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世界樹の上に村を作ってみませんか  作者: 氷純
第五章  タカクス都市

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第五話  学校完成

 タカクス入り口広場に植えられたキスタが赤く色づく秋の初めに、タカクス学校は完成した。

 ぽっかりと尖頭アーチ型に開いた正面入り口の前で、俺はタカクス学校の校舎を眺める。

 全体的に、白レンガを模したスタッコ技法で壁面や柱を装飾してある。レンガを積んで作ったように見せるこの壁面装飾は最近タカクス発祥の技法としてビューテラームを中心に広まり始めており、レンガの様な規則正しい長方形を積んだように見せる従来の物から歪な形状の石を積み上げたように見せる物など、発展を始めている。

 リシェイが校舎を見回して、感心したようにため息を吐く。


「もっと重量感のある外観を想像していたけれど、白いおかげで圧迫感がないわね」


 タカクス学校は空中回廊の上に建てられているため、重量感のある外観は足元の不安定さを想起させてしまう。

 そのため、今回はレンガ模様にしつつ膨張色である白を使い、全体の明るさをことさらに強調して実際より大きく見せ、全体重量に対する表面積を誤認させ、軽く見せている。

 全体にアーチや丸窓を多用しているのも、重量を誤認させる。


「ここからの庭園の眺めもいいね。一枚絵みたい」


 メルミーが尖頭アーチの正面玄関から見える裏の庭園を指差す。

 正面玄関には扉の類がなく校舎正面から庭園に通り抜けられるようになっている。そのため、裏にある庭園を尖頭アーチ型に切り取ったように見えるのだ。

 もちろん、庭園もこれを上手く見せるように旧キダト村の造園家と一緒になって考えた。

 正面玄関をくぐると、左右に二対の柱がある。こちらも白レンガ風に装飾がされている。

 柱は上に向かうほどに広がりを見せ、最終的にリブヴォールトのアーチ天井を支える形となっている。

 イギリス最古の大学と言われるグラスゴー大学のロビー天井を彷彿とさせるリブヴォールトのアーチ天井だ。

 柱の向こうには教室に続く廊下とを隔てる尖頭アーチの扉がある。両開きのその扉の左右にも柱があった。

 この玄関ロビーを真上から見ると、正方形を九つ、数字パズルの魔方陣のように配置して各交点に柱を立てたような構造をしている。各柱は九つの正方形の中心に向かってそれぞれリブを伸ばし、九つの均一なリブヴォールトを形成していた。


「……お洒落な、ドーム天井、九個」


 テテンが身もふたもない意見を言う。まぁ、ドーム天井を九つ並べただけと言われればそうなんだけど……。

 テテンの言葉を借りれば九個のドーム天井の頂点にはフックがあり、そこに黄色のタコウカを植えた木の鉢植えを吊るして黄色電燈のようにしてある。白レンガを模した装飾が施されている柱も天井も、タコウカの黄色い光を浴びて温かく落ち着いた色合いをみせている。

 入り口の尖頭アーチは二メートル五十センチほどの高さにしてあるため、足元は元々明るい。しかし、天井までは光があまり届かない事もあり、タコウカで照らすことになったのだ。


「まずは基礎教育用の教室に向かおうか」


 庭園を背に左側の扉に向かう。

 両開きの扉を開けると、廊下が奥へ続いている。すぐ右手には階段があり、正面玄関の左右にある尖頭の中の螺旋階段へと繋がっている。

 廊下は右側、正面玄関の面する住宅街に向けてずらりとアーチ形の窓が並んでいる。

 天井までの高さは二メートルほど。筒型ヴォールトの廊下になっており、左手には教室が五つ並ぶ。

 リシェイが窓に近付いて珍しそうに観察した。


「この窓、どうも青いと思ったらブルービートルの甲殻を使ってるの?」

「あぁ、四隅の青はブルービートルの甲殻を薄く削った物になってる」


 ビューテラームで開発されたブルービートルの甲殻を加工する方法を用いて、カッテラ都市に依頼した物を使ったのだ。以前、雲中ノ層の殲滅戦の際に仕留めたブルービートルの甲殻を再利用した。

 職人技が光る薄く削られたその甲殻は厚みによって光の透過率がかわり、厚いほど濃い青色になる。

 タカクス都市ではメルミーを含めて加工できる者がいなかったため、カッテラ都市の職人に依頼した。

 穏やかな風合いをもつこの青から藍染を連想した俺はいくつかの図案をカッテラ都市の職人に持ちかけ、濃さの違う青だけのステンドグラスを思わせる窓を考案している。

 そのうち図案集を出そう。

 窓を透過した青い光と透明な別の魔虫の翅を通した太陽光が廊下を規則的に色付けている。

 青は心を落ち着ける色だというから、やんちゃ盛りの子供達が廊下を走り回らないと良いなぁ、という淡い期待も抱いているのだけど、はたしてどうなるやら。

 教室の中に入る。

 こちらは庭園に面しており、窓は普通の透明な魔虫の翅によるものだ。ここにブルービートルの甲殻を使ってしまうと生徒が居眠りしそうだし。


「集団授業をする部屋よね。殺風景だけど」

「まだ黒板しか用意してないからな」

「机と椅子はメルミーさんたちが今作ってるところだから、ちょっとまっててね」


 メルミーが両手を合わせて謝罪のポーズをとる。


「開校は来年だから、のんびりやればいいよ。冬場は時間が空くだろうし」


 何しろ、生徒数二百人が最低でも通う事になる。基礎教育は十代初めの生徒ばかりだろうし、机や椅子も身長に合わせて幾つかを用意しておく必要がある。

 時間がかかるのも仕方がない。

 リシェイはメルミーから出来上がっている椅子や机の数を聞いてから、俺を見る。


「無理そうなら、クーベスタ村の職人に発注を掛ける方法もあるわね」

「あぁ、その手もあったか」


 クーベスタ村は職人が興した新興の村の一つだ。手が足りないから、と発注して間接的な支援を行うのも一つの手ではある。


「これから雲中ノ層の家造りやら図書館の建設やらがあるし、いい機会だから発注しよう。リシェイ、見積依頼書の作成を頼めるかな?」

「分かったわ。事務所に帰ったらすぐに取り掛かるわね」


 テテンが教室の窓辺に駆け寄り、庭園を見る。


「……図書館、あの辺り?」


 庭園の一角、ベンチなどを置いている地点を指差して、テテンが訊ねてくる。


「あぁ、あの辺りに建設する予定だ。まだ設計もしてないから、あくまでも予定だけどな」


 図書館は一般開放したいとも考えているけれど、学校に通う生徒の邪魔にもなりかねないため外からの注文式にしようかとも考えている。

 蔵書一覧を公民館にでも置いて、読みたい本を注文すれば図書館から届けられる方式だ。


「図書館司書が来たら相談しないといけないかな。さぁ、時間がないから次に行こう」


 教室を出て、廊下から二階へ続く尖頭内の螺旋階段を上る。

 螺旋階段は支柱を設けたもので、窓から光を取り込みつつ支柱に空けた窪みに置いたタコウカの植木鉢からの明かりもある。昼間の今はかなり明るく、夜間でも足元に不安を覚えるような暗さにはならない。

 二階の廊下には円窓を多数配置してある。ブルービートルの甲殻を薄く削ったステンドグラスもどきも使ってあった。

 こちらにも教室があり、タカクスが摩天楼化した際に周辺を含めてやってくる子供たちに対応するための予備となっている。


「ここから養成校の方へ行こう」


 俺は教室が面する廊下とは反対側を指差す。

 木の扉が設けられているその壁の先は、九つのドーム天井が特徴のロビーの真上に当たる位置だ。

 スライド式のドアを潜り、ロビーの真上に出る。

 そこには校長室と職員室が面した廊下があった。


「校長はキダト村長がやってくれるのよね?」

「あぁ、その予定」


 キダト村長にも了解も貰っているし、ほぼ確定だ。

 正面玄関アーチの真上に当たる壁面には丸窓が五つ配置してある。

 この校舎は完全な左右対称で作ってあるため、中心線にあたる尖頭アーチの示す先に五つある丸窓の中央がくる。

 校長室、職員室を覗いて確認した後、養成校側へ。

 養成校の二階にあるのは美術室と保健室だ。

 美術室は、芸事を教える以上は美術的な教養も身に付けておかなくてはならない、とのローザス一座座長レイワンさんからの申し出があった為、作ることになった教室である。

 内部にはすでにいくつかの備品が置かれていた。


「石膏像に絵画の複製品に、マーケタリーに染物に――目録を作っている時にも思ったけれど、充実してるわね」

「養成校だからな。専門的な知識と技術を身につけるなら投資も必要だろう」

「――とは、ちゃっかり壁面図案集を発注したアマネ君の言葉です。リシェイちゃん、どうぞー」


 メルミーが茶化しながら意見を求めると、リシェイは肩をすくめた。


「架空植物の図案と起源って題名の図鑑はメルミーが発注したのよね?」

「あっれーそうだっけー?」


 メルミーが視線を逸らす。

 リシェイは苦笑しつつ、首を横に振った。


「まぁ、養成校の備品として使えるものだから、構わないけれど」

「自費で買うには高いんだよねー」

「あぁ、こんな機会でもないと注文できないんだよな」


 メルミーと頷きあう。

 立方体、あるいは鈍器かと思うほど分厚い図案集だけあって金がかかるのだ。コピー機なんてないこの世界では、あの手の図案集は木版画が基本である。

 美術室を出て、保健室を覗く。ベッドを四つまで置く事の出来る保健室だが、まだベッドは作成中だ。


「ベッドもクーベスタ村に発注しておこう」

「そうね。四つでいいでしょう?」

「まぁ、四つあれば十分かな。あまり凝った物にする必要もない」


 学校の備品だし、抑えられる経費は抑えておきたい。安全性の問題で手が抜けないところもあるけれど、ベッドの質は関係ない。

 再び尖頭の中の螺旋階段を通って一階へ降りる。


「ここにある教室では農学、遺伝子学、芸事の講義を行う」

「基礎教育の教室より少し奥行きがあるわね」


 リシェイが教室を見回して首をかしげる。


「錯覚かしら?」

「いや、錯覚じゃないよ。実際に大きく作ってある」


 机や椅子を置いたらもう少しわかりやすいかもしれない。


「養成校は基礎教育とは違って専門知識を学びに来るから、成人した生徒も多くなる。子供ばかりの基礎教育の教室より広くしないと窮屈になるんだ。なぁ、テテン」


 熱源管理官養成校に通っていたテテンに話を振ると、万感の思いを込めてテテンが言う。


「マジ、むさくるしい……」


 熱源管理官は暑苦しい男ばかりだから、いくらか広い教室であってもむさくるしさは変わらない。

 前に見学させてもらった時も、肩幅の広い頑丈そうな男ばかりだったのを思い出す。


「うげぇ……」

「思い出して吐きそうになるのかよ」

「……夏場、きもちわるい」


 あぁ、汗の臭いとかね。

 リシェイとメルミーが苦笑する中、養成校の教室が並ぶ廊下を抜けて正面玄関から続くロビーに出る。

 左に曲がって裏の庭園に出れば、庭園を囲むように二つの建物が建っていた。

 遺伝学研究棟が向かって左側に、右側には図書館の建設予定地の向こうに簡易劇場だ。

 男子寮と女子寮の建設計画もあったのだけど、庭園の景観を損ねるため学内ではなく住宅区の方に建設する事になった。

 そもそも、二百人の生徒を受け入れるための建物を作るとなると、水などの問題が出てきてしまうため学内に作れそうにないという問題もあった。

 支え枝が完成したら、新しく貯水槽を設ける必要があるだろう。

 遺伝学研究棟を見て、リシェイが眼を細める。


「あの窓、全部嵌め殺しよね」

「外から花粉が入ってこない様に、窓の開閉ができないようにしてあるんだ。通風口には布で作ったフィルターが二層構造になっている。いくらタコウカの花粉が細かくても、内部には進入できない仕組みだ」


 ただ、夏は暑い。養成校の生徒には悪いけれど、我慢してもらうほかない。

 ちなみに、ラッツェ達研究者の意見も踏まえて作ったこの研究棟はタカクスの研究者たちがうらやむ施設だ。彼らにとって、外から迷い込んでくる花粉は憎たらしい邪魔者であり、進入を未然に防ぐこの密閉性の高い施設は宝箱の様なものである。むろん、収める宝は研究者たちが作る品種改良植物だ。

 対して、簡易劇場は内部に運動場を兼ねた稽古場を持っている。夏と冬には養成校の学生による演奏会や劇の上演を考えているものの、実行に移すのは生徒が集まって稽古をしばらく行った二、三年後になるだろう。


「アマネが言っていた、学園祭って催し物は何時やろうかしら?」


 リシェイが庭園を見回しながら思案する。

 この世界の学校では学園祭や体育祭といった催し物は行われない。

 集団で飛んだり跳ねたりして枝にダメージがありそうな体育祭はともかく、学園祭はやりたいと思うのは元日本人の性だろうか。

 学園祭で仲良くなる男子生徒と女子生徒なんて定番だ。青春の淡い一ページである。

 あわよくば、出会いの場であるタカクスで結婚して夫婦生活とかしてくれると嬉しいな、という打算も含まれている。


「学園祭なんかの企画はしばらく様子見でいいだろう。詳細を詰めて、屋台なんかも出したい。収益を学校の運営費に充てたいから、黒字を目指したいしな」


 学校そのものの宣伝にもなるから、第一回の開催からしっかりした物をやりたいのだ。


「とりあえず、学校の視察はこれで終わりか。メルミー、学生寮の建設をするから、今から測量に行くぞ」

「はいはい」


 仕事詰めだぁ、とぼやくメルミーを連れて、俺はリシェイとテテンを事務所に送り出し住宅区の方へ歩き出した。



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