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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第十八話 魔虫狩人ギルド会館

「キリルギリ対策部が解散かぁ」


 メルミーが俺の話を聞いて呟く。

 俺はメルミーや他の職人達と一緒に雲中ノ層の枝に来ていた。

 キリルギリによるクーベスタ他新興の村襲撃事件から二年近くが経ち、目撃証言さえない事から対策部は解散となった。

 難民の住居問題も一応の鎮静化を見たため、妥当なタイミングだろう。

 しかし、キリルギリの脅威を完全に無視するわけにはいかない。目撃されていないだけで、討伐が叶ったわけではないのだ。

 一説には、ギリカ村が村人総出で迎撃戦を行った際に負わせた傷が元でキリルギリは野垂れ死んだのでは、という見方がある。世界樹の上で死んでいたとしても、人より先にビーアントが発見して食べてしまう可能性は否定できない。

 死亡が確認されたわけではないので最低限の対策を打つ必要があり、向こう十年の間魔虫狩人ギルドに専用窓口を設けることが決定していた。

 さて、タカクスには魔虫狩人ギルドがない。

 市内の魔虫狩人たちが集まって情報交換を行う寄合みたいなものはあるけれど、職員を雇って魔虫素材の売買や魔虫の情報収集、討伐依頼の受付などを行うちゃんとしたギルドはなかった。

 徒歩半日の距離にあるカッテラ都市に魔虫狩人ギルドがある事が大きいけれど、タカクスの創始者である俺が魔虫に関する案件の決済を一手に引き受けていた事も大きい。

 何しろ、カッテラ都市の魔虫狩人ギルドの会計役と対等にやり合った事がいまだに世界樹北側の魔虫狩人の間で噂されており、本来ギルドが行う業務の大半を俺が一人で代行できてしまったからだ。カッテラ都市の魔虫狩人ギルドの方に討伐依頼や調査依頼の大半が行くから、俺が代行する業務自体そこまで多くなかった。

 そんなわけで、タカクス都市には魔虫狩人ギルドがなかった。

 けれど、キリルギリの対策窓口の設置が必要になった今回、都市でありながら魔虫狩人ギルドがないのは何かと不便だという事でギルド会館の建設を始めることになったのである。

 魔虫狩人ばかりで構成されていた新興の村ギリカの難民がタカクスに移住した事で、市内の狩人人口も増えている。流石に俺一人では手が足りなくなったので、いい機会だ。


「雲中ノ層も開発が進んできたね」


 メルミーが通りを挟む住宅を見ながら言う。


「最初は何このデザインって思ってたけど、こうしてずらっと軒を連ねると別世界に迷い込んだみたい」


 雲中ノ層の枝にある住宅は全て和風建築で占められている。

 雲下ノ層にあるような世界樹全体の建築様式をごった煮にした雑多な街並みではなく、統一感のある町並みだ。

 武家屋敷然とした書院造の一角や数寄屋造の一角など、多少の差異があるものの和風建築の範疇に収めている。

 畳がないため建材床を研究し、雪虫の毛などを利用した耐湿性の床材を開発中である。高価な割に需要がなさそうなので、俺の個人研究でしかなく、進捗状況は芳しくないけれど。

 今ここにある和風建築物も、中に入れば一様に木の床である。


「魔虫狩人ギルドもタカクス風建築で作るの?」


 メルミーがマルクトの家を指差して訊ねてくる。


「和風建築な」

「わふぅ、なんて意味の無い造語を言われても伝わんないよ。タカクス建築でいいじゃん」


 いつしか和風建築はタカクス風建築呼ばわりされている。

 そろそろ諦めてしまおうかと思わないではない。


「雲中ノ層の建築物に例外はない。断固和風、絶対和風だ」

「はいはい、わふぅ、わふぅ」


 建築現場に到着し、さっそく準備を開始する。

 今回の魔虫狩人ギルド会館は本棟造で建てようと思う。

 江戸時代に建てられた国の重要文化財である堀内家などが有名どころの本棟造は板葺の緩い切妻屋根と雀おどしが特徴的な長野県の建築様式である。

 梁間が大きく、どっしりとした家構えと屋根に飾られる雀おどしとが組み合わさって風格のある造りだ。

 元々は武家や豪商の家に用いられる建築様式だったとの話だから、必然的に風格が備わったのかもしれない。

 魔虫狩人ギルドの会館としては風格のある建物の方がふさわしいとの事で、本棟造を採用した。


「それじゃあ工事を始めよう」


 返事をした職人たちが動き出す。

 本棟造は全体的に正方形に近い平面図となる。

 玄関から伸びる通り土間が正方形のどこか一辺に沿う形で設けられ、居間に当たるオエ、客間にあたるカミオエなどの部屋で三部屋ずつ二列にするのが基本の形式だ。

 基本的に、魔方陣の端一列を通り土間にし、残りの六つに部屋を割り当てる間取りとなるため、真ん中の部屋は日光が入らず暗い部屋となる。

 確か、武田家家臣で有名な不死身の鬼の人の親類の家だという国の重要文化財では居間が真ん中になっていたはずだ。


「通り土間はいつも通りに魔虫甲材で仕上げるんですね?」

「そうしてくれ。甲材そのものは昼前にみんなで共用倉庫へ取りに行く」


 石やタイルの代わりに使われることの多い魔虫甲材は、土間に使うには最適な建材だった。

 欲する建材がなければ代替品を用いる。そんな考えでやっているから、どうしても和風でしかないのだけど、こればかりは仕方がない。

 他にも、土が貴重なために土壁の作製が難しい。代用できる素材を探した結果、今となっては廃れてしまった魔虫甲材を砕いて石灰やトウムの茎を干した物を混ぜ合わせた物を使ったりしている。

 どうにも光沢が出てしまうため廃れていたのだけど、粉砕技術が向上した今なら甲材独特の光沢も目立たなくなっている。耐水性が高く魔虫の種類の数だけ壁の風合いも作れる。組み合わせればさらに種類が作れる。

 ただし、素材に粘りのある物がないためバードイータースパイダーの液化糸も少量入っている。単価が上がるため、この土壁もどきを使うと高級建築物になりがちだ。

 タカクス建築ならぬ和風建築はまだまだ改良の余地を残しているのである。

 とはいえ、壁からして魔虫素材なのは魔虫狩人ギルドの建物としてぴったりな気もする。

 まぁ、魔虫狩人ギルド会館としてふさわしいかどうかを評価するのは俺ではなく、利用者である魔虫狩人たちだ。

 評価は完成後に下されるのだ、と俺は脳裏から評価の事を追い出して仕事に取り掛かった。



 魔虫狩人ギルドが完成したのは雪がちらつくようになった秋の終わりの事だった。

 冷夏のまま秋に入り、さらには冬を迎えたことで気温がどんどん下がっている。

 本格的に雪が降り出す前に工事を終えたことにほっと一息吐きつつ、俺は完成した魔虫狩人ギルド会館にビロースと元ギリカ村長を案内していた。

 物が物だけに、今回は魔虫狩人の二人を呼んだのだ。

 妻入りに作られた玄関を前に、ビロースと元ギリカ村長が揃って腕を組む。両者揃って鍛えられた太い腕だから並んで立つと「良い子の諸君」とか言い出しそう。


「相変わらず変わった建築様式だが、堂に入った構えだ。嫌いじゃねぇな」


 ビロースが言うと、元ギリカ村長が大きく頷く。


「あちこちの魔虫狩人ギルドを見て来たもんだが、タカクス都市のギルドだと一目でわかるデザインだ。いいと思うね」

「ありがとう。それじゃあ、中に入ろうか」


 二人を連れて玄関をくぐる。

 すぐに奥へと延びる通り土間にでる。左手には窓があり、土間を明るく照らしていた。

 奥へ進むと依頼書や魔虫の情報が張り出される予定の掲示板が置かれている。いまは何も張り出されていないけれど、明日には魔虫の素材募集などが張り出されることになるだろう。そして、十年間は上の目立つところにキリルギリについての情報を求む張り紙を張り出すことになる。


「右手にある三つの障子が玄関側からそれぞれ、依頼受付と情報交換の窓口を置く部屋、職員が書類業務を行う事務室、最奥が魔虫狩人用の休憩室だ」


 俺が説明すると、ビロースが玄関に一番近い障子を開く。


「はぁ、案外広いんだな」


 部屋を一目見たビロースは感想を口にしながら中へ入る。ここは土間より一段高いが、土足で上がっても問題がない。

 魔虫狩人や依頼をしに来た客に一々靴を脱いでもらうのも不便だろうという事で、この形になっていた。

 元ギリカ村長も上がって、部屋を見渡す。


「明かりも窓から入ってきて、通りの様子も見える。広さからして受付窓口は四つか。タカクスの規模ならちょうどいいな」


 元ギリカ村長は納得するが、俺が摩天楼を目指している事を知っているビロースの意見は違う。

 ビロースは俺を見て不思議そうな顔をした。


「これからも人口は増えるだろう。足りるのか?」

「足りなくても問題ない。こうすれば、窓口が二倍以上になるんだから」


 俺は事務室とを仕切る障子を開け放つ。まるで壁が丸ごと取り除かれたような開放感。

 日本家屋の必殺技、部屋開放である。

 今まで受付があった部屋に事務室の部屋も加える事で広さは倍になる。間を仕切る障子で背中合わせに窓口を増やせば、一気に倍に数が増やせる寸法だ。


「代わりに魔虫狩人用の休憩スペースはなくなるけど、会館の中に必ず作る必要はないし、タカクスが発展すればこの近くに喫茶店なりなんなりができるから休憩目的の狩人は自然とそっちに流れている。問題ないだろ」

「なるほどな。これは便利だ」


 ビロースも感心したように頷く。

 というか、なんだかんだで建設が延期になっている雲中ノ層のビロースの宿の宴会場にも同じことをする予定なんだけどね。

 俺が開け放った障子の向こうは事務室として活用予定だが、このギミックのため土足可になっている。つまり、土間より一段高いが他より一段低い。

 ここは正方形のちょうど真ん中に位置しており、三方を障子で囲まれた窓のない空間だ。

 ビロースがきょろきょろと見回して、唯一の壁を指差した。


「なんで向こうだけ壁なんだ?」

「あぁ、壁の向こうが客間になっているんだ」


 俺の答えにビロースは納得するが、今度は元ギリカ村長が不思議そうな顔をする。


「何で魔虫狩人ギルドに客間なんか必要になる?」

「緊急依頼なんかに使うんだ。後は、他に知られると魔虫素材の価格に影響が出るような依頼や情報の伝達だな」


 都市以上に設置されている魔虫狩人ギルドには必ず応接室が設けられている。

 例えば、ヘッジウェイ町が開発したブランチイーターの甲殻製建材のように、緊急でまとまった数が必要だが市場に直ちに影響が出ると困る場合に利用される。他にも、以前素人魔虫狩人が遭難する原因となった雪虫狩りのレクチャーなんかもこういった応接室で行われたはずだ。

 まぁ、普段は使用されないし、使用されないに越したことのない部屋でもある。


「後は、創始者一族が依頼を出す時なんかにも使うな」


 カッテラ都市が空中回廊の建て替え時に出したバードイータースパイダーの糸に関する依頼とか、応接室で出していたはずだ。


「なるほどね。依頼を受ける側だからそんな内情は知らなかったな」


 元ギリカ村長はそんなことを言っているが、ビロースなんかは応接室の存在くらいは知っていたと思う。

 なんだかんだで、若手の魔虫狩人の中では上位の腕の持ち主だ。緊急依頼が舞い込めば呼び出されることもあっただろう。

 事務室の隣の障子を開ける。


「ここは土足厳禁だから」

「入んねぇよ」


 ビロースは肩を竦めつつ、中を覗き込む。


「ここは結構明るいんだな」

「窓があるからな。それに、通り土間との間の障子もこうやって開ければ、開放感もある」

「食べ物は?」

「出さない。物が食べたかったら外に行って食って来い。ここはあくまでも一休みするための場所だ」


 飲食物まで出してたら、ギルド会館の周囲に食べ物屋ができない。

 一度玄関の方へ戻って、依頼受付の部屋の向こうにある障子を開ける。


「ここは?」

「武器庫。緊急時に放出する鉄の矢なんかを保管する場所だ」


 例えば、タカクス都市へブルービートルが向かってきたとか、世界樹の枝をブランチイーターが食んでいるといった場合に出される緊急依頼。対象の魔虫に深手を負わせるには高価な鉄の矢が必要になるため、参加する魔虫狩人が出し渋らないようにタカクス都市が備蓄している鉄の矢を渡す。

 この武器庫はその鉄の矢を置く場所であり、ここが魔虫狩人ギルドであることを明確にする一種の専用部屋でもある。

 ビロースは武器庫へ靴を脱いで上がり、障子を指差す。


「ここを仕切る障子は普段開けておいた方がいいかもしんねぇな。タカクスの防備を利用者に印象付けて安心感を買うのに丁度いい」

「うん、同感」


 俺はビロースに答えつつ、隣の障子を開ける。

 事務室と壁を挟んでいる応接室、この場合は客間と呼ぶのがふさわしいその部屋は外からの光が差し込む空間であり、縁側から小さな庭を眺めることができる部屋だ。

 事務室などと比べるとさほど広くない部屋だが、縁側や庭のおかげで実際よりも広く、開放感のある作りになっている。

 そして最奥の部屋がギルド長の部屋である。


「ギルド長って誰がなるんだ?」


 ビロースが疑問を口にすると、元ギリカ村長が俺を指差す。


「そいつぁ、市長さんだろう?」

「無理だって。いい加減俺の手から離そうと思ってギルドを作るんだ。俺がギルド長になったら本末転倒だろ」


 ビロースも宿があるため手が離せない。

 というわけで、旧キダト村から老齢で経験豊富な魔虫狩人をギルド長に抜擢する事になっている。

 俺は説明してから、元ギリカ村長の肩を叩く。


「ちなみに、次期ギルド長には君がなってもらうから」

「……は?」

「しっかり学べ。経営とか魔虫の生態とか緊急時の調査手法と命令とか、覚えること一杯だからな」


 俺は全部じっちゃんに教わったけど、俺ほど詳細に教わっている奴はまずいない。

 そんなわけで、学習する時間が必要だろうという事で歳を理由に断ろうとする老齢の魔虫狩人を説き伏せたのだ。


「多分、魔虫狩人らしい気迫で熱心に教えてくれるだろうから、がんばれ」

「ちょっちょっと、なんだよ、それ? ギルド会館の視察に呼び出されて不思議に思ってたらそんな裏があったなんて、聞いてないぞ!?」

「言ってないからな。とにかく頑張れ」


 俺は笑顔で元ギリカ村長に背を向ける。

 ビロースも笑いながら肩を叩いて励まし、俺に続いた。


「経験豊富な先輩にみっちり教えてもらえるんだ。経験の浅い若造ばかりで村を作って失敗したなんて嘆いてたお前さんにはありがたい話だろ」

「それとこれとは話が違うって!」

「何事も経験だよ」


 どうしても嫌なら無理強いはしないけど、追いかけてくる彼の表情から見ても、この話を受けるつもりのようだった。



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