人は疑問も挟まずに動き出す。

 行動の早さにこの三人でよかったと思いつつ、リシェイと一緒に魔虫狩人ギルドへ駆け出す。


「――ねぇ、アマネ」


 魔虫狩人ギルドへ走り出しながら、リシェイが俺に声をかけてくる。


「何でキリルギリの鳴き声だって気付いたの?」

「今まで聞いた事のない鳴き声だったからな」


 ついでに言えば、前世で聞いたキリギリスの鳴き声そっくりだった。違うのは音量くらいだ。

 魔虫狩人ギルドが見えてくる。

 俺たちのように鳴き声を聞きつけた者はいないらしく、出入りする魔虫狩人たちに焦りの色は見えない。

 しかし、俺とリシェイが走ってくるのが見えたからだろう、ギルド会館から元ギリカ村長が顔を出した。


「市長、何事で?」

「キリルギリらしき鳴き声が聞こえた。厳戒態勢を取れ。リシェイ、ここでギルド長と一緒に指揮連絡を頼む」


 何度か訓練は行っているけれど、タカクス都市全体を把握するのはギルド長一人だと荷が重い事は分かっている。

 リシェイはタカクスの立ち上げ時から見届けているため、タカクス都市全域の地形を把握しているから、ギルド長の補佐を行える。


「分かったわ。ギルド長室に行ってくる」


 リシェイが中へと駆けだすのを見届けて、俺は会館の中にいる魔虫狩人たちに他の狩人を呼ぶよう指示を出す。

 都市全域に響く鐘楼は存在せず、各枝に一つ緊急時に鳴らすための鐘がある。それを鳴らしに行ってもらうのだ。


「鳴らし終わったらそのまま持ち場へついてほしい。武器庫から装備を持って行け」

「わ、わかりました!」


 何度訓練していようと、悪魔とも呼ばれた魔虫が近くに迫っていると聞かされては緊張するらしく、魔虫狩人は慌てた様子で武器庫へ向かう。

 あまり良くない傾向だ。

 俺は隣の元ギリカ村長を見る。顔が強張っていた。


「緊張してるのか?」

「一戦交えたことがある分、落ち着いていられると思ってたんだが、やっぱり震えがきちまう」

「……他のメンツは大丈夫だと思うか?」

「わからん。参加は出来ると思うが……」


 委縮して使い物にならない可能性は残ってるって事か。

 追い返したとはいえ、住んでいた村が破壊しつくされたのだ。災害に真っ向から立ち向かうようなものだから、怯えてしまうのも無理はない。

 俺は武器庫から出てきた魔虫狩人を見送って、会館に背を向ける。


「俺は得物を取ってくる。しばらくここでキリルギリの出現に備えてくれ」

「任せろ、と大見得切れないのが悔しいな」


 頭を掻く元ギリカ村長を置いて、俺は愛用の弓を置いている第一の枝の事務所へ走る。

 すでに避難を開始したらしく無人となった大文字橋を駆け抜け、第三の枝へ。

 観光客の避難誘導をしている高級宿屋の仲居さんや料亭の給仕を横目に坂道を駆け下り、第一の枝との間に架かる二重奏橋を渡る。

 避難訓練の成果か、すでに第一の枝でも非戦闘員が公民館などへ避難しているのが見えた。

 俺は無人となりかけている第一の枝の上を走る。

 村時代からある燻製施設の横を通り抜けると、付近には火災が広がらないように設けられた空間がちょっとした広場のようになっている。

 進行方向にはぽつんと建つ事務所があり、少しばかり住宅区の方を振り返れば公民館から避難民収容完了を示す旗が揚がったのが見えた。

 同時に、公民館の玄関からビロースが愛用の弓を片手に出てくる。隣には朱塗りの短弓を携えた魔虫狩人の姿もあった。

 俺は配置場所へ走っていくビロース達と視線を交わして頷き、まっすぐに事務所へと駆けこむ。


「お飾りじゃないところを見せる時が来たな」


 玄関前に掲げてある俺の愛用の弓を手に取る。

 故郷のレムック村を出た時から使い続けている愛用品だ。しっかりと手に馴染む感触に勇気づけられながら、矢筒を背負う。

 準備を整えた俺は、キリルギリの襲来に備えて魔虫狩人ギルドの会館で待機するべく、事務所を出た。

 刹那――


「ッ!」


 ヒュンと風を割く音がした直後、右脇腹から衝撃が走り抜け、左へ思い切り吹き飛ばされる。

 砕き飛ばされた玄関扉の木の破片に体を叩かれながら、俺は樹皮の上で受け身を取る。


「なんだよ、ったく」


 右脇腹を押さえながら、俺は何がぶつかってきたのかを確認する。

 事務所から出る俺を待ち受けていたように、巨大な魔虫が立っていた。

 深い緑色の甲殻に覆われ、巨大な複眼をもつ、体長七メートルほどの魔虫。その体長よりも長い触角をひゅんひゅんと振り回しながら、ただそこに立っている。

 どうやら、あの触角に玄関扉ごと吹っ飛ばされたらしい。

 まともに受ければ肋骨を粉砕され、内臓が破裂していたかもしれないけれど、俺が開いた玄関扉が身を挺して威力を殺してくれたらしい。少し体は傷むけれど、致命的な傷は負わないで済んだ。


「何でもう、市内にいらっしゃるんですかね、キリルギリさん?」


 別に答えを期待していたわけでもないけれど、皮肉を込めて丁寧に疑義を呈してみる。

 どう見ても巨大なキリギリスにしか見えないその魔虫は、まず間違いなくキリルギリだろう。

 抜け殻とも特徴がおおよそ一致する。

 俺の声に反応したのか、キリルギリが前足を動かして体の向きを変え、俺に真正面から対峙した――次の瞬間、キリルギリが前羽を動かした。


「――ッ!」


 巨大な音の奔流が大気を震わせる。足元がびりびりと揺れ、事務所が窓も壁も大きく振動する。

 それが、戦闘開始の合図であるかの如く、キリルギリが高く跳躍した。



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