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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第十三話 新興の村問題収束

 ヘッジウェイ町から連絡が入ったのは、秋も間近に迫ってきた日の早朝だった。


「橋の建設終了ですか。早いですね」


 ケーテオ町とタカクス都市とを繋ぐ橋である。

 連絡係だという建築家さんがリシェイの淹れたブレンドハーブティーを飲んで疲れたようなため息を吐いた。


「師匠――いえ、担当した建橋家がですね。それはもう張り切りまして。タカクス市長の度肝を抜くような代物を作ってやると息巻いてたんです」

「ちなみに、作業中に何か食べてました?」

「コヨウの香草焼きとレインパを四六時中……」


 レインパは確か、コヨウ肉を使ったミートパイみたいなやつだったかな。


「辛いやつですか?」

「えぇ、辛いですよ。アマネさん、あの人の食べ物の傾向に気付いてます?」

「味付けが辛いほど不眠不休で働いて、肉系を食べると職人への目の光らせ方が細かくなる」

「はい。その通りです。今回はずっと食ってました。作業員一同、疲労困憊で……」

「お疲れ様です。今日はゆっくり休んでください」


 あの建橋家さん、何してんだよ。

 俺でも七日に一日か二日は休憩を取らせながら仮設住宅建設してるのに。

 連絡係君を宿へ送り出し、俺は事務室に入って最新の地図を出す。


「ここに橋を建設したんだから、ケーテオ町までの距離は……」


 コヨウ車を使えば二時間程度だろうか。

 カッテラ都市までの距離が半日なのを考えると、かなり近くなった。一番近い自治体じゃないだろうか。

 これで食料品の輸出と薬草の輸入を目的としたケーテオ町との貿易路が整備された事になる。

 以前届いた連絡では、ケーテオ町の薬草園もすでに稼働しつつあるものの、輸出は来年からとの事だった。

 タカクス都市の農業も新興の村からの難民を受け入れたため大規模になり、渇水が危ぶまれている。支え枝がつい最近完成したため、貯水槽を整備して解消する予定だ。

 ケーテオ町への食糧輸出も来年からの開始という事で決まっている。


「生産量の増加を考えると、カッテラ都市への輸出量は例年通りで大丈夫そうだな」


 世界樹北側最大の食糧輸出地としての面目は保てそうだ。

 リシェイがダイニングキッチンからやってきて、俺の事務机にクッキーを置いた。


「ようやく一段落かしら?」

「どうだろうな。まだ、家も作り終わってないし」


 間に合わせのプレハブ小屋も数が増えるにつれて景観に影響を及ぼすようになったため、対策を考え中である。規格化されたものであるため、デザインも同じなせいで見た目がかなり安っぽいのだ。

 まぁ、実際に安いんだけど。

 十年以内に建て直しを図りたい旨をプレハブ小屋の住人には伝えているけど、それまでに彼らが建設資金を貯められるかどうか。

 ……難しいだろうなぁ。

 メルミー発案のプレハブ工事で一丁前の職人にしちゃうんだぜ計画はそこそこの効果を発揮したけど、まだ一人前とは言えない評価だ。

 まずは技術的なところから仕込み直していくと工房長たちの会議で決まったらしい。才能の芽がありそうなものは雲中ノ層にある楽器工房に引き抜かれていったから、大成する者も中にはいるだろう。いるといいね。

 クーベスタ村の職人たち以外にも、魔虫狩人で構成されていたギリカ村やキリルギリに村長である建築家を喰われたヒーコ村の住人達も仕事を始めている。

 ギリカ村の者達はキリルギリを追い払った武勇を買われて魔虫狩人ギルドからいくつかの依頼が舞い込んでおり、タカクス都市を空けることが多い。幾人かはキリルギリ対策部に組み込まれて現場仕事をしているため、それなりに稼げている。

 ヒーコ村の住人は農業従事者と造園家、数人の腕のいい職人で構成されており、タカクス都市に早くから溶け込んだ。

 ヒーコ村自体が産業面で失敗続きだったものの村として機能はしていると評価されていただけあって、住人個々の能力が高い。

 少々新しい事に首を突っ込みたがる傾向があり、ヒーコ村の経営はこの傾向のせいで悪くなっていったけれど、タカクス都市では研究開発された改良品種の作物の栽培などにすぐに飛びついて取り組み始めた。

 環境さえ整っていれば、彼らの新し物好きが向上心として機能する事もあるのだろう。監督役や教師さえいれば、ヒーコ村の経営も上手く行っていたのかもしれない。

 リシェイが椅子を引き寄せてきて、事務机を挟んだ向かいに座った。


「クーベスタ村やヒーコ村の事を知った小さな村が今後の事を話し合ってるそうよ」

「話し合いって解散するかもしれないって事か?」

「解散か、疎開か、キリルギリの消息が分からない以上は村の防衛を強化するしかないけれど、魔虫狩人を雇うのにもお金がかかるでしょう? 負担に耐え切れない村があるのよ」


 キリルギリは生態も分からない魔虫だから、翌年も襲来しないとも限らない。

 歴史では二年連続で襲ってきたことはないけれど、今回のキリルギリは幼虫の可能性も高く、成虫となってから再びやって来るのではと不安になるのも仕方がない事だろう。


「キリルギリについては新しい情報もないんでしょう?」

「あぁ、脱皮の形跡くらい見つかれば、と思っていたけど、それもなかった。次の冬で何事もなければ、対策部も規模を縮小する予定になってる。俺は対策部のまとめ役を降りて、カッテラ都市主導の形にしてもらう予定だ」


 ミカムちゃんがヨーインズリーから来てくれたとはいえ、事務方の負担は未だに大きい。

 対策部関連の書類がなくなるのはリシェイ達にとって朗報だろう。


「ところで、ミカムちゃんはどんな感じ?」

「かなり助かってるわ。……どうやってアマネとの距離を縮めたのかを根掘り葉掘り聞かれるのは困りものだけど」

「全部話してのろけ話にしちゃえば?」

「やめておくわ。止まらなくなりそうだもの」


 とにっこり微笑んでくるリシェイさん。惚れ直しちゃいそう。


「――メルミーさんがいないところでイチャついてる悪い子はいないかなー?」


 不意に掛けられた声に、リシェイがびくりと肩を震わせて廊下の方を見る。

 薄く開かれた扉の隙間から、メルミーが顔だけのぞかせていた。


「びっくりした……。今日は朝が早いのね?」

「昨日の夜はメルミーさんの番じゃなかったからね。アマネは毎日夜更かししててなんで早起きなのさ」

「早朝から赤裸々トークするのは止めような?」

「顔真っ赤になるのも裸になるのも夜だよ」

「続けるのかよ、このトーク」


 などと言っていると、今度はダイニングキッチンの扉が開かれた。


「……朝食、できた」


 テテンである。めっちゃ俺の事睨んでる。


「今日の献立は何かなー」


 先ほどまでの会話はなかったように、メルミーがダイニングキッチンへ歩いて行く。

 リシェイも席を立ち、俺もそれに続いた。

 ダイニングテーブルを四人で囲んで座る。テーブル上にはスクランブルエッグやトウムパンなどの実に朝食らしいメニューが並んでいた。

 リシェイがパンに手を伸ばしながら、思い出したように口を開く。


「昨日、アクアスから手紙が来たわ」

「そうなのか。俺は読んでないけど?」

「カラリアさんから私宛の手紙だったのよ。読むのも後回しにしていたのだけど、昨晩に読んだら世界樹南側の情勢も少し書いてあったわ」


 世界樹東の情勢はヨーインズリーから来たミカムちゃんに聞いているけど、南がどうなっているのかは情報がなかった。

 忙しい中、リシェイへの私信に寄せて情報を記しておいてくれたのだろう。


「それで、南側の様子は?」

「新興の村が破たんしたそうよ。おおむね予想通りにね」


 世界樹南側にあった新興の村は相次いで破綻した。

 世界樹北側における雪揺れやキリルギリ被害を受けて、魔虫狩人を雇う資金がない新興の村は経営難からの解散を決定したのだ。


「ミカムちゃんも言っていたけど、世界樹全体で新興の村が破綻し始めたな。やっぱりあの冬の影響は大きいか」


 キリルギリ被害の波及効果とでも言うべきか、世界樹北側の村が解散した事実に新興の村は背中を押されたのだろう。経営が苦しいのは自分達だけではなかったと。


「経営難の話もあるけれど、早いうちに解散して移住先を確保しないと難民受け入れを拒否される可能性があると踏んで焦っているのかもしれないわね」


 その可能性もあるのか。

 タカクス都市もかなりの難民を受け入れたせいで、事務手続きなどがかなり混乱している。これ以上の難民を受け入れる余地はない。

 北側の村は統廃合がだいぶ進んだこともあって、これ以上の難民発生はないだろうけど、キリルギリ対策などで未だに上を下への大騒ぎになっている。行政はパンクしかけているから、東や西で何か騒動が起きても北は動けないだろう。

 話を聞いていたメルミーがパンを一口サイズにちぎりながら首をかしげる。


「アクアス都市は難民を受け入れたの?」

「二百人受け入れたそうよ。これからも春まで段階的に受け入れを進めて、六百人から七百人追加受け入れするみたいね」

「大変だねぇ」

「アクアスはタカクスと同じで新興の村の中では優等生だもの。前々から規模に見合わず人口が少なかったから、難民発生時には受け入れを進められるようにと内々で通達があったらしいわ」


 そういえば、結婚前にアクアスに行った時にもケインズが言っていたな。


「何はともあれ、新興の村問題は世界樹全域の課題だったけど、これで片付いたことになるのか」

「村としては片付いたわね。後は各自治体で連携していく形になるでしょうけど」

「その連携だけど、今どうなってるのかな? メルミーさんはずっと工事現場だから事務方面のこと知らないんだけど」


 ごめんな。毎日のように現場を連れ回して。

 テテンが俺にジト目を向けてきた。


「……メルミーお姉さまを、労われ。二人の時間、取れないだろ」

「メルミーと誰の時間の事を言ってるかは知らないが、労わる事には賛成だ」


 俺とテテンがこそこそと話している間に、リシェイが事務方の連携について話をしてくれる。


「事務方の連携は主に手紙のやり取りだけど、意見と情報の集積所としての対策部を設けたいという意見がいくつかの村から来ているの」

「小さな村だと魔虫狩人への伝手とかが足りないだろうし、難民を受け入れるとしても建築家や職人への伝手が欲しいはずだよね。そのあたりの相談窓口?」

「それもあるわ。対策部の主な業務に魔虫狩人や職人への口利きと斡旋、基金の設立も含まれてるの。まぁ、実働十人もいれば手は足りると思うけど、幅広い伝手が必要だからタカクスやカッテラのような都市に対策部を設けたいそうよ」


 リシェイが俺へ視線を向けてくる。


「いや、タカクス都市に対策部を作るのは無理だって。カッテラ都市のキリルギリ対策部に統合してしまった方がいいと思う。そうすれば、少なくとも魔虫狩人に関してはすぐに伝手と連絡網を確保できる」


 それに、俺自身は動けないけど、俺の伝手で紹介できる建築家や建橋家もいる。キリルギリ対策部に一度籍を置いていたし、連絡網はまだ使えるから対策部経由で俺に知らせてくれれば早めに紹介できるだろう。


「なにより、リシェイ達事務方の負担が今でも大きいのに、これ以上の仕事は無理だ。何としてもカッテラ都市に押し付ける」

「そうは言うけど、カッテラ都市もそんなに余裕はないと思うわよ?」

「キリルギリ対策部は各自治体の魔虫狩人ギルドに在籍する事務員で回しているから、書式さえ整えておけば最低限の指導でも回ると思う」

「うーん」


 リシェイが悩む。

 まぁ、書式を整えたところですぐに対応できるかというと疑問は残るわけだけど、タカクス都市やカッテラ都市が単独で負担するよりよほど現実的だ。

 リシェイも分かっているからか、しばらく悩んだ後で頷いた。


「分かったわ。キリルギリ対策部を統括してるのはクルウェさんの旦那さんよね? アマネから話を通してもらえるかしら?」

「分かった。手紙を送っておくよ」



 後日、俺がキリルギリ対策部に送った手紙により、事務方の対策部が設立された。



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