魔王リリーライクは魔王である
魔王リリーライクは生まれながらにして魔王だった。
先代魔王である父君の意思を継ぎ、出来る限り問題を起こさぬよう謙虚に振舞い、人間社会に闇を齎さぬよう静かに穏やかな生活を続けていた。
魔王リリーライクは、その名の通り魔王である。
魔王とは。勇者に討ち滅ぼされるべき存在であると、この世界の古事記にも記されている。
リリーライクは謙虚で穏やかな女の子である前に、魔王である。
魔王ならば、たとえ何もしていなくても、勇者の手によって滅ぼされなければならない。それが、異世界における鉄則――逃れられない運命なのである。
勇者は、魔王を滅ぼさなければならない。
魔王リリーライクは魔王である。
現在リリーライクは、しきたり通り魔王城まで攻め込んできた勇者と対峙していた。
場所は魔王城の最上層――リリーライクの寝室である。
背後にはリリーライクがさっきまでくるまっていた毛布がベッドの上に置かれているし、昨晩面倒くさがって脱ぎ捨てた下着なんかも放り投げられている。
リリーライクは干物魔王なのだ。
「魔王リリーライク! 勇者であるわたしが、あなたを倒しに参ったわ!」
お嬢様のような豪奢なプラチナブロンドを流し、女勇者は清らかな声音で戦意を示す。
何とも麗しい美少女だ。
見た目は箱入りなお嬢様そのものだというのに、その愛らしい口腔から紡がれる声音の何と凛々しいことか。
女のイケメンボイスという言葉を、真っ向から体現したような声である。
耳元で囁かれでもしたら、間違えなく即座にノックアウトして悶え死んでしまうだろう。
魔性の声音だ。
リリーライクは女勇者の声を聴いただけで、身も心もキュンキュンだった。
「もう一度言ってくれるかしら」
「何度でも言おう。わたしは勇者。魔王リリーライク、貴女を倒すため、遥々ここまで参った!」
「も、もう一度お願い!」
「魔王リリーライクを倒すために、わたしはここまでやってきたのだ!」
「ひゃぅぅぅぅん!」
なんと純粋、そしてなんと生真面目な勇者様だろうか。
ぜひこの勇者様には、うちの専属メイドになってほしい。
そして毎晩寝室に連れ込み、魔王的なカリスマをとことん悪用してよからぬことをして遊ぶのだ。
魔王×勇者プレイだ。勇者×魔王でも良い。
とにかくこの勇者様欲しい。
傍にいてほしい。
ちなみにこの城のメイドは、ゴスロリ風なミニスカエプロンドレスを揃って身に着けている。
言うまでもなく、現魔王リリーライクの趣味である。
ちなみに下着はピンクか水色を所望しているが、それはあんまり関係ない。
「魔王リリーライク! その麗しきお首、頂戴いたす!」
「う、麗しき、ですって!?」
麗しいとは、綺麗なお人だということだ。綺麗な御人ということは、魅力的な人だということである。魅力的な人だということは、貴女のことが大好きですということ。つまり、リリーライクと勇者様は、両思いだということだ。
「やだ、この勇者様かわいい」
遠回しに自身の気持ちを伝えるなんて、何ていじらしく可愛らしい行為なのか。
「わたしは不意打ちが嫌いだ。さあ、魔王リリーライク。貴女も剣を手に取り、共に最高コンディションで激しくぶつかり合おうじゃないか!」
「は、激しくぶつかり合う!? やだ、勇者様ったら背徳的……」
しかしこのままでは、リリーライクは掟通り勇者に滅ぼされてしまうことになる。大好きな人に滅ぼされるというのもいい経験にはなるだろうが、死んでしまっては愛し合えないことくらい、脳内お花畑なリリーライクでも分かっている。
「待ちなさい勇者よ。一つ、提案がある」
魔王リリーライクは魔王である。
「私は、無駄な争いを好みません。争いとは大切な思い出や人々の存在を冒涜し、無に帰してしまう卑劣な行いだからです」
魔王リリーライクは魔王である。
「ですからこの戦い、生命をかけるのは禁じませんか? そうね、勝った方が、負けた方を好きにできるってのはどうかしら。契約のもと、一生その相手の下に傅くの」
魔王リリーライクは魔王である。
「これで決まり。いいでしょう?」
魔王リリーライクは魔王である!
「分かりました。それでは契約のもと、峰打ちによる戦闘ということで」
「では、早速」
リリーライクが立ち上がると同時に、勇者はおもむろに身に着けた鎧を脱ぎ始めた。
突如目の前で始まったストリップに、魔王リリーライクは言葉を失う。
「ゆ、ゆゆゆ、勇者よ、な、何をしているのだ」
「生命をかけぬのなら、重たい鎧は邪魔なだけ。出来る限り軽装で、貴女との戦いに臨みたい」
言いながら、ガチャガチャと鎧を脱ぎ捨てていく勇者様。
よく鍛えられた腹筋も、ほどよく肉の付いた太腿も、思わず抱かれたくなるような頼もしい二の腕も、全てが魔王の眼下に曝け出される。
「ゆ、勇者。そ、その格好はっ……」
「ビキニアーマーだ。防御は心もとないが、動きやすく、無駄がない」
「待て、その格好では、鼻血が、鼻血が止まらん――」
「いざ、尋常に」
「あっ、あーっ! その堅くも柔らかい花園に抱かれたい。抱かれたいですわ!」
魔王リリーライクは魔王である。
魔王は勇者に挑まれ、やがて敗北する。これは誰も捻じ曲げることのできぬ、異世界の鉄則なのである。
躍動する四肢に目を奪われ、あっという間に組み敷かれ敗北した魔王リリーライク。
彼女が魔王である時点で、この展開は必然的なものなのであった。
でもリリーライクは、決して悔しいとは思わなかった。
この展開はリリーライクにとって、何よりも幸福な展開だったから。
「さて、わたしの勝ちだ。たっぷりお仕置きしてやるから、覚悟するんだぞ?」
「はいっ、はいっ! 勇者様っ。この醜い雌豚魔王リリーライクに、何なりと、お申し付けを!」
わたしだけ――、わたしだけの、大切な勇者さまっ!
異世界の勇者は、無類の女好きでなければ務まらない。
これはこの世界の古事記伝に記された、この世の常である。
無論それは、勇者が男であろうと女であろうと、その事実は変わらない。
最終的には、魔王リリーライクにとっても、リリーライクを討ち取りし名も無き女勇者にとっても、幸せな毎日が訪れたのだということを、ここに記しておく。