第二十話 アクアスからのお手紙
この世界でも入学式ってあるんだな。
春がやってきて、タカクス学校の入学式が校内の簡易劇場にて執り行われていた。
タカクス都市の代表者として貴賓席に座っている俺は、入学してきた子供たちを眺める。
生徒数は三百人ほどだ。うち、他所の町や村から来た子が二百人である。
タカクス都市は人口が少ないため、子供たちは遊び相手もかなり限られていた。そこに二百人も新顔が入ってきたものだから、戸惑いが見える。
けれど、元々観光地であるタカクス都市に住んでいるだけあって他所の人間に対しての距離感をつかむのには慣れているだろうから、あまり心配はいらないだろう。
問題があるとすれば、二百人の留学生の方だ。
出身が同じ子供たち同士で集まったりしそうだけど、上手く馴染めるだろうか。
「校長先生からのお言葉です」
司会役が告げると、校長先生である元キダト村長が舞台の上に出てきた。
「入学おめでとう」
元キダト村長はにっこり笑ってそう言って、話を続ける。
短すぎず長すぎず、無難な内容の挨拶を終えて、元キダト村長は舞台を降りた。
式が進む中、元キダト村長が貴賓席にいる俺のところまで歩いてきた。
「アマネさん、忙しい中、足を運んでくださってありがとうございます」
「いえ、俺も子供たちの様子を見ておきたかったですから」
俺の隣に座った元キダト村長はうっすらと笑う。
「私の祝辞は意外でしたか?」
そう聞いてくるからには、舞台上から俺の反応も見ていたのか。
元キダト村長の事だから、子供たちの様子も見た上で、さっきの無難な祝辞を選択したのだろう。
俺は見透かされた事にばつの悪さを感じつつ、口を開く。
「まぁ、そうですね。もっと、互いに距離を測りかねている子供たちに助言みたいなものをするのかと思ってましたよ」
「どうしようかとは思ったのですがね」
俺の言葉を否定せず、元キダト村長は子供たちに視線を向ける。
「あの子たちならば、言われずとも距離を縮めていくだろうと思うのですよ。入学式の進行表を配布した時の様子を見て、ね」
そういえば、子供たちが座席に座ってから、マルクトの奥さんを含む教師たちが座席の端に立って進行表を纏めて渡していた。
子供たちは纏めて渡された進行表から一枚取って、隣に座る子へ回していた。
「あの時の様子で?」
「社交的な子も多いようで、進行表を渡す際に言葉を交わしている姿がちらほら見えたでしょう?」
「あぁ、何人かいましたね。てっきり、同じ村や町出身の子と話をしているのかと思いましたけど」
「ほとんどの子はあえて座席を離してあります。今日まで顔も合わせたことのない子たちですよ」
「そうだったんですか。それなら、子供たちが自分で解決しそうですね」
教師役たちにはいじめに注意するように指導しているし、しばらくは様子見かな。
入学式を終わりまで見届けて、俺は子供たちが出ていった後に簡易劇場を後にした。
さっそく時間割の説明などを受けているのか、基礎教育の校舎からは賑やかな声が聞こえてくる。
まだ入学試験が始まってもいない養成校側は静か。
俺はタカクス学校の校舎を抜けて、第二の枝と第一の枝の間にかかっている矢羽橋に向かう。
子供たちが突然二百人も増えたものだから、少しは混乱があるかと思ったのだけど、第二の枝の様子はいつも通りのようだ。
まだ留学してきたばかりでタカクスでの生活にも慣れていない子供たちは、外出をほどほどにして寮内での交流を深めているらしい。
途中で立ち寄った商店通りでは子供が来なくて逆に寂しいくらいだと苦笑交じりに話しているのが聞こえてきた。
学校生活に慣れてきたら、商店通りで買い食いしたりもすると思う。何と言っても、基礎教育課程の子供達は育ち盛りだ。
養成校にも生徒が入ったら、第三の枝のデートスポットも賑やかになるかもしれない。
矢羽橋を渡り切って少し歩くと、公民館の方へ向かうコヨウ車とリシェイを見つけた。
向こうも俺に気が付き、手を振ってくる。
「入学式は終わったの?」
「さっき、無事に終わったところ」
リシェイに軽く報告しつつ、俺はコヨウ車の荷台を見る。
いくつかの薬壺や乾燥させた草、中には大きめの鉢植えに植えられたままの花もある。
「ケーテオ町の薬草?」
コヨウ車の荷台を指差して訊ねると、リシェイが頷く。
「そうよ。ついさっき届いたの。ケーテオ町長から今後もよろしく、と手紙も来てるわ」
「事務所の方だよね? なら読んでおくよ」
商品の受け取りをリシェイに任せて事務所に足を向けようとすると、他ならぬリシェイに呼び止められた。
「ちょっと待って。診療所に行って、カルクさんに薬草が届いた事を教えてきてほしいの」
「連絡がまだなのか。分かった、行ってくる」
薬品を一番消費するのはカルクさんの診療所だ。
旧キダト村地区にも診療所があるけれど、キダト村時代に建てられたものだから規模も少し小さい。対して、第一の枝にあるカルクさんの診療所は設備が新しく、摩天楼を見据えて作っているため規模も大きい。
共用倉庫にケーテオ町から届いた商品を運ぶというリシェイと別れて、俺はカルクさんの診療所に向かう。
春先のうららかな気温の中を歩いてカルクさんの診療所に到着し、俺は裏口に回って扉を叩く。
わずかの間を挟んで扉の向こうから足音が聞こえてきた。
「いま開けまーす」
少し間延びした少女の声が聞こえた直後、扉が開かれた。
扉を開けたのはカルクさんの診療所で看護師をしているケキィだ。
「アマ兄、ハロロース」
「おう、ハロロース。カルクさんは?」
「いま診療中。中で待っててもいいよ」
戸口から体をずらして道を開けてくれるケキィには悪いけど、そんなに込み入った話をするわけでもない。
「いいよ。ちょっと伝言を頼むだけだからさ」
「伝言?」
「そう。ケーテオ町から薬草が届いたってね」
「もう来たんだ! 混ぜたり計ったりすり潰したり忙しくなるなぁ」
文句を口にしつつも薬を作るのは楽しいらしく、ケキィは笑みを浮かべる。
「教えてくれてありがとう。伝えておくね」
「頼んだ」
ケキィに後を任せて、俺は扉を閉めた。
お使い終了である。
俺は事務所へと歩き出す。
「ようやく貿易開始か」
ケーテオ町からの薬草の輸入、そしてタカクス都市からの食料品の輸出という貿易が開始された。
これでケーテオ町は雪揺れによる被害から真の意味で復興する。
あの冬の清算がひとまず終わったのだと思うと、自然とため息が出た。
「タカクス学校も開校したし、後はあの辺りだけだな」
俺は第一の枝の隅に見えている仮設住宅を横目に見る。
新興の村であるクーベスタ、ギリカ、ヒーコからの移住者が住んでいる仮設住宅だ。
ヘッジウェイ町で開発されたブランチイーターの甲殻製プレハブ小屋はどうしても見た目が安っぽい。
あの仮設住宅の建て直しにはあと十年近くはかかる事だろう。
おそらく、最初はギリカ村の魔虫狩人たちが資金を貯め終えて建て直しの申請に来ると思う。
事務所に到着した俺はまっすぐに事務室を目指す。
リシェイが置いてくれていた手紙を自分の机から取り、椅子に座る。
「あれ? 二通ある」
片方はリシェイの言っていた通りケーテオ町長からの手紙だ。もう一通は――
「ケインズか」
アクアスから届いたらしい。
先にケーテオ町長からの手紙を開ける。
栽培中の薬草の種類などが書かれており、タカクスで必要な物があれば注文も受け付けるとの事だった。
また、今回ケーテオ町との間に架けられた橋の効果により、ケーテオ町に本店を置く薬問屋がタカクス都市に建設を予定していた薬学研究施設は計画ごと凍結する事になったという。
橋が建設されたおかげでケーテオ町とタカクス都市の距離は二時間ほどまで縮まったから、わざわざタカクス都市に薬の製造拠点を置く必要がないという判断だろう。
俺はケーテオ町長への返事を認めて封筒に収め、事務机の横にあるメルミーお手製のちっちゃなポストに入れる。
なお、この世界には郵便屋なんていないし、ポストも存在しない。俺がふと思いついて、メルミーに作ってもらった物だ。
ちっちゃな赤いポストはリシェイ達に不思議がられたけど、こういうささやかな遊び心が仕事場にあるとちょっとだけやる気が出るのだよ。
仕事柄、あちこちから返信必須の手紙が届くので、このちっちゃなポストは見た目のお間抜けさに反してなかなかの活躍ぶりを発揮している。
俺はケーテオ町長からの手紙を書棚のファイルに収めてから、ケインズの手紙を読む。
「難民の住居をヘッジウェイのプレハブ小屋を使わずに造り終えたのか」
文面からケインズのドヤ顔が浮かんでくる。
この手紙に書かれている内容が事実ならば、アクアスはその景観を維持するためにヘッジウェイ町の新素材を用いたプレハブ小屋を利用しなかったことになる。
アクアスは住みたくなる町並みをテーマに家の設計をケインズが一手に引き受けていたはずだ。
だが、新興の村で発生した難民のうち、アクアスが受け入れた人数は優に七百人。いくらキリルギリの襲撃で一気に解散に追い込まれた北側とは違って時間的な余裕がある南側でも、なかなかさばききれない人数なのは間違いない。
ケインズがアクアスに妥協するはずがないとは思っていたけれど、それにしたってすごい事だ。ドヤ顔も許すしかない。
「新興の村の話を聞いてから空いた時間で設計してきた家のデッサンを難民に選ばせたのか」
既存のデザインの選択制にしてしまえば、設計する手間を前倒しに出来る。
けれど、建設の手間は別だ。
ケインズは伝手を使って職人を集めて建てていたようだけど、その伝手の中には摩天楼ヨーインズリーの商会長の娘であるカラリアさんの物もあるらしい。
それでも、大分時間と金がかかったようだけど。
それを解消するためなのか、手紙にはアクアスとタカクスの間で特産品貿易をおこなわないかと言うお誘いもあった。
「貿易に関してはリシェイ達と相談するとして……。向こうも問題になっているのは難民たちの仕事か」
どうしても、生産性が低いようだ。
単純に人材不足にあえいでいた新興の村の難民であれば、すでに都市の形が整い幅広い人材を抱えているアクアスに移住してすぐに働く場所を見つけることはできる。
だが、クーベスタ村の職人のように、半人前の連中は教育からし直す必要があった。
そして、教育とは教わる側はもちろん、教える側の時間も使う。つまり、生産性が落ちることになる。
また、職業構成人数が急激に変化する事で弊害も生まれる。タカクスでも、人口増加に対して事務員の数が足りず、かなり苦しい思いをした。ミカムちゃんたちが来なかったらどうなっていたか、想像したくはない。
「解決したのがヘキサの大会か」
ケインズが考案したボードゲームであるヘキサはすでに世界樹全体に広がり、ファンを増やしている。
アクアスで執り行われるヘキサの大会は年々参加者数を増やしているらしい。
ケインズ達は、そのヘキサの大会に募集広告を出し、参加者の中からフットワークの軽い者を移住者として、あるいは短期のアルバイター扱いで雇い入れ、人手不足に対応したと手紙に書かれていた。
もともと、今の世情であってもヘキサの大会に足を運ぶような人たちである。募集広告を見てやって来る者も多い。
後は、募集に応じてくれた者を能力別に選別し、仕事を割り振るだけ。
「ケインズも今までアクアスで築いてきた物をフル活用したんだな」
そうでないと乗り越えられないけど。
手紙を最後まで読むと、当初文面から浮かんできたケインズのドヤ顔に疲れがプラスされる。
俺は返信を書くため紙を用意した。
できる限り、俺のドヤ顔が浮かぶような文面にしてやろう。
多分、それがケインズを労う唯一の方法だと思うから。




