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日常、断絶少女

 俺の一日は朝七時半に起床することから始まる。もともとが夜型の生活で犠牲になりがちな睡眠時間をギリギリの時間まで寝ていることで確保しているのだ。続いて手早く朝食を済ませて歯磨きと洗顔。自室で制服に袖を通し、昨夜のうちに準備を済ませておいた鞄を持って洗面所で鏡を確認したら家を出る。ここまでの所要時間は約二十分。あとは最寄り駅から電車に揺られて三十分、歩いて十分で学校に到着だ。

《ん、んぅ……もう食べられないれすぅ》

「いつまで寝てんだよ」

 駅に向かって歩いていると頭の中で漫画みたいな寝言が聞こえてくる。こいつの名前はウルシェラ・トラジッタ。七夕の夜に亜光速で移動していたこいつに衝突されて命を落とした俺だったが、こいつの魔法によって一心同体になって生き返った。いつも魔法で心を繋ぎっぱなしだから正確には二心同体というべきかもしれない。この魔法少女の名前は長いので、普段はウルルと呼んでいる。

《だ、だめですよぉ、早太さぁん》

「俺も夢に出てきてんのか」

《そこは……らめぇ……お楽しみは、最後に……》

「ど、どんな夢見てんだ……!?」

 恥ずかしがっているようなウルルの声にお気に入りのエロゲのシーンが想起された。

「ま、まさかウルル……」

《わたしのショートケーキのいちご、食べちゃらめれすぅ……》

 ガクッと思わず肩を落としてしまう。

「なんだよ、紛らわしい奴だな」

 そんなことをやっているうちに学校に到着する。ちなみにウルルが起き出すのはだいたい一時間目が始まったあたりだ。

「よーっす、早太! 今日もギリギリだなー?」

 教室に入るなりガシッと肩を組んできたのはクラスメイトの富士崎明人ふじさきあきひとだ。暑苦しいな、というのは言葉はおろか表情にすら出さず、爽やかに返事を返す。

「おはよう明人くん。今日は宿題やってきた?」

「え!? 今日は宿題なしじゃなかったっけ」

「数学と英語、あと古文もあったよ」

「やっべー! 早太、悪いんだけどー……」

「はい、数学と英語と古文のノート」

「早太さまぁあああ!!」

 拝むように俺のノートを捧げ持ちながら自分の席へと戻っていく。

「ホント進川くんって優しいよねー」

「一回ガツンと言ってやった方がいいよ。もう何回貸してるかわかんないじゃん」

 六十七回な、というのも言わずに困ったような色だけ表情に浮かべた。

「明人くんのためにならないよね」

「そういうことじゃないってー」

「もしかして進川くんって天然?」

 あはは、そうかなあなんて照れてみせる。心の中はため息の嵐だ。

 早く放課後にならねえかな、なんて。






「ふー……」

《お疲れ様ですー》

 帰り道もクラスメイトと帰る羽目になる俺が一息つけるのは駅を出てからになる。学校では優等生を演じるのに忙しいのでウルルと話すのもこのあたりからだ。

「っていうか三割くらいはお前のせいだからな」

《どうしてですか?》

「どうしてってそりゃ……おわっ」

 ここぞとばかりに恨み言を連ねてやろうと口を開いた瞬間、いきなり体が走り出して右手がしぶしぶポケットに入れている機械に走る。

「おまっ、またかよ!」

《すぐ済みますから!》

 そうして適当な路地裏に入る頃には完全に体の制御が奪われていた。

「ミラクルメイクアーップ!」

《勘弁してくれぇぇぇ!!》

 心の中だけで響いた俺の叫びは誰にも聞き届けられることなく周囲が光に覆われていき、数秒後には豊かな金髪をかわいらしいリボンでまとめ、白とピンクを基調としたコスチュームに身を包んだ魔法少女系男子が現れていた。

「では、少々お借りしますね」

 ウルルはたいそうお人好しな奴で、誰かが困っているのを見たらすかさず体の支配権を奪い取って変身し、魔法でそいつを助けてしまうのだ。

「今助けてあげるからね」

《今度は猫かよ……》

 べつに助ける相手が人間だろうが猫だろうが構わないのだが、俺からしてみれば変身する度に社会的に死にかけているわけだから本当に勘弁してもらいたい。

「よーっとっとっと」

 ウルルは街路樹から降りられなくなっている子猫に建物の陰から浮遊魔法をかけている。子猫が浮かぶ姿なんて見られたら一発で混乱に陥るので、あくまで子猫が降りるのを手伝う形だ。

「よしっ。これで安心です」

 ひょこっと顔を引っ込めて嬉しそうな声をあげる。本当にいつも嬉しそうで、俺も仕方なく口をつぐみ、これでめでたしめでたし、で終わるのだが今回はそういうわけにはいかなかった。

「あれ、早太?」

 その言葉にさっと血の気が引くような思いがした。ウルルが振り返るとそこにいたのはやはり富士崎だった。

《終わった》

 走馬灯の代わりにクラスメイトたちが俺を蔑む声が響いて目の前が墨で塗りつぶされるような幻覚を見た。しかしウルルの行動は早かった。右手が電光石火で跳ね上がって、富士崎を光が包んだ。光が消えると富士崎はぼんやりした顔のまま来た道を引き返していく。

《危なかったですぅ》

 いつのまにか体の支配権は俺の方に返っていて、ウルルの声が頭の中から聞こえる。

《富士崎さんには申し訳ないですけど、記憶操作の魔法をかけました。直前五分間の記憶を曖昧にして、明日起きた頃には何があったか忘れているはずです》

 俺の耳には、脳にはウルルの言葉はほとんど入ってこなかった。ただいつもとは違い、その音がひどく耳障りだった。

《聞こえていますか? 早太さん?》

「………………だ」

《え?》

「もう、うんざりだって言ったんだよ! こんなことは!」

 さっきの恐怖が足にきて、俺はコンクリートに膝をつく。そんな自分がまた情けなくて顔を覆った。

「いつか見られるんじゃないかと思ってた……いや、俺は本当はバレやしないと思ってたのかもしれない……でももうダメだ! こんな姿で生きていくくらいなら死んだ方がマシだっ! 最初っから俺なんかに命を分けなきゃ良かったんだっ!」

 自分を否定するのはとても気持ちが良かった。自分で積んだ積み木を他人に崩されるのは気に入らなくても、自分で崩すのは味わったことのない快感で、俺はついに胸の一番奥に積んだものに手をかけた。

「だいたい俺なんかっ……」

《わかり、ました》

 そのとき。ウルルの声が聞こえた。

《もう……早太さんの邪魔はしないですぅ。本当に、ごめんなさい》

 それで終わり。その言葉に続きはない。だが俺の足は骨がなくなったみたいに立ち上がることを忘れて、頭の中では自分の言葉とウルルの声がぐるぐるといつまでも回っていた。

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