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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第六話  新興の村の状況

 学校の備品となる机や椅子が到着したのは、発注から十日後の朝だった。

 職人ばかりが集まっている村だけあってなかなかの早さだ。この仕事を最優先で片付けたのだろうか。それとも、この仕事以外に注文がなかったのか。

 商品を受け取りに行ってくれたテグゥールースを料理屋で労いながら、話を聞く。


「それで、テグゥールースの見立ては?」


 言うまでもなく、新興の村クーベスタの状況についてである。

 テグゥールースは透き通った酒を片手に首を横に振った。


「改善の傾向はみられませんね」

「やっぱりか」


 元行商人として、様々な村や町を見てきたテグゥールースの話は良くも悪くも信憑性がある。


「手作りつくね串を二本で」


 テグゥールースが声を掛けると、料理屋の親父は「はいよ」と低い声で応じた。

 酒を傾けたテグゥールースは、話を続ける。


「あの机の注文を受けておいて、発送の準備は全く考えていなかったようです。そのあたり、市長の予想通りでしたね」

「クーベスタ村は経営者視点が欠けてるせいもあって、村の外へ輸送する方法を考えてないんだよな」

「経営者視点もそうですが、職人視点に凝り固まっている感覚ですね。それも、救いようがない頑固さで自滅する性格です」


 珍しく辛辣だなぁ。

 俺は空になったテグゥールースのコップに酒を注ぎ、無言で先を促す。


「良い品物を並べれば、多少の不便を無視してても客がやってくる、そんな風に考えているのが見え透いてしまっている」


 酒で唇を湿らせたテグゥールースが俺を指差してくる。


「市長の奥さんのご実家の木籠の工務店、あれくらいの腕があれば多少の無理も押し通せるでしょう。しかし、それは仕事実績と確かな腕を持っていると周囲が認めたからこそです」

「クーベスタ村は宣伝が足りないと?」

「技術も足りません。考え得る限りすべての方法で不便さを改善しても、あの腕では村を維持できるだけの金を稼げないでしょう」


 行商人時代は手広く品物を扱っていただけに、テグゥールースの商品を見る目は確かだ。俺が以前、アクアスからの帰りにクーベスタ村に立ち寄った時も、職人の未熟な腕が読み取れる品揃えだった。


「市長の奥さんは、あの机と椅子を見て何か仰ってましたか?」

「メルミーか?」


 届けられた机と椅子を見たメルミーの第一声は「手直ししようか?」だった。


「所々で継手が甘いそうだ。五年くらいなら使えるけれど、それ以降は買い換えた方がいい、だとさ。それと、基礎教育の生徒が使うイスと机は材料選びからして配慮が足りないそうだ」

「子供が持ち運ぶには重すぎますからね」


 実際にクーベスタ村からタカクス都市までコヨウ車で運搬してきたテグゥールースは実感のこもった言葉を呟き、酒を煽る。


「つくね、おまちど」

「ありがとうございます。塩、もらえますか?」

「どちらに?」

「雲上ノ層の塩で」


 料理屋の親父はテグゥールースの求めに応じ、雲上ノ層の枝の皮を剥いで煮詰めて作った塩を出す。世界樹の樹皮は雲中ノ層以上ならどこの物でも煮詰めれば塩が取れるけれど、中でも雲上ノ層で採れる塩は最高級品で世界樹の樹液の甘さと香りが程よく塩を引き立てる。

 湯気の出ているつくね串に塩をちょんちょんと付けて頬張ったテグゥールースは目を閉じて幸せを噛み締めるような顔をした。


「タカクスに店を構えてよかったぁ」

「それはどうも。親父さん、俺にレバー串を二本と皮二本お願い」

「はいよ。市長さん、酒は?」

「辛めの奴あるかな? 油っぽさが一瞬で消えるくらいの奴」

「ヨーインズリーの蔵出し二十年物か、ビューテラームの十年物。どっちもデニエリィ」

「ヨーインズリーの方で」

「はいよ」


 デニエリィって、トウムから作った奴だったかな。バーボンっぽい香りだったのを覚えている。


「あの机の重さは材料もそうですが持ちにくさもありますね」


 テグゥールースが話を戻す。


「重心が狂ってるのか?」

「いえ、未熟ながらもそこは職人と言うべきか、重心がおかしな場所にあるわけではないですよ。しかしながら、やはり経験が足りないのでしょう。子供が持つには机の天板が分厚すぎる。その上、裏面まで綺麗に磨かれていては滑ってしまって持ちにくい」


 そこまで気にしていなかったけど、言われてみれば確かにそうだ。

 非力な子供が持つのなら、握力を極力使わずに持てるように滑りにくくするべきだろう。


「普通の工房なら親方なり古株なりが指導して直すところでしょうが、クーベスタ村は若者ばかりで指導力のある者がいないのでしょう。……もしかすると、経営不振で村長の発言力が低下しているのかもしれません」


 後半は声を抑え気味にして、テグゥールースはそう分析する。

 もしも村長の発言力が低下しているのなら、クーベスタ村はもうだめだろう。村長が唯一まともに商品を作れる腕の持ち主なのだから。


「商人が移住した程度じゃもうどうにもならないか?」


 問いかけると、テグゥールースは考える間もなく頷いた。


「もう資金をどう扱うかという段階を過ぎているように見えますね。新参の商人の言葉一つで村が一方向に動きだせるほど纏まっているようには見えませんでした。それ以前に、売り出せるだけの商品がないです」


 テグゥールースはつくね串を食べ終わり、追加のから揚げを注文してから続ける。


「なにより、近くにタカクス都市とカッテラ都市があります。特にタカクス都市は手広くやっているので、生半可な商品は通用しません。誰も見た事ないような斬新な商品を開発できれば別でしょうが、分の悪い賭けですね」

「話を聞く限り、商品開発に踏み切れる指導力も資金もないみたいだしな」


 建て直しは絶望的か。


「南の方はどうなってるんですか?」


 今度はテグゥールースが質問をぶつけてくる。

 ケインズからの手紙によれば、世界樹南側も危ない状態だという。


「若手がいなくなったことで、ただでさえ高齢化していた村は解散して近くの町へ移住したり、そうでない村や町でも土を売りに出したりしているそうだ」

「畑の維持にも人手や場所が必要ですからね」


 テグゥールースは納得したように頷く。

 土を売り払った町の中には畑だった場所に住宅街を作ったり工房を作ったりして、産業の転換を図った自治体もあるらしい。この辺りの転換は北側でも同じような動きがみられる。

 人手が減ったなら少ない人手でも効率よく稼げる産業方面にシフトしようという動きは、同じような考えを持っていた町や村と合流し、基金を立ち上げて共同の産業を生み出す形に落ち着いた。


「そういえば、以前に防寒具が高騰したことがあったの、覚えてますか?」

「あったな。つい最近だろ」


 タカクスが村だったときの事だ。

 雪虫狩りに来た四人組の素人魔虫狩人が近くで食中毒を起こした挙句に遭難して、村中大騒ぎになった。


「あの時の四人組はテグゥールースがヨーインズリーまで送ってくれたんだよな。元気にしてるかな、アイツら」

「ヨーインズリーにつくまでの間、市長とビロースさんの武勇伝をずっと話してましたよ。まぁ、それは脇に置いて、話を戻しましょう」

「防寒具の高騰の話だよな。あれから聞かないけど」


 かなり寒い冬も何度かあったけど、防寒具が高騰したという話は聞かない。俺が骨折した時の冬なんて大寒波と言える寒さだったにもかかわらず、防寒具は安定供給されていた。

 テグゥールースが酒のお代わりを注文して、話し出す。


「世界樹北側の町でコヨウの飼育基金を拡大したんですよ。それに合わせて、染料を作る工房や染を行う工房、織物産業などがあちこちで拡大したんです。結果的に、防寒具を含む衣類の高騰は起きなくなりました。ヘッジウェイが一枚噛んでるらしいので、値段もうまく調整されてます」

「ヘッジウェイの町長は商売がうまいからな。譲る所はきっちり譲ってくれるから、長く付き合いたいと思える商売相手だ」

「雑貨屋店主としては、言われてみたい評価ですね。ただ、産業が拡大すれば、それに従事する人手も増える。工房を作れば場所を取る。そうして、様変わりした村や町にはもう出ていった元住人の居場所はありません」

「新興の村の住人が帰る場所はないって事か」

「畑が潰れていれば、食べる物もないでしょうね。資金に余裕があるうちに新興の村が数年間食べていけるだけの金を持たせて解散すれば、混乱も最小限に済むでしょうが……」

「解散なんて一大決心の音頭を取る指導者がいない、と」

「そういうことです」


 新興の村が解散したら、お金もろくに持たない本当の難民が発生するわけだ。

 結構な負担になりそうだな。

 テグゥールースが俺に注意喚起したいのも、タカクス都市が耐えきれる負担額を今の内から見極めておけと言う事だろう。


「レバーと皮、ヨーインズリー産デニエリィ、おまちど」


 料理屋の親父が俺の前に皿とコップを置く。

 ここのレバーはどんな下処理をしているのか、しっかり火が通っているにもかかわらず舌の上でとろけるような柔らかさなのが特徴だ。レバーの旨味が舌の上に抵抗なく広がる感覚が癖になる。


「美味しそうですね」

「あぁ、ここに来たら必ず頼むんだ。美味いぞ」

「市長のお気に入りですか。親父さん、こちらにもレバーを二本」

「はいよ。今日のレバーはこれで最後だ。おめでとさん」


 テグゥールースが声を掛けると、親父さんはすぐに調理に入った。

 俺はコップの中身を覗きみる。琥珀色をしたヨーインズリー産デニエリィが注がれていた。木工細工で作られた世界樹製の容器に張られた紙のラベルには、ヨーインズリーにある酒蔵の名前と製造年月日が書かれている。

 コップを持ち上げ、香りを嗅いでみれば、数種類の木の香りが重層的に刺激してくる。少し重たい印象のある香りだった。

 一口含めば香りと一緒に口の中に残っていたレバーの後味がきれいさっぱり流される。香りで誤魔化されているだけで、かなりきつめの酒だ。

 ゆっくり飲む事に決めて、鳥皮の焼き鳥を頬張る。パリッとした食感が嬉しい。


「難民受け入れ可能な自治体はタカクス以外にどれくらいあるんですか?」

「カッテラ都市とヘッジウェイ町は少数ながら受け入れ態勢を取ってるそうだ。カッテラ都市はブルービートルの甲殻の加工を行う専用施設を建設したらしくて、働き手を募集してる」

「クーベスタ村の職人の一部はその専用施設に?」

「そうなると思う。ヘッジウェイは魔虫狩人が足りないそうだ」

「ギリカ村で発生するだろう難民の受け入れを考えてるんですね」


 俺の結婚式の時にじっちゃんが話していたギリカ村は村人のほとんどが魔虫狩人で構成されている。

 資金繰りもかなり苦しいらしく、鉄の矢の安い購入先を探しているようだ。魔虫を仕留める際に必要となる鉄の矢は一定数の在庫がなくては狩りに出かけられない。

 じっちゃんほどでなくても、ビロースくらいの強弓と精密性があれば木の矢でもいくらかの戦果は挙げられるだろうけど、新興の村であるギリカ村の資金繰りでは大物を仕留めなくては厳しい。

 おそらく、最初に解散するのはギリカ村だろうというのが、前回の町長会合、市長会合における結論だ。

 ちなみに、俺はリシェイと一緒に町長会合と市長会合の両方に出席している。タカクスの規模が都市の枠組みの中では極めて小さいため、町長会合と市長会合の橋渡しの役割も兼ねて両方へ出席してほしいと言われているためだ。


「ケーテオ町はどうなんですか?」

「いまだに人口過密状態だ。ただ、財政的には改善してるらしい」

「流石に歴史がある町は地力が違いますね」

「慎重に産業基盤を整えて増えた人口に合わせていたみたいだ。市長会合でもそのやり手ぶりに唸る人が多かった」


 精密すぎる綱渡り、とカッテラ都市の市長が苦笑交じりに評したほどだ。

 情報交換と世間話を続けながら、ツマミと酒を味わう。

 ところで、とテグゥールースが不思議そうに俺を見た。


「こんなところで食べていていいんですか? 市長の奥さんたち、寂しがるんじゃ」

「女子会があるんだとさ。多分、この店にも古参の男衆の誰かが来るんじゃないかな」


 言ってる側から店の扉が開かれ、ビロースが入ってきた。


「お、アマネも外食か」

「テグゥールースの話を聞くついでにね。一緒に飲むか?」

「そうさせてくれ。ダチと飲みながらじゃねぇと、自己嫌悪でまともに食事もできねぇ気分だ」


 頭をガシガシと掻いて俺の隣に座ったビロースにテグゥールースが声を掛ける。


「若女将とケンカでもしましたか?」

「あぁ、ケンカした。いや、悪いのはこっちなんだが」

「なにやらかしたんだよ」

「花咲式を忘れてた」

「はい、アウトー」

「市長、なんですか、その単語。それはともかく、ビロースさん、花咲式を忘れちゃまずいですよ」

「分かってんだよ、言われなくても。忘れてたもんは仕方ねぇだろ」

「そういや、今日の女子会って主催は若女将だったな」

「今この瞬間にも、ビロースさんの失態が女性陣に伝わってるんですね。仲直りの品選びにはテグゥールースの雑貨屋をどうぞごひいきに」

「ちゃっかりしてるな、お前」


 わいわいとビロースを詰ってると、再び店の扉が開く。姿を見せたのはマルクトとラッツェの品種改良コンビだった。


「市長ではないですか。やはりここのランム鳥料理は格別ですよね。特にレバー」

「マルクトもレバーを食べに来たのか。今日はもう売り切れらしいぞ」


 その瞬間のマルクトの絶望した表情は、隣でしょげてるビロース以上に陰鬱だった。

 料理屋の親父が苦笑して、カウンターから身を乗り出す。


「まだ試作途中だが、ぼんじり、食ってくか?」

「七本ください」

「立ち直り早いな」


 しかも注文数が多いし。

 ラッツェも苦笑している。


「いきなり食べすぎですよ、マルクトさん」

「ぼんじり、それはランム鳥の尾骨周辺の脂がたっぷりとのった部位。脂が含む旨味と甘味が特徴のシンクのぼんじりをここの親父さんが調理するのなら、十本、二十本でも食べられます。あぁ、親父さん、軟骨のから揚げもお願いします」

「いきなり浮気すんのかよ」


 人数も増えたのでテーブル席に移動しつつ、酒を酌み交わした。

 ビロースの慰め会と化してからは、よく覚えてない。



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