事情11 真希と両親の初対面
猫目君が見かけたという不審者から逃げたあたし達は急いで幼稚園まで逃げた。一度も後ろを振り向かずに。
幼稚園に着くと、時間は2時頃になっていた。つまりちょうど迎えの時間になっていたのだ。園内から沢山の園児と各クラスの先生達が出てきた。
「あー!真希ママと真里パパだー!」
ちょうど園に入ったあたし達に気付いた健汰が指を差して叫びながらやって来た。
「健汰、指差さないの」
後から来た紗希が健汰の手を強引に下ろした。
「紗希、健汰、今日はちょっと急ぐからしっかり捕まっててよ」
そばにいた紗希のクラス担任の先生に挨拶した後、紗希を自転車に乗せた。猫目君は先生や他の園児達には目もくれず黙々と健汰を自転車に乗せた。2人は園を後にして急いで家に向かった。ここでも一度も振り向かずに。
家に着くと2人は紗希と健汰を自転車から降ろし、自転車を倉庫に閉まった後すぐ家に駆け込んだ。
「あー怖かった…。とりあえず猫目君、靴をどこかに隠して」
「うん…、わかった…」
あたし息を切らしながら靴を持って部屋に上がった。
「ねぇ真希ママ、何でいつもより早く帰ったの?」
先に部屋に上がっていた紗希が和室から出てきた。
「…。ちょっとね。怪しい人が猫目君を追いかけてたから逃げたの」
「ふ~ん…」
そう言って紗希はそのまま和室へと戻った。
家に戻ってから1時間が経過した。時間は3時半を回っていた。
今のところ何の変化は見られない。
「ただいまー」
扉を勢いよく開けながら晴汰と優汰が帰って来た。
「あ!お兄ちゃん達だー!お帰りー!」
健汰が2人に駆け寄り、あたしが台所から顔を出した。
「なんだ…。びっくりした~…」
「何だよ、可愛い弟がせっかく帰って来たのに『びっくりした』はねーだろ」
ほっと安心したあたしに対し晴汰が少々イライラしているように返した。
てか自分で可愛いなんて言ってるし。
「真里パパのことね、追いかけてる人がいるからね、怖いんだって」
健汰が唐突に説明した。
「はぁ?」
優汰が首をかしげると、話を割って事情を説明し始めた。
「猫目君の後を追いかけてる不審者がいるんだって。んで今日も買い物行ったら不審者がいたから慌てて逃げたんだよ」
「なるほどね~…。それで怯えてたのか」
優汰が納得すると、猫目君が2階から降りてきた。
「…。なんだ…、晴汰君と優汰君か…」
「真里兄さん、真希姉貴と同じ反応してらぁ!」
晴汰が不意に笑うと、あたしはおろおろしながら言った。
「だっ、大丈夫だよ!まず第一に不審者はここの場所知らない訳だし、来ないはずだからね?」
ピンポーン。
家中にチャイムが鳴り響いた。
「ま…まさか…だよね?」
まさか…不審者がここまで来た…わけじゃ…ないよね…?
そこだけは嘘であって欲しい。
「真希…、俺隠れてもいいよね…?」
突然のチャイムの音に対して身震いをし始めた猫目君が質問した。
「急いで隠れて!俺達もさっさと片付けようぜ、優汰」
晴汰が優汰を連れて和室に入った。
「はーい、どちら様ですか?」
あたしが叫ぶと、訪問者は答えた。
「あのー、突然ですみませんが、猫目ですけど…」
嘘…。本気で来た…!?てかこの声、猫目君のお母さんですか!?てかもし不審者の正体が猫目君のお母さんだったら…!?
「あ、ハイ」
恐る恐る玄関の扉を開くと、玄関の前に立っていたのはあたしと同じくらいの身長をしている40代くらいの女性だった。よく見ると目元が猫目君にそっくりである。
「あっスミマセン、何かご用でしょうか?」
「単刀直入に聞いてよろしいですか?」
「あ、ハイ何でしょう?」
内玄関から出て扉を閉め、苦笑いで出迎えた。
嘘だと言ってくれ嘘だと言ってくれ嘘だと言ってくれ嘘だと言ってくれ嘘だと言ってくれ嘘だと言ってくれ嘘だと言ってくれ嘘だと言ってくれ!
「うちの息子の真里を見ませんでしたか?」
うわ~!やっぱり猫目君のお母さんだったか…。ここは誤魔化さねば…。
「あのー…真里君とは…」
「真里パパならいるよー」
…バカーーーーー!!!何で健汰がここに居るんだよーーーー!!つか黙っとけーーーーーー!!
あたしはすぐに健汰を睨み付けた。
「健汰!部屋に戻って!すすすすすすすすいません!弟の言ってることは嘘ですので…」
ふと見上げると、猫目君の母の姿はいつの間にか消えていた。
って居ねーーー!いつの間にか消えたーーーー!
慌てて玄関の方に振り向いた。
って居たーーーー!!何勝手に上がってんのーーーー!?
「真希、どうしたの?」
背後から別の女性の声が聞こえた。振り向くとあたし達飯野家を支えてる叔母の姿が目に映った。
「おっ、叔母さん!?何で!?え!?いつ来たの!?何で連絡しなかったの!?」
「ここに用があったから来たんだけど…、お客さん?」
「あぁ…うん、そうなの~…」
すると家内から健汰の声が響き渡った。
「真里パパは2階にいるよー」
えーーーーーーーー!!?あのバカ!!
健汰の声に反応した叔母は容赦なくあたしに質問した。
「真希、真里パパって?」
「あのね、叔母さん、これは違うの!!えーっと、その~…部屋に上がって下さい」
もう終わった…。何もかも全てが。
何この状態は…。これは何かの面談…それ以前に結婚前のご挨拶にしか見えないんだけど…。
亜希が帰って来たのに気付いたあたしは『今は取り込み中だから邪魔すんな!』と目で合図を送った。亜希はそっと襖を閉めた後、何事もなかったかのようにその場から立ち去った。和室は重い空気が漂う中、本題に入っていた。
「…真里、どういう訳か全部聞かせてちょうだい」
母の言葉に促された猫目君は、両親はもちろんあたしの叔母ににまで全てを話した。
「なるほどねー。私真里が留守の間何してるのかずっと見張ってたんですよ」
「お前、何度もやめろって言ったじゃないか」
いつ来たのかは定かではないが、猫目君の父が母の肩を軽く叩いた。
「だってあなた、息子が行方不明になってること心配じゃなかったの?」
やはりあの不審者は猫目君のお母さんだったか。
猫目君の母は、叔母に謝罪し始めた。
「飯野さん、うちのバカ息子がこんな事までして家出をしてご迷惑をお掛けしました」
「母さん!これは家出じゃなくて自立だよ!」
猫目君がすぐさまぴしゃりと言葉を言い放った。
「真希も人が良すぎるのよ。猫目さん、姪が大変申し訳ありませんでした」
叔母もぺこぺこと土下座をしながら謝罪した。
「いいんですよ。うちの息子もご迷惑をお掛けしました」
そこからは保護者によるお詫び合戦状態へと発展してしまった。すると3人を止めようと、猫目君が立ち上がった。
「母さん、親父、俺決めたんだ。何と言われようがここに居るってね!決して止めないで欲しい。飯野家を助けたいんだ!」
すると猫目君の両親は相談し合い、しばらくしてから父親が結論を述べた。
「真里、どうしてもって言うならここに住むがいい。ただし、家内では迷惑を掛けんようにするんだぞ。このことは周囲に黙っておくから安心しろ。しかし、他の人にバレた時はどう対応するかが問題なのだが…」
猫目君の両親と叔母が首を傾げているいる時、猫目君が突如持論を言い放った。
「わかった!俺と真希は許嫁としてやっていこう!うん、それがいい!」
ちょっと待てーーーー!!
ずっと黙っていたあたしがつい心の中で反応してしまった。
「それもそうね。じゃあそういうことで…」
叔母さんまで何あっさりと決めてんのよ!これは黙っていられない!
顔を赤らめながらすぐに立ち上がり、反論した。
「意義あり!こんなことで決めるのはおかしいと思います!大体許嫁は」
【許嫁】いいなずけ…婚約者として指名し、相許す意の雅語動詞「言い引く」の連用形の名詞用法。婚約者。フィアンセ。(某国語辞典より)
誰ですか。勝手に解説したの。
天の声)すいません。
「まあ、とりあえず私が真希達のの保護者として何とかやっていきますから。ね?」
『ね?』じゃねーよ叔母さん!勝手に話を進めないでくれます~?
「真希ちゃん、息子をよろしくお願いします」
「真里、ちゃんと真希ちゃんの弟や妹達の面倒も見るんだぞ。あとたまには家に顔を出しなさい」
「わかってるって親父」
嗚呼…、何か話が進んじゃってる~…しかもその気になるっておかしいでしょ!?これからどうなるんだ~!!飯野家~!!?
叔母と両親の話が片付いて帰ったところで、猫目君は和室で落ち込んでいるあたしに寄って話しかけた。
「真希、ごめん。俺が勝手なこと言ったから…」
振り向くと猫目君は土下座をしていてお金を差し出していた。
おいおい…。土下座はいいけど、あたしに10万円差し出してるよ…。何でもお金で解決して許してもらおうと思ってるのか、猫目君は。
「いや…、お金は別に要らないよ。あたしが悩んでるのは許嫁のことじゃないの。今後クラスの皆に同居していること知られたらどうなるか…」
猫目君はそれを聞いて静かに微笑んだ。
「その場合は『前に家出したんですけど、帰る道がわからなくなったので真希に拾われてしばらく泊めてもらっているんです』って言えば…」
「『何で警察に頼まなかったのか』って聞かれたら?」
「『家に帰りたくないし、警察にも頼りたくない』って言えばいいよ」
「へぇ~…すごいな~猫目君。悪知恵が働くねー…」
「悪知恵じゃなくて策略だよ」
猫目君、笑顔で答えてるけど腹黒いですよあなた。
すると電話の音が家中に響き渡った。亜希が電話に出ると猫目君を呼んだ。
「マーサ、家から電話よ」
猫目君は亜希から受話器を受け取った。
「はい…兄ちゃん!?何で!?え!?おい、家わかんの!?」
猫目君の驚く声に思わず彼の方に振り向いてしまった。話の内容によると、どうやら猫目君の兄が来るらしい。
てゆーか、猫目君ってお兄さんいたんだ…。
電話し終えてから約40分後、猫目君の兄がやって来た。
「よっと、ここがそうなのか…」
「兄ちゃん、意外に早かったね」
「真里、ここの家主さんは?」
「ちょっと待って」
猫目君が家の玄関を開けてあたしを呼んだ。
「どうしたの?猫目君…」
玄関から出た途端、お兄さんはじっとあたしを見つめた。
本当に猫目君そっくりだ…。ただ雰囲気だけだけど。
そう思っていると、未だにお兄さんはあたしを見続けたままだった。
「…な、何ですか?」
「ふ~ん…この人が真里のフィアンセか」
「兄ちゃん!」
声に反応したお兄さんは、視線を猫目君の方へ向けた。
「ははっ、知ってるよ。全部お袋から聞いてるよ。えーっと、確か真希ちゃんだったね?俺は真里の兄の洸矢。弟をよろしくね。未来の義妹サン」
「帰ってくれ」
猫目君は少々赤面しながらイライラしていた。
「はいはい、真里は珍しく素直じゃねーなー。まぁ今回は挨拶に来ただけだし、ここでさらばだな。また何かあったら来るよ。そんじゃーねー」
洸矢さんは手を振りながら車に乗って去って行った。
「まったく兄ちゃんてば…。本当に困るよ」
猫目君がため息をつくと、微笑んで答えた。
「でも面白いお兄さんだね」
「いやいやいや、そうでもないよ」
あたし達はそのような会話をしながら家に戻った。こうしてまた、飯野家の平和な1日は終わりを告げた。