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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第十二話 プレハブ工法

 しとしとと雨が降るお昼時、事務所に人が訪ねてきた。


「こんにちは。この間振りです」


 ミカムちゃんである。

 ヨーインズリー孤児院でリシェイと一緒に育った子で、虚の図書館司書見習いを断ったリシェイが代わりにと紹介した子でもある。

 結婚式にもリシェイの親族役としてきてくれていた。


「もしかして、派遣されてくる図書館司書って?」

「はい」


 ミカムちゃんが自らを指差す。自分がその図書館司書だと言いたいのだろう。

 事務室から出てきたリシェイが玄関のミカムちゃんを見て目を丸くする。知らなかったようだ。


「リー姉、元気みたいだね」

「ミカム? なんで?」


 ミカムちゃんと俺を見比べて、リシェイが首をかしげる。


「これから作る学校図書館の司書として派遣されたんだってさ」


 説明すると、リシェイは納得の表情をした後、すぐに困った顔になる。


「ヨーインズリーに送った手紙と行き違いになったのかしら?」


 雪揺れやキリルギリによって発生した難民、避難民の受け入れにより、現在のタカクス都市は人口二千四百人にまで膨れ上がった。

 元々が観光地だけあって宿も多く、公民館などを利用して何とか雨風を凌ぐことはできているけれど、まだ五百人以上が家を持っていない状態が続いている。

 仮設住宅を作るのが最優先と考え、図書館の建設は後回しにする旨をヨーインズリーの虚の図書館長宛にも送ってあった。

 司書としてミカムちゃんが来たという事は、入れ違いになったのだろう。

 どうしたものかな、と思っていると、ミカムちゃんは首を横に振った。


「世界樹北側の状況は聞いています。図書館を作っている暇もおそらくないだろう、と虚の図書館長も言っていました」

「それなら、どうしてタカクスに派遣されたのかしら?」

「事務員が足りていない状態で被災者対応も行うとなると、タカクスの経営に響く可能性もある。だから手伝ってきなさい、と」


 虚の図書館長、マジデキル人。

 オーバーワーク気味だったから一人増えるだけでも非常に助かる。


「確かに助かるわ。今日のところは休んで、明日から仕事を手伝ってもらえるかしら?」

「リー姉にはお世話になってばかりだったから、ようやく恩返しができるね」

「私もミカムには色々と助けられているもの。それで、申し訳ないけど今日は私の部屋を使ってくれるかしら。避難民が泊まっているから、宿に空きがないのよ」

「そんなに大事になってるんだ。分かった」


 納得したミカムちゃんを連れて、リシェイが二階へ上がっていくのを見送って、俺は事務室へ戻る。

 しかし、すぐに玄関の呼び鈴が鳴らされた。

 今度は何だろう。


「いま行きます」


 声を掛けつつ玄関に舞い戻る。

 扉を開けると、見慣れない行商人風の女性が立っていた。鋭い目つきをしたその女性はポケットから赤く着色した木のメダルを出してくる。


「ヘッジウェイ町から運搬してまいりました」

「あぁ、来ましたか。ちょっと待っててください」


 ヘッジウェイ町で開発されたというブランチイーターを原料にした新素材だろう。

 俺は事務室の壁際に座っているテテンに声を掛ける。


「テテン、俺はちょっと出かけるから、留守番を頼む。それから、メルミーが帰ってきたら、急ぎの用事がない限り事務所にいてくれるように伝言もお願い」

「……わかった」


 テテンに後を任せて、俺は玄関に戻って女商人と一緒に事務所を後にした。


「もっと、ゴミゴミしてんのかと思ってましたよ」


 ぶっきらぼうに女商人がタカクスを見回して言う。


「難民が大量に入ったんでしょう? ずいぶんと綺麗なままに見えるけど」

「景観を汚している暇なんて与えてませんからね」


 職人は毎日のように家の建設、農家は毎日畑仕事、空いた時間は工房などで師匠について修業、休み時間は寝る時間というライフスタイルで過ごしてもらっている。

 クーベスタ村の職人は云うに及ばず、その他の新興の村からやってきた難民も師匠を付けての再教育だ。旧キダト村のおじいちゃんおばあちゃんの張り切りようときたら、俺より元気なんじゃないかと思うほど。

 第四の枝では近頃、若い子がいっぱいで嬉しいねぇ、が流行語の兆しを見せているそうだ。


「厳しく躾けてるんですね?」


 そんな犬や猫じゃあるまいし。

 厳しいのは確かだと思うけど。

 旧キダト村のおじいちゃんたちが通りかかると難民の背筋がピンと伸びるくらいには、厳しい。


「これですよ。ヘッジウェイ町長から直筆の説明書を渡すようにも言われてます」


 女行商人はそう言って、コヨウ車の荷台の下から筒に入った説明書を出してきた。


「先に品物を確認してほしい。これからヘッジウェイに戻って職人連中を乗せてこなけりゃならないんです」

「分かりました。では、失礼します」


 女行商人に断りを入れて、俺はコヨウ車の荷台にある品物を確認する。

 ブランチイーターの甲殻から作られた新素材という触れ込み通りの見た目だ。

 特殊な処理をしていると聞いていたけど、甲殻を細かく砕くのではなく、薬品に付けたりする処理なのだろう。

 触った感じはかなり硬い。折れず曲がらずといった具合だろうか。原料であるブランチイーター本来の硬度と比べるとかなり硬さが増しているのが分かる。木の矢が刺さるようなブランチイーターの甲殻にどんな処理をすればこうなるか、皆目見当がつかない。

 重量は同じ大きさのレンガと同程度だろうか。魔虫素材としてはかなり重たい部類だけど、ブルービートルのようなずば抜けた重さじゃないし、許容範囲内だろう。

 ヘッジウェイの特産品として売り込む予定があるという町長会合での話通り、ヘッジウェイで認可した素材であることを示す印が押されていた。まだ作成方法が公表されていない品だけど、すでにブランド化へ向けて力を入れているのが分かる。


「確認が終わりました。公民館の共用倉庫に運び込むので、手伝ってください」

「はい」


 女行商人はひらりとコヨウ車の御者台に飛び乗ると、コヨウに指示を出して車を動かし始めた。

 俺はコヨウ車の隣を歩いて公民館へ向かう。

 共用倉庫にはすでに難民の住居を建てるための建材があちこちに山を作っていた。


「……ここはゴミゴミしてますね」

「面目ないです。半年もすればきれいになるので、目を瞑って頂けるとありがたいですね」

「半年でこれを消費し切っちまう事に驚きですよ。取引先は笑いが止まらないでしょう」

「いえ、過労死させる気かと怒られましたよ」


 無論冗談である。コマツ商会は大口取引だと喜んでいた。

 本心はどうだか知らないけど、お客相手に怒ったりする商人がいるはずもない。

 女行商人もそれが分かっているのだろう、肩をすくめた。


「あんまり苛めないでやんなよ」

「心得てますよ。代金は事務所で受け取ってください」

「そうさせてもらいます」


 女行商人を乗せて事務所へ向かうコヨウ車に背を向けて、俺はヘッジウェイ町長直筆だという説明書を読む。

 新素材の弾性や剛性といったデータが書かれている。


「仮設住宅になら使えるって、こういう意味か」


 データを読み終えた俺は組んだ脚に頬杖を突いて新素材を眺める。

 硬度を増すための処理方法は書かれていなかったけれど、おそらくは釉薬のようなものを塗ってから焼成するのだと思う。

 そのため、処理を行った後は加工ができない。

 ここにあるのも事前に建材として使えるように加工した上で処理したのだろう。


「プレハブだと考えて対応すればいいんだろうけど、職人連中がブチギレそうだな」


 自分たちの仕事を奪う気かとか、自分たちの仕事はこんな特徴のない物じゃない、だとか言い出しそうだ。

 世界樹でこのプレハブ工法がどこまで有用なのかも疑問が残る。

 工費削減が可能かというと、ヘッジウェイ近隣であれば可能、程度だろう。

 まず、運送手段がコヨウ車しかないのが厳しい。コヨウ自体がそんなに力のある動物ではないし、重量物を乗せて進める道も限られる。

 それに加えて、この世界だと人々が住宅に寄せる意識が高い傾向にある。下手をすると数百年住む事になるだけに、家のデザインから何まで結構なこだわりがあったりもする。

 タカクス都市の雲下ノ層の住宅が無秩序なのも、住人の意見をできる限り反映させていった結果だ。


「仮に処理方法が焼成だとすると、熱源管理官も何人か必要になるだろうし、製造コストがどれだけ掛かるか……」


 やっぱり、仮設住宅くらいにしか使えなさそうだ。

 けれど、割り切るのであれば工期も短縮できるし、有用ではある。

 説明書には設計書も付いているから、俺が新たに設計図を起こす必要がないのもありがたい。

 一軒当たりの費用も鉄貨六百枚ほどと、かなりの安さ。

 捨てるしかなかったブランチイーターの甲殻を原料にしている上に、今回は実証実験と宣伝を兼ねているため割安になっているのだ。

 実際に流通する頃には鉄貨千二百枚から千三百枚になるだろう。

 それでも、世界樹製の木材で作った民家が一軒当たり玉貨二枚、つまりは鉄貨二千枚であることを考えると、十分に商材としての価値はある。

 とりあえず、今回はありがたく使わせてもらうとしよう。


「まずはクーベスタ村の人たちを回ってこの家を建てるかどうかを訊ねるか」


 あまり手元にお金を持っていない彼らの事だし、多分飛びついてくるだろう。




 翌朝、雲のない空の下で俺は職人達と一緒に工事現場に来ていた。


「で、本当にそれでやるんですか?」


 職人たちが気乗りしない表情でブランチイーター製の建材を指差す。


「家主の了解も取ってある。悪いが付き合ってくれ」

「早急に家を用意する必要があるのは分かってるんですがね。やっぱり気乗りがしないってのが本音ですね」


 建材を持ち上げてため息を吐く職人に声を掛けたのはメルミーだった。


「これはむしろ、良い機会かもしれないよ?」

「いい機会って、この積み木みたいな代物が、ですか?」


 眉を寄せる職人に、メルミーは頷きを返してちらりとクーベスタ村出身の職人を見る。


「家を建てる手順を大まかに把握できる、良い教材だと思わない?」

「……考えましたね。確かに、工期も短いから現場の数をこなすのにはちょうどいいかもしれません」


 悪い笑みを浮かべたメルミーと職人が、クーベスタ村出身者を除く他の職人を呼び集めて、計画を説明する。

 それが、プレハブ工法を利用したクーベスタ職人促成一人前計画の始まりであった。


「どんどん進んでいくから、手順を覚えてね。作業はまだしなくていいから」


 二百歳以上年下のメルミーの指示だけど、背く職人はいない。

 タカクスに居住する職人たちもそれぞれの修業先で一人前と認められて独立した者ばかりだが、メルミーの職人としての腕には一目置いているのだ。矢羽橋の彫刻を始めとした仕事にはそれだけの価値があった。

 クーベスタ村出身者の職人が口答えしても白い目を向けられるか、拳骨が飛んでくるだけである。もっとも、彼らもタカクス都市で生活するにあたり矢羽橋や教会を目にする機会があり、修業先の工房や工務店で師匠から話を聞いているため、メルミーとの腕の差は認識しているらしく逆らう事はない。

 促成一人前計画はなかなかの効果を発揮した。

 クーベスタ村を興してからは家具ばかりを作っていた彼らだが、この計画により団体作業における立ち位置を意識する事を思い出し、段々と動きに無駄がなくなってきたのだ。

 二十軒も建て終える頃には邪魔にならない程度には使えるようになっていた。



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