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スルーズ空軍航空学園シリーズ

ウィ・ハブ・コントロール! スピンオフ2! ―リーパー制御不能!?―

作者: フリッカー

・登場機体

MQ-9リーパー

 アメリカ製のUAV(無人航空機)。

 地上からの管制ステーションから2人のオペレーターにより遠隔操縦される。主任務は偵察や監視活動だが、カメラに備えられたレーダー照射能力により味方戦闘機に攻撃目標を指示する事ができる。さらに自らも武装して攻撃任務を行う事ができ、空対空ミサイルを装備すれば限定的ながら空中戦も可能。

 主な武装はスティンガー短距離空対空ミサイル、ヘルファイア対戦車ミサイルなど。

 参考写真:ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:MQ-9_Reaper_-_071110-F-1789V-991.jpg?uselang=ja


A380スーパージャンボ

 ヨーロッパ製の旅客機にして史上最大の旅客機。完全2階建ての広いボディを持ち、高級な機体になると内部にバーやシャワールームも設置される。スルーズではスルーズ航空が運航している。

 参考写真:ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:Singapore_Airlines_A380-800(9V-SKA).jpg

『ケージ軍機撃墜事件によって悪化するカイラン情勢に対処するため、スルーズ軍は、空軍の最新鋭無人偵察機MQ-9リーパーをラーズグリーズ島へ派遣する事を決定しました』

 真昼だというのに薄暗い部屋。

 付けっぱなしにしているテレビが、そこの数少ない光源だった。

 映っているのは、グライダーのように長い翼を持った、細身の飛行機。膨れたその機首にコックピットらしきものはなく、まるで仮面を被ったかのような無機質さがある。

『MQ-9リーパーは、衛星通信によって世界中のどこでもスルーズ本土から遠隔操作が可能で、最大24時間以上の偵察・監視飛行が可能です。加えて、武装して攻撃任務に投入する事も可能で、既に開発国のアメリカでは、テロ組織への攻撃で多数の戦果を挙げている反面、誤爆で民間人の犠牲者を多く出している事が問題視されています』

 その部屋には、窓がなかった。

 部屋を覆うのは壁と天井だけ。太陽光など入る余地がない。ならば暗いのは当然。

 それもそのはず。この部屋は元々、使われなくなった貯蔵庫なのだ。本来人間が暮らす場所ではない。普通の人間ならば、その閉塞感に耐えられなくなってしまうだろう。

「いよいよ我が軍のリーパーも、実戦投入される時が来たのか……」

 そんな部屋の中、1人他人事のようにニュースを聞く少女がいた。

 白い髪に、赤い瞳。かけている眼鏡の右レンズには、何やら図面が映し出されている。

 少女の名は、アンネリーゼ・バックハウス。

 彼女は部屋の片隅にある机の前で、作業に没頭していた。

 小さなスタンドの明かりの下、彼女の前に置かれているのは小さなヘリコプター。

 ローターを4つ持つ、クァッドコプターと呼ばれるものだ。大きなフライパン程度の大きさで、骨組みだけの簡素なスタンドに置かれている。

 アンネは小さなネジを器用に差し込み、ドライバーでネジを締めていく。

 時折指で空をなぞると、メガネのレンズに映る図面が動く。

 そんな作業を続けて、最後のパーツを組み終えたクァッドコプター。

 図面を消してから片手でスタンドから持ち上げ、その出来栄えを確かめた。

「よし、これで本体は完成だ。後は実際に動かすだけだな」

 あちこちから眺めながら、満足げな表情を浮かべるアンネ。

 クァッドコプターを丁寧に置くと、長く座っていた疲れからか、うーん、と手足を大きく伸ばす。

「さて、一区切りついた事だし、ウォーキングでもするかの」

 アンネはゆっくりと席を立ち、近くにあったルームランナーの元へ向かう。

 周りに散らかっているダンベルなどの運動器具を、少し整理。

 それからルームランナーの電源を入れ、コンベアーの上に乗った。

『リーパーは、ラーズグリーズ島を拠点としてケージへの偵察飛行に運用されるとの事で、カイランへの攻撃をほのめかすケージを牽制する狙いがあるものと見られています。では、次のニュースです――』

 リモコンでテレビを消したアンネは、小型コンピューター付きの自らの眼鏡に命ずる。

「では眼鏡よ、歩数計を起動」

 右レンズに表示される、歩数計のアプリ。

 それを確認してから、アンネはルームランナーのスイッチを入れ、歩き始めた。

 歩数計のカウントを確認しながら、整ったフォームで歩く。

 アンネにとっては、これが自分でできる数少ない運動のひとつだった。

 アルビノである彼女は、生まれつき太陽光に極端に弱い。つまり、やたらと外に出る事ができない。

 貯蔵庫を転用したこの部屋も、全ては太陽光を防ぐため。

 彼女はこんな閉鎖的な空間でないと、安全に暮らす事ができないのである。

 故に、このルームランナーなどを使用して日々室内でも体を動かす事を心掛けている。

 そんなウォーキングを始めて間もない頃、どんどん、とドアを乱暴に叩く音がした。

「アンネ! アンネ! いるかい!」

 ドアの向こう側からする、聞き慣れた少年の声。

 乱暴なノックと相まって、どこか慌てている様子だ。

 ルームランナーを止めたアンネは、軽い苛立ちを覚えた。彼女は、自分の時間を邪魔される事が一番嫌いなのだ。

「何用かね、助手。今わらわは取り込み中なのだ。邪魔しないでくれたまえ」

「取り込み中って、その言葉聞き飽きたよ……君どんな時もそう言って断るじゃないか。それと、俺は助手じゃなくてロタールだ」

 その場から動かずに払いのけようとすると、少年もまた反論してくる。

 此奴(こやつ)、いつも余計な言葉が多い。

 もう何回思ったかわからない事を思うと、苛立ちがさらに増し、言葉にもトゲが帯びる。

「取り込み中なのは事実だ。それと、助手は助手に変わりあるまい。わかったらさっさと帰れ、助手」

「だから――って、そうだ! こんな事してる場合じゃないんだ!」

 口論がエスカレートしそうになった所を、ロタールは我に返った様子で自制した。

 そこで、アンネは普段と違う事に気付いた。

 いつもなら、このまま口論が進む所まで進んでしまうのだが、それを自ら止めたのはなぜなのか。

 妙に嫌な予感。

「大変なんだアンネ! 飛行中のリーパーが制御不能になったんだ!」

「……なぜそれを先に言わぬっ!」

 それは、見事的中した。

 アンネはすぐさま、ルームランナーから降りてその場を飛び出した。

 机に置いてある、白い覆面を手に取って。


      * * *


 スルーズ空軍オルト空軍基地。

 スルーズ空軍航空学園オルト分校があるこの基地は、実戦部隊も配備されている、れっきとした前線基地だ。

 その駐機場(エプロン)の隅には、アンテナを無数に生やしたコンテナがいくつか並べられている。

 無人偵察機を遠隔操作するための、地上管制ステーションだ。

 アンネはロタールと共に、その1つに飛び込んだ。

「わーっ!? 誰だあんたは!?」

 直後、コンソールに座っていた兵士が、アンネの姿を見て驚愕した。

 それもそのはず。

 アンネは今、日焼け対策として覆面を被り、その上から眼鏡をかけているという奇妙な風貌をしているのだ。知らない人が見て驚くのも無理はない。

「バカ者。航空学園のアンネリーゼだ」

「ちょっとアンネ! 実戦部隊の先輩にバカ者呼ばわりなんて――」

「それより、状況はどうなっておる?」

 ロタールの指摘に目もくれず、覆面を脱いだアンネはコンソールに詰め寄る。

 パイロットとセンサー員分の2台が並ぶコンソールは、簡単に言えば画面が増えただけのパソコンそのもので、キーボードの左右には操縦桿とスロットルが付いている。

 だが中央にあるメイン画面は今、真っ暗になっている。本来ならばリーパーのカメラが捉えた映像が映っているはずなのだが。

「見ての通り、この有様だ。10分ほど前からリーパーからの通信が断絶してしまっている」

「通信断絶か。原因はわかっているのか?」

「わからない。いろいろ回復させる手段は取ってみたのだが――」

「よし、アンテナをチェックしてみる。それまでモニターを続けろ」

 アンネはすぐさま行動に出ようとしたが。

「いや、そんな悠長な事をしている暇はない」

 兵士が、血の気が引いた顔でそう言って、彼女を呼び止めた。

「どういう事だ?」

「今、リーパーは本島の東側からスルーズ山脈を越えようとしている。このまま行くと、数分後には旅客機が飛び交うエリス国際空港の空域に入ってしまう」

「何だと――!?」

「エ、エリス国際空港の空域――!?」

 その事実を聞いたロタールの顔が青ざめた。

 スルーズ本島の中央を貫くスルーズ山脈を越えれば、スルーズの空の玄関口、エリス国際空港まですぐだ。

 そこは、無数の旅客機が行き交い、混雑する空域。緊急時でない限り軍用機の飛行には大きな制限が課せられる。

 今制御を失ったリーパーは、そんな空域に迷い込もうとしている。

「つまり、もしコントロールが回復しなかったら――」

「最悪、撃墜するしかなくなるか」

「そんな簡単に済む話じゃないだろアンネッ!? もしこの事が世間に知られたら、大変な社会問題になるじゃないかっ!」

 ロタールは明らかに動揺している。

 現代の無人機は、まだニアミスへの対処能力が不足している。旅客機が飛び交う空域に迷い込んでしまえば、何が起きても不思議ではない。

 最悪の事態が迫っている。

 なら、やるべき事はひとつしかないが。

「どうして君はこんな時でも平然としていられるんだ! こんな時でも『これだから人間という生き物は』とか思ってるのか! 他人を見下すのは勝手だけど、だからって――」

「ええい、黙れ助手っ!」

 騒ぎ続けるロタールに苛立ったので、思いきり彼の足を踏んだ。

 動揺しているせいか、ふぎゃっ、と情けない声を出して飛び上がるロタール。

「……黙ってわらわに付き合え」

「え?」

 ロタールがようやく静かになった。

 それから、改めてアンネは兵士に告げた。

「状況は把握した。リーパーの制御回復は、わらわに任せるがよい」

 アンネ、とロタールのつぶやく声。

 それを無視して、アンネはさらに付け足した。

「それで1つ尋ねるが、開いているステーションはあるかの?」


 アンネは早速、ロタールと共に管制ステーションを飛び出した。

 そして向かった先は、隣にある別の管制ステーションだった。

 コンソールの左の席に素早く座ったアンネは、早速コンソールを起動した。

「アンネ、一体どうする気なんだ?」

「簡単な事よ。このステーションからリーパーとの通信を再確立する」

「通信を再確立?」

「そなたはその間、レーダーサイトと連絡を取れ。リーパーの動きに何かあったらすぐ知らせろ」

「わ、わかった!」

 遅れて右の席に座ったロタールは、早速インカムを被った。

 アンネは早速キーボードに向かって作業を開始する。

 この作業は時間との勝負だ。

 通信を再確立するのが先か、リーパーが旅客機とニアミスするのが先か。

 キーを叩く速度も、自然と早まる。

 その間に、ロタールは自らの役目をしっかりと果たしていた。

「ピース・アイ、聞こえますか? 今こちらでリーパーの通信回復を試みています。リーパーを監視して何かあったら、その、報告してください――え?」

 簡単な事よ、とは言ったものもの、アンネには不安な事が1つあった。

 もしリーパー側に問題があったとしたら。

 ステーション側の問題ならばこちらで対処可能だが、現在進行形で飛んでいるリーパーに問題があった場合、こちらからは手も足も出ない。

「アンネ、エリス国際空港の空域に入るまで5分程度しかないそうだよ!」

「あと5分だと……! ええい、こんな時に限って――!」

 ロタールの報告を聞いた直後、ぴー、と音が鳴った。

 エラーだ。間違った操作をしてしまったらしい。

「ち」

 やり直しだ。

 だが、またしても鳴るエラー音。

 いつも通りにやろうとしても、エラー音が鳴るばかり。

 何度やっても、うまく指が動かない。

 こんな事は初めてだ。

 どういう事だ、と自分自身に驚いてしまい、手が止まってしまう。

「アンネ、大丈夫?」

 ロタールが、気付いて声をかけてきた。

「へ、平気だ! 別に、どうという事はない!」

 とっさに、アンネはその場をごまかす。

「わらわを誰だと思っておるのだ! このくらい、簡単に――」

 そして作業を再開するが、またしてもミスでエラー音が鳴ってしまう。

 あ、と声が出た。

 とうとうごまかしが効かなくなってしまった状況に、再び手が止まってしまう。

 この程度の事、自分なら造作もない事だと思っていたのに。

 一体自分はどうしてしまったのか。

 何が自分を鈍らせたのか。

 それさえもわからなくて――

「ええい、なぜできぬっ!」

 思わずキーボードの端を乱暴に叩いてしまう。

 その八つ当たりが誰に対してなのかは、もはやアンネにはわからなかった。

「ちょ、ちょっとアンネッ! キーが飛んだぞ、キーが!」

「へ!?」

 ロタールの叫びで、はっと我に返る。

 隣を見ると、ロタールが席から降りてアンネの足元から何かを拾っている。

「あった! エスケープキーだ! これをぶっ飛ばすなんて、一体どんな操作をしたんだよ!?」

 その手でアンネに見せたのは、『Esc』と書かれたキー。

 手元のキーボードを見てみれば、確かにそのキーは本来ある場所からぽっかりと抜け落ちていた。

「な!? わらわとした事が――!」

 素早くロタールの手からエスケープキーを奪い取ると、それをすぐに元の場所へとくっつける。

「危うく壊しかけるとは……少しばかり力が入りすぎていたようだの……」

 自分に言い聞かせながらエスケープキーを何とかはめ込んだアンネは、ようやく落ち着きを取り戻し、作業を再開する。

 速く、かつ慎重なキー操作。

 先程までミスを重ねていたとは思えない優雅な流れで、あっという間にリーパーとの通信を確立した。

「よし、再接続できたぞ! 助手、カメラの用意を!」

「わかった!」

 もうじき、真っ暗だったメイン画面にリーパーのカメラ映像が流れる。

 それに備えて、アンネも操縦桿とスロットルに手を置く。

「あ、はい? 何ですか――ええ!?」

 と、ロタールが急に驚いた声を上げた。

 ピース・アイから、何か連絡があったらしい。

「どうしたのだ?」

「いや、それが――」

 ロタールが言いかけた時、メイン画面が動き出した。

 黒かった画面に、映像が映し出される。

 ヘッドアップディスプレイと同様の飛行情報に重なって映っていたのは、急激にズームインしていく旅客機の姿――

「な――!?」

「アンネ、よけてーっ!」

 2人の叫びは、ほぼ同時だった。

 とっさに操縦桿を引くアンネ。

 遠隔操作する都合上、リーパーの制御には数秒のタイムラグができてしまう。

 そのため、反応速度はお世辞にもいいとは言えない。

 間に合うか――?

 アンネは思わず願ってしまった。

 機首を上げ、上昇に転じたリーパーのカメラから、旅客機の姿が消える。

 そして――

「な、何とか間に合ったあ……」

 ロタールが、溜め込んでいた息を吐く。

 下に向けられたカメラが、変わりなく飛行を続ける旅客機の姿を映している。

 衝突は回避された。

 映っている旅客機は、スーパージャンボとも呼ばれる完全2階建てのA380。もしあのクジラのようなボディに衝突していたら、大変な事になっていたかもしれない。

「……終わったか」

 アンネは、ロタールに気付かれないよう、静かに同じ安堵の息を吐いた。


      * * *


 かくして、リーパーはアンネ達の操作で無事にオルト基地へと帰還した。

 新型機に起きたトラブル故に、スルーズ空軍はすぐさま原因の調査を開始。空軍内のリーパーは少なくとも1週間は全機飛行停止処分とする事が決定された。

「リーパーのラーズグリーズ島派遣はしばらく延期になるそうだよ」

「当然だ。下手をすればメーカーへのリコールにもなりかねん騒動だったからの。安全かどうかわからぬ兵器を実戦に送る訳にはいかぬ」

 夜。

 無事に戻ってきたリーパーの調査が格納庫で今なお続く中、それを外からアンネとロタールが眺めていた。

 春が近づいているとはいえ、夜風はまだまだ冷たい。アンネはそれを顔中で感じる。

 ロタールと覆面なしで外にいるのは珍しい。紫外線が極端に弱まる夜中故に、覆面を被らずに済むのだ。

 もっとも、アンネ自身は「夜の外出はつまらぬ」と思っているので、何か用がない限り夜中に外出する事はないのだが。

「そうだね。もしあれが人工知能を持った完全自立起動型だったら、って思うとゾッとするね」

「確かにな。それだから、わらわは人工知能というものを考えた輩の頭が理解できぬ」

「あれ、意外だね。アンネは人工知能嫌いなの?」

 何気ない話から、アンネは持論を展開し始めた。

「ああ、嫌いだとも。では聞くが、そなたは自分の体が勝手に動いても平気でいられるのかね、助手」

「そ、それは、確かに嫌だな……」

「だろう? そもそもロボットというのは、人間の身体の延長線上にあるもの。人間の身体の代用品なのだ。人間が生身ではできぬ事を、代わりに行うためのな」

「そ、そうなのか……」

「わらわも、そこに惹かれたのだ――」

 アンネは空を見上げる。

 今夜は晴天で、いくつもの星がきらきらと輝いている。

「できるなら、この空を昼間見上げたいものだな――」

 ふと、そんな事をつぶやいていた。

 だが、それは叶わぬ事だ。少なくとも、生身の自分では。

 晴れた空の下、風を感じながら広い大地を動き回る人々。

 それが羨ましかった。自分も同じ体験をしたかった。

 生身では決して行けぬ空間に、どうすれば行けるのか。

 その答えとして行きついたもの。

 それが、今目の前にある――

「アンネ……?」

 ロタールが不思議そうに顔を覗き込んでいる。

 物思いふけってしまった事に気付いたアンネは、すぐにこほん、と咳払いを1つする。

「とにかく、故に知能など必要ない。ロボットをどう動かすか判断するのは、ロボットではなく人間なのだ。人間が手綱をしっかり握っておらんと、あんな事になる」

 ロタールから離れるために、背を向けて数歩歩きながら持論を続ける。

 そして歩みを止めると。

「だから用心しておけよ、助手」

「用心って、何を?」

「もし将来、我らがリーパーで敵を攻撃したとなれば、敵を殺したのはリーパーではなく――我ら自身という事になるのだからな」

 肩越しに振り向き、不敵な笑みを浮かべながら、そう忠告した。

 冷たい風が、2人の間を通り抜ける。

 しばし間を置いて、アンネは顔を戻して結論を述べた。

「ま、そうならぬようせいぜい神に祈っておけ」

 ぽかんとした表情のロタールが、そこでやっと口を開いた。

「アンネ……俺の事、心配してくれているのか?」

「まあな」

「でも俺としては、今日キーボードを壊しかけたアンネの方が心配だなあ」

「……!」

 だが、ロタールが発したその言葉が、アンネの感情を逆撫でした。

「だって、天才肌のアンネでも緊張する事ってあるんだって思わなかったし」

 しかも、今日の事を語って軽く笑い始めている。

 握りしめた拳が、わなわなと震え始める。

「何だね、その物言いは……? わらわの事を、バカにする気か……?」

 ロタールと向き直り、震える声で反論するアンネ。

 そういう意味じゃないと言わんばかりに、ロタールは補足する。

「いや、別に悪気がある訳じゃないんだ。むしろ何というか、安心したって言うか――」

「わらわが緊張した事の何が、安心したというのかね……?」

「その、ロボットバカのアンネも普通の女の子なんだな、って思ったから。俺はアンネのそういう所、好きだよ」

「な――!?」

 何気なく出た、「好き」という言葉。

 全く予想していなかった衝撃の言葉に、アンネは大きく動揺してしまった。

「……アンネ? 俺、何か変な事言った?」

 しかも、自覚していない。

 ロタールは不思議そうな顔でアンネの熱くなった顔を見ている。

 それが、余計に腹立たしい。

 先程まで溜まっていた感情が、別のベクトルに向き始め、思わず顔を逸らす。

「ああ、言ったとも、ロタール……」

「え? いや、俺は助手――って、今名前で呼んでくれたのか?」

「……決めた。今夜の夕食はそなたが奢れ」

 だからからか。

 せめてもの仕返しとして、アンネは顔を戻してそう告げた。

「……はあ!?」

「久々に、そなたの手料理というものが食べたくなった。今から作れ」

 こう見えても、ロタールは意外と家事全般が得意だ。

 アンネの部屋の掃除を手伝った事をあれば、食事を作って持ってきてくれた事もある。

 だが、実際に食事を作れと要求したのは初めてだったと今更ながらに気付く。

「いや、でも、材料とか全然用意してないよ?」

「黙れ」

「もうこんな時間だし、時間もかかるから、食堂で食べた方が手っ取り早いかと――?」

「黙ってやれっ!」

 溜め込んだ感情を発散させて、動揺するロタールの足を力任せに踏みつける。

 痛っ、と声を上げて思わず飛び上がるロタール。

 いい気味だ、とアンネは思った。

 あんな事を言った以上、今夜は散々苦労させてやる。

 助手らしく、自分の思い通りにこき使ってやる。

 八つ当たりかもしれないが、こうでもしないと気が済まない。

「す、すみません……」

「それでよい。わらわを満足させなければ、承知せぬぞ」

 だが。

 その言葉だけは、なぜか面と向かって言う事ができず、顔を再び逸らしてしまっていた。

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