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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第十六話 歓迎されない贈り物

 ヨーインズリー虚の図書館長からの手紙を託された即戦力の事務員たちがやってきたのは夏の盛りの頃だった。


「いらっしゃい。早速で悪いんですけど、ちょっとお知恵を拝借しても?」


 俺は事務所の玄関で出迎えた事務員さんたちに手を合わせて頼む。

 夏の盛りといっても気温は例年に比べると大分低い。いわゆる冷夏という奴で、作物の生育も悪かった。

 故に、事務所では今リシェイとミカムちゃんが今年の収穫状況を概算している。今までにも何度か冷夏があったため、その時のデータを引っ張り出して試算するわけだ。

 もっとも、タカクスの作物は品種改良で収穫量が上昇しているため、古いデータはあまり意味をなさずに途方に暮れている。

 こういった時にはどうすればいいのか、リシェイとミカムちゃんでは分からなかったのだ。

 事務室に案内した即戦力事務員さんたち三名に事情を説明し、リシェイやミカムと一緒になって考える。


「冷夏云々は一度無視して、今までの収穫量の上昇をグラフ化してみては?」


 事務員さんの言葉に、リシェイがすぐにグラフ化したデータを書棚から取り出す。


「資料としてあるにはあるのだけど……」

「この枚数はいったい……」


 即戦力事務員さんがドン引きするほどに、リシェイが引っ張り出してきたグラフの枚数は多かった。

 品種改良作物とひとまとめに言ってしまっているけれど、農家それぞれで目指すところが違うため品種は多岐にわたる。

 それらの収穫量をグラフにしているのだから、枚数は自然と多くなってしまう。


「いくつかの品種については栽培を始めたのが三年前だったりして資料価値もあまりないんです……」


 自分の責任ではないのに、ミカムちゃんが申し訳なさそうに両手の指を合わせて口ごもる。

 即戦力とうたわれし事務員様方もこれにはお手上げとばかりに両手を挙げた。


「ひとまず、前回までの冷夏の収穫量をそのまま持ってきましょう」


 タカクス都市に到着早々に仕事を手伝わされたことで、即戦力さんたちも人手不足を認識したらしい。すぐに荷物を片付けて応援に来ると言って仮住まいとなる宿へ去っていった。

 俺も手伝いながら、今年の収穫予測を立てておく。

 途中で帰ってきた即戦力さんたちから世界樹東側の情報を聞き出しつつ、仕事を続ける。


「このルイオートの収穫量ってどうなります? 温室栽培なんですけど」


 品種改良種の中には魔虫の翅で作った温室の中で育てている物もある。

 採油植物であるルイオートは虫がつきやすいため、元新興の村の農家が温室を作って栽培していた。

 冷夏の影響はあまり受けないけれど、一応は冷夏時のデータを引っ張ってきて予測を立てておく。

 カッテラ都市との取引量を概算し、規模の縮小の可能性ありとの予測を立てて、資料付きで手紙をカッテラ都市の運営陣に送る。今回は次期市長であるクルウェさんのところに送ることになっていた。

 手紙を書き終えた頃には日も暮れ始めており、事務員さんたちに礼を言って事務所から送り出す。

 ようやく一段落ついた、と俺はダイニングキッチンでお湯を沸かしながらため息を吐き出す。


「東の方はもう木材の値段が落ち着いたんだな」


 即戦力さんたちから聞いた話では、ヨーインズリー近郊の木材価格は例年より少し高いくらいで落ち着いているという。


「ブランチイーターの甲殻が建材になったのが大きいのよ。仮設住宅に資材倉庫、デザインにこだわらない間に合わせの建物を建てるのであれば最適だもの」

「やっぱりそうだよな。最近、魔虫の甲材は種類が増えたから、相対的に木材需要が減ったおかげで今の値段に落ち着いたのか」

「問題はいつ下がってくれるのか、よね」

「秋の終わりに市場へ木材が供給されるから、それまでは今の価格から変わらないか、少し上がるくらいじゃないかな」

「でも、難民用の住居はどこも建て終えてるでしょう? そんなに需要がないと思うのよ」

「一理あるな」


 だとすると、多少は値下がりもあり得るのか。


「まぁ、しばらくは何かを建てる予定もないし、燃料費にだけ気を付けていればいいかな」

「冷夏だものね。今年の秋冬は寒くなりそう」


 今日は暦の上では最も暑い時期のはずなのに、半袖さえ着ていれば汗もかかない気温だ。

 秋に木材が供給されても、寒くなるのを見越して燃料を多めに買っていく者が多くなるかもしれない。


「挿し木畑が欲しいかな」

「人口が増えたものね。昨年の冬は暖かかったから、タカクス都市全体で見ても燃料費はそんなに増えなかったけれど、今年からは……」


 どうしても増えるよなぁ。


「雲中ノ層の枝に挿し木畑を用意しようか。今年の燃料費を見て、規模を決めよう」

「賛成」


 沸かしたばかりのお湯で紅茶を淹れて、ダイニングテーブルに置く。

 ポットを傾けてティーカップに紅茶を注いでいるリシェイを横目に確認しつつ、俺は夕食の準備を始めた。


「そういえば、ケーテオ町との間にヘッジウェイ町が架けてくれた橋はどうだったの?」

「ヘッジウェイ町を代表する建橋家の作だけあって、個性的な橋だったよ」


 橋全体が緩やかな弧を描く、造形美に溢れた橋だった。

 分類としてはアーチ橋になる。


「緑色のアーチが橋の反対側に向かって斜めに張りだしてた。アーチ部分は世界樹の葉を模してるらしい」


 全体的な形としては、イギリスマンチェスターにあるマーチャンツ橋が近い。

 アーチを側面に張り出す様に設けたその橋は造形的美しさもさることながら様々なところに工夫が施されている。

 特に、アーチと橋桁を繋ぐ構造材は、橋桁との連結部の見た目がうるさくなりがちだが、橋側面を太いパイプで隠すことにより見た目の煩さを軽減している。

 ヘッジウェイ町の建橋家が架けた橋はアーチ部分を葉っぱの側面、アーチと橋桁を繋ぐ構造材を葉脈に見立て、橋桁との連結部分に葉の軸を模したパイプを通すことで全体のコンセプトに沿った形で纏めている。


「作業部屋の書棚に俺が写生してきた外観図があるから、見てみると良いよ」

「書棚のどの当たりかしら?」

「向かって右端の三段目」

「取って来るわね」


 立ち上がったリシェイが作業部屋から一冊のファイルを持ってくる。

 建橋家さんの厚意で設計図も写させてもらったから、外観図ごとファイルにまとめてあるのだ。

 ぺらぺらとファイルを捲ったリシェイは俺が描いた外観図のページで手を止める。

 俺はあまり絵が上手い方ではないから背景となる世界樹の枝や空は描写していないけれど、橋の外観はきちんと読み取れるはずだ。


「可愛い……」

「あのいつも何か食べてる建橋家さんが設計したんだよ、それ」

「こういっては失礼だけど、似合わないわね」


 そう言ってリシェイはくすりと笑う。

 しかし、意外と可愛い物好きのリシェイのお気に召すデザインであったのだろう、しげしげと外観図を眺めはじめた。

 ちょっと嫉妬しない事もない。

 悔しいのでリシェイお気に入りの料理で気を引く事にしつつ、夕食作りを並行して行う。


「テテン、お帰りなさい」


 リシェイの声が聞こえて振り返れば、ダイニングキッチンへテテンが入ってくるところだった。

 てっきりリシェイの隣に座るだろうと思っていたテテンがまっすぐ俺のところへ歩いてくる。


「……相談、あり」

「相談?」

「……顔、かせ」


 深刻そうなテテンの表情に首を傾げつつ、俺は手を拭いてテテンに向き直る。

 しかし、よほどリシェイに聞かれたくないのか、テテンは俺の服の裾を摘まんで引っ張った。

 促されるままダイニングキッチンを出る。


「なんだよ、相談って」


 夕食作りの途中なんだけど。


「……これ」

「ん?」


 テテンが出してきたのは題名だけが書かれた一冊の手書きの本だった。

 ざっと題名を読んだ俺は、テテンから一歩引く。


「お、お前、ついにBLまで……」


 まさかそこまで手は出さないだろうと思っていたのに。

 テテンが嫌そうに顔を顰める。道端で害虫の死骸を見つけてもここまで嫌そうな顔はしないだろう。


「……仕事場の、前に、落ちてた」

「テテンが書いたわけじゃないんだな」

「……よく見ろ、字が、違う。気持ち悪いから、中身は、読んでない」


 気持ち悪いって……自分の事を棚に上げすぎだろ。

 だが、言われてみれば確かにテテンの字とは違う。テテンはなんだかんだでエリートの熱源管理官だ。字もかなり綺麗な方である。

 そもそも、こいつは趣味の本を必ず暗号で書く。誰でも読めるように書くのは擬装用の本だ。


「それで、相談ってのがこの本に関係してるのか? 正直、関わり合いにはなりたくないんだけど」

「……熱源管理官、男多い。だから、勘違いされた、かも?」

「あぁ、納得しちゃいけないと分かりつつ納得」


 熱源管理官って外野からだとそう見えるのか。ムキムキで暑苦しい上に、気安く肩を叩いてきたり腕を組んだりするもんな。

 それで、熱源管理官養成校でそんな暑苦しい男たちを眺める環境にいたテテンが同好の士ではないかと考えて、リトマス試験紙的な一冊を仕事場に撒いた奴がいると。


「……どうすれば、いい?」

「物が物だけに捨てるわけにもいかないもんな」


 犯人を特定して返却するのがベストだろうけど、相手もあまり大っぴらにできない趣味だと理解しているからこんな迂遠な手段を取ってきたんだろう。


「小さな箱か何かに手紙を同封して、燻煙施設の前に置いておけばどうだ? 落し物です、とか木箱に張り紙しておけば事情を知らない奴が持って行く事もないだろう?」

「……そうする。明日まで、それ、預かれ」

「嫌だよ。部屋に置いておいてリシェイ達に見つかったらどうすんだ」

「……それ、いい」

「よくねぇよ」


 夫婦の関係を破壊しかねない特大トラップだろ。自室に仕掛ける馬鹿がどこにいるんだよ。

 やるんなら、湯屋のところの息子さんだ。やらないけど。


「テテンの部屋に置いておけ。誰も勝手に入ったりしないから安全だ」

「……部屋に、おいておきたく、ない」

「潔癖症かよ。本当に自分の趣味は棚上げにしやがって」


 俺は事務室から作業部屋に歩いて、部屋の隅に置いてある木箱を取り出す。

 テテンが年上趣味だと実家が勘違いした一件があったけど、あれ以来度々入浴剤が送られてくる。この木箱も元々入浴剤が入れられていた木箱だ。


「これを使え。大きさも手ごろだし」

「……うむ」


 さっそく木箱に本を仕舞い込んだテテンは、念入りに封をして落し物、と書きなぐった紙を張り付けた。


「……封印、完了」

「ここまでやられると中身が何か気にする奴が出てきそうだな」


 まぁ、暴き立てるような不心得者はまずいないし、燻煙施設の前に置いてある木箱に興味を示す奴がそもそも少ない。大丈夫だろうとは思う。


「テテンの趣味の本もこのやり方を参考にして広めて見たらどうだ?」

「……女湯に、置く?」

「営業妨害だな」


 テテンの趣味の道は思いのほか険しかった。


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