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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第十七話 失敗談

 祭囃子の音が聞こえる。

 新興の村の難民もようやくタカクスでの生活に慣れ始め、世界樹全体を見てもようやくのこと混乱が収束し始めていた。

 リシェイの発案による夏祭りはかなりの盛況振りで、賑やかな笑い声が通りを行きかっている。

 タカクス都市内に限らず、近隣のカッテラ都市やケーテオ町に対しても観光業の復活を印象付ける目的があるこの夏祭りは、補助金も出ているため屋台での飲食物や小さな玩具の弓を使った的当てなどの価格が安く設定されている。


「いいもんだねぇ……」

「おうとも、同感だよ……」

「和んでいるところ悪いんだが、二人とも運営委員なんだからシャキッとしろよ」


 俺は隣でのほほんとしている元クーベスタ村長と元ギリカ村長に声を掛ける。

 この二人は、もしも新興の村からの移住者が何かの騒ぎに巻き込まれた際に保護する役割で運営委員に組み込まれている。

 また、地頭は良いこの二人なら経験と教育次第で一地区を仕切ったり、この手のお祭りで俺の代わりに運営を取り仕切れるかもしれない。そのため、今回の祭りで二人の適性を見極めようという目論見があった。


「いや、村を作ってからこっち祭りなんてやっている金銭的な余裕がなかったもんで」


 頭を掻きながら、元クーベスタ村長が言うと、元ギリカ村長も太い腕を組んで頷いた。


「ギリカ村もだ。食い物も野菜ばっかりだったからなぁ」

「魔虫って食えないもんか?」

「食えればよかったんだがな。腹を壊すぞ」

「クーベスタ村も、ギリカ村も、どんな食生活してたんだよ」


 そもそも、あんな馬鹿でかい虫を食べようとか普通考えるか? 絶対大味だろ。

 俺の質問に対して、二人の元村長は顔を見合わせる。


「基本は野菜だな。クーベスタさんとこもだろ?」

「ですねぇ。カッテラ都市の市場で時たま買った卵で栄養不足を補いつつ、どうにかこうにか食ってた感じだよ」

「いま思えば、魔虫狩りの遠征途中でタカクスに寄れば卵を少しは安く買えたんだよなぁ」


 失敗した、と元ギリカ村長が天を仰ぐ。

 とはいえ、ギリカ村は魔虫狩りの途中で野鳥を仕留める事があり、上手く食いつなぐことはできていたらしい。


「それでも祭りを開いている余裕はなかった、と」


 上手く魔虫を仕留めることができていれば、どうにかやりくりして収支を黒字化できたはずだ。

 実際、俺は何度かやってるわけだし、タカクス村初期の頃は村の稼ぎ頭が魔虫狩人たちだった。


「そういえば、ギリカ村の辺りにはバードイータースパイダーの変異種が出るって噂があったんだけど、見た?」


 話を振ると、元ギリカ村長は首を横に振った。


「不自然に食い荒らされた魔虫の死骸を見かけることはあったが、結局その変異種とやらはついぞ見かけなかった。見かけたら仕留めて、生態系を元に戻せるかと考えてたんだが」

「いる事はいるのか」


 俺は雲中ノ層で出会った変異種を思い出す。

 愛嬌のある奴だったけど、平気で俺たちの前に姿を現すような警戒心の弱い性質だった。ギリカ村の周辺にいた変異種は違う個体かもしれない。

 まぁ、今となってはあまり考える必要もないか。

 世間話を続けていると、通りをこちらへ駆けてくる祭り実行委員の姿が見えた。

 タカクス都市と刺繍が入った支給品の外套をなびかせてやってきた実行委員が第三の枝の方角を指差す。


「ギリカ村の子が迷子になったらしくて、親御さんを探すの手伝ってください」

「よし、仕事だな。んじゃ、ちょっくら行ってきます」


 元ギリカ村長が立ち上がって、第三の枝の方へ走っていく。現役の魔虫狩人だけあって綺麗なフォームだ。

 元ギリカ村長なら子供と親の顔を記憶で結び付けられるし、一人で十分だろう。

 俺は残されたクーベスタ村長に声を掛ける。


「ところで、タカクスでの生活には慣れたか?」

「まぁ、ぼちぼちですかねぇ」


 クーベスタ村長は通りを行った先にある屋台に目を細めつつ、続ける。


「村を興した時は、自分ならやれるって思ってたんですよ。工房長にも仕事を任されてましたし、家具だけなら一人前だとも言われてました」

「村を興すことに反対はされなかったのか?」

「いえ、反対はされましたよ。てめぇ一人で村を維持できるわけがない、考え直せって。結局は工房長に反発して、世界樹の逆側にあたる北にまで来たんですけど。いま思えば、連れ戻されるのが嫌だっただけの子供でしたね。家出みたいなもんです」


 流石に恥ずかしいのか頬を掻いて、元クーベスタ村長はため息を吐いた。


「村の経営はうまくいかないし、自慢の家具はさっぱり売れない。すぐに蓄えも底を突きかけて、どうしたものかと考えているところにキリルギリの襲来。まったくもって運がない――タカクス都市に来るまではそう思ってたんですがね」

「うちに来てから考え方が変わったのか?」


 考えが変わるくらい仕事漬けにした自覚はあるけれど。

 しかし、元クーベスタ村長の考え方が変わったきっかけは仕事漬けの毎日ではなかったらしい。


「同じ新興の村から瞬く間に都市まで昇格したタカクスは運が良かっただけだと思ってました。それが、実際に住んでみると全く違う事に気が付いた。需要を見極める経営者がいる。商品について学ぶ姿勢を持つ管理者がいる。タカクスがランム鳥の飼育を始めた時の話をマルクトさんから聞いた時に、何が足りなかったのかを理解したんです」

「マルクトからランム鳥の話を聞いたのか。大丈夫だったか? 疲れてないか?」


 ランム鳥教に汚染されてないか、とは聞けなかった。

 元クーベスタ村長は苦笑する。


「なんというか、凄い人ではありましたがね。それはともかく、ゴイガッラ村へ飼育研修に行ったそうで」

「あぁ、行ったな」


 まだランム鳥について何も知らない頃の話だ。

 今でもゴイガッラ村との間ではランム鳥の飼育員の交換留学や疾病に関する共同研究などを行っており、深い付き合いがある。大事にしたい縁の一つだ。


「それですよ」


 元クーベスタ村長がため息を吐く。


「恥ずかしながら、学ぶ姿勢ってものがクーベスタ村にはなかった。村長の自分からして、引き留める工房長の言葉も聞かずに飛び出した人間でしょう? まったく売れない家具ばっかり作ってる自分が誰かに教えるなんて大それた真似もできない。類は友を呼ぶってやつなのか、いつの間にか工房を飛び出した半端者ばっかりが職人を占めるようになっちまって、結局は誰にも学ばないまま、叱られないまま村を潰しちまったわけで」


 叱ってくれる相手が必要だった、と呟いて元クーベスタ村長は項垂れた。

 俺も魔虫狩人としての技術をじっちゃんに学んだし、建築家や建橋家としての技術はフレングスさんに学んだ。現場仕事は木籠の工務店の店長さんや職人さんたちに教えてもらった。

 前世の記憶がある分理性的な子供だったこともあり、さほど叱られることはなかったけれど、ここが悪い、ここを考え直せ、とダメ出しは何度もされた。頭ごなしに叱るよりよほど効果があると判断されたのだろうし、確かに効果的だったと俺本人が断言しよう。

 他にも、世話になった人は数多い。ハラトラ町の創始者さんや建橋家資格試験の時の面接官さん。ゴイガッラ村の人たちにもずいぶんと世話を掛けてしまった。

 みんな嫌な顔一つせずに、俺に方向性をちゃんと示して、考えさせてくれた。

 俺もあんな人間になりたいものだと思う。

 それはさておき、と俺は元クーベスタ村長の肩を叩く。


「いまは叱られまくってるだろ。良かったな」

「なぐさめになってませんよ、それ」

「なぐさめてないからな。なぐさめてほしかったら奥さんに言え」

「あぁ、それについても聞きたかったんですよ。市長って二人の奥さんに均等に甘えるんですか? それとも偏りがあるんですか?」

「そうは見ない切り返しで急所を狙ってくるなぁ。ちなみに秘密だ」


 急所は隠す。それが男の本能。

 なんて馬鹿な話をしている内に、元ギリカ村長が帰ってきた。


「クーベスタさん、そっちの若いのが呼んでるらしいぞ。食材の配送が滞ってるから近い屋台と交渉して融通し合う形を取りたいらしい。相談したいんだとよ」

「あぁ、いま行こう」


 元ギリカ村長と入れ替わるように立ちあがった元クーベスタ村長が場所を聞いて歩きだす。

 各屋台の売り上げの集計は各地区のまとめ役に任せている。

 元クーベスタ住人のまとめ役はもちろんのこと元クーベスタ村長だ。

 呼ばれた理由から察するに、食材を融通し合う事で食材の在庫と売上が噛み合わなくなるため、まとめ役の了解を取ろうと考えたのだろう。

 俺は元クーベスタ村長の背中に声を掛けた。


「今回のお祭りは多少赤字になっても補填するから、気楽に屋台運営を楽しむように言っておいて」


 これも経営のお勉強だからね。教育費はタカクス都市が出すよ。

 元クーベスタ村長を見送ると、元ギリカ村長が口を開いた。


「こうやって人材を増やしてんのか?」

「外から呼び込んだりもしたけどね」


 ビロースなんかは俺が伝手を使って呼び寄せたし、テテンなんて直接出向いて移住してもらった。

 元ギリカ村長は腕を組んだ。


「ウチの村は魔虫狩人ばっかりで、畑仕事もろくにできない寄せ集めだ。人を呼ぼうにも伝手はないし、誰も来てくれやしない」

「孤児院に連絡を取ったりは?」


 孤児院では必ず畑仕事を教えている。故に、人手が足りない村へ孤児が出向いて働き、そのまま移住する事もある。

 サラーティン都市孤児院出身のラッツェも畑仕事をしている内にタコウカの研究に手を出して、イチコウカの開発に成功した。


「孤児院に連絡は取ったんだが、肝心の畑をそんなに用意できなかったんだ……」

「土は高いからな」


 元々そんなに蓄えがあったわけではないギリカ村では土を確保するのも難しかっただろう。


「そうそう、高いんだよ。それを移住してきてすぐにポンと出してくるタカクス都市はどうなってんだって話もあるんだがな?」

「土は絶対に必要だから、肥料入れたり、世界樹の葉を腐らせたりして少しずつ増やしてるんだ。今回の新興の村の破綻騒ぎで土がかなり売りに出されたから、タカクス都市でも購入してるぞ」


 ケーテオ町も雪揺れで樹下に落ちた土を埋め合わせるために大量購入したはずだ。


「やっぱり、最初にもっと計画的に物も人も揃えてから村を興すべきだった」


 元ギリカ村長はそう言ってため息を吐き出した。


「そうは言うけどさ。ギリカ村の魔虫狩人の腕は悪くないだろ? 遠征に出ればよかったんじゃないか?」

「村の近くに得体のしれない変異種がいる以上、防衛戦力をどれくらい残せばいいのか分からなくてな。それでも決断するのが村長の仕事だったんだが、それもできずに変異種の捜索に時間を費やしているうちに、キリルギリの騒動だ」


 決断せずに遠征に出なかったからこそ、キリルギリを追い返せるだけの戦力が村にいたというのも皮肉な話だ。


「何が足らないかといえば、やっぱり人材だった。魔虫狩人とその縁者しかいない村だったのがまずかったんだ。せめて、魔虫素材の加工ができる職人がいれば、産業の下地くらいは作れていたかもしれねぇんだ」


 元ギリカ村長が悔しそうに言う。

 ない物ねだりをしている事は分かっているのだろう。おそらく、村を興してから人手を探したに違いない。

 けれど、村人分の畑さえ満足に用意できず、変動幅の大きい魔虫狩りで生計を立てていた不安定な経営状態のギリカ村に職人は移り住もうとしなかった。


「村の初期メンバーにもっと広い分野から人を募っておくべきだった。もっと頼れる伝手を作ってから始めるべきだったんだ。若手だけで独立云々なんて調子に乗って、経験の浅さがモロに出て何もかもが中途半端に終わっちまったよ」


 元ギリカ村長の言葉に頷けるところがある。

 タカクスだって、建橋家の俺に事務会計を一手に引き受けてくれるリシェイ、職人で実家の工務店との繋がりもあるメルミー、魔虫狩人のビロースやランム鳥の飼育員に立候補してくれたマルクト達、リシェイを始めとした出身者の伝手で孤児院にも相談を持ちかける事が出来た。

 結局、誰かに頼らないと何もできないって事だ。天才ならともかく、凡才ならなおさらである。

 裏を返せば、凡才でも集まれば大きなことができる。三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもんだよ。


「俺は恵まれてるなぁ」

「隣で言われると少しイラッと来るんだが」


 元ギリカ村長に睨まれて、俺は肩をすくめた。



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イラっとしてるような人だから……ごにょごにょ(自己規制)
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