第九話 防衛体制強化
クーベスタ村長を公民館へ送り出した後、俺はすぐに都市に残っている魔虫狩人に招集を掛けた。
場所は事務所前、集まった魔虫狩人は七人。
「やっぱり少ないな」
平時であれば、七人でも十分だ。いまは冬で、魔虫も少ない。
ビロースを含む何人かの魔虫狩人はケーテオ町へ救援物資を届けに出ている。そのため、タカクス都市に残っている魔虫狩人の中には旧キダト村の住人でもある老齢の狩人も含まれている。
「市長、これはどういう集まりだね?」
旧キダト村の老齢の狩人が使い込まれた弓を片手に腕を組む。
「ケーテオ町への追加支援でも必要になったか?」
「クーベスタ村にキリルギリが出ました」
「……ほぉ」
すっと目を細めた老齢の狩人は瞳に獰猛な光を宿す。
「ぞろぞろと村人総出で避難してきたと聞いとったが、大事になっとるんだな」
「えぇ、大事です。タカクス都市にある、雲下ノ層の枝四本、雲中ノ層の枝一本を、ここにいる七人で護衛する必要があります。俺を含めても八人ですね」
キリルギリは跳躍力に優れて枝から枝に跳ね回る高機動の魔虫だ。八人ぽっちの戦力では村一つ守り切るのも難しい。
集まった魔虫狩人たちも状況を正確に認識して暗い顔をする。
「カッテラ都市への援軍要請は?」
「すでに出しています。カッテラ都市も防備を固める必要があるので、タカクス都市に派遣できるのはせいぜい五、六人でしょう」
「ケーテオ町に向かったビロースさんたちは?」
「もうじき帰ってくるはずです」
ビロース達はケーテオ町への物資配達の後で周辺の警戒や町内の警備の役割をしばらく担う事になっていた。
ケーテオ町は人が多すぎてこういった災害時に取り締まり役の人数が足りなくなると予想されたためだ。
しかし、雪揺れからすでに十六日が経過している今、混乱も収まっている。
「それじゃあ、ビロースさんたちが帰って来るまで粘れば勝ちって事ですね?」
「そういう事になります。いま、有志を募って警戒を強化しています。魔虫狩人の皆さんは所定の位置についてキリルギリを発見次第、威嚇射撃を行って都市に近づけさせないようにしてください。すぐに他の者が応援に向かいます。各員への連絡にはこのメダルを持った者を連絡員として使います」
俺は説明しながらメルミーが作った木のメダルをみせる。端材で作った間に合わせの身分証明書だ。
連絡方法を明確にしておけば、指揮系統の混乱を予防できる。キリルギリが来襲した際に住民がパニックを起こした場合、連絡要員とパニックを起こした住民とを識別できないと危険だと思い、このメダルを急遽作成した。
「見ての通り、クラクトの木と名前が彫ってある」
変わらない物を意味する架空の樹木、クラクト。今回は、とりあえずいつも通りに平常心で、という意味である。
「目の前の地図を見てくれ。ここに、皆の配置場所が記されてる。各員、申し訳ないけど休憩なしで丸一日間の警戒を覚悟してほしい。差し入れは持って行く」
カッテラ都市へ向かわせた援軍要請を受けて、向こうから魔虫狩人が到着するまでおおよそ一日かかる。
「それでは、皆持ち場についてくれ」
「了解です」
各々が腰を上げて、持ち場へと走っていく。
俺は空を見上げ、しばらく雪が降りそうもない事を確認して事務所に入った。
まっすぐにダイニングキッチンに向かい、扉を開ける。
「お疲れさまー」
メルミーがトウム粉を水で練りながら声をかけてくる。
「あぁ、ただいま。差し入れの準備?」
「そうだよ。ちょっと辛い奴を用意してみましたん」
冗談っぽく言って、メルミーがトウム粉と水の入ったボウルを持ち上げる。おそらく、半日程度置いて辛みが増したトウムを使っているのだろう。
真冬で気温の低い今日の差し入れとしては的確だ。
「俺も手伝うよ」
「じゃあ、野菜の方をお願い」
「はいよ」
野菜を切っている内に、リシェイが扉を開けて入ってきた。
「有志で構成された連絡班の編成が終わったわ。ひとまず、これで最低限の防衛態勢は整えた形ね」
「今できる最大限で、なおかつ都市の防備としては最低限、だけどな」
「無い物ねだりをしても仕方がないわよ」
椅子に座ったリシェイは紙を取り出す。
「クーベスタ村の人口は二百二十人。乳幼児が十人含まれてるわ。家具等を作る職人が百人、農業をしていた人が百人、残り十人は村全体の収益を計算したりする事務員ね」
「年齢構成と男女比率は?」
「平均年齢は二百七十歳。上は四百から、下は一桁まででかなり若いわね。男女比は七対三、女性は全員既婚者よ。タカクスで結婚式を挙げてる」
リシェイの報告を耳に入れつつ、俺は切った野菜を炒める。
メルミーが練ったトウム粉をフライパンの上に薄く延ばして生地を焼き始めながら、口を開いた。
「働き盛りの人たちばかりが増えたのは、タカクスにとって良い事だけどさ。……肝心の職人としての腕は、アレなんでしょ?」
「別に言葉を誤魔化す必要はないわ。はっきり言いましょう。使い物になるのはクーベスタ村長以下四人のみ。その四人も人に教えることができるほどの経験は積んでいないわね」
バッサリと切り捨てるリシェイの言葉通りだ。
これは俺が以前クーベスタ村を直接見に行った時の感想と、カッテラ都市から届いている秋頃の調査結果から判断した物である。
実際に工房で働いてもらってから確定させるべき情報ではあるけれど、今の内にクーベスタ村の住人達の振り分けを考える必要がある。
「春までに彼らの畑を用意することはできるか?」
「土はあるわ。ケーテオ町へも融通する必要があるから、農業を行っていた人たちにだけ用意する形でね。面積は食べていけるギリギリにはなると思うけど」
「なら、畑を作るとしようか。場所は第二の枝になるかな」
「いえ、第一の枝にしましょう」
「この枝?」
メルミーが足元を指差す。
リシェイの言いたいことも分かる。
第二の枝の畑はすでにかなりの面積になっている。住宅区からの距離も遠く、自宅から自分の畑まで三十分近く歩く必要も出てきている。
クーベスタ村がキリルギリに壊滅させられたことで無気力になっていそうな彼らに、畑までの三十分の道のりは苦しいかもしれない。
どうせ努力しても理不尽に壊される可能性があるんだから、と考えながら歩く三十分なんて、精神衛生上よろしくないだろう。
「それでも、第二の枝に畑を作ろう」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「簡単だよ。周りの連中がみんな働いてるんだ。無気力なままでも同調圧力で仕事をせざるを得なくなる」
リシェイは複雑そうな顔をしたけど、メルミーは肩を竦めながらも笑った。
「荒療治だけど、基本的に時間しか有効な薬がない問題だし、引き籠られるよりはずっといいと思うよ」
「そういえば、テテンはどこだ?」
「……思い出し方に、不満、あり」
むっとした雰囲気を出したテテンが扉から現れる。
ランム鳥のクッションを燻して帰ってきたばかりらしい。
「引きこもりって単語で思い出したのは悪かったよ。確かに失礼だった」
「わかれば、いい……」
こくりと頷いたテテンはいそいそとリシェイの横の椅子に座った。俺の定位置にしている椅子である。
ちゃっかりしてんな。
横に座ったテテンを気にせず、リシェイが話を戻す。
「畑の位置は第二の枝に決まりね。後は、職人かしら?」
「子供たちは乳幼児だって話だし、まだ学校の事は気にしなくていいもんな。職人の方は多分、修業させる必要があるか」
「受け入れ先はあるかしら?」
自然とメルミーに視線が集まる。
焼いたトウム生地で俺が切ったり炒めたりした野菜を包んでいたメルミーは視線を受けて首を横に振った。
「クーベスタ村の職人は元いた工房から逃げ出した根性なしって事になってるから、無理だと思うなぁ」
「逃げ出した?」
リシェイが首をかしげると、メルミーは指を左右に振る。
「工房長とか、工務店長とかってね。職人を一人前にしない限りは外に出さないものなんだよ。この場合の一人前って言うのは、仕事を貰えるくらいの腕って事ね。メルミーさんはギリギリ合格でアマネについてきた感じ。追試もあったけど」
公民館の透かし彫りの事か。
照れたように笑ったメルミーは話を続ける。
「クーベスタ村の職人はアマネが見ても稚拙な家具を作っていたんでしょ? それってさ、半人前のまま修業先の工房を飛び出してクーベスタ村に移住したって事だよ。若気の至りだよね。当然、修業先にいた親方は相談を受けた時に止めたはずだし、相談をしなかったのなら、なおさらダメな子だよ」
メルミーはそういって、真剣な眼をする。
「親方って頑固な人も多いから、身の程もわきまえずにどこかに飛び出すようなダメな子の面倒は見たがらないよ。中途半端に教えた子が工房を飛び出して、どこそこで修業しました、なんて工房の名前を出されでもしたら看板に傷がつくもん」
「まぁ、言いたいことは分かった。あの人たちの自業自得って事もな。さて、どうしたもんか」
一、職人以外の仕事を勧める。
プライドがない者や、今回の村の経営で自らの才能に見切りをつけた者は食いつくだろう。
「なにか、他に仕事を勧める場合、タカクスが紹介できそうなのは?」
「ランム鳥の飼育員と、イチコウカ栽培員、あとは交通誘導もあるかしら」
指折り数えるリシェイに、メルミーも同意する。
「公共事業だとその三つだよね。教会の結婚事業はアレウトさんが上手く回してくれてるしさ。宿とかの経営はクーベスタ村の経営状態を考えると向いてないよ」
「経営ではなく、従業員として働いてもらうっていうのはありかな」
「体作りしてる人も多かったよ? お客さんに威圧感与えちゃうんじゃないかなぁ」
「……カッテラ都市に、留学、させる」
テテンが捻った意見を出してきた。
「留学か」
カッテラ都市への留学となれば、熱源管理官養成校で学んでもらう事になるだろう。
熱源管理官を育てることができれば、湯屋を増やしたり、テテンの仕事量を減らすことができる。
けれど、熱源管理官はエリート資格だ。かなりの難関試験を突破しないといけない。
「一応、留学という選択肢もあると彼らに提示してみよう」
熱源管理官だけじゃなく、建築家志望もいると嬉しい。
「問題は、どうしても職人を続けたい連中だな」
「誓約書を書かせて工房で修業させるくらいしか、思いつかないわね」
誓約書を書かせてしまえば、逃げ出すことはないだろうし、逃げ出したとしても他所で工房の名前を出すことはできないだろう。
逃げ出した先で工房の名前を出そうものならすぐに飛んで行って誓約書を盾に引きずり戻すだけだ。
「何故誓約書を書かせるのか、の説明は必要だな。メルミー、差し入れを終えたら、タカクス内の工房を回って受け入れ先を探して。事前に確約を貰っているところにも、再度確認を取っておこう」
「分かった。アマネも差し入れ手伝ってね」
「あぁ、一人で回るには範囲が広すぎるからな」
メルミーが出来上がったばかりの差し入れを編み籠に入れて、俺を見る。
「じゃ、行こっか」
「リシェイとテテンは留守番を頼む」
何かあった時のために事務所を無人にするわけにはいかないから、リシェイとテテンには残ってもらわないといけない。
俺はメルミーと一緒に事務所を出て、第二の枝へ向かう。
市内は特に混乱も無いようで、いつも通りのにぎやかさだ。
クーベスタ村からの難民を見て不安に駆られるかもしれないと思っていただけに拍子抜けしてしまう。
普段から観光客が多く、見慣れない人が出歩いているタカクス都市だからこそ、混乱が少ないのかもしれない。
「キリルギリって魔虫がもし来たら、アマネ、倒せる?」
メルミーが小声でする質問に、俺は首を横に振って答える。
「分からないけど、多分無理だ。じっちゃんにも、手練れの魔虫狩人が十人、連携を取れる状態でなおかつ護衛対象がない状況でなければわき目もふらずに逃げろと言われてる」
「そんなに危ない魔虫なんだ……」
「滅多に出てこないんだけどな。百年に一度、目撃される事さえ稀ってくらいだ」
だからこそ、有効な討伐方法が定まっていない。
「こちらの態勢が整うまで襲撃してこない事を祈ろう」




