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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第十話  建設ラッシュ到来

 キリルギリの襲撃がないままに二日が過ぎ、タカクスにビロース率いる魔虫狩人とケーテオ町からの避難民が到着した。

 避難民を宿に振り分けた俺は、魔虫狩人たちに半日の休憩を指示し、ビロースを応接室に招く。


「――それで、何の騒ぎだよ、こりゃあ」


 ビロースは市内の魔虫狩人の配置状況などから問題が起きたことを察したらしく、ソファに座るなり本題を切り出すよう促してきた。


「キリルギリが出たんだ」

「はぁ!?」


 目を剥くビロースに細かい経緯を話す。

 話を聞き終えたビロースは腕を組んで唸った。


「……なるほど。カッテラ都市を通った時もやけに騒がしいと思ったが、そういう事だったか」

「カッテラ都市からの援軍もすでに配置についているから、当面の危機は去ったよ」


 ビロース達が加われば、戦力は十分だ。こちらからうって出るのは無理だけど、タカクス都市の防衛戦力としては十分な戦力である。


「キリルギリの現在位置は分からないんだよな?」

「不明だ。最後に目撃されたのがクーベスタ村だからな。すでに世界樹を回り込んで南にいるかもしれないくらいだ」


 キリルギリは機動力が並じゃない魔虫だ。すでに世界樹を後にして大地に降り立っている可能性だってある。


「警戒網を維持したまま冬を越して、雪が解けたら周辺を捜索する事になるな」


 ビロースが立てた今後の計画に頷いて、俺は話題を変える。


「ケーテオ町はどうだった?」

「復旧作業中だ。それと、ケーテオ町長からの手紙を預かってる」


 ビロースが差し出してきた手紙にはケーテオ町の詳しい被害状況などが書かれていた。新しい情報もいくつかあるようだ。

 読み進めていくと、タカクス都市に建設を予定していた薬の研究施設の計画を中止するとも書かれている。

 これだけの被害が出た以上は仕方がない事だろう。


「タカクス都市への避難民の数は三百人か」


 働き盛りの若い夫婦を優先的にタカクスへ回してきている。仕事を用意してもらえれば助かるとの事だ。

 可能限りタカクスに負担がない人選なのだろう。

 ケーテオ町長からの手紙には、復旧にかかる費用を計算中である事、雪が解けた後に町長会合を開いてほしいとの事が書かれていた。

 今回の雪揺れの被害は大きく、元々破綻しかけていた経済状態を立て直していたケーテオ町に痛打を与えた。

 経済的な支援を行う必要があるのは明白だ。町長会合で支援の要請をするのだと思う。


「雪はまだ止みそうもないし、今年の冬は問題だらけだな」


 ため息をついて、俺はビロースを見る。


「ひとまず、ビロースも家に帰って体を休めてくれ」

「了解。腹も減ったし、帰って妻の手料理を味わうとすらぁ」


 腰を上げたビロースを見送って、俺はソファに座ったまま足を組む。

 そのまま背もたれに背中を預け、天井を見上げた。


「クーベスタ村の人たちも含めて、人口二千人到達か。他の新興の村がどうなるかにもよるけど、来年は忙しくなりそうだな」


 今のうちにクーベスタ村の人たちの住居を設計しておかないと。

 俺は立ち上がって、応接室の横にある作業部屋へと向かった。




 冬が過ぎ、雪解けとともにキリルギリの捜索が始まった。

 俺は魔虫狩人の肩書もあるけれど、今はタカクス都市内で元クーベスタ村住人の住居建設に関わる必要があるため、外に出られない。

 キリルギリの脅威度も考え、カッテラ都市と共同でキリルギリ対策部を創設し、魔虫狩人を五人一組の編成で七組ほど作り、冬の間雪で交通網が遮断されていた各村へ派遣、キリルギリに襲われていないかを確かめることになった。

 対策部の総指揮は俺とクルウェさんの旦那さんで執ることになっているけれど、基本的には旦那さんに丸投げ状態だ。俺は魔虫狩人としての意見を述べる役割の方が大きい。

 対策本部はカッテラ都市の魔虫狩人ギルドに置かれている。

 そんなわけで、俺は今日も早朝から建設現場に出ていた。


「さぁ、さぁ、メルミー組の大仕事は始まったばかりだよ! 建てるぜー、打ち立てるぜぇー、偉業って奴を!」

「メルミー、はしゃぎ過ぎだ」


 雪解け早々に家を何十軒も建てることになったため、タカクス都市の職人総出での建設である。カッテラ都市からも工務店と建築家を出してもらっており、俺の描いた設計図で建設してもらっている。

 クーベスタ村の住人は元々職人で構成されているため、今回の建設では彼らをあちこちの建設現場に送って修業もさせていた。

 無論、クーベスタ村の職人には誓約書を書いてもらっている。厳しくしても逃げ出すことはできないだろう。


「てきぱき始めるぞ。基礎工事からだ」


 今回の建設現場は第一の枝の上だ。

 この枝にはもともと、タカクスを作ったばかりの頃から住んでいた古参住人の住居があった。

 今は雲中ノ層の枝に大半の古参住人が引っ越したため、村時代の住居が残っている。

 ケーテオ町からの避難民の何割かはこれらの古い住居に仮住まいしてもらう事で決まっていた。

 雪揺れの被害に遭った彼らはあまり自由にできるお金がない上、復興が済み次第ケーテオ町に戻る事を考えている人も多い。仮住まいとしてはちょうどいいだろう。

 クーベスタ村の人たちについては、第二の枝の住宅区と第一の枝に新たに家を作る事で決まっている。

 彼らにはタカクス内に財産を持たせた方が仕事や修業に身が入るだろうという目論見である。ついでに、無利子で建設費用を貸し出すことを提案して恩も売ってある。

 これだけやって修業を放り出して新天地に向かおうというなら、どんな修業をさせても一人前にはならないだろう。そんな説明で、彼らの受け入れ先である工房長を納得させている。

 実際の彼らの仕事ぶりを横目で窺う。


「そんなところに突っ立ってんじゃねぇ、邪魔だ!」

「周りを見ろって言ってんだろ、そこ邪魔だ!」

「作業動線くらい頭に入れとけ、邪魔だ!」


 邪魔だ、のオンパレードである。

 クーベスタ村出身者が行う作業のところで全体の流れが止まってしまっている。

 これは俺のミスだ。クーベスタ村出身者の実力を大きく見積もりすぎていた。

 彼らは、完全な素人と考えて作業を振り直した方がいい。家具作りばかりやっていたせいで集団行動の基礎が守れていないのだ。


「全体、作業を中断してください」


 職人全員の注目を集めて、俺の前に集合させる。

 タカクスの職人たちが不機嫌な顔でドカリとその場に腰をおろし、クーベスタ村出身者は肩身が狭そうに座り込んだ。


「アマネさん、工期の延長をお願いします」


 職長の言葉に、職人たちが深く頷いた。

 俺もそうしたいところだけど、時間がない。工期の延長は出来ないだろう。

 さて、どうしたもんかね。

 俺は隣に座ったメルミーを見る。

 メルミーは無言で首を横に振る。面倒見きれない、という意味だろう。


「仕方ない。クーベスタ村出身者は俺の隣で見学だ」


 これ以上、現場を荒らされてはたまらない。せめて、作業動線を把握して邪魔にならない位置を理解してもらわないと、事故が起こってしまう。

 ヒヤリ・ハットって奴だ。いまの内に対策を取っておかないと危ない。

 一度現場を経験して自分たちがいかに半人前かを身を持って教え込まれたクーベスタ村出身者は文句も言わずに俺の隣に立った。

 まぁ、タカクスの職人はいつもどこかしらで家を建てているし、直近でも学校や劇場などの大規模工事に携わっていて鍛えられている。単純に比較するのは可哀そうか。

 多分、他の現場も似たようなことになっているだろう。お昼休憩のときにでも見まわった方がいいな。


「作業を再開してくれ」


 クーベスタ村出身者がいなくなったことで、作業ペースが格段に早くなった。

 教えながら作業する必要もないから当然か。

 昼までに工事の遅れを取り戻すことは出来なかったものの、工期を延長する必要はなさそうだった。

 元々、クーベスタ村出身者を教育しながら作業する事になると思っていたため、工期を長く取っていたのが功を奏したのだ。

 職人たちにお昼休憩の指示を出し、俺はメルミーと一緒に別の現場に向かう。

 カッテラ都市から派遣してもらった建築家が現場監督をしてくれている場所だ。

 第一の枝にあるその現場でもお昼休憩に入っていた。

 職長と一緒に設計図を囲んでお昼を食べている建築家を見つけて、声を掛ける。


「こっちの作業はどの程度進んでますか?」

「あぁ、アマネさん。恥ずかしい事に、見ての通りで……」


 面目ないです、と頭を下げる建築家に差し入れのシンクの干し肉を渡しつつ、俺は横に座った。


「いいよ、大体の事情は察せるし」


 お昼休憩を潰して職人の一人がクーベスタ村出身者に指導を行っているのが見える。

 こちらの現場でも、クーベスタ村出身者が足を引っ張っているようだ。


「それで、使い物になる職人はいる?」


 職長に訊ねると、肩を竦められた。


「今すぐに使える奴はいねぇよ。十年、みっちり教育すれば使えるかもな。だが、ちょっとした彫刻程度は出来るようだし、基礎だけはしっかり身についてる。とにかく経験を積ませるのが近道って事を考えると、タカクスはあの小僧どもにとってもいい環境だと思うぜ」


 仕事が大量にあるからな、と職長は笑う。

 今回の建築ラッシュでクーベスタ村出身の職人をみっちり再教育するのがベストって事か。

 メルミーが腕を組んで「むむむ」と唸る。


「どうしよっか。工期が延びるのを覚悟の上で、再教育に時間を費やしちゃう?」

「いや、工期を伸ばすとその分職人への支払額も増える。その増えた分はこの家の持ち主になるクーベスタ村の出身者の負担になるから、工期を伸ばすのは無しだ」


 ただでさえ、あまり財産を持ってないクーベスタ出身者の負担をこれ以上増やすのはよくない。


「どうせ、後で工房に弟子入りしてみっちりと教育されるんだ。いまは彼らの住む場所を確保するのが最優先」


 カッテラ都市から派遣されてきて事情を良く知らない建築家に、俺は方針を説明する。


「そんなわけで、工期が遅れると思ったら見学に回してしまっても構いません」

「分かりました。正直、そういっていただけると助かります」


 建築家はそう言って頭を掻き、俺を見る。


「年齢二桁で建橋家になったアマネさんなら、彼らの面倒を見ながらでも工期内で決着をつけてしまうのかと思ってたんですが、気負いすぎでしたかね?」

「気負い過ぎですね」


 俺は別に天才でもなんでもない。前世の記憶がある分、ちょっとアドバンテージがあるだけの普通の人間だ。


「無理なものは無理です。慌てず焦らず、工事の続行をお願いします」


 建築家に後を任せて、俺はメルミーと一緒に工事現場に戻った。




 一日目の工事が終わり、職人たちを解散させた俺は事務所に帰る。

 すでにキリルギリの対策本部から一時報告が届いていた。


「やっぱり、消息不明か」


 事務机に置かれた報告書を読んで、ため息を吐く。

 クーベスタ村を襲ったキリルギリのその後の消息は不明。

 クーベスタ村は食料を軒並み食い荒らされ、家や工房も残らず破壊されていたという。おそらく、食糧庫を襲って味を占めたキリルギリが無関係な建物を破壊して餌の有無を確かめたのだろう。

 クーベスタ村に残っていた売れ残りの家具などは後程商人を向かわせて売却できる物を売却したいという。クーベスタ村長の同行を望むそうだ。


「予想通りといえば予想通りだけど、禍根を残す結果になったなぁ」


 せめて、他の新興の村が無事であることを祈るばかりだ。



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