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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第十四話 図書館建設決定

「暖冬ね」

「そうだな。これじゃあ秋口と変わらない」


 早くも沈み始めた太陽に照らされる外の景色を眺めて、俺は紅茶の入ったカップを傾ける。

 暦の上ではもう冬真っ只中なのに、雪一つチラつきやしない。


「今年に限ってはありがたい話だけど」

「おかげで難民の家の建設は今年中に済みそうだものね」


 天候不良による工事の延期がないため、冬の間も建設作業が滞りなく進んでいる。

 難民としてタカクスに移住してきた職人たちも下っ端として現場作業に加わっても邪魔にはならなくなったから、作業速度も上がった。

 あれだけの大混乱から一年足らずで曲がりなりにも衣食住を提供できたのは、ひとえに世界樹に住まう人間全体の協力があればこそだ。

 もっとも、タカクス以外の町などでは未だに家の建設などに手間取っているところもある。来年以降はタカクスから人を派遣するなどで協力していかなくてはいけないだろう。

 しかしながら、最大の懸念事項が片付いたのは大きい。


「ふぁ……」

「メルミー、もう少しシャキッとしろ」


 懸念事項が片付いたため、メルミーが腑抜けていた。

 今もダイニングテーブルに上半身を投げ出し、椅子に浅く腰掛けている。

 リシェイがメルミーの頭を邪魔そうに見ながら、フランス菓子のカヌレに似た茶菓子、シークを乗せた皿をテーブルに置く。

 外側はカリッとした食感だが、中はトロリと柔らかい。紅茶にはよくあう菓子だ。

 腑抜けた体勢のまま、メルミーがシークを一つとって口に放り込む。


「これは……アマネの手作りだ!」

「昨日作った奴だけどな」

「いつそんな時間があったのさ?」

「夕飯作りと一緒に進めてた」


 リシェイが俺の向かいの椅子に座り、シークを一つ摘まむ。


「最近、卵を使ったお菓子の専門店がカッテラ都市に出来たそうよ」

「リシェイちゃんがシークから卵を連想するなんて……」


 シークの材料には全卵を使うからな。

 リシェイはメルミーの驚愕にむっとした顔で紅茶を一口飲む。


「私だって、シークの材料くらいは知っているわよ」

「作れないけど?」

「……つ、作れなくても、知ってるわよ」


 勢いが落ちて視線を逸らすリシェイに、メルミーがにやにやと笑う。


「卵の他に使うのは?」

「トウム粉と、コヨウ乳とお砂糖、コヨウバター、後は……お酒」

「おぉ、正解だよ!」


 メルミーが体を起こして拍手する。


「いま、メルミーさんはクーベスタ職人たちが鉋で薄削りできるようになった時以上の感動に打ち震えてるよ!」

「例えがいまいち分からないわね」

「手を出させちゃいけない子が手のかかる子に育ったみたいな感じだよ」

「褒めてないわよね?」


 褒めてないな。


「メルミー、暇ならリシェイと一緒にお菓子作りでもしてみたらどうだ? 夕食までまだ時間もあるし」

「手のかかる子の面倒はクーベスタっ子だけで十分だよ」

「失敗作のブレンドハーブティーをメルミーに振る舞ってやろうかしら」

「リシェイ、落ち着いて」


 シークを一つとって、リシェイに差し出す。


「ほら、あーん」

「……あーん」


 開かれたリシェイの口にシークを食べさせる。

 もぐもぐとシークを食べたリシェイはメルミーを見てにっこりほほ笑んだ。


「許してあげるわ」

「むしろメルミーさんが許してあげないよ! なんで煽っちゃったかなぁ! 過去メルミーさんのお馬鹿さんめが!」


 両手で頭を押さえて苦悩するメルミーを眺めつつ、俺はリシェイに質問する。


「卵を使った菓子の専門店って言ったよな。味は?」

「食べたことはないけれど、評判はいいそうよ」


 リシェイはビロースの奥さんである若女将から話を聞いたという。マルクトの奥さんも、ランム鳥の卵を安定供給してほしいとの手紙が来たと言って事務所に持ってきたそうだ。


「その手紙はリシェイの事務机の上?」

「見ても大したことは書いてないわ。小口での直接取引を申し込みたいから、窓口を教えてほしいって内容。もう返事も出してあるわ」

「最近はもっぱら商会に卸してるもんな。料理屋と直接取引もできない事はないけど」

「制度の上ではね。一件ごとに対応していたら切りがなくなるから、商会に丸投げしているんだもの。しばらく例外は作らないわ」

「直接取引は無しって事か」


 リシェイが頷く。

 輸送手段としてのコヨウ車もないからなおのこと直接取引は難しいし、妥当な判断だろう。


「紅茶お代わりー」


 メルミーが紅茶のお代わりをリシェイに要求してから、料理屋の話に戻す。


「そのお菓子って取り寄せとかできるかなぁ?」

「カッテラ都市にあるお店よ? 片道半日となると、難しいと思うわ」

「なら、今度の市長会合の時にお土産で買ってきてね」

「覚えていればね」


 なんだかんだでまめなリシェイの事だから、きっちり覚えていそう。

 それに、近いうちに市長会合や町長会合が開かれることになる。新興の村問題の総括ということで、各町や都市の状況や経過報告を行い、難民の大量発生に対応する際のマニュアル作りを行う作業だ。

 ケーテオ町の雪揺れ被害の事もある。いつ、どのような形で難民の大量発生が起きるか分からない以上、今回の一件を考察しておく必要がある。


「ねぇねぇ、アマネ」

「はいはい、メルミー」

「家の建設も一段落したんだから、そろそろ図書館を建てようよ」

「そんな話もあったなぁ」


 立面図その他、設計図はひとまとめにして作業部屋に置いてあったけどすっかり忘れていた。


「学校の図書館よね。タカクス学校の開校はどうするの?」

「建設前の予定では来年の春から開校って話だったけど、まだ子供の受け入れは出来ないな」


 クーベスタ村その他の難民に関してはもう仕事も見つかって各々修業なりなんなりを始めているから混乱はない。

 けれど、彼らの住居はタカクス都市が建設費用を立て替えている。


「財政的に、子供たちの面倒までは見られない。申し訳ないけど、一年か、二年は開校時期をずらすしかない」

「まぁ、そうなるわよね。つまり、図書館の建設もやらないのよね?」

「資金が心もとないからな。ミカムちゃんには悪いけど……」


 あの子、本来は事務員ではなく図書館司書として派遣されてきたんだし。

 最近はすっかりリシェイと一緒に事務仕事をしている姿が板についてきちゃってるけど。

 あれ、でも図書館の建設費用は確か――


「ヨーインズリーから玉貨二枚の支援金が来てるんだっけ?」

「そうよ。ただ、建材が高騰しているから、玉貨二枚で図書館を建てられるかどうか……」

「いや、建ててしまおう。メルミー、職人連中の予定は春から空いてるはずだよな?」

「空いてるよー。でも、いいの?」


 不安そうなメルミーとリシェイに頷きかける。


「開校してから工事を始めると子供たちの勉強の邪魔になるんじゃないかって気になってたんだ。せっかく開校時期をずらすんだから、この空白期間を利用しない手はない」

「まぁ、話としては分かるけれど……」

「いまなら職人も安く使える当てがある」


 リシェイが首をかしげるけれど、メルミーはぴんときたように笑った。


「そうだね。新規移住者の職人さんたち、働いてないとなんか不安そうだもん。家以外の現場仕事も経験させた方がいいと思うし、多少給料が安くても参加する工務店はあるね」

「というわけで、人件費が下がるから、春から工事に入ってしまおう」


 説得すると、リシェイはため息をついて頷いた。


「分かったわ。でも、どれくらいかかるの?」

「追加で玉貨一枚くらいかな」

「あら、その程度でいいの? なら別に構わないわよ」


 不意に足音が聞こえてきて振り向くと、テテンが扉に立っていた。


「ただいま……」

「おかえり」


 口々にテテンを迎える言葉を掛ける。

 俺はテテンの椅子を引いてやった。


「最後の仕事場はどうだった?」


 テテンの仕事場は明日から雲中ノ層の燻煙施設へと移ることになった。

 雲下ノ層の燻煙施設は冬の間、ランム鳥用のクッションを燻すのに使用される。ランム鳥の飼育規模が拡大したため、燻すクッションも増え、必然的に時間も伸びる。

 このため、冬季はテテンお手製の燻製食品を作るのが難しくなっていた。

 テテンの燻製マトラは輸出量が年々拡大しており、その保存性の高さも相まって最近では世界樹の南にまで販路が拡大した。行商人が軽食に食べるため、じわじわと愛好者を増やしたらしい。

 よって、輸出品としていよいよ無視できなくなったテテンの燻製品を冬季も安定生産するために雲中ノ層に新たな燻煙施設を建設、燻製食品専用の施設として活用する事になったのである。

 ちなみに、雲下ノ層にある村時代からの燻煙施設はランム鳥のクッションを燻すための専用設備として今後も活用する事になっている。

 今日がテテンにとって最後のランム鳥用クッション燻しだったのだ。何の記念日かいまいち分からないけど。


「うむ……」


 テテンが天井を見る。白い喉が見えた。


「……感慨は、無い。どうせ、仕事場が移る、だけだし」

「身もふたもないな」

「……通勤距離、伸びる。めんどー」


 俺が引いた椅子を無視してリシェイの横に座ったテテンがテーブルの上に身を投げ出す。さっきまでのメルミーみたいだ。


「何はともあれ、今までお疲れ様。シークでも食べる?」

「……たべる」


 おもむろに口を開けたテテンに、リシェイがシークを一つとって食べさせる。

 シークの甘さによるものか、それともリシェイに食べさせてもらったからか、テテンが珍しく満面の笑みを浮かべた。


「……いままで、がんばってよかった」


 今のシーク一つで報われちゃうのかよ。安上がりだな、こいつ。

 メルミーがテテンの頭に手を伸ばして撫でてやると、テテンの笑みがさらに深まる。溶け崩れるんじゃないだろうか。

 テテンの慰労も兼ねて劇場に行く予定だったんだけど、もう少しゆっくりさせておこう。

 それはそれとして、


「そろそろ雲上ノ層への橋架け準備もしないとな」

「おぉ! いよいよ摩天楼だね!」


 メルミーがガッツポーズする。

 そんなメルミーには悪いけど、今回はあくまでも橋架けの準備だ。


「橋そのものを架けるのはまだ先だ」

「支え枝ね?」

「そう」


 リシェイの予想を肯定する。

 雲中ノ層の枝から雲上ノ層の枝に続く橋を架けるために、橋脚となる支え枝を今から準備しておきたいのだ。


「場所は決まっているの? 雲中ノ層の枝は一本しかないけれど、支え枝となると別の枝から伸ばす必要があるでしょう?」

「第二の枝の上にある雲中ノ層の枝を使う。他にも一本の枝を使いたいと思ってる」

「大きな橋になるんだね。メルミーさんは俄然燃えてきたよ!」

「多分、二重奏橋以上の大きな工事になる。支え枝が育つまで工事に取り掛かれないけどな」


 難民問題が片付いたばかりで性急すぎるかもしれないけど、急激な人口増加で建物が乱立したから今のうちに新しい枝を確保しておきたいのだ。


「工事が完了すれば、タカクスは世界樹北側最初の摩天楼になる。協力を頼む」

「言われるまでもないわね」

「メルミーさんも文句なしだよ。腕が鳴るね」

「……工事には、役に立たないし」


 約一名、戦力外を自ら通告してきているけど、協力は取りつけた。


「それじゃあ、一年後を目途に進めていこうか」

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