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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第八話  冬季の覇者

 ケーテオ町の雪揺れ被害への緊急支援の第一陣に、カルクさんを筆頭にした医療班の編成、ランム鳥三十羽、野菜類などの食料を送る。

 緊急支援の第一陣を送り出した後、魔虫狩人たちを連れて俺はカッテラ都市へ出発した。

 ケーテオ町長から届いた被害状況について、カッテラ都市と情報を共有し、今後の支援を共同して効率よく行うためだ。

 大急ぎでカッテラ都市まで進み、俺は魔虫狩人を率いているビロースに声を掛ける。


「俺はカッテラ市長のところに行く。ビロース達はこのままケーテオ町まで向かってくれ。緊急支援の第一陣にケーテオ町長あての手紙を持たせたから、こちらの受け入れ態勢については向こうもおおかた把握しているとは思うけど、現場が混乱してる可能性もある。一応、俺が持たせた手紙をケーテオ町長に渡して判断を仰いでくれ」

「おう、分かった。そんじゃあ、ちょっくら行ってくる」


 ビロース達はカッテラ都市の橋を利用してケーテオ町のある枝に渡り、コヨウ車に積んだ支援物資と共にケーテオ町へ到着後、タカクスで受け入れる避難民を護送する役割だ。

 冬とはいえ、魔虫が出ないとも限らないため、魔虫狩人のビロース達に白羽の矢が立ったのである。

 ビロース達と別れた俺は、カッテラ都市の雲中ノ層にある市長宅を訪ねる。

 ケーテオ町への緊急支援を決定した時に手紙を送ってはいるが、面会できるかどうかはちょっと分からない。


「ごめんください」


 玄関から声を掛けると、扉を開けて顔を出したのはクルウェさんだった。後ろには旦那さんの姿もある。


「お待ちしておりました、アマネさん。どうぞ、中へ」

「お邪魔します」


 言われるがままに中へ入る。家の中に、クルウェさんと旦那さん以外の気配はない。


「カッテラ市長は?」

「現在は支援の陣頭指揮を執っております。炭を含む燃料と、派遣する熱源管理官の調整等、少々複雑な物ですから」

「そうですか」


 今は真冬だ。雪もかなり降っている。

 家から追い出されることになった避難民が凍死しないよう、熱源管理官を派遣して焚火を行う必要がある。

 熱源管理官養成校を持つカッテラ都市でないと難しい支援だ。

 応接間に通されて、勧められたソファに座る。

 旦那さんが持ってきた紙の束を机に置いた。


「カッテラ都市がケーテオ町へ行う支援の一覧です。タカクス都市に支援していただきたい項目も別にまとめました。申し訳ありませんが、今回のケーテオ町への支援に関してはカッテラ都市が主導で行いたいのですが、よろしいでしょうか?」


 クルウェさんの言葉に、俺は即座に頷いた。


「タカクスは緊急支援の経験がありませんから、カッテラ都市さんが主導で行い、タカクス都市へ指示を出す形にしてください」


 一丸となって支援するのに、経験のないタカクスが主体的に動くと場が混乱してしまう。それならば初めから経験のあるカッテラ都市に指揮を任せた方が安全だ。

 クルウェさんは頷いて、タカクスに支援してほしい項目の一覧を差し出してくる。


「肉類、卵類の支援をお願いします。怪我人へ重点的に配布する形を取ります。また、衣類もお願いしたいですね」


 差し出された項目の一覧をざっと眺めてみる。

 うん、タカクス都市を出発した時に全部準備が整っている。


「この項目に関してはすでに準備ができています。カッテラ都市を経由して送ることになるので日数がかかりますが、明日にはコヨウ車に積んで出発させる事もできる状態です」

「……慣れてませんか?」

「いえいえ」


 水に食糧、おむつに包帯、水を沸かす道具類、仮設テント、湯浴みの道具類エトセトラ。

 どうせ足りなくなるに決まってるんだから、送るか否かはともかく準備だけは済ませておくものだ。

 もとより、タカクスが町になった段階でこういった災害時に備えて備蓄も十分にある。

 ただ、タカクス都市の現在の人口が千五百人、対してケーテオ町は四千人を超える。

 いかにタカクス都市の備蓄量が並ではないと言っても、継続的な支援を行うには相手の規模が多すぎてジリ貧だ。

 クルウェさんもこちらの事情は分かっているのだろう、難しい顔で頷いた。


「ひとまず、その一覧にある支援を完了させてください。その後は待機でお願いします」

「待機、ですか?」


 無理して支援しろと言われても困るけれど、待機というのも解せない。

 何か考えがあるのだろうけど……。

 内心で首をかしげていると、クルウェさんが真剣な表情で口を開く。


「新興の村クーベスタのある枝でも雪揺れが確認されました。今日の昼ごろです」

「厄介な時に……」

「不幸なことほど重なるものですよ」


 クルウェさんは自らにも言い聞かせるように呟いて、続ける。


「そういうわけですから、タカクス都市にはクーベスタ村への支援態勢、または難民の受け入れ態勢を整えて頂きたいのです」

「了解しました。他の新興の村の状況は?」

「新興の村の多くはこの冬の雪で交通網がマヒしており、連絡がつきません。枝が揺れたりはしていないようですが……」


 連絡できないため村の状況は分からないが、逆に考えれば村からも外の状況が分からない。

 サウナ風呂での我慢比べみたいに、どこかが抜ければ後に続く村も出るかもしれないし、今は交通網がマヒしていて良かったかもしれないな。


「それでは、ケーテオ町への支援に関してはカッテラ都市にほぼお任せする形ですか?」

「はい。避難民の受け入れはどうしてもタカクス都市にお願いする事になりますが、他の支援はこちらで引き受けます」


 クルウェさんの言葉に安心しつつ、支援の詳細や連絡の仕方などの詳細を話し合う。


「――それでは、私はタカクスに戻ります。クーベスタ村についての続報が入りましたら連絡をお願いします」


 各種取り決めを行った後、俺は暇を告げて立ち上がる。

 これから忙しくなりそうだ。

 カッテラ市長宅を出た俺は、沈み始めた太陽の位置を確認して歩き出す。

 タカクス都市とカッテラ都市は半日の距離。道は整備されており、雪かきも行われているため冬場でも到着時間は変わらない。

 夜通し歩いて、まだ日も昇り切らないうちにタカクスに到着した俺は、事務所で寝ずの番をしていたリシェイに出迎えられた。


「おかえりなさい」

「ただいま。帰って早々で悪いけど、問題が発生した」

「クーベスタ村でしょう?」

「知ってたのか」

「キダト村長が知らせてくれたわ。クーベスタ村のある枝が揺れていた、と」


 なるほど、と納得しつつ、俺は外套を脱いで事務机に放り投げる。


「使者は?」

「出したわ。でも、この雪だから、五日はかかるかしら。帰ってくるのは九日後か、十日後を考えた方がいいわね」

「分かった。とりあえず、情報共有といこう」


 俺は椅子に座って足をもみ、疲れを癒しながらカッテラ都市との協議の結果を話す。

 相槌を打ちながら聞いていたリシェイは全てを聞き終えるとホッと一息ついた。


「そういう事なら、これから用意する物はそれほど多くないわね」


 支援物資の用意やらは終わってしまっているから、クーベスタ村の状況が分かるまではやれることは少ない。

 俺はリシェイの淹れてくれたお茶で体を温める。


「冬が明けたら、他の新興の村はどう動くかな」

「経営が苦しいのは一緒でしょうし、少しでも余裕のあるうちに解散に踏み切るところはありそうよね」


 リシェイも同じ意見か。


「でも、新興の村の受け入れ先の一つだったケーテオ町がこの状態となると、しわ寄せはタカクスに来ることにもなりかねないわ」

「ケーテオ町からの難民で人口が一割くらい増えるかもな」


 食料品に関しては何ら問題がないけど、住民同士がどうなるか……。

 難民受け入れにより人口過密に陥ったケーテオ町の最初の混乱を考えると、覚悟した方がいいだろう。

 しかも、タカクスは観光地だ。喧嘩騒ぎが頻発しようものなら観光業に多大な影響が出る。

 魔虫狩人による警備隊の編成や抑止力としての公開訓練と巡回を行っているから、酒を飲んでもそこまで暴れるような輩はいない。元々、この世界の人は温和な人が多いのも理由としてあるだろう。

 けれど、人間である以上は不満に思う事もあるし、溜め込めば爆発する。


「ケーテオ町は人口過密の時にお祭りで不満の解消を図ったんだよな」

「そうね。タカクスからも屋台を出したことがあったわ。うちでもやってみる?」


 リシェイが壁掛けカレンダーを見ながら、夏場がいいかしら、と呟く。


「移住してくることになる難民がタカクスでの生活に慣れ始めた頃が良いから、夏場だろうね」

「分かったわ。ちょっと考えてみるわね」


 自分の事務机の上に常備してあるメモ帳に夏祭りの事を書き留めたリシェイはふと思い出したように俺を見る。


「久しぶりに、あの料理が食べたいわ」

「今日の朝食当番はメルミーだから、お昼に作るよ」

「楽しみにしてるわね」

「しててください」


 冗談めかして言葉を返し、互いに笑いあった。

 こんな時だからこそ、沈んでばかりではいられない。




 クーベスタ村の状況が判明したのは、十五日後の事だった。


「やけに遅いと思ったら、こういう事か」


 クーベスタ村の被害状況の調査に派遣した魔虫狩人たちは、村人全員を連れて戻ってきたのだ。

 ひとまずは公民館と男子寮、女子寮を無料開放して体を休めてもらい、クーベスタ村長と魔虫狩人の隊長を事務所の応接室に招く。

 クーベスタ村長は三百二十歳の比較的若い男だ。村長として村を纏めるかたわら、職人としても働いていた。


「迷惑をおかけしてすみません」


 応接室に入るなり、角刈りにした頭を下げてくるクーベスタ村長に頭を挙げさせ、ソファに座ってもらう。


「それで、これはいったいどんな騒ぎですか?」

「家屋が倒壊した。工場もだ」


 クーベスタ村長の話によれば、村人総出で雪かきを行っている最中に突然の雪揺れがあったという。

 だが、この時点ではまだ建物の大半が無事だった。

 問題が起きたのは雪揺れが収まった直後だった。

 雲中ノ層から落ちてきた雪の中から魔虫が姿を現したのだ。


「見たこともない魔虫だった。全身が緑色をしていて細長く、跳ねるように移動していた」


 クーベスタ村長は苦い顔で言う。


「そいつが村の中を跳ね回りやがったんだ。食料庫を倒壊させて中身を食い荒らしている奴の隙をついて、全員を避難させた。なんなんだよ、あいつは」


 その時の事を思い出したのか、クーベスタ村長は震える手で角刈りの頭を掻いた。

 俺はクーベスタ村に行った魔虫狩人を見る。

 魔虫狩人は首を横に振った。


「クーベスタ村まで半日程度の距離でクーベスタ村長率いる一団と合流、即時撤退を選択しました。アマネさんならわかると思いますが、クーベスタ村長の話を聞く限り、問題の魔虫はキリルギリです」

「……キリルギリってなに?」


 リシェイが訊ねてくる。

 まぁ、魔虫狩人でもなければまず知らないだろう。

 俺はクーベスタ村長にも聞くように声をかけてから、説明する。


「キリルギリは冬の間にごくまれに現れる魔虫だ。冬季の覇者、跳躍災害、なんて二つ名がついている。二つ名でわからなくとも、バリル崖の悪魔と言えば、リシェイなら知ってるだろ?」

「三百二十年前に世界樹の西にある雲中ノ層の枝の崖に出たっていう?」

「それだ。コヨウを連れて都市への帰路を進んでいたコヨウ飼いが発見、連れていたコヨウを三十頭近く食い荒らされ、その後に都市から出発した魔虫狩人の討伐隊が十名食い殺された。挙句、逃げ切られている」


 冬場にしか出現しないキリルギリは非常に獰猛で食欲旺盛な肉食性。外見的特徴は伝え聞く限りキリギリスに似ているようだけど、目撃証言では体長四メートルから十メートルと幅があり、討伐例は一度きり。その時の個体は全長六メートルほどだったという。

 枝から枝へ直接渡る跳躍力が非常に厄介だとされており、雲下ノ層から雲上ノ層まで縦横無尽に跳ね回り、雪を雪崩れ落とし、雪揺れを誘発する。この事から、跳躍災害の二つ名がついた。

 キリルギリの戦法を全く知らなかったことが災いし、バリル崖を中心に捜索を行うため三人一組で散開した討伐隊は雲上ノ層や雲下ノ層からの強襲を受けて各個撃破された。

 殺された討伐隊のメンバーが発見された頃には、キリルギリはどこへともなく姿を消してしまう。

 その唐突な出現と獰猛さ、触角や足の一本、体液一滴すら残さずに忽然と姿を消したことからバリル崖の悪魔あるいは悪夢と呼ばれる事件だ。


「撤退の判断は正しい。よく、クーベスタ村の人たちを無事に護衛してきてくれた」


 魔虫狩人を労うが、本人は納得がいかないようだ。


「せめて、一目見て情報だけでも持ち帰りたかったです」

「バカ言うな。守りながら戦える相手じゃないだろ」


 とにかく、事情は分かった。


「クーベスタ村の人たちは、冬の間タカクスに避難していてください。申し訳ありませんが、クーベスタ村の復興は難しいかと」

「あぁ、分かっている……分かっています」


 言い直したクーベスタ村長は項垂れて額を押さえた。


「元々、もうやっていけるような経営状態じゃなかった。諦め時だとも思っていた。だが、最後の最後でこんな理不尽にぶち壊されるとは……」


 涙声で悔しがるクーベスタ村長に、俺は言葉を掛けられなかった。



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