第十一話 緊急町長会合
「本日はお忙しい中、ケーテオの求めに応じてお集まりいただき感謝いたします」
開会のあいさつを兼ねたケーテオ町長の謝意を受け、町長会合出席者は拍手で応えた。
「なに、明日は我が身って事だよ、ケーテオさん」
ヘッジウェイ町の町長が軽い調子で声をかけ、出席者を見回す。
「それに、ケーテオさんの事がなくても集まらなけりゃならなかったろ」
「そうですね」
俺はヘッジウェイ町長の言葉を肯定しつつ、ケーテオ町長を見る。
「とはいえ、私もあまり長くタカクスを離れるわけにはいかない事情があります。申し訳ありませんが、すぐに本題に入って頂きたい」
工事がまだ三割ほどしか進んでいないんです。
クーベスタ村の二歳くらいの子が「おうちまだできないの?」とか聞いてきて心苦しいったらないんだよ。早く宿暮らしから脱出させてやらないと。
ヘッジウェイ町長が顎を撫でながら俺を見て何かを言いかけ、しかし何も言わずにケーテオ町長を見た。
「タカクスの働き者が仕事中毒で禁断症状に苦しんでる。早いとこ、本題に入ろうか。と言っても、今回は緊急会合で事前の意見調整もなされていない。ケーテオさん、被害状況の詳しい説明は報告書通りでいいのかい?」
「あぁ、その報告書の記載通りの状況だ」
「……心中お察しする。それで、会合招集の理由は?」
ヘッジウェイ町長の質問に、ケーテオ町長は白い髪を揺らす。
「この度の災害により、経営難に陥った。人口過密の緩和手段を取る事も出来ず、状況が変わらなくては百年以内に破たんする」
百年か。長期スパンだなぁ。
結構な余裕があるのではないか、とも思うけれど、カッテラ市長さえも舌を巻くほどの経営手腕を発揮するケーテオ町長だからこそ百年の間維持できるだけだ。もしも俺がケーテオ町長なら、十年持たないだろう。
報告書を読む限り、ここからどうやって百年持たせるつもりなのか全く道筋が見えないくらいだ。
リシェイを連れてくればよかった、と隣の空席を見て思う。タカクスの人手が足りないから、今回リシェイには留守番をお願いしている。
「百年も維持できるのか。流石はケーテオ町長、とほめたくなるところだねぇ」
会議机を囲む町長の一人が苦笑する。
「裏を返せば、ケーテオ町長でも維持するのがやっと。いまのうちに状況を変える算段を立てないと、ケーテオ町の人口四千人が難民と化すのか」
デカい時限爆弾もあったものだ。
ケーテオ町長は「面目ない」と呟いて頭を下げた。
「今回の会合の招集目的だが、タカクスとの間に橋を作り、直通の交通網を形成した上でケーテオ町の畑を大規模な薬草園へと変更する計画を立てた。支援をお願いしたい」
「あ、なるほど」
思わず納得の声を出してしまい、俺は慌てて咳払いして誤魔化す。
ヘッジウェイ町長がにやにやしてこっちを見てくる。
「タカクスさん、説明してくれるかい?」
「えっと……」
ケーテオ町長を見ると、無言で頷かれた。提案者であるケーテオ町長が話すより、俺が話した方がデメリットを隠さずに話す期待がある分、その後の会議がやりやすいからだろう。
「我がタカクス都市は食品の一大産地を自負しています。畑も多く、農業従事者も多い」
「品種改良にも力を入れてるね。タカクス都市産の食べ物を扱う専門店がウチの町にもできたよ」
一人の町長が言うと、うちもだ、何人かの町長が手を挙げた。
俺は話を続ける。
「そういうわけですから、食糧の供給能力だけを考えればケーテオ町の四千人分の食糧を安定して輸出する事も可能です」
「凄まじいね。タカクス都市は千五百人くらいの人口だろう?」
「いまは二千人を超えました。畑を持っていない者も多くなりましたが、それでも四千人なら問題ありません」
しかも食糧生産能力はまだ伸びている。これから農具の類の開発ができれば、さらに伸びるだろうけど今は割愛する。
「そんな我がタカクスですが、医者が足りていません。また、薬草等に関しても栽培経験が乏しく、住民は手を出さずにいます」
「そこにケーテオ町が薬草を売り込むってわけだ」
ヘッジウェイ町長が結論の半分を口にする。
俺は頷きつつ、残りの半分を会議の場に共有する。
「それもありますが、ケーテオさんの狙いはその先、タカクス都市を経由した薬草の輸出でしょう」
ケーテオ町は古い自治体だけあってあちこちに道が通じているけれど、タカクスへ直通の道が整備されれば足の早い薬草も広範囲に輸出が可能になる。
利益率が良い薬草は栽培が難しいが、ケーテオ町には薬を専門に扱う商会もあり、栽培ノウハウを持っているから心配はいらないだろう。
さらに、タカクスとの直通路は食料輸入も容易にする。輸入費用は下がり、薬草の売却金を組み合わせればケーテオ町復活のカギになる。
ただ、問題となるのは建設費用だ。
「ケーテオ町との間に橋を架けるのであれば、玉貨三十枚からの事業になります。我がタカクス都市では負担できかねます」
協力したいのは山々だけど、クーベスタ村からの難民を受け入れて家を作っている真っ最中だ。それに、今は別の問題も持ち上がってしまっている。
ケーテオ町との間に橋を架けるだけの資金をねん出するのは難しい。職人の手も足りない。
「タカクスさんとこにはすでに十分すぎる負担をしてもらってる。これは我がヘッジウェイを始めとした各町が動くべき案件だろう」
ヘッジウェイ町長が会議室の面々を見回すと、皆がためらいなく協力を表明していく。
ヘッジウェイ町が職人と建橋家を派遣、その他の町が資金を融通する事で話がまとまる。
どこかを助ける時の即断即決振りは何度見ても惚れ惚れするな。
「感謝します」
ケーテオ町長が頭を下げ、着席する。
そして、議題はもう一つの案件に移った。
「キリルギリの方は、結局消息不明のままですかね?」
町長の一人が切り出す。
おそらくはこの場で最も情報を持っている、キリルギリ対策部の指揮権を持つ俺に視線が集まった。
俺は資料を片手に立ち上がる。
「捜索は続行していますが、キリルギリの現在の消息は掴めていません。この冬出現したキリルギリはまず新興の村の一つクーベスタに出没、食糧庫を襲撃して腹を満たし、建物の中に餌がある事を学習したらしく周辺の建造物を軒並み破壊して姿を消しました」
ここまでが冬の間に掴めていた事だ。
だが、雪が解けると同時に周辺の捜索を行い、なおかつ雪で連絡が途絶えていた各町や村を回ったキリルギリ対策部から新しい情報が入っている。
「雲中ノ層にて食い荒らされた雪虫の死骸が見つかっています。数は十。新興の村ヒーコへ向かったと思われたため、対策部が急行したところ、公民館に立てこもるヒーコ村住民を保護しました」
「無事だったか」
「……三人、食べられたようです」
会議室に沈黙が落ちた。
若手の建築家が興したヒーコ村は、タカクスから見てカッテラ都市の向こう側、幹の方角に存在する。
冬に雲中ノ層から来襲したキリルギリに対して魔虫狩人二人と共に村長が応戦して村民を公民館に避難させる時間を稼いだという。
村長が建築家だけであって、公民館は非常に頑丈に作られており、キリルギリが屋根に飛び乗っても壊れることはなかった。立てこもった住民たちが窓から物を投擲してキリルギリを追い払ったものの、再度の襲撃に怯えて身動きが取れずに春を迎えたところへキリルギリ対策部が到着したという流れである。
「ヒーコ村長と魔虫狩人二人は行方不明。血の付いた衣服の切れ端が残っていることから、おそらくはキリルギリに食べられたものと思われます」
村長が行方不明になったため、住民が話し合った結果ヒーコ村は解散が決まった。もともと経営状態が悪く解散は免れなかったが、キリルギリに止めを刺された形だ。
クーベスタ村と状況は同じである。
「ヒーコ村を後にしたキリルギリはその後、同じく新興の村であるギリカを襲撃しました」
「ギリカ村は村人のほとんどが魔虫狩人だったはずですな?」
「えぇ、その通りです。ギリカ村は村長以下、五十名の魔虫狩人が在籍し、農業を行っている者も村の防衛戦力として弓を扱う事ができるとの事です」
男女の別なく弓を取り、総勢二百名の村人が襲撃してきたキリルギリに対応したのだ。
「ギリカ村長はキリルギリを知っていたため、戦闘はギリカ村を拠点とした防衛戦となりました」
傾きかけている村の経営を考えれば、キリルギリを討伐して村の知名度を上げる方法もあったのだろうけど、ギリカ村長は極めて冷静だった。
雪の深さから討伐戦を行うのは無謀だと即座に判断し、あくまでも防衛戦だと割り切って作戦を組み立てたのだ。
現役の魔虫狩人が多かったのも幸いし、作戦を細かく組み立てる事が出来、連携も巧みだった。
ギリカ村長は戦闘部隊を五十名ずつの三つに編成し、公民館に残りの五十人を立てこもらせ、三つの部隊で公民館を起点にした十字射撃を繰り返すことでキリルギリを遠ざけている。
何しろ百からの弓矢の一斉掃射だ。十字攻撃であることも考えれば、命中率なんて度外視できる面制圧攻撃を行える。
「キリルギリに対し胴部に四か所、尾部に十三か所の矢傷を負わせたそうです。かわりに、ギリカ村は公民館周辺の建物が戦闘に巻き込まれて倒壊しました」
「痛み分けと言うところだね」
ケーテオ町長が言う。
人的被害が出ていない事を考えると、ギリカ村の勝利といってもいいかもしれない。
だが、気になる証言もある。
「ギリカ村長の証言ですが、伝え聞いたキリルギリとはやや形状と色が異なるとの事でした」
「おいおい、変異種だとでもいうのか?」
ヘッジウェイ町長が顔をしかめる。
変異種なのか、新種なのかは分からない。何しろ、キリルギリ自体が珍しい魔虫だ。
「色が明るい黄緑色をしていたとの事で、翅もあまり大きくなかったそうです。ギリカ村長の私見では、おそらく成虫ではないのだろう、との事でした」
「これだけの被害を出す魔虫が、まだ大きくなるというのか……」
「もう一つ、成虫へ脱皮する場合、ギリカ村が総出で負わせた傷は再生すると考えた方がいいでしょう」
しかもこいつは人の味を覚えている。脱皮後も食欲が旺盛なままなら、今度はどこが襲撃されるか分からない。
その時、町長の一人が手を挙げた。
「冬にうちへ来た行商人がキリルギリらしき魔虫の姿を見ている。雲中ノ層の枝から枝へ跳躍して渡っていたそうだ」
「時期と場所は分かりますか?」
訊ねると、町長が手元のメモ帳をめくって答えてくれる。
証言が確かなら、ギリカ村へ向かう途中のキリルギリを見たのだろう。
手元の報告書に走り書きして、俺は町長たちを見回す。
「キリルギリ対策部からは以上です。新しい事実が判明したなら、すぐに情報を送ります。各町には周辺の村への情報共有をお願いします」
頭を下げて、俺は着席する。
そして、最後の議題に移った。
「解散する事になった三つの新興の村についての受け入れ先が問題だな。ケーテオさんは雪揺れ被害を受けているし」
「ヘッジウェイでは受け入れられませんか?」
声を掛けられたヘッジウェイ町長は腕を組んで、ため息を吐いた。
「ギリカ村の魔虫狩人を三十人程度は受け入れられる。周辺の村と協力すれば、もう二十人は可能だろう」
「他は?」
十人程度の少人数を受け入れると表明する町ばかりだった。
ケーテオ町長が唸る。
「どこの町もこの日に備えて食料や土は備蓄を進めていたが、一気に崩れ過ぎたね。建材の相場もすでに値上がりが始まっている」
「商人連中が足元を見てくるのはいつもの事だ。けれども、こう一気に来られるとなぁ」
ケーテオ町の復興資材も必要だし、これからケーテオ町との間に架ける橋の建材もある。
どの町にとっても手痛い出費だ。
「どうにかならんかね? 西や東から取り寄せちまう方が、結果的には安上がりかもしれんよ?」
「建橋家資格を持ってる連中の意見を聞きたい。何か案はないか?」
ぽんと資材が降ってくるわけでもなし、案と言ってもなぁ。
俺は建橋家資格を持つ他の町長やその秘書と顔を見合わせる。
やはり、誰も良案は出てこないようだ。
諦めかけたその時、ヘッジウェイ町長がポツリと呟いた。
「間に合わせでいいなら、魔虫素材で仮設住宅を建てられない事もない」
「ほう、詳しく聞かせてもらいませんかな?」
ケーテオ町長が興味を示すと、ヘッジウェイ町長は話し出した。
「最近、我がヘッジウェイ町で開発に成功した、ブランチイーターの甲殻を処理して硬度を高めた建材がある。まだ何年保つかの実証段階中だが、間に合わせの仮設住宅と割り切るなら使えない事もない」
「ブランチイーターの甲殻ですか? 利用できるなら大発見ですよ、それ」
ナナフシに似たブランチミミックとは違い、ブランチイーターは使い道のない魔虫だ。その割に、あちこちで世界樹の枝を食害する嫌われ者である。
もしも甲殻を建材に出来るのなら、ぼろ儲け出来るだろう。
ヘッジウェイ町長が首を横に振る。
「まだ実証段階なんだ。定期的に検査を行う必要がある。建橋家の検査役がいる自治体でないと危なくて任せられない」
「すると、この場でその新素材を利用可能なのはヘッジウェイ町とタカクス都市くらいですか。ヘッジウェイさん、建橋家の派遣は出来ませんか?」
「二人動かせる。ケーテオ町に一人送りたいが、どうだろうか?」
「えぇ、受け入れ準備を整えておきます」
ケーテオ町にとっては渡りに船の提案だ。復興作業で金が入用な今、仮設住宅を安く作れるのならそれに越したことはない。
ヘッジウェイ町長が俺を見る。
「タカクス都市は、アマネ市長が動けるなら問題ないと思うが」
「えぇ、俺は大丈夫です。ただ、その新素材の利用は心得のない職人でも可能ですか?」
「問題はないと思うが、職人も五、六人派遣しよう」
「助かります」
それにしても、ケーテオ町との間の橋架けといい、ヘッジウェイ町の負担が大きすぎないだろうか。
心配したのは俺だけではなかったようで、ケーテオ町長がヘッジウェイ町長に声を掛けた。
「なにか見返りが必要だろう。何かあるかね?」
「使用感なんかを報告書にしてくれると助かるな」
「それだけでいいのかね?」
「だけって事はないさ。場合によっては、ヘッジウェイ町の主要輸出品にもなるんでね」
商品の宣伝も兼ねているわけだな。
それでも、材料がブランチイーターならばかなり安い建材になるし、これから春で魔虫も湧く。値段はなおのこと下がるだろう。商人もブランチイーターが建材としての需要を持つことになるとは知らないから取り扱っていない。
今なら捨て値で買い上げることができる。
その後、各町が現状を報告して、町長会合は閉会となった。




