永遠誓約少年
それ以来俺の生活からウルルが消えた。朝になっても呑気な寝言は聞こえない。放課後の労いの言葉もない。人参を食べてもエロゲをやっても慌てた声はどこからもしない。もともと一緒にいた期間は一月もなかったのだ。俺がいつも通りにしていても誰もどうかしたかなんて聞いてこない。あまりにも綺麗にウルルの存在が消えているものだから、ともすれば初めからウルルなんて女の子はどこにもいなくて一連の出来事は俺の妄想だったのかもしれないと思うくらいだ。ただ、世界がどれだけいつも通りでも胸に穴があいたような喪失感はいつまでも消えずにいた。
その日校門を出たときからなんとなく嫌な予感はしていた。校門を出て歩いていく俺の足は何も間違っていないのに景色の方が勝手に動いていくみたいに、俺の体はベルトコンベアに運ばれていくように人気のない方へと向かっていく。そうしてたどり着いたのは見たこともない寂れた廃ビルだった。俺をここに運んだのは何者か、そんな疑問を抱く前に、正面に捉えた廃ビルの入り口から犯人が現れた。
「ようこそ、進川早太」
姿を現したのは黒いマントを羽織った少女だ。マントとお揃いの黒いリボンのついたカチューシャで飾った長い灰色の髪をなびかせて歩く様はどことなく隙がなくて、彼女がただの少女ではないことを感じさせる。もっとも目を引いたのは手に持った杖だ。二匹の蛇が絡みついたような意匠のそれは禍々しさのオーラを放っているかのようだった。明らかに歩行を補助する目的ではない。
「魔法少女か……でも味方って感じじゃないな?」
「私の名はバルナ・タンラスタ。進川早太、単刀直入に言う。ウルシェラ・トラジッタをこちらに引き渡せ」
「やっぱり悪者か」
俺がそう言うとバルナはふうとため息をついた。
「私とあいつのどちらが悪かは議論の分かれるところなのだがな。しかしあいつの敵であることに間違いはない」
そして俺の目を見据えてこう付け加えた。
「安心するがいい。この地球に仲間は連れてきていない」
ぴくっと眉が跳ねた。さりげなく周りを確認していたつもりだったが、俺の目の動きまで注意を払っていたらしい。
「へえ、悪い奴ってのはてっきり徒党を組むものと思ってたけどな」
「それは正義の味方だろう?」
俺の皮肉を混ぜっ返して、依然唇を引き締めたままバルナは苦々しそうに言葉を吐く。
「仲間にはそういう奴もいるが、私は卑怯な真似を好まない。憎悪しているといっても良いくらいだ」
そして杖で宙を一閃してこちらを見た。
「しかし目的のためならば無関係な地球人を傷つけることも躊躇いはしない。さあ、痛い目に遭いたくなければウルシェラ・トランジッタの居場所を教えろ」
どうやらバルナは俺がウルルをどこかに匿っていると思っているらしい。だとしたら好都合だ。
「断る」
その瞬間、俺たちがいる広場の一回り向こうが灰色に遮られた。地面からせり出してきたコンクリートが俺の逃走を防ぐ壁となり、この広場が監獄と化したのだ。
「もう一度聞こう」
「必要ないっ!」
この場を逃れるにはどうにかしてバルナを倒す必要がある。見た目で判断するなら意表を突いて飛びかかるだけで組み伏せることができそうな体格差ではあるが、相手は仮にも魔法少女だ。最低でもなにか武器がいる。かといって背中を見せるのも怖かった俺は横に走り出そうとした。しかしバルナが杖を一振りすると足元のコンクリートが急に盛り上がり、俺をつまずかせた。
「ちっ」
さらに下半身が急激な冷たさにさらされ、動くことができなくなった。
「冷凍光線だ。私が思い切り踏みつけるだけで君の下半身は粉々に砕け散る」
「くそ……っ……」
ローベルンを開いて中の球体を転がしたが、何も起こらない。
「ふん、地球人がなぜローベルンを持っているのか知らないが、さすがに変身はできないようだな」
バルナが杖を俺に向けるのが視界の端に見える。
「友好関係にある地球人が死んだ方があっさり出てくるかもしれんな」
「くっ……ウルル……ッ!!」
はっと気付くと俺は仰向けに倒れていた。周りはいつか見た白いもやに覆われた世界。一瞬死んだのかと思ったが、あのときはウルルの魔法で言わばウルルが作った世界に行ったはずだ。今度は立ち上がることができる。
「ウルル?」
声をかけてみるが返事はない。
「聞こえてる、よな」
俺は語りかけた。
「……俺にも、友達がいたんだ。昔。俺とそいつは仲が良くて、あいつのためならなんだってできるって思ってた。けど、俺は自分の弱さをまるでわかってなかった。俺はあいつを守れなくて……違う、自分が傷つきたくなかったんだ!」
あのときつぐんだ言葉。だが今は自分を傷つけるためにこれを口にしたわけじゃない。
「これが、俺だ。気が利かなくてわがままで、馬鹿だ。けど、だから……ウルシェラ。俺に、もう一度だけチャンスをくれ。俺は…………お前と一緒に生きていきたい!」
これで言うべきことはすべて言った。俺がここから覚醒してすぐ死ぬことになっても、さほど心残りなく死ぬことができるだろう。しかし、俺はとことん幸せ者だった。
「ウル、ル……」
すうっともやのカーテンが開いたように、ウルルの姿が目の前に現れた。俯いてツインテールが力なくうなだれている。
「早太、さん」
ほんのわずか、顔を上げて泣き出しそうに俺の目を見た。
「あなたは本当に……おおばかさん、です」
「ああ。悪い」
「今度、だけですからね」
「望むところだ」
俺が言うとウルルは震えた。
「泣かなくてもいいじゃないか」
「だ、だって……」
「そうだ、それに今大変な状況になってるんだ。お前、外の様子は知ってるか?」
「いえ……見ているととても耐えられそうになかったので、心を遮断していましたから」
その言葉に俺は再び自己嫌悪に陥りそうになったが、そんな暇はない。
「お前の敵だっていう魔法少女が来たんだ。バルナ・タンラスタっていうらしいんだが」
「聞き覚えがありません。でも、そうしたら……」
「ああ、変身しなきゃならない」
「いいんですか?」
「ああ。お前と生きていく代償だって考えれば、魔法少女になるくらい安いもんだ」
「早太さん……」
「だからお前の力を貸してくれ」
俺の差し出した手をウルルはちょっと躊躇うように見ていた。情けないことに、震えていたのだ。ウルルに信じてもらうべき自分を、まず俺自身が信じ切れていないのかもしれないと思った。俺はもう間違えないと誓った。だが人の言葉に絶対はあり得ない。それがどうしようもなく怖かった。
「行きましょう」
だがその手を、ウルルが握った。その瞬間、繋いだ手から溢れた光が視界を真っ白に塗りつぶしていった。
《他の誰にも、貴方自身にすらわからなくても。貴方が弱いだけの人じゃないということは、心を一つにした私がわかってますから……》
「なんだ!?」
光が晴れると後ずさりをするバルナが見えた。体が軽い。変身したのだ。俺は杖を突きつけてとびきりの決め台詞を放ってやる。
「待たせたな、侵略者。ヒーローの登場だ」
「変身しただと……?」
「来いっ、シュガーブルーム!」
俺は白箒を呼び出し、大きく弧を描いて空に駆け上がった。
「逃がすかっ」
移動速度は俺の方が速く、バルナの放った光線は俺が通った後を追うようにコンクリートを砕くにとどまった。
《ソルティクラッカー!》
それと同時にウルルは左手を操り、杖によるバルナへの攻撃を担当していた。
「フン、ならばっ!」
「んなっ!?」
そんな状況に業を煮やした奴は、降り注ぐ星形の魔法弾のすべてに先ほどの冷凍光線を当てながらこちらに飛び上がってきたのだ。凍らされた魔法弾はそのままバルナの体に当たり、砕け散っていく。
「数が多くないとはいえ、どんな動体視力してやがんだよ!」
《気をつけてくださいっ、弾幕を抜けられます!》
「くそっ、ならこれで……!」
「もう遅い!」
迫り来るバルナに左手の杖を突きつけた瞬間、奴の構えた杖から赤い煙が発射された。
《早太さんッ!!》
ほとんど金切り声のような叫びとともに体の制御は九割がたウルルに奪われて、俺の体はバルナから距離をとった。
「逃げられると思うな」
しかしバルナはいとも簡単に俺の真横についた。
「終わりだっ」
杖を振り上げたバルナの語尾が怪訝に揺れる。俺が無防備なバルナの腹に凍りついた左手を向けたからだ。
「馬鹿な、何を……」
しかし彼女の言葉はピキッという音に遮られる。氷の悲鳴は次の瞬間断末魔に変わり、俺の左手を覆っていた氷は砕け散る。
「貴様、自分で凍らせて――!?」
「遅えってんだよ!」
《ジェラートピアスッ!!》
ウルルが叫ぶと杖の先からドリル状の物体が現れ、バルナの横腹を貫いた。
「ぐっ……フライビーター!」
落下してゆくバルナの杖先から六つの黒い物体が蜘蛛の子を散らすように飛んでくる。
「ちっ!」
動き自体は直線的だ。俺はかいくぐり、バルナの懐に飛び込んだ。
《六、八時方向から魔法弾!》
「了解っ!」
ループを描いて二つをかわす。
「こいつ……背中に目があるのか!?」
「これで終わりだ!」
「仕方無い……サイカーダ・アバター、スモーク!」
バルナの姿がブレたかと思うと、分裂したように十六人のバルナが現れた。
「なにぃ!?」
俺はバルナの十メートルほど手前に着地した。しかしその隙をバルナが襲う様子はない。
「どういうことだ?」
《どうやらただの分身ではないみたいですね。状況はこちらに有利ですから彼女は撤退を狙っているはず。恐らくは分身に何らかの効果を付与したために遠隔維持ができないのでしょう》
「ハズレに当てたら煙幕……とか?」
《あり得ますね。ただ煙幕を張るのではこちらの反撃魔法で消し飛ばされますが、この方法ならばこちらが魔法を放った後に少なからぬタイムラグが発生します》
「つまりチャンスは一回ってことだな」
闇雲に攻撃すれば十六分の一の確率。だがここで逃せばまた襲ってくるだろう。外すわけにはいかない。
そんな俺の思考を甲高い警告音が切り裂く。左胸のブローチが点滅し始めたのだ。
《早太さん!》
「くっ……!」
焦燥が思考を狭める。どれだ、撤退するためってんなら後ろか、それとも裏をかいて真正面か……!?
そのとき、俺は思い出した。
「そこだぁッ!」
《グルシノゥズバインド!》
俺は正面で向かい合うバルナに拘束の魔法をかけた。
「ぐっ!?」
バルナは液体の鎖に拘束され、周りにいた十五人のバルナだけが霧散した。
「馬鹿な! どうして!?」
「お前、悪役に向いてねえな」
俺が思い出したのは戦闘前の奴の言葉だ。
『私は卑怯な真似を好まない。憎悪しているといっても良いくらいだ』
けたたましく鳴るブローチの点滅がどんどん早くなってきている。
「さあ、飛びっきりの必殺技で決めてやるよ」
《あまあいおしおきを召し上がれ! ウルトラ、スイートマジィィィィック!!》
掲げた杖の先にピンクのハートが描かれ、そこから発射された膨大な光の奔流がバルナを呑みこんだ。
「くっ、ぐ、ぐぐ、あああああぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
バルナの断末魔が消えていくとともに、周囲のコンクリートの壁は綺麗に消え去り、俺の変身も解けた。
「ふぅ……さすがに疲れたな」
《ふふっ、お疲れ様です》
久しぶりに聞いた労いの言葉にウルルが帰ってきたんだと実感する。
「あーしんど……とりあえず帰ってエロゲだ。今日は徹夜してもいいくらい疲れた」
《だ、だめですっ。そんな、わ、わたしというものがありながら……》
「ん? どういうこと?」
《え? いえ、ですから、さっき『お前と一緒に生きていきたい』って……》
「ああもちろん。お前は唯一の、俺の友達だ!」
《は…………?》
ひゅうううう、と風の音すら聞こえるほどの静寂。
「え、なにこの沈黙」
《も、もおおぉぉぉおおお!!》
「へ?」
気が緩んでいたため、あっさり支配権をウルルに奪われ、両手が勝手に動いて俺の口の端に手をかけて裂けんばかりに引っ張り始めた。
「あいへっへへ! くひをひっはるな、はける、はけるからぁああ!」
《早太さんなんて、だいっきらいですぅぅぅううう!!!!》
どうも、弥塚泉です。
七夕はあんまり関係ない話でしたが、七夕になら何か不思議なことが起こっても不思議じゃない気がしますよね。ん、そしたら当たり前になっちゃうのか……?
今回もいろいろ実験的なことをしてみました。
このお話を最後まで読んでくれた方は姉妹作『それでも彼女が大好きですっ』もぜひどうぞ。
また全然違うお話になっているので。




