変身、魔法少女!
怪獣から逃げる途中、商店街のアーケードを走り抜けたがそこにも人間は一人も見当たらなかった。どうやらあの怪獣が踏み潰していく民家の心配はいらないようだ。
「だからってどうなるもんでもないけどな」
とにかく走り続ける。幸いにもビームとかを吐いてくる様子もないし、追いつかれる心配はない。対抗策なんて当然皆無な今できることといえば、なんとか状況が好転するまで逃げ続けるしかない。
「って!」
言ってるそばから足をもつれさせて転んでしまう。舌打ちをして立ち上がると、凄まじい地震に膝を折らされた。
「……ぁ…………」
頭上高く、怪獣と目があった。これではもう逃げられない。こいつの一歩は数キロある。俺は、死ぬ。せっかく生き返ったのに。あの子が、せっかく命を分けてくれたのに。
そういえばあの子がくれたものがあったっけ。困った時に使えって。右ポケットのつるりとした感触を掴んだ瞬間、頭の中に声が響いた。
《ようやくお呼びですか! って、めちゃくちゃピンチっぽいですぅぅぅぅ!?》
絶体絶命のこの場面には不釣り合いすぎる緊張感のない声だったが、今は藁にもすがりたい思いだ。
「いいからなんとかしてくれよ!」
《わ、わかりました。お任せください! ミラクル、メイクアーップ!!》
「なんだ、体が勝手にっ!?」
俺の頭から下がまるで他人の体のようになり、ローベルンを開いて中の球をくるりと回すとまばゆい光があたりを包み込んだ。周囲に展開した光の玉が俺の体にあたる度にその箇所の服装が変わってゆく。髪には大きなリボンが結ばれ、手には肘まで覆う白い手袋、足には膝上の白いソックス、ズボンはフリルのついたスカートに変わり、胸に青いブローチが着くとどこからともなく現れたピンクと白を基調として先端にハート型の飾りがついた杖を掴むと、口が勝手に動いて名乗りを上げた。
「星降る夜空に祈るは希望! いけないアナタに裁きの魔法! 魔法少女ウルトラ・ウィッチ、ただいま参上!」
《なっ、なんじゃこりゃぁぁぁあああ!!??》
周囲の状況を忘れて思わず叫んでしまったが、俺の声は空気を震わせることなく自分の頭の中に響くに留まった。
「お話している時間はありません! 少しの間、体をお借りします!」
どうやら変身は数秒程度で済んだらしく、上を見ると怪獣が俺を踏み潰すために足を下ろそうとしているところだった。
《うわああああああ!!》
「きてっ、シュガーブルーム!」
中空に手を掲げると真っ白に染め上げられた箒が出てきて、俺がそれにまたがって地面を蹴るとあっという間に空を駆けて怪獣から十キロほど離れた民家の屋根に着地した。
「あいた!」
が、明らかに何もないところでこけた。
《何してるんだよ……はっ!? お前さてはドジっ娘だな?》
「そんなこと……しゅわっ!?」
否定するそばからまたこけた。視界の端にはこちらへ向かって歩みを進める凶悪な怪獣の姿が見えている。
《あーもう、代われ! お前はやり方を教えてくれればいいから!》
「で、でも……」
《えーいうるさい! こちとら小学生のときから体育はずっと、よくできましたをもらってきてんだ、よっ!》
ふっと自分の体のコントロールを取り戻す。幽霊だった体が具現化したみたいな感じだ。
《あぁあぁああ!! だめですよぅ! レムラブはとっても恐ろしい魔物で……》
「言ってる場合か!」
地上にいては恐らく勝てないと判断し、とりあえず箒にまたがって空へ上がる。
「おぉ、やればできるもんだな。で、どうすればいい?」
《あぅぅ……レムラブの近距離攻撃力にはとても太刀打ちできませんから遠距離戦をおすすめしますぅ。チェンジイエロー!》
「おおっ!?」
再び光に包まれると、服がレモン色に変わっていき、どこからともなく現れたシルバーフレームのメガネをかけていた。そして先ほどまで持っていた杖はなくなり、代わりに身の丈ほどもある巨大な砲塔を両手で構えていた。
「でかさの割に重くないな」
試しに片手を離してみても取り回しの悪さはさほど感じられない。
《慣性や重力といった制御はわたしがやってますから気にしないで撃ちまくっちゃってください。反動も極力抑えますから》
「よぉし、わかった!」
五キロほど距離を保ちながらレムラブに光の矢を浴びせかける。魔法少女の制御の賜なのか反動もほとんどない。
「ちっ、あいつ、なかなかタフだな……」
しかし俺の砲撃を浴びてもレムラブは多少怯むものの致命的なダメージは見受けられず、それどころか自分もビームを吐いて応戦してきたのだ。どうやらさっきビームを使わなかったのはただ単にビームを使うまでもなかっただけらしい。
「クソっ、効いてはいるみたいだが……」
決定的なダメージには繋がらない。何かほかの武装がないか聞こうとしたとき、左胸の青いブローチが赤色に変わってピコン、ピコン、と警告音とともに点滅しだした。
「なっ、なんだ?」
《魔力切れですっ。魔力残量から判断するに、恐らくあと一分くらいで変身が解けてしまいますっ》
「マジかよ……一分じゃとても倒しきれねえぞ」
《こうなったら仕方ありません。手近なところに着地してください》
「……わかった!」
とりあえず着地すると、大通りに沿って直進してくるレムラブを迎え撃つような位置どりになった。
《砲身を対象に固定して、右手のトリガーをいっぱいまで引いてモードを切り替えてください》
「うおっ!?」
言われたとおりにするとまるで花が咲くように砲身が斜め十字型に開き、一回り細い銀色の砲身が姿を現した。
《左手のバーを手前に倒して残りのスイッチはすべて下に入れてください。スライド式のものはすべて上へ、右手のパネルの入力コードは赤赤黄です》
言われるままに操作していくと手のひらからほのかに感じる熱から出力がどんどん上がっていくのがわかる。
《ショックディフュージョン、リアクションオフセット展開完了。第一砲撃形態、ワンダフルサワーブラスト発射可能です!》
「よっしゃ、食らいやがれぇえええええ!!」
引き金を引いた瞬間、ため込まれていたエネルギーが一気に放出された。真っ白に染まる視界の中でただ一つ確かに見える砲身をぶれないようにしっかり押さえておくのに必死だった。そして光が消えて夕陽が地上を橙色に染め直したとき、俺の目の前はずっと先まで続く線路のように一筋の廃墟通りを生み出していた。
その日の夜、いつもなら必要もない予習をしている時間に俺は魔法少女と話をしていた。心をつなぐ魔法により、俺の方は声を出さずとも心で思うだけで会話することができるが、頭の中だけで話をしているとこんがらがってしまいそうなので、しょうがなく壁に立てかけた魔法少女フラワーミミの抱き枕に向かって話しかけている。我ながら痛すぎる光景だが、自分の部屋なら誰かに見られる心配もない。
「じゃあお前の言ってた魔物っていうのはあいつのことだったんだな」
《はい。地球のみなさんにご迷惑をかける前に倒せて良かったですぅ》
「そういえば、結局あの異世界はなんだったんだ? 変身が解けたら元に戻ったけど」
《あれはレムラブが作り出したものです。レムラブは獲物を狩るときに自らが作った異世界に相手を引き込む習性がありますから。ここから先は推測になりますが、学校近くに潜伏していたレムラブはあのあたりで一番保有魔力が多かった進川さんに目をつけたんでしょう。そして進川さんが通る瞬間、校門に次元の穴を開けたのです》
「魔力……ねえ」
《地球人も、出力する方法を知らないだけで魔力を持っているんですよ。もちろん量の多少はありますけど。進川さんも魔法少女に変身できたじゃないですか》
「う、トラウマが……っと、そういえばお前の名前はなんていうんだ? 俺の方はいつのまにか名前で呼ばれてるから聞き忘れてた」
《一心同体ですから》
「なんだその納得できそうでそうでもない理由は。それならそれで俺がお前の名前を知らないのはおかしいだろ」
《確かにそうですね。では改めて自己紹介しますぅ。わたしの名前はウルシェラ・トラジッタです。改めてよろしくお願いします》
「こちらこそよろしく。さて、じゃあ俺はそろそろエロゲの時間だから……」
《だっ、だめですぅ!》
「なんでだよ。俺の精神衛生上必要不可欠なことなんだよ」
《わっ、わたしと進川さんは感覚を共有しているのですっ。あ、あんな不健全なの……だめだめですっ》
「えぇー……」
時計を見るとすでに普段なら眠りについている時刻だ。
「仕方ないなあ」
しぶしぶベッドに潜り込んだ俺だったが非日常を経た疲労が溜まっていたのか、不思議とすぐに心地よい眠りにつくことができた。