第1章 最終幕
結論から言おう俺は断った。
俺にこれから先も恐怖に勝ち続ける自身がなかったから、ヒーローになるつもりはなかったからだ。
野中さんや三人は納得したようで俺を引き止めるようなことはしなかった。
現在日曜の昼過ぎ。俺は一応検査のため一日病院にいることになった。もっとも夕方には帰れるようだが。
どうやら三人ともいろいろ手続きがあるようで朝のうちに特課の日本支部のある防衛省に向かった。やっぱり其処にあるのか。
昼飯を済ませた俺は、病院のベッドの上でテレビを見ていた。個室だからゆったりできる。
あの四人と話し終わった頃にはこの病院の入院病棟の起床時間だったため俺はほとんど寝ていない。あの三人は車で出発していた。あいつらは車の中で寝られただろうが、俺はそうはいかない。朝一から健康状態の検査やらレントゲンやらで、そんな暇は一切なかった。あと三〇分もすれば次の診察だろう。腹立たしい。
しかし、昼飯後というのはどうしてこう睡魔が襲ってくるのか。俺は微睡みの中にいた。もっとも、その睡魔はとある人物の来襲により遥か彼方に飛ばされることになる。
「りょぉぉぉぉぉぉ!」
「!?」
すごい勢いで病室の扉が開かれ、やたら見た目からして暑苦しい医者が入ってきた。
「無事か! 無事なのか息子よ!」
やたら暑苦しいノリのこの医者は増岡剛。すなわち――。
「親父ィ!?」
俺の親父である。因みに「ツヨシ」ではなく「ゴウ」と読む。
「先生!? もっと静かにしてください!」
看護師さんに怒られている。しかしこの親父に悪びれる様子は無い。
「俺の息子の一大事だぞ!? 静かにしていられるか!?」
「遼君は検査ためなんですから。そこまでのことでは……」
「ウムム……」
「とりあえず親父。俺は大丈夫だから落ち着いてくれ。っていうか東京じゃなかったのか。」
「どうせ会議だ。それに今日は手術の予定はない大丈夫だ」
「大丈夫だって……」
「あんなもんでなくてもいい。人の命が懸かっているならともかく、な。ああ、君少し席を外してくれないか診察がてら少し、話がしたい」
親父はそう言って一緒にいた看護師さんを下がらせた。看護師さんは「わかりました」と言って部屋を出た。
「で、だ。野中君から話は全て聞いたよ」
「親父、野中さんのこと知っていたのか!?」
「俺は医者だ。モンスターに襲われた民間人の治療をしたことがある。その時からの縁だ」
「なるほどね」
親父も関わっていたのか。
「因みにお前や翔の義母になってもらう予定はないぞ」
「バカヤロウ」
何故、余計なことを言うのか。あれか空気を和ませるためか。盛大に滑っているけどな。
全てを知っているのならば、俺は親父に聞きたいことがある。
「なぁ、親父。俺の選択は間違っていたか?」
「ふん、俺がその答え言うとでも?」
「いや……」
「なら。わかっているはずだ。いつも言っているだろう『男なら自分の選んだ道を信じろ』と」
「そうだけど……」
「お前の悪いところだな。他人が自分をどう見ているかを非常に気にする。確かにそれも重要だ。しかし、気にしすぎても仕方がない」
「……はっきり言って俺は消極的な理由で断った。それでもか?」
「なぁに。お前はただ巻き込まれただけなんだろう? 俺に言わせりゃ怖いもの知らず、命知らずよりはよっぽど良い。俺はなお前が生きてくれればそれでいいんだ」
「親父……」
「翔にもちゃんと伝えたよ。お前がどんな肩書きを持とうが生きてくれれば……ってな。まぁそれでもあいつはあの道を選んだがな」
「兄貴は……」
「あいつはあいつなり使命感を感じているみたいだからな。後悔さえしていなければ納得するしかないさ」
「先生!」
先ほどの看護師さんが部屋に入り、親父を呼ぶ。
「おう。どうした!」
「急患です! 手が足りないので増岡先生も応援に!」
「わかった。すぐ行く!」
親父は看護師さんの後に続いて部屋からでる。
「親父!」
親父は顔だけこちらに向けて話しかける。
「医者として言わせてもらうならば、誰かを救い、守る為には、まず自分自身を守り信じなきゃいけねぇ。ま、なかなか出来るもんじゃないけどな」
行ってしまった。厳しいことを言うなぁ。
「これで良かったんだよな……良いんだ……」
また俺は自問自答をする。
俺は自分を守りきれなかった。俺は自分を信じきれなかった。俺はあの三人みたいに主役じゃない、なれない。
結局、俺の検査が全て終えた頃には日がすっかり沈んでいた。俺はせっかくの土日が潰れてしまったことに悲しみを覚えながら家路についた。俺の荷物は財布、携帯、鍵、生徒手帳、腕時計はどれも無事だ。もちろん大港中に寄って原付を取りに行く必要が有る。壊されてなければ良いが。
大港中に着く。俺の原付は無事だ。例の事件は世間的には車の暴走事故と片付けられたらしい。もちろんこの事件の真相は隠されている。俺も他人には話してはいけないと釘を刺されている。どうやら文化祭自体は中止にせず、来週に延期らしい。校門のところに献花台が作られている。亡くなった人の中には生徒はいなかったらしいが、どこか痛々しい。俺は中学校に来る前に自分で飲むつもりで買った、封の開けていないペットボトルのお茶を置き手を合わせた。
「六人か……」
確かにあれだけの襲撃、と言うことを考えたら少ないほうだろう。それでも良かった、とは思えないな。
「終わったみたいね。いま帰り?」
俺は後ろから声を掛けられた。振り向くと其処には野中さんがいた。
「野中さん……。ええ、検査が終わって原付取りに来たところです。あの三人は?」
「沢口さんは家に帰ったわ。翔くんと雛川さんはまだ東京。翔くんはケレスのモンスターについて、雛川さんは今回の出撃についての報告書を作っているわ」
「なるほど」
「遼くん晩御飯はまだ? まだだったらどこか一緒に食べに行かない? 御馳走するわよ」
俺はその言葉に甘えることにした。
「で、何か話すことがあるんでしょう?」
俺と野中さんは学校近くのファミレスに入った。そして俺は席に着くなり野中さんに尋ねた。何か裏があるように感じたからだ。
「鋭いわね。その鋭さを沢口さんや雛川さんに向けて上げるといいんだけど」
「……」
思わぬしっぺ返しを食らってしまった。
「まぁ、いいわ。少しあの三人ついて少しお願いしたいことがあるの」
「お願い?」
「まぁそんなたいしたことじゃないわ。遼君、あなたにはあの三人に変わらず接してもらいたいの」
「と、言いますと?」
「遼君には、あの三人の『日常』を守ってもらいたいの。だからあの三人を避けたりしないでほしい」
「別にそんなつもりは……」
「うん。わかってる。でも、あの三人を少し遠くに感じてしまったのは、事実でしょう?」
「ええ、まぁ」
「誰かに自分の為すべきことを知ってもなお帰りを待ってくれる人がいるっていうのは心強いものよ?」
「帰る場所を守ってくれ、と?」
「そう。頼めるかしら?」
帰る場所を、『日常』を守る、か。
「はい。それぐらいのことは……」
「うん。ありがとう。さぁ、何食べる? 何を注文してくれても構わないわ。じゃんじゃん頼んじゃって!」
そう言って彼女は店員さんを呼んだ。さて、俺は何を食べようか。
俺はようやく家に帰ってきた。俺は野中さんから「なにかあれば連絡頂戴」と、彼女自身の携帯と特課の電話番号をもらった。あの人、あの細い体からは想像できないぐらいよく食べる人だった。
俺は風呂に入っていた。湯船に浸かりながらこの二日間のことについて考えていた。
近くの存在と思っていたら実はかなり遠い存在でそれでもなお身近にいて欲しい、か。
俺は主役じゃない。そう思っていたが、どうやら守るべき者はあったようだ。幸いそれは只の男子高校生でも守れるちっぽけなものだけど、決して失ってはいけない大切な物のようだ。
そして風呂から出た俺は簡単に明日の用意を済ませ、部屋に戻る。そしてそのまま泥のように眠った。
第1章はこれで終わりです。次の章は日常回、少し毛色の変わったお話になる予定です。