事情18 真希と瓜二つの彼女
嗚呼、何てこった…。どうしてこんなことになってしまったんだろう…。
今でも心臓がバクバクしてるし、下手したら全身フリーズのまんま終わってしまうかもしれない…。
どうしてあたしはStars7と一緒にステージで披露しなきゃならないのだあああああああああああ!?
どうしよう…、観客と睨めっこ状態だし、しかも猫目君達も見てるし…。
けどメンバーが今緊急事態なんだし、罪悪感あるけど最後までこなさなきゃいけないもんね!頑張らなきゃ!
それは、ミニライブが始まる30分前の出来事だった。
ステージへと急いでいたあたしと健汰は、偶然ぶつかってしまったStars7のリーダー・葉宮一憲とばったり出会ったことが始まりであった。
ずり落ちたサングラスを掛け直したリーダーは、咳払いをした後あたしに依頼を持ち掛けた。
「あのー…、頼みとは何でしょうか…?」
あたしは少々緊張気味に質問した。するとリーダーはあたしの手を引いてステージへと向かった。
「今はここでは言えない。話は裏で聞いてくれるか?」
そう言ってステージの裏へと走った。もちろん健汰を置いて行く訳にはいかなかったので、一緒について行くことにした。
ステージの裏側に入ると、そこにはStars7の楽屋らしき光景があたしの目に映った。しかも…
本物のSars7だああああああああああああああ!!
メンバーを生で見れるのは何て嬉しい事だろうか!しかも全員揃っt…あれ…?
りなっちーがいない…?
あたしはこの状況を見て薄々と悟り始めた。
「おいおい、リーダー何やってたんだよ!」
1枚の紙を見てチェックしていた眼鏡の少年がリーダーに話しかけた。恐らく年齢は16歳くらいであろう。間違いなくあの少年はゆーちゃんこと久保田悠馬だとあたしは思った。リーダーは掛けていたサングラスを外し、あらかじめ持参していた眼鏡をポケットから取り掛け直しながら言い始めた。
「すまんすまん、けど皆に朗報だ。理夏の代役を偶然見つけた」
……………………………………………………………………?!
やっぱりりなっちーの代役うううううううううううううう!?
「すすすすすすすすいませんり…じゃなかった、一憲さん!あたしにはりなっちーの代役なんて務める訳にはいきません!!」
あたしは慌てて健汰を連れて楽屋から出ようとしたが、あまりの緊張で体が思うように動かなかった。
「そう言えば君に状況を伝えてなかったね。今説明するよ」
リーダーがそう言うとゆーちゃんと似た顔をしている眼鏡の男性・ジェームスこと久保田湊馬が話を割ってあたしの顔を覗き込んだ。
「…もう動けるのか?」
どうやらあたしをりなっちーと勘違いしているようだ。
「あのっ、あたしは…」
説明しようとした矢先に他のメンバーもあたしの所へ群がってしまった。
「ねぇりなっちー、もう体大丈夫なの?」
「お姉ちゃん大丈夫?」
小明っちこと葉宮小明といくぴーこと川塚理郁があたしの手を取って心配そうに見つめていた。
「お前らいい加減にしろ!」
あたしの前でリーダーが割って入り、話を続けた。
「確かに理夏に似てるが、この人はただの一般人だ!本物の理夏は過労で倒れて今休憩室で安静にしてるはずだ!」
…過労…?そんなことがあったんだ…。
リーダーの説明によってメンバーは黙ってしまった代わりに、驚きの表情を見せた。
「あの…りなc…理夏さんが過労って本当ですか?」
あたしが問いかけると、ジェームスが説明し始めた。
「実は、午前中のミニライブではすごく張り切ってて無事に成功したんだけど、ついさっきになって理夏が倒れたんだ。マネージャーに頼んで今医者に診てもらったんだけど、『過労ですので、2時間くらい安静にしていれば大丈夫です』と言われて…。午後のライブを中止にするか延長にするか迷ってたんだ」
続いてそーちゃんこと葉宮爽麻も説明に加わり続けた。
「けど君みたいなりなっちーそっくりの人が来てくれてよかったよ。午後のライブも何とかなりそうなきがするんだ!なぁ皆!この人をりなっちーの代役にしても何も問題ないだろ?」
そーちゃんの言葉でメンバー全員が完全一致で頷いた。
「本当に厚かましいお願いですみません!川塚理夏の代役としてライブに協力して下さい!」
リーダーが土下座して深々と頭を下げると、メンバー全員も頭を下げた。
こんな状況になってしまったのなら仕方がない。猫目君達には心配させるかもしれないけど…!
「…こんなあたしでよければ…」
あたしが言うと、メンバーは歓喜を表した。その後リーダーがあたしの手を取って再び深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!!本当に助かります!」
まさか本物の芸能人の力を貸すことになるとはまさに予想外のことであった。
Stars7のメンバーにお礼を言われると、若干照れくさく感じてしまう。
「ところで、君は俺らのファンかい?」
………………………。
今更その質問かよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
そんな緊急事態の交渉を受けたあたしは、一緒にいた健汰に猫目君達の所へ戻るよう促し、早急にライブの準備に取り掛かった。ここのスタッフさんや急いで戻って来たStars7のマネージャーさんもあたしがりなっちーの代役を受けることになったと聞いて、すぐに賛成した(が、マネージャーさんだけは少々悩んでいた)。
ライブの衣装に着替えた途端、偶然にも同じサイズであることに思わず仰天してしまった。メイクの担当さんに化粧をしてもらっている時、あたしはふと気づいてリーダーに聞いた。
「あのー…り…じゃなっかった。一憲さん」
「言いにくそうだな。普通にリーダーでいいぞ」
「すいません。リーダー、あたしの声で歌うとりなっちーと程遠く似てない気がするんですが…」
「いや、そんなことねーぞ。なぁ?」
リーダーがメンバーの方に振り返ってみると、皆は一言もなくただ頷いているだけだった。
「だって顔だけじゃなく声までほとんど理夏さんと似てるんだもん」
ゆーちゃんが曲順をチェックしながら呟いた。
そんなにりなっちーとあたし似てんのかな…?
考えているうちに突然そーちゃんがあたしの所へやって来た。
「まぁ不安だったら口パクでもいいよ。曲流してる時には皆の声まで入ってるからね」
びっくりしたーーーーーーーーー!いつの間にいたんだ!!てか…口パクか…。
「おい爽痲!!そんなに似てるからって彼女を脅かすなよ!!ごめん、爽痲の言ったことは冗談だから気にしないでくれ」
リーダーが強制的にそーちゃんをあたしから引きずり離した。
やっぱり嘘だったんだ…緊張するな…。
「そう言えば真希さん…だっけ?今回の曲順はもう覚えた?」
早くもあたしの名を覚えてくれたジェームスがあたしの所へ来て、1枚の紙を差し出した。
「まだ不安だったらこれを見ておくといいぞ。それにしても君がN●Kに出ていた時から僕らのファンだったとは実に驚きだよ。本当にありがとう。これって何かの縁かもしれないね」
「そっ、そうですねー」
焦りながら紙を受け取り見ると、曲順が記してあった。しかも都合の良いことに知ってる曲ばかりであった。
「…この曲全部知ってます!ただ最後の『I believe in tomorrow』だけは歌詞とメロディーが曖昧で…」
「あぁ、新曲のか。僕達がフォローするから任せとけ」
ジェームスがグーのサインを出しながらあたしの左肩に手を乗せた。
「おいお前まで!あんまり彼女をいじめんなよ!」
「何を勘違いしてるんだ一憲。僕はただ不安な真希さんをフォローするだけだと言ってるんだ。そう言う君だって随分真希さんに馴れ馴れしく『彼女』なんて呼んでるし」
「はぁ!?あれはちげーよバカ!理夏と真希さんとの区別をつけるためにわざわざそうしてんだよ!」
「けどそれだったら『真希さん』でよくない?あ、もしかして一兄ちゃんはりなっちーが好きなんだ!!」
「小明!!何でそうなんだよ!どこをどうなったら俺が理夏を好きになんだよバッキャロウ!!」
「あ~赤い赤いよ~。羨ますぃ~ヒューヒュー!」
「お前らマジで黙れ!!」
本番まであと数分しかないのにあたしはほったらかしかい。けど、いつものStars7はあんな風に賑やかでいるのかな…。
あたしはそう思いながら座っていた席を立った。
「リーダーってりなっちーが好きなんですか?」
小さく呟いた途端、リーダーがあたしの元へと歩いて行き両肩をがしっと掴まれた。
「真希さん、誤解だ。理夏との関係は何一つもねーぞ」
怖い顔で言い残し他のメンバーを引き連れたリーダーは、観客から見えない所までスタンバイし始めた。もちろんあたしも準備が整ったので皆の所へ紛れ込んだ。
とうとう始まるんだ…。緊張するな…。
「大丈夫大丈夫!リラックスして!」
振り返ると背後で小明っちがあたしの背を軽く撫でていた。
「あ…ありがとう。なんか少しだけ緊張が解れてきた気がするよ」
そしてあたしとりなっちー以外のStars7のメンバーはステージへと駆け上がった。
「みなさーん!今日は俺達Stars7のミニライブに来てくれてありがとー!!早速だが、一発目の曲いくぞー!」
こうして今のあたしに至るわけである。あたしの足がほとんど動けない状態で1曲目のメロディーが流れ始めた。この曲はあたしが小学生時代に見ていた某教育番組で、まだ無名時代であったStars7のデビュー曲であるとすぐに悟った。
そーちゃんが歌い始めるとあたしも続いて声を響かせた。他のメンバーも順調に流れていくリズムに合わせて歌う。落ち着いて。ゆっくりと。はっきりと声に出して。あたしとりなっちーの声の違いを気にしていたが、あたしを見て何も違和感を感じない人が沢山いるようだ。少し安心したあたしは構わず歌い続けた。他の曲もすぐに歌詞がポンポンと出て来る。本当にStars7のファンであってよかったと心の中で感じた。
ミニライブは順調に進んでいき、ついに最後の曲となってしまった。しかしあたしの不安が再び表れ始めた。新曲である『I believe in tomorrow』はサビ以外うろ覚えだったのでAメロ、Bメロは歌詞がすぐに出て来ないのだ。そんな状況とは裏腹にあたしは笑顔を観客に振りまいた。その時、リーダーが突然観客にこう告げ始めた。
「えー、これでとうとう最後の曲となってしまいましたが、実は俺達はあることを隠していました」
隠し事…?何かあったのかな…?
「実はうちの理夏ですが、ちょっと喉が怪しくなってしまいまして新曲の『I believe in tomorrow』のAメロとBメロの高低の声が出にくいことが、ライブ開始5分前に判明しました」
それを聞いた観客は、不穏な空気を漂わせていると同時に想定通りにざわざわと騒ぎ始めた。
まさか…あたしが歌えないことをかばって…!?
すぐさまリーダーの方へ向けると、彼はあたしの顔を見て『俺らに任せろ!』と言っているかのように軽く頷いた。その他のメンバーも同様にあたしを見て顔を縦に頷いた。
よく考えてみると、これまで歌ってきた曲はどれも安定した音程で歌っていた。が、これから歌う『I believe in tomorrow』はあたしの記憶が正しければ音程の高低差がやや激しいことが確かであったはず。音程も高音低音も分からないあたしを全力でフォローしてくれるなんて…!
そしてリーダーは説明を続けた。
「そのため理夏のパートは小明・理郁の2人がフォローすることにします。本日は本当にすみませんでした!」
メンバー一同は深々と頭を下げた。状況から見てあたしも慌ててStars7と同じような行動をとった。
次の瞬間、1人の観客が拍手をした。驚いたことに拍手をしている人は猫目君だった。この状況を知った上で亜希達も拍手をし始めた。それに続きだんだんと音が大きくなっていき、いつの間にかステージ前は暖かい拍手で囲まれていた。中には「りなっちー大丈夫かー」、「無理すんなよー」などと励ましたり応援してくれる観客がちらほらと出てくるのも悟った。さらに頼もしいことに、Stars7のマネージャーさんが観客に知られないような場所で『歌詞は私が出すからそれを見て歌って』と書いたスケッチブックを手にして立っていた。
「よかったな」
リーダーがあたしの右肩に手を置いて耳元で呟いた。
あたしが頷くと最後の曲が流れ、皆が歌い始めた。マネージャーさんが出す歌詞を見ながら精一杯披露した。AメロBメロの歌詞の音程の間違いが沢山あっても、小明っちといくぴーの歌声あたしをでカバーしてくれる。
そしてミニライブは無事に幕を閉じた。
あたしは帰ろうと思ったが、Stars7のメンバーに来て欲しいと頼まれたのでショッピングモールのスタッフ専用の通路を辿って行き、休憩室へと連れて来られた。そこには既に来ていたマネージャーさんとベンチで横たわっている女性の姿があった。
「理夏、大丈夫か?」
リーダーが女性に声を掛けたのは、過労で倒れていた本物のりなっちーだった。りなっちーが起き上がると、目をこすって口を開いた。
「…なんだ…迷惑かけてすまんな…あ!ライブは!?どうなった!?やっぱ中止になったのか!?」
その驚いた表情を見るとリーダー達が言った通り、あたしとそっくりである。だが、違うのは毛先の癖っ毛だ。
「いや、奇跡的に成功した。彼女のお陰でね」
ジェームスに前へ出るよう促されたあたしは今、本物のりなっちーの目の前にいる。
どうしよう…。何か話さないと…
「ふーん…。確かに吾妻さんが言った通りウチと似てる…」
じろじろとあたしを見てる…と言うか観察されてる!?
余談だが、吾妻さんとはStars7のマネージャーの名である。
「気に入った!ねぇ、ウチと仲良くならない?」
にやっと妙に笑うりなっちーの発言に驚きの表情を見せたメンバーは、ぽかーんと口を開けてしまった。
まさか芸能人と友達になれるなんて夢のような話だ!けど、あたしがりなっちーに恨まれることはないだろうか…。たかがりなっちーそっくりさんの一般人が堂々とステージで歌を歌っていたから影で嫉妬しているのでは…。
「え…でも…」
ここでりなっちーがあたしの両手を取った。
「ウチね、君にすごく感謝してんだよ!N●Kの番組に出てた時からずっとウチらのファンでいてくれたこと、ミニライブの危機を救ってくれたこと、本当にありがとう!ホント尊敬する!」
恨まれてるどころか尊敬されてるんですけどおおおおおおおおおおおおお!!?
動揺しているあたしにリーダーが横に来て話を割って入った。
「落ち着けよ理夏。悪いな真希さん、理夏は積極過ぎるとこはあるけど根はいい奴なんだ。それに、自らダチになることなんて滅多にねーことだし仲良くしてくれないか?」
説得に促されたあたしはりなっちーの頼みを聞き入れ、アドレスを交換し合った。
「あの、ありがとうございますりなっ…理夏さん」
「りなっちーでいいよ!そうだ!敬意あるマッキーにこれをあげるよ!ライブのお礼!」
そう言って差し出したのは、あたしが苦戦していた曲『I believe in tomorrow』が入っているシングルCDだった。
「わぁ…ありがとうございます!!これ大切にします!!」
「待って、忘れてた。それ貸して」
CDを渡すとりなっちーがバッグからペンを取り出し、何やら書き込んでいた。再び受け取ると、歌詞の裏にりなっちーのサインがあった。
「これ…」
「友達の証!それと…」
スマホをポケットから取り出し、メンバーの表情を見て答えた。
「特典で全メンバーの友達申請を許可しまーす!!」
「おい!何勝手に決め付けてんだよ!」
突然そーちゃんが飛び込んで来てりなっちーのスマホを取り上げようとし始めた。それに続いていくぴー以外の他のメンバーもりなっちーに襲い始め、そーちゃん同様にスマホを奪おうとした。最終的にはメンバー全員のアドレスをゲットしたが、未だにガラケーであるあたしには困ったことにSNSが不便であることに気付いた。
その後猫目君達と合流してからは何回もStars7との出来事について聞かされる羽目になった。が、嬉しいことと微妙なことがが1つ。Stars7の交流が出来るようになり、情報が聞けるようになったこと。貰ったCDを何回も聞き返しては路上でハミングをしていることが多くなったと感じていたことである。
この小説を何回も読んでいる方はお分かりでしょうか。章を変更しました。またまた勝手ながらすみません。