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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第二十三話 置き土産

 魔虫狩人ギルドに到着した俺はまっすぐにギルド長の部屋に向かう。


「状況は?」


 応接室でキリルギリの抜け殻の発見者らしき魔虫狩人と話していたギルド長、旧キダト村地区の老魔虫狩人に問いかける。

 ギルド長は緊張の面持ちで俺に答えた。


「件の抜け殻は現在、タカクス都市へ運び込んどる最中だ」

「そうですか」


 なら、抜け殻の検分はタカクスで行える。キリルギリの体長も見当が付けられるだろう。

 俺は発見者に視線を向ける。


「矢傷の有無、発見場所、周辺に他の魔虫の死骸はあったか、報告を頼む」

「矢傷はありました。おそらく、ギリカ村で付けられた矢傷と思われますので、タカクス都市のギリカ村出身者に検分をお願いするため、輸送中です。発見場所は世界樹北側雲上ノ層――タカクス都市から見ると西です。周辺にはキリルギリに喰われたらしきレインボウインセクトの死骸がありました」


 魔虫狩人が報告している間に、ギルド長の補佐をしている元ギリカ村長が地図を出し、発見場所を指差す。

 ギリカ村があった位置からやや西に寄った地点だ。

 報告にあったレインボウインセクトは雲上ノ層にのみ生息する玉虫に似た魔虫であり、世界樹の実に卵を植え付ける。その甲殻はこの世界で貨幣として流通する玉貨の原料だ。

 当然、数は少ないし、甲殻はかなりの強度を誇るため他の魔虫に殺される事などまずない。


「主要自治体へこの事を連絡しよう」


 俺の署名入りでないと創始者一族まで直接届かないし、この場で聞き取りしながら書いた方がいいな。

 俺はギルド長室から手紙一式を持ってきてもらい、カッテラ都市やケーテオ町などへ手紙を書く。

 ペンを走らせながら、俺は魔虫狩人を集めるように元ギリカ村長に指示を出した。

 ギルド長に声を掛ける。


「対策部隊の編成は取り決め通りにするとして、対策装備は準備できてますか?」

「出来とるが、役に立つかは分からん。子供連中の遊び道具には使えるがな」

「無いよりはましでしょう。無策で迎え撃つなんて、それこそ無謀だ」

「まぁ、ぞっとしない話ではある」


 上手く決まれば機動力を奪える可能性がある道具だ。使用条件もあるし、効果のほども定かではないけど、試してみる価値はあるだろう。


「俺は手紙を出してきます。集まった魔虫狩人にはキリルギリへの注意喚起をお願いします。それから、タカクス都市の防衛を最優先するので、これからしばらくは遠征に際して届け出を出してもらってください」

「あぁ、分かった」


 俺はギルド長に後を任せて、事務所へと戻った。




 抜け殻発見の報から五日後、件のキリルギリの抜け殻が到着した。

 噂のキリルギリの姿を見ようと魔虫狩人が何人か遠方より訪れている。中には絵に描き残そうとしている者もいた。

 各自治体へキリルギリの姿を伝えておくべきという判断で、俺も人を雇って絵を描いてもらっている。


「――で、これがお騒がせのキリルギリの置き土産か。でけぇなぁ」


 ビロースが抜け殻を見て頭を掻く。

 体長は六メートルほど。色は黄緑色だったのだろうけど、抜け殻になっているため半透明の緑色になっている。

 胴部と尾部にギリカ村で付けられたと思しき矢傷もあり、元ギリカ村長に確認してもらったところ、ギリカ村を襲撃した個体と同一であることが判明した。

 聞いていた話の通り、姿はキリギリスに近いようだ。後ろ脚が太く強靭に発達しており、見るからに跳躍力に優れる形状をしている。

 前脚と中脚には無数の棘が付いていた。刺さりそうなほど鋭いその棘は二十センチほどの長さで、簡単には折れそうもない。関節部分は棘に埋もれてよく分からないため、矢で狙い撃ちにして足を破壊するのも難しそうだ。


「甲殻の硬さは?」


 甲殻の硬度を計っていた元ギリカ村長に問いかける。


「鉄の矢が必須だ。ギリカ村での戦闘でも木の矢は歯が立たなかったが、これで証明されたな」


 ビロースが計測結果を記した紙を覗き込んで顎をさする。


「ブルービートルには及ばないが、結構な硬さだ。積極的に関節を狙うしかねぇな。尾部が少し脆い傾向みたいだが」


 俺も記録を覗き込んでみる。

 数値からするに、ビロースの言う通り尾部がやや弱いようだ。この程度ならば中身が詰まっていても俺の力で射貫けるだろう。

 問題は、尾部以外の部位の硬さだ。強弓を誇るビロース並みの威力でなければ通らないだろう。


「後ろ脚は?」

「これから調べんだよ」


 元ギリカ村長が後ろ脚の硬度を計る。

 生きている個体は抜け殻を形作っている外骨格だけではなく強靭な筋肉を内部に蓄えているから、はるかに硬いだろうけど一つの参考値にはなるだろう。

 こういう時に算出するための定数とかもあるため、硬度を計った後で計算してみる。


「関節を狙えば俺でもいけるかな」

「いや、アマネくらいのもんだろ」


 ビロースが推測値を聞いて肩をすくめる。


「尖り矢の中でも貫通力の高い矢じりを使えば誰が射ても刺さるだろうが、それは当たればの話だ。この硬度を射抜く矢を高速で動く魔虫に当てられるのはアマネ含めて数人だろうな」


 一口に矢じりと言っても形状によっていくつかの種類がある。

 特に、この世界では主兵装が弓矢であるため高度に発展しており、射抜く、射切るといった用途で大別され、中にはビーアント用の鏑矢など特定の対魔虫専用の矢さえ存在する。

 そんな中で高硬度を誇る魔虫に対して使用されるのは錐のような矢じりだ。垂直に対象へ突き立たない限り効果がないそれはあまり使用されず、魔虫狩人たちも遠征時に持って行くことが少ない。

 大概は射切るための剣矢などを使用する。こちらは獲物への入射角が多少ずれても刃が曲がりにくいし、強弓であれば貫通力のなさを破壊力で補う事もできる。

 巨大な魔虫を相手にしてダメージが通るような錐状の矢じりは十センチ以上の刃部分があるため、正確に当てないと途中で折れ曲がってしまい効果が出ない。その代わり、正確に射る事さえ出来るならばわずかな隙間を狙い撃ちする事ができる。

 俺は近くにいた魔虫狩人に声をかけて、この世界では錐通しと呼ばれているその矢をギルドの備蓄倉庫から持ってきてもらう。ついでに一般的に使用される剣矢も。


「後ろ脚なら剣矢でも刃が通るけど、前脚と中脚は棘が邪魔か。錐通しならどちらも通せるけど」


 俺はギルド長を見る。タカクス都市で最も経験豊富な老魔虫狩人は、俺と同じく錐通しで高機動魔虫を射抜ける腕を持つ。


「実際に見てみんと分からないが、儂とアマネ以外は剣矢で触角を斬り落としにかかるべきだ」

「ビロース、やれるか?」

「付け根は厳しいだろうが、半ばからなら落とせる」


 頼もしい台詞を吐くビロースに頷き返して、俺は最後の懸念材料である抜け殻の首部分を見る。

 魔虫を殺すなら頭部を射抜くか斬り落とすのが近道だ。

 だが、キリルギリの頭部はかなりの頑丈さで、射抜くのは少々難しい。

 頭部と胴部を繋ぐ関節は俺の様な速射を得意とする魔虫狩人が積極的に狙う部位だが、稼働領域が狭い代わりに露出面積も小さい。

 冬季の王の二つ名にふさわしい頑丈さだ。こいつを即死させるのはかなり難しいだろう。


「参ったね、どうも」

「いよいよ、あの玩具の出番ってわけだな」


 苦笑しながら、ビロースがギルドの武器庫を指差す。

 俺が提案した秘密兵器が置いてある場所だ。


「出番がないに越したことはないんだけどな」


 俺はため息をついて、魔虫狩人たちを見回す。


「キリルギリとの戦闘が起きた場合、まずは触角を射切る。次に、後ろ脚関節部を俺が射抜いて跳躍力を奪うのと並行して、皆には作戦を実行してもらう。動きを封じることに成功したら、近付いて頭部に集中攻撃だ。分かったら、持ち場に戻って警戒を頼む」

「了解!」


 魔虫狩人たちが大きな声で返事をして、持ち場に戻っていく。


「――あれ?」


 魔虫狩人たちとは逆に、俺のところへ向かってくる人影を見つけて俺は手を振った。


「店長さん、こっちです」

「おう、アマネ、いま到着したところなんだが、これは何の騒ぎだ?」


 魔虫狩人たちを見送ってただならぬ気配を察したらしく、木籠の工務店の店長さんは眉を顰める。

 しかし、すぐに俺の後ろに鎮座しているキリルギリの抜け殻に気付いて目を見開いた。


「まさかと思うが、その後ろにあるのは……」

「お察しの通り、キリルギリの抜け殻です」

「時期が悪いな」


 店長さんがため息を吐き出す。

 俺も同じ気分だ。


「俺もまさか、雲上ノ層への橋架け工事を始めるこの時期に発見する事になるとは思いませんでしたよ。まぁ、予兆もなく襲われるよりはマシだと思って腹をくくりましょう」

「肝が据わってんだか、投げやりなんだか。だが、同感だ。どちらにせよ、工事は始めるんだろう?」

「そのつもりです。冬までにある程度は進めておきたいですね」


 言葉を交わしながら、俺は雲下ノ層へ降りるため店長さんと並んで歩きだす。


「メルミー達と一緒に、現場に木籠の設置や転落防止ネットの展開は済ませました。親柱や欄干もすでに細工を済ませて倉庫に入れてあります」

「そこまで進んでるのか。それとも、そこまで進めておかないと時間がかかりすぎると踏んだか?」

「後者が正解ですね」

「アマネがタカクスを念願の摩天楼にするための橋だ。相当に凝った物だと思ってたが」

「凝っているのは間違いないですよ」


 分類上、橋といっていいのかすら定かでないくらい、凝っている。

 むしろ、ケンカ売ってる。

 あぁ、天に登る橋をたてようと思うと、真っ先に浮かんでしまう日本人の性よ。

 事務所に到着し、俺は作業部屋から設計図を持ち出し、応接間でメルミーとお茶を飲んでいる店長さんに見せる。

 店長さんは眉を寄せて設計図を見てから、はっと鼻で笑った。


「雲上ノ層へ渡る橋に必要な最低条件、知ってるか?」

「日光対策ですね。雲で遮られることもない直射日光に絶えずさらされる橋そのものはもちろん、その上を通行する人が日射病にならないように対策を取る事」


 この最低条件をクリアするため、雲上ノ層に渡る橋は屋根付き橋が採択される。ヨーインズリーにしろ、ビューテラームにしろ、雲上ノ層の橋は屋根付き橋だ。

 店長さんが笑みを浮かべる。挑戦的で、どこか悪戯小僧のような楽しげな笑みだ。


「いいじゃねぇか。こんな形で常識にケンカ売るのも面白い。乗ったぜ」

「それじゃあ、具体的な工事手順の説明を始めましょうか」


 俺は店長さんの浮かべているのと同じ種類の笑みを返して、説明に移った。



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