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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第二十一話 特産品貿易

 世界樹東に存在する摩天楼、ヨーインズリー。

 虚の図書館が名所の一つとして数えられ、住人もヨーインズリーがヨーインズリーたる所以として虚の図書館を挙げる。

 俺自身、ここに長く事務所を構えて建築家や建橋家として活動してきたから、愛着もある。虚の図書館なんてリシェイとの出会いの場所だ。

 とはいえ、今日ヨーインズリーに足を運んだのは虚の図書館が目的ではない。


「よう、元気してたか?」


 待ち合わせ場所である屋台の前に目当ての人物を見つけて声を掛ける。

 俺の声に気付いた待ち合わせの相手、ケインズとカラリアさんがこちらを見た。


「僕は元気だよ。リシェイさんは久しぶり」


 ケインズが俺の隣を歩くリシェイに軽い挨拶をする。

 ケインズの隣で、カラリアさんが軽く頭を下げた。


「ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます。そちらも、ご結婚おめでとうございます」


 カラリアさんに対してリシェイが軽く頭を下げて返礼する。

 俺はケインズと顔を見合わせ、ハイタッチを交わした。


「上手くやりやがってこのヘタレ野郎」

「お互い様だってんだよ、このヘタレ野郎」


 上品な奥さん二人の横で軽口を叩きあうと、互いの上品な奥さんから非難の篭った視線を向けられた。


「もう子供じゃないのだから、礼儀をわきまえて挨拶を交わしなさい、ケインズ」

「もう市長になったのよ? こんな時くらい落ち着いて身分相応の振る舞いをしなさい、アマネ」

「はーい」


 反省の欠片もない調子でケインズと二人で返事をすると、奥さん二人はため息をついて見つめ合う。


「まぁ、アマネ達が揃ったらこうなるわよね」

「予想はついていた事だけれど、いつまで経っても変わらないのだから」

「もちろんさ。僕は何時までもカラリアが愛した僕のままだよ」


 歯の浮くようなセリフを臆面もなく吐き出して、紳士的な礼をするケインズの横で、俺は喝采を浴びせる。


「素晴らしいな、ケインズ。俺じゃあそんなセリフ言えない」


 余りにキザったらしくって無理だ。


「へぇ、じゃあアマネならなんて言うんだい?」

「え? 何も言わないよ。商談が終わったらヨーインズリーをぶらつくだけ」


 主に思い出の場所巡りだ。地の利は我にありってね。


「ずるいなぁ。でも、アマネ達のデートの時間を浪費するのも忍びない。早速、予約している料理屋に連れて行ってくれよ、商談は食べながらで良いんだろ?」

「もちろん。こっちだ、ついてきてくれ」


 俺はケインズとカラリアさんを連れて、ヨーインズリーの雲上ノ層に店を構える高級料亭へ足を向けた。




 到着した料亭の個室へ案内された俺たちはテーブルを囲んで飲み物が運ばれてくるまで待ってから、商談を始めた。

 口火を切ったのはリシェイだ。


「それにしても、突然の話で驚いたわ。特産品の貿易を行いたいだなんて」


 そう、今日ヨーインズリーでケインズ達と待ち合わせたのはひとえに、この貿易取引の話し合いのためだった。

 ケインズの手紙で持ちかけられたこの貿易の話は、今まで創始者である俺たちを通じた付き合いでしかなかったタカクスとアクアスに直接的な関係が生じることにもつながる。

 創始者同士が知り合いで気心もある程度知れているからといっても、手紙のやり取りだけで話を進めるには大きすぎる話だ。

 そんなわけで、夏も半ばを過ぎたこの時期までぎっしり詰まったスケジュールを消化してやりくりして、ようやく会談の場を設けるに至った。

 リシェイの言葉にカラリアさんが頷く。


「お互いかなり無理をして時間を作ったのだし、今日の話し合いで大筋の合意に至りたいところね」

「では、貿易品目について」


 リシェイが本題に踏み込むと、カラリアさんがケインズを横目に見た。

 視線を受けたケインズが後を引き取る。


「まず、アクアスからはアユカだ。これは燻製品だけでなく、生きたままの物も含む」

「そこがちょっと分からない」


 事前にやり取りしていた手紙でも触れられていたが、アユカを世界樹の南にあるアクアスから反対側である北のタカクスまで生きたまま運べるものなのか。

 カラリアさんが一枚の紙を出してくる。


「運搬方法と輸送経路、必要な日数を記載しておきました。ご質問があれば承ります」


 リシェイと一緒に差し出された紙を覗き込む。

 コヨウ車の荷台に水を積み、淡水魚であるアユカを水の入った荷台で泳がせながら運搬するという単純な方法だ。

 単純なだけに、今まで色んな商人が考えたであろう計画といえる。けれど、実現していないのはアクアスがトラの子であるアユカに持ち出し制限を掛け、生体を外に出さないように徹底した監視を行っていたからだと聞く。


「何故、今になって持ち出しを解禁したのか、聞いてもいいかしら?」


 リシェイに問われて、カラリアさんは顎を引いた。


「誤解しないでほしいですね。持ち出しの解禁ではなく、タカクスへの輸出解禁です」

「……タカクスへの輸出でない限り持ち出しには制限を掛けたまま、という事かしら?」


 リシェイの問いに頷いたカラリアさんは右手の人差し指を立てる。白くて細いその指はもう一つの条件があると示唆している。


「タカクス都市からのアユカの生体の輸出も禁止です。こちらは合意書にも記載しておくつもりです」


 タカクス都市で勝手に養殖したりもしちゃダメですよって事ね。最初からやるつもりはないけれど、こういった細かい事にも共通認識を作っていくのがこの会談の目的だ。

 アユカについての話は終わりとばかりに、ケインズが貿易品目の話を続ける。


「もう一つの商品について話をする前に、実物を見てもらうよ」


 ケインズが視線を送ると、カラリアさんが鞄から木箱を取り出した。二十センチ四方の小箱の蓋が開かれると、中にはぎっしりとランム鳥の羽根が詰まっている。

 カラリアさんが上の方にあるランム鳥の羽根を取り除くと、中から黄色いプチトマトのようなものが出てきた。


「クースアの実です」

「これが」


 リシェイと一緒に小箱の中身を覗き込んで、観察する。

 クースアとは、雲中ノ層で存在が確認されたばかりの新種の植物だ。

 雲中ノ層とは言っても、発見されたのはアクアス都市の所有する枝の上、しかも天然の湖と化している場所である。

 おそらくは野鳥の類が運んできたと思しきその新種の植物の実は非常に甘く若干の穏やかな酸味があり、美味だという。

 水中で発芽し、菱形の葉を水面に浮かべて水中に根を漂わせて養分を吸収、やがて花を咲かせて黄色い実を二つから四つ付ける。実はとても柔らかく水分を多分に含み、腐りやすい。

 その性質上、燻製にすることもできず、干すことも難しい。かといって、輸出しようにも柔らかすぎてコヨウ車での運搬中に潰れてしまう。

 だから、アクアス内でしか消費されず、俺も初めて見た。

 笑顔を浮かべたカラリアさんが小箱をリシェイに渡す。


「差し上げます。そのために持ってきたのですから」

「ありがとうございます」


 リシェイが小箱を慎重に受け取り、クースアの実をしげしげと眺める。


「ランム鳥の羽根はクッションですよね?」

「はい。一つ二つを手で運ぶ程度であればこの程度の対策でも問題はありません。けれど、まとまった数を輸送しようとなれば……」

「専用のコヨウ車がいるってわけだよ。はい、これが設計図」


 カラリアさんの後を引き継いだケインズが設計図を広げてくる。コヨウ車の荷台を丸々改造した代物で、衝撃を可能な限り吸収し、積荷を保護するように考え抜かれたもののようだ。

 ケインズが肩をすくめる。


「いや、本当に苦労したんだよ。職人連中と三年悩み抜いて、何台も試作車を作っては効果も出せずにさ。玉貨四枚、このコヨウ車の開発費用に使っちゃった」


 ケインズが語ったコヨウ車の設計図には、部品一つ一つまで素材を選び抜き、大部分が熟練の木工職人と魔虫素材職人の合作と思われる部品で占められていた。


「ちなみに、これを乗合コヨウ車に導入しようかって話もある。観光地のタカクス都市なら欲しがるかもと思って設計図を持ってきたけど、こっちの商談は後でな」

「ずいぶん美味しそうな設計図ぶら下げるなぁ」


 めちゃくちゃ欲しいです、はい。

 試しに、とクースアの実を一つ摘まんでみると、その柔らかさに驚いた。机の上に置くと自重で変形しかねない柔らかさだ。

 これを潰さないように運搬できるほど、荷台に衝撃を伝えないコヨウ車。その乗り心地は推して知るべしだ。

 ちなみに、実際にクースアの実を食べてみるとプチトマトというよりイチゴに近い甘味と酸味のバランスだった。けれど、食感は皮が薄く噛んだ瞬間にぷちっと弾けるようで、皮の中に閉じ込められていた大量の水分が一斉に流れ出してくる。さらりとした果汁は舌の上を抵抗なく広がっていくけれど、甘味は柔らかなもので、穏やかな酸味が後から追いかけてくるためクドくない。


「あぁ、これは美味しい」


 メレンゲに混ぜるだけでもちょっとしたお菓子に出来るし、肉汁と少量の酒を加えれば上品なソースに早変わりする。そんな果汁だ。

 我が意を得たり、とばかりにケインズがにやりと笑う。


「商品価値は理解してもらえたかな?」

「あぁ、理解した。輸出するために方法を模索した努力に敬意と感謝を捧げたくなるくらいだ。滅茶苦茶うまいな、これ」


 俺がべた褒めしたため興味を引かれたらしく、リシェイも一つクースアの実を口にし、目を丸くする。


「なるほど、分かりました」


 リシェイは納得の表情で努めて冷静に言葉を操り、続ける。


「では、タカクスが提示する貿易商品について説明しないといけませんね」


 リシェイが紙を取り出し、カラリアさんに差し出した。

 カラリアさんが紙を受け取り、ケインズと一緒に覗き込む。


「こちらが出すのはシンク、そしてイチコウカ」


 もはやブランド化しているシンクは未だに外部への輸出量が少なく生肉はタカクス都市内でしか食べることができない。

 イチコウカは種子の販売こそ行っているが、どこも専用設備を作っての大規模栽培へ切り替えができていない。その間隙をぬって、タカクスのイチコウカとして各地で名前が売れており、独占的な取引も行っている。

 俺はケインズに視線を向けた。


「シンクを生きたままアクアスへ輸出する。むろん、繁殖は厳禁だ。この辺り、アユカと同じだな」

「分かってるって。それで、イチコウカは安定して供給してくれるのか?」

「お望みの色をお望み数で、が売り文句だからな。いくつかの町と提携して、変色病の対策もできている。安定供給については安心していい」

「わかった」


 ケインズが右手を差し出してくる。


「それじゃあ、互いの成果を持ち寄って――」

「東西の摩天楼に追いつこうか」


 俺も右手を差し出し、ケインズと握手を交わす。

 ライバル関係にありながら協力し合う東のヨーインズリーと西のビューテラームが長い付き合いの中で構築した様々な分野での協力体制。

 それと同じものがいま、北のタカクスの代表である俺と南のアクアスの代表であるケインズの間で正式に結ばれた。


「それじゃあ、最後の勝負だ」


 俺が笑うと、ケインズも不敵な笑みを浮かべる。


「僕が先に摩天楼を作るよ」

「いや、俺が先だから」


 握手に力が入る。


「いやいや、僕が先だよ」

「いやいや、俺が先だね」


 ギリギリと、握手に力が入る。


「アマネは負けず嫌いだなぁ」

「ケインズは諦めが悪いなぁ」


 痛いくらいに、握手は固く結ばれている。


「ところで、もういい加減離したらどうだい?」

「そっちこそ、離れがたくて仕方がないのか?」

「――いい加減にしなさい」


 リシェイとカラリアさんに同時に頭を叩かれた衝撃で、握手は終わった。



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