第四話 図書館建設の確約
「それでは、ガンガン工事を進めようではないか、諸君」
芝居がかった口調でメルミーが音頭を取ると、職人達が苦笑気味に応じた。
現場は第二の枝の実験農場近くの倉庫街である。
商店通りへの空中回廊の建設はすでに終了しており、これから始めるのは学校の建設だ。
倉庫同士はコヨウ車が行き来できるように広い道を挟んで立っており、もちろん人も住んでいない。第二の枝の畑から取れた農作物を保管するための場所なのだから当然だ。
倉庫は頑丈に作ってある。
もともと第二の枝は住宅区であるため当初から高層化が検討されていた。そのため、建物はどれも十分な強度を持ち、空中回廊を支える柱としての役割をこなせるように設計してある。
今回の学校は倉庫を支柱にした空中回廊の上に建てることになる。
「工事範囲は倉庫街の真上をほぼ埋める形になる。高所作業も多いから、事故には十分注意するように。それではまず、柱の方から始めよう」
職人たちを割り振り、倉庫の壁近くに柱を立てていく。壁に半ば密着する形になっており、倉庫の壁で柱を支える形でもある。
柱は飾り気のない円柱のモノだ。彫刻も施されていないけれど、耐久性を上げるために漆喰を塗ってある。
飾り気のある柱では無骨な倉庫との調和が取れないため、あえてこの素朴な柱を選択している。
「アマネ、柱の設置終わったよ。お昼にしよう」
複雑な作業があるわけでもないため柱は午前中に立て終わり、職人たちとお昼休憩に入る。
メルミーがお手製のバスケットに入れた昼食を取りだした。料理の方ももちろんメルミー作である。
「市長とメルミーさん、おあついねー」
「ひゅーひゅー」
「新婚夫婦だぞ、アツくて悪いか!」
「市長、開き直るのはなしでしょ。独り者も多いんですぜ?」
「無抵抗しか許されないってひどくない!?」
職人たちと言い合いながら、昼食のオルテアートを食べる。トウムで作った薄い生地で具材を巻いた、トルティーヤに似た料理だ。
ちょっと塩味の利いたソースは卵の黄身だけを使って作ったらしくとても濃厚で、夏場で汗をかくこの時期には嬉しい。野菜もふんだんにとれていい感じだ。
昼食を終えたら工事の再開である。
倉庫の壁近くに立てた柱と柱を尖頭アーチで繋ぐ作業。これにより、倉庫の屋根よりも高い位置に学校を立てる基盤となる空中回廊が出来上がる。また、アーチ型にすることで重量を上手く柱へと分散して伝えられる。
柱二つの間は尖頭アーチ、正方形に配置した柱四本はリブヴォールトの形で繋いで行く。
それが終われば上に天井を張る作業だ。もっとも、この天井はこれから作る学校にとっての床になる。
「今日の作業はここまで、明日は朝から現場仕事だから、ゆっくり休んでくれ」
職人たちに解散を伝えて、俺は現場の最終点検を終えた後、メルミーと連れ立って事務所に戻った。
翌朝、早朝から工事を開始する。
天井を張り終えた職人たちに次の指示を出す。
「学校を建てる。まずは正面玄関から裏の庭園と実験棟、簡易劇場に続く廊下だ」
指示を出すと、職人の一人が手を挙げて質問してきた。
「空中回廊との接続と、実験農場への階段の接続は?」
「そちらはケーテオ町から派遣されてくる工務店が請け負ってくれてる。みんなは学校建設に全力を傾けてくれ」
「了解です」
工程を説明して、職人たちに工事作業へ入ってもらう。
「思い切ったデザインだよね」
メルミーが外観イメージにある玄関を指差して珍しそうに言う。
「扉無しで本当にいいの?」
「あぁ、これはあくまでも学校の敷地とを隔てる門だから、扉はいらない」
形状こそだいぶ違うけれど、エトワール凱旋門みたいなものだ。
今回の学校の正面玄関は高さ二メートル五十センチの尖頭アーチ。リブヴォールトで裏の庭園へ直通する。全体から見れば、校舎の真ん中をぶち抜く大廊下だ。
このデザインは、基礎教育課程の教室と遺伝学などの養成校とを完全に区分けしておきたかったために分かりやすく校舎全体を左右に区切ってしまおうと考えて設計した。
正面玄関の左右には尖塔が建っている。尖塔内部は螺旋階段が設置され、二階に上がれる仕組みだ。
後ろから足音が聞こえてきて振り向けば、リシェイが軽く手を振って歩いてくるところだった。
学校の備品が届いたら知らせてほしいとは言ってあったけど、流石に早すぎるから別件だろう。
「ヨーインズリーから使者が来たわ」
「ヨーインズリーか。やっぱり、図書館?」
「えぇ、図書館よ。いま、外せるかしら?」
「いまはちょっと無理かな。お昼に時間が空くから、市内を案内してあげてくれるか?」
「分かったわ」
リシェイが事務所へ戻って行く。
俺の側で話を聞いていたメルミーが首を傾げた。
「図書館を作るの?」
「作るかどうかまでは決めてない」
俺がタカクスを興す前から常々言われていた事だけど、ヨーインズリーは各町や都市に図書館を作るよう働きかけている。
以前、俺も参加したヨーインズリー主催のデザイン大会でも、一位入賞は地下図書館を持つ村のデザインだった。
ヨーインズリーとしては、膨れ上がる虚の図書館の蔵書を分散しつつ、複製を作って保管体制を充実させたいらしい。
そして、今回のタカクス都市の学校建設だ。学び舎ならば図書館を併設してはどうか、というお話である。
前世でも、学校には図書館が併設されていたり図書室があったりしたものだ。この世界でも同様で、教科書を始めとした各種研究資料などを収める図書館を作る事がある。
カッテラ都市にある熱源管理官養成校にも図書室があったと思う。
「実験棟とか簡易劇場とかがある庭園に作ろうと思えば作れるよね」
「後々、作ることになるかもって思ってたから、場所だけは作ってあるんだ」
庭園スペースを広めにとってあるのは、いつか図書館を作ることになった時のためだ。
「じゃあ、作っちゃえば?」
「予算と人手が足りない」
「ままならないねぇ」
「もっと言えば、収蔵する書籍の類もほとんどない。だから、後回しにしたんだけど」
図書館を作ったとして、本棚を埋めることができるのはリシェイの歴史本やこれから作る学校の教科書、後は遺伝子関連の研究資料の内でも基礎的な物ばかりだ。
しかし、蔵書量に関してはヨーインズリーが絡んでくればすぐに数を揃えられるだろう。
昼の話し合いではヨーインズリーから建設資金を引っ張り出して交渉テーブルに積み上げてもらう事にしよう。
向こうから話を持ってきたんだから、まさか嫌とは言うまい。仮に俺が図書館の建設用地をあらかじめ確保していて、何時かは建てようと考えていたとしても、だ。
「アマネ、悪い顔してるよ」
「そんなことはないって。さぁ、ちゃっちゃと工事を進めようじゃないか」
笑って誤魔化して、工事を再開した。
昼となり、俺は事務所の応接間でヨーインズリーの使者と面会していた。
「お久しぶりです」
「こちらこそ、お久しぶりです」
ヨーインズリーの使者は、虚の図書館長だった。文句なしの大物である。
内心、冷や汗ものだ。
この人をお昼まで待たせたんだよ、俺。……なにやってんの。
なんで言ってくれなかったのか、と隣に座っているリシェイを見る。けれど、リシェイは何か考えがあるらしく、笑顔を浮かべていた。
「単刀直入に申しまして、今回の学校に図書館を作るつもりはありません」
きっぱりと笑顔で言ってのけたリシェイに、虚の図書館長は口元を隠してわざとらしく驚いて見せた。
「そうなのですか? こうして時間を作って頂いたものですから、てっきり図書館建設は規定事項とばかりに思っておりました」
半日待たせておいてそれはないだろう、と言外に含んだ虚の図書館長の言葉に、リシェイは笑顔のまま言葉を返した。
「えぇ、お持たせしたことについては大変申し訳なく思っています。まさか、虚の図書館長を務める方が使者としていらっしゃるとは思っておりませんでしたので、予定を空けていなかったのです。まさか、摩天楼ヨーインズリーの重鎮を相手に私一人での対応など、失礼に当たりますから」
相応の対応をしてほしければ手紙に明記しておいてね。ただでさえ忙しくて予定が詰まってるんだから、とのリシェイの言葉に、虚の図書館長は顔色を変える。
「……申し訳ありません。手紙に不備があったようです」
「やはり、そうでしたか。こちらがその手紙です」
リシェイが用意していた手紙を取り出し、虚の図書館長に手渡した。
手紙には、使者が虚の図書館長であるとは一切書かれていない。だからこそ、俺もリシェイに任せて呑気に工事現場にいたわけだけど。
互いの落ち度を認識した所で、リシェイが再び笑顔に戻って切り出す。
「ヨーインズリー以上に、今のタカクスは人手が足りません。特に、経理担当や事務担当が圧倒的に不足しているんです。今回の学校でもこれらの担当者の確保に苦労しました」
半分嘘である。担当者自体はすぐに見つかった。
担当者は、旧キダト村の高齢者だ。
畑仕事も苦しくなってきたから、身体を動かすよりも頭を使った仕事がしたい、との事で経理、事務の仕事を紹介した。
ただ、高齢者しか確保できなかったため、百年単位でみると人材不足は深刻だ。
テグゥールースやカルクさん、アレウトさんの伝手を通じて募集もかけているけれど、なかなかうまくいっていない。
経理や事務の担当者は大概は地元で仕事をする、とはヨーインズリーの虚の図書館で出会ったばかりのリシェイの言葉だけど、本当にその通りらしい。
「お話は分かりました」
虚の図書館長は呟いて、しばし考えた後、続ける。
「タカクス都市が図書館を建設していただけるのであれば、私がじかに動いて経理担当者や事務員を募集しましょう。多少の当てがありますので、二年以内に五人、即戦力を見繕ってご紹介します」
リシェイが俺にだけ見える位置でぐっと拳を握る。好条件を引き出した、の合図だ。
実際、即戦力を見繕ってくれるのはありがたい。
この世界では各自治体ごとに書式が違うから、即戦力となれるような人材は早々地元を離れたがらない。
そう考えると、建築家資格を取る直前にリシェイと出会えた俺は幸運だったし、新興の村々にリシェイ級の戦力がいないのも当然なのだろう。
人材を確保しつつも、リシェイはあくまで乗り気がしなさそうに首を横に振る。
「人材がいても、資金の問題もありますのでやはり図書館は建てられませんね」
「無論、ヨーインズリーが建設資金として玉貨二枚を融資します。司書も派遣いたしましょう」
「融資されても困ります。現状では必要性を感じられないモノを外から資金を借り受けてまで建設する意味がありません。ただでさえ、新興の村の問題が深刻化しているというのに……」
リシェイが別の懸念材料を理由にムダ金は使えないと渋ると、虚の図書館長は一瞬の間を挟んで頷いた。
「では、融資ではなく、援助金といたしましょう」
返さなくていいよ、と言う事か。
ところで、俺はこの場に必要だったでしょうか。
リシェイは初めて前向きに考えるそぶりを見せた。引き出せる条件を引き出し終えて、こちらから提示する利益なりをどう話に乗せようかと考えているのだろう。
「ヨーインズリーはそこまでして図書館を増やしたいのですか?」
「もちろんです。ヨーインズリーの歴史は知の歴史。なればこそ、収集してきたその知を今こそ拡散し、新たな知と技術を生み出していただき、ヨーインズリーへと還流させたい。ヨーインズリーが摩天楼である以上、世界樹全体の利益と未来のために労を惜しむわけにはまいりません」
虚の図書館長はすらすらと熱を込めて語る。いかにもヨーインズリーの重鎮らしい言葉だ。
村や町は自らの事を、都市ともなれば周辺地域の事を、そして、摩天楼は世界樹全体の事を考えて動いていく。
誰が決めたわけでもない。ただ責任を理解して個々に動いているだけの事。
それがとても難しい事だと感じるのは、俺が前世の知識を持っているからだろうか。
ヨーインズリーのあり方は尊敬できるものだと思う。
リシェイが俺を見る。交渉は終わり、後は任せた、と言っているらしい。
俺は虚の図書館長に頷いて見せる。
「分かりました。図書館の建設について、前向きに検討してみましょう。建設開始は早くとも来年になると思いますけど」
「ありがとうございます。アマネさんの設計した図書館の完成を心より、お待ち申し上げております」
虚の図書館長は嬉しそうに言って、俺と握手を交わしてくれた。




